第012話 演技に入り過ぎた男
面接試験から七日が経過し、魔導検定試験を無事に通過した者達へ、晴れて『魔導師』の印が渡される日となっていた。
シャポーは、はふはふと元気に朝食をとっている。
湯気の立つ白米を頬張るその表情は、朝から満面の笑みが絶えない。
「シャポーさん、とてもご機嫌なご様子ですね」
笑顔のおすそ分けをもらったカスリ老が、目元を緩めつつスープのお代わりをシャポーへと差し出した。
「はひ!らんれんもはんはりはひはほへ。ほへひ、ひひょーひほ、ほふほふへひふほへふ」
「何年も頑張った結果ですか。嬉しさもひとしおと言う物ですね。お師匠様への報告は、ご帰宅なさって落ち着いた頃が良いでしょう。本日は、魔導省に行ってからが忙しくなるのですから」
カスリは、シャポーのもぐもぐ言葉を難なく聴き取って返す。
「はひ!」
「ぱぁ!」
シャポーに続いて、机の上に豆を食べ散らかしているほのかも、はつらつと返事をするのだった。
カスリの「魔導省に行ってからが忙しい」との言葉が指し示す通り、魔導検定試験に合格した証である魔導師の印を受け取るだけではない。
見習いからの脱却を果たした魔導師達は、人生を大きく左右する行事に直面することになる。
中央王都の魔導省を始めとし、技研国カルバリの魔導研究院や守衛国家セチュバーの魔導師団など、多種多様な政府機関が将来有望な魔導師を獲得するため魔導省まで来ているのである。
新人魔導師達が、希望する所属先を求めるのはもちろんだが、各組織による優秀な人材の奪い合いが既に水面下で開始されているのだ。
攻撃性の高い魔法にとどまらず、世界に存在する魔力を様々な形へ自在に変化させられる魔導師は貴重な存在だ。
クレタスの生活インフラをも支える魔導の技術は、魔導師達のあくなき探求心によって日進月歩の勢いで進化し続けている。国として魔導技術を高い水準で保つことは、国家間の発言力にも影響を与える大きな要因に位置付けられているのだった。
当然、軍事力としての魔導師も求められている。クレタス地方をぐるりと囲むクレタ山脈の向こう、西方に住まう魔人族の国々や東方の精霊信仰の国々からクレタス全土を守るためだ。
だが、魔人族との争いは事実上の休戦状態に移行して久しい。東の国々ともクレタス諸王国の一つである商業王国ドートが貿易を行っており、経済の上での摩擦こそあれど、物理的な戦争にまで発展した歴史は遠い昔の出来事なのであった。
「シャポーさんは、今後どうするか決めているのですか?」
ふと気になったカスリが問う。
魔導省に所属するのならば、このままカスパード家の居候を続けても問題はない。それこそ、他国の機関に所属するならば、住居の手配などをカスリが手伝おうかと思っての問いかけだ。
「んっとですね、特には決めていないのです。師匠の所に一度戻るかとか、研究に重点を置くなら設備の整った魔導研究院かなとかとか、色々と考え中なのですよ」
「そうでしたか。魔導検定試験を終えられた方々は、早々に所属先を決めると小耳にはさんだもので」
カスリは、食後のお茶を注ぐと、シャポーの前へ静かに置いた。
「所属するのが普通ではあるのですが、未所属として登録をするのもありなのです。でもでも、希望の所属先を持っているのが一般的で、考えてない方が珍しいと、ミシルパさんに言われたのですよ。とっても驚いた顔をしていたのです」
シャポーは、ここ七日で更に親交を深めた友人のびっくりした顔を思い出し、くすりと笑った。
ほぼ毎日のように、ミシルパはシャポーを昼食などに誘い、他愛ない雑談から魔導に関する話しまで交わしていた。
今日も今日とて、ミシルパがカスパード家まで馬車で迎えに来て、魔導省まで一緒に行く約束となっている。
「良いご友人が出来ましたね」
楽しそうに話しながら茶を飲むシャポーを見て、カスリ老も自分事のように微笑ましい気持ちになる。
のんびりとした朝の時間を過ごしていると、来客を告げる音が響いた。
「噂をすれば影がさす、ですかな。まだ出発の時間まで間がありますから、上がっていただきましょうか」
時間計を確認したカスリは、来訪者を出迎えに玄関へと向かうのだった。
***
「えっとですね。お二人とも、怖い顔をしているのですけれども」
見習い魔導師の印を返納したシャポーは、待合室である会議室へ向かって歩いていた。
正式な魔導師の印に己の魔力を反映させたり、魔導省の管理するデータに魔導師として登録したり、ゲージの個人情報の変更をしたり、所属先の申請をしたりと、諸々の事務手続きに時間がかかるので、新人魔導師のために広い会議室が用意されている。シャポーはそこに向かっているのだ。
しかし、シャポーの両脇を、これでもかという程の険しい表情を浮かべた二人が固めているので尋常ではない。
「怖いくらいがちょうどいいんですの」
内の一人、ミシルパが周囲に鋭い眼光を飛ばしながら言う。
すれ違った魔導省の職員が、物騒な空気を感じ取って目を逸らした。
「いいですよミシルパ殿。今日一日、この調子で乗り切りますよ」
