第011話 面接の行方
シャポーは、指定された面接会場へと向かっている。
受験者の集められた講堂を出るとすぐ、案内役だと言う魔導省の職員が待機しており、シャポーはその後に追従していた。
講堂で監督官から伝えられたのは『魔導省長官室』なる部屋名で、他の受験者とは異なる面接会場だった。
試験の内容のみならず部屋までもが別にされた理由として、シャポーの面接には質疑も含まれ時間が長くなるので、試験全体の進行を遅らせないための配慮なのだと説明された。
(防衛面から、各省庁建屋の内部構造は、複雑になっていると読んだことがあるのですけれども、本当に迷路みたいなのですね。案内の人が居なかったらシャポーは迷子なのですよ)
迷いのない足取りで進む職員を追いつつ、シャポーは興味深げにきょろきょろと周囲を見回す。
窓も飾りも無い廊下は、何処を歩いているのか、侵入者に把握しずらくさせるよう設計されている。両の壁に点在する扉にも、部屋の用途や室名が判別できない術式が施されており、素人目には特徴の無い扉がずらりと並んでいるだけに見えたことだろう。
(この階には、魔含物質を分類したり研究したりするお部屋と、関連する倉庫が多いのですね。先ほど通った下の階は、事務関係のお部屋ばかりでしたので、用途によって階層が分かれているみたいなのです。とすると、魔導省長官室はもっと上なのかもですよ)
シャポーは、楽しそうに隠された部屋名を看破しながら歩くのだった。
そこから二つほど階を上がり、入り組んだ廊下を何本か通り過ぎたところで、案内役の職員が立ち止まる。
「こちら、長官室となります」
両開きの扉は、他の物よりも重厚な造りであるように見えた。
案内役が重い扉を開き、シャポーに室内へ入るよう促す。
「九十二番。シャポー・ラーネポッポです。失礼いたします」
ぺこりと一礼し、シャポーは魔導省長官室へと足を踏み入れた。
最初に目を引いたのは、部屋の奥に置かれているにもかかわらず、大きく立派な執務用の机の存在感だった。木目調の素材が使われており、簡素ながらも重厚感のある装飾が施されている。
壁際に備え付けてある立派な棚も、机と同じ素材に同様の意匠がされており、部屋全体の統一感を演出していた。
きっちりと整理された書類や書籍からは、部屋の主である魔導省長官の性格が垣間見えるかのようだ。
手前には、質の良い応接机と革製のソファが設置されており、シャポーの為の面接資料らしき物が準備されている。
「シャポーさん、どうぞ奥へお入りください」
執務机から立ち上がった男性は、シャポーに声をかけた後、案内役の職員に外で待機するよう命じた。
「し、失礼いたします」
「ははは、そう硬くならずに。魔導省の長官を務めています、メフィシアーダです」
シャポーの前まで来た男は、人の良さそうな笑顔で挨拶をよこす。
整った髪型と真面目そうな顔つきが、メフィシアーダの役人然とした印象を強調しているようでもあった。
「立ち話も難です。どうぞソファに座ってください」
「はい、失礼いたします」
同じ返事を繰り返すシャポーだったが、勧められたソファに先客が居る事に気が付いた。
「ダイヘンツさん、なのです」
席から腰を上げたダイヘンツは、向かい側のソファを手で指して「どうぞ、お待ちしてましたよ」とシャポーに笑顔を向けるのだった。
***
タンタンと軽快な音を鳴らし、メフィシアーダは手元の資料を揃える。
「いやはや、防護の法陣術式にこのような脆弱性がありましたか。ダイヘンツ卿から粗々を聞かされた時には、俄かに信じ難い思いもあったのですが、シャポー卿からの説明で理解できました。流石、内乱の折に教会魔導講師をされていた方、敬服いたします」
メフィシアーダが、恐れ入ったといわんばかりの表情を浮かべているのを見て、ダイヘンツは満足そうに深く頷いていた。
三人は、応接用の机に準備されていた『クレタス防衛術式』の資料を参照しつつ話し合いを行っていて、今しがた終了したところだった。
話合いとは言っても、シャポーが第一術式実験室で行った、防護魔法陣の改変方法と干渉方法についての説明が主であった。
ゲージがあるにもかかわらず紙の媒体でやり取りをしていたのは、クレタス全域の機密事項に抵触する内容であるためだ。
魔法省長官であるメフィシアーダは、最初こそ役人としての冷静な佇まいでもってシャポーの話を聞いていたが、進むにしたがって青ざめた焦りの表情となっていった。だが、解決の方策をもシャポーが提示してくれたことで、落ち着いた心境に戻ることができていた。
メフィシアーダがシャポーの名を呼ぶ際の敬称も、時間経過とともに「シャポーさん」から「シャポー殿」へと変化し、最終的には高位の官職やそれに類する者に対して使われる「シャポー卿」にまで行きつくのだった。
全て終了した雰囲気を漂わせ始めたメフィシアーダ長官とダイヘンツを前に、一抹の不安がよぎってしまったシャポーは口を開く。
「えっとですね。面接は、してもらっていない気が、するのですけれども」
上目づかいで聞いてくるシャポーに、メフィシアーダとダイヘンツは顔を見合わせる。
二人は、互いに何度か肩をすくめ合うと、シャポーへ向き直った。
「我々には、シャポー卿の魔導師としての適性や資質を、とやかく論ずる手立てがありません。それを前提に、ここまで話し合っていた内容を面接試験として当てはめ、考えさせてもらうならば―――」
「ならば………」
シャポーはメフィシアーダの言葉を繰り返す。
「面接は合格です。問題ありませんよ」
横から割り込んだダイヘンツが端的に答えた。
「なっ!おい!ダイヘンツ!長官としてだ。魔導省の長官として、何か素晴らしい言葉は無いものかと考えていたんだぞ。あああ、名を残すかもしれない魔導師を前に、良い台詞の一つも言わせてくれないのか?お前ってやつは」
メフィシアーダが頭を抱えて、ダイヘンツを睨む。
「もったいぶるからだ。政治屋の悪い癖だぞ、メフィシアーダ。言っておくが、シャポーさんはカルバリが先に勧誘するのだからな。どうせ勧誘の布石になる言葉でも言おうとしていたんだろう」
「無いとも言えんが。お前はそんな風だから、為政者や貴族に煙たがられるんだ。もう少し大人にだな」
ダイヘンツの物言いに対し、メフィシアーダは深いため息とともに言い返した。
「魔導の道を志した頃から、汚い精神は捨てている」
「きたな!?シャポー卿の前で!お前なぁ………」
仲良さげなやり取りをするおっさん二人を眺めつつ、シャポーは(やったのです。面接を乗り切ったのです)と心の中で握り拳を振り上げるのだった。
次回投稿は12月3日(日曜日)の夜に予定しています。