もう片割れの一人、ダイヘンツが睨みを利かせた顔で言う。
背後から近づく危険な一団に気付いた新人魔導師が、半分駆け足となって逃げ去って行った。
「ダイヘンツ卿も、本番は会議室でしてよ。気を緩めませぬように」
「任された」
狂犬の如く、近づく者に噛みつく勢いの顔面で二人は頷き合った。
「ぱぁぁぁぁ~」
シャポーの頭の上に乗って、ほのかも二人の怖い表情を真似して唸り声を上げる始末だ。
「ほのかさんもよろしくてよ」
「ぱぁぁぁぁ~」
「なにが良いんですかぁ~」
変な二人と精霊に囲まれ、シャポーは意味も分からずに会議室へと入って行く。
そこには、新たに魔導師として試験を通過した者だけではなく、各政府機関から出向いてきている者達もが集っていた。
「おお、あれがトップで試験を通過したシャポっっっ……」
どちらの国の役人か、噂を聞きつけていたであろう男が、笑顔でシャポーに近寄ろうとした途端に踵を返す。
ミシルパとダイヘンツの形相に命の危険を感じ取ったのだ。
「主席の成績の子、主席の成績の子、っとぉ!?」
「御用ですの?」
中央王都の役人の男が、書類を片手にぶつぶつと歩き回っていた足を止め、ミシルパの問いかけにくるりと背を向けた。
「交渉の先約がおありのようで」
と言い残して、足早に去ってゆく。
その後も、同じような光景が何度か繰り返されるのだった。
「えっと、ミシルパさんもダイヘンツさんも、シャポーが話しかけられないようにしてくれているみたいなのです。シャポーが人見知りだからなのですかねぇ」
椅子に腰かけたシャポーが、二人を交互に見上げた。
「ぱぁ!」
「あ、ほのかちゃんも、ですですね」
主張してくる精霊に謝りつつ、番犬の如くシャポーの周りをかためている二人に視線を戻す。
「シャポーさんはお気になさらなくていいんですの。まだ所属先を決めかねているシャポーさんに、口先三寸のお誘いが近寄らないようにしているだけでしてよ」
顎先をついと上げ、鼻息も荒くミシルパが言う。そして、ミシルパは微かに声のトーンを下げて続けた。
「それに、各国政府の魔導機関とは言っても、書類作成ばかりの組織も多いんですのよ。更には、為政者の立場を利用して、政治派閥から送り込まれた者も入り込んでいるのですわ。政治の勢力争いの道具として、優秀な魔導師の獲得競争をするだなんて、本当に腹立たしいったらありませんの」
ミシルパは、大貴族ゼーブ家次期当主という顔も持ち合わせているため、為政者等のそういった動きにも鼻が効くのだ。
「そ、そうなのですね。知らなかったのです」
目を丸くしたシャポーが、物知りミシルパに感心した声を上げる。
「シャポーさんは、じっくりと考えて決めて頂きたく思いますの。私としては、是非カルバリの魔導研究院に来ていただきたいのですけれどね」
険しい表情を崩し、ミシルパはシャポーにぽろりと本音をこぼした。
その後、貴族や為政者などの不要な勧誘をミシルパとダイヘンツが跳ねのけつつも、シャポーは諸国の魔導師団や研究機関の担当者らの勧誘含む説明を受けることとなる。
エルダジッタ部隊の精鋭が見張っている為か、はたまた大貴族の令嬢が聞き耳を立てている為か、担当の者達は誇張することのない簡潔明瞭な説明をして帰って行くのだった。
「ミシルパさんは何処に所属予定なのですか」
そう言えばと思い出し、シャポーは疑問を投げかける。
「幾つか声をかけられてはいますけれど、やはり『魔導研究院』との結論に至っているのですわ」
「研究施設の規模が、クレタスでも一番大きいのですよね」
シャポーは言うと「む~」と唸り声を上げて唇を尖らせた。頭の上のほのかも「ぷ~」と唸って真似をする。
「焦って決める必要はありませんですの。シャポーさんが、後々魔導研究院に来たいと言えば、私がどんな手を使ってでも門戸をこじ開けてさしあげましてよ」
大貴族の名にかけてと、ミシルパは胸を張る。
「実はですね、シャポーは師匠にも相談しているのですけれど、魔導研究院ならまともな研究が出来るだろうって答えが返ってきているのです。ミシルパさんも一緒なら、シャポーは魔導研究院に、行きたい、かなって、思うのですけれど?」
ミシルパの表情を探るような上目遣いをして、シャポーは呟いた。
「だ、大歓迎ですの!私、対等以上に話しのできるシャポーさんが一緒だなんて、これほど嬉しい事はありませんわ」
「シャポーもなのですよ」
きゃっきゃとはしゃぐ二人を前に、ダイヘンツは一瞬ぽかんと口を開けていた。
(先の内乱の英雄とも呼べるシャポーさんが、我がカルバリに!?おお、おおお、これは、これは、これはぁぁぁ!)
「がおぉぉ!」
ダイヘンツも両手を振り上げ、喜びの声を上げる。
「!?」
「!?」
「!?」
シャポーとミシルパとほのかが、奇声を発したダイヘンツに驚きの顔を向けた。
「……おっほん、失礼。犬種の魔獣になったつもりで、睨みを利かせていたもので」
頬を赤らめたダイヘンツは、三人の奇異の瞳を避けるため、すまし顔を作るとそっぽを向いてしまうのだった。
次回投稿は12月10日(日曜日)の夜に予定しています。




