第010話 案外、優しい世界
試験三日目、面接試験。
緊張の面持ちをした受験者達は、飛翔灯が整然と浮かぶ講堂に集まっている。
彼らは、初日に行われた座学試験の時と同じ席に座り、教壇に立つ監督官の様子をちらりちらりと確認していた。
監督官らは事務用の大きなゲージを片手に持ち、受験生の呼び出し開始となる時間を待つ。
(例年通りの面接なのでしたら、クレタスの魔導師として認定しても良いのかと言う『適性試験』の意味合いが強いのですよね。ですので、危険思想や暴力的な思考の持ち主であると受け取られるような回答をしなければ、まず大丈夫なはずなのです。でもです、ミシルパさんの話しによれば、試験の傾向が例年とは異なる難易度高めみたいですので、気を引き締めなきゃならないのですよ。心なしか監督官さんも、ぴりぴりした空気を醸し出している気がするのです)
シャポーは、背筋を真っ直ぐに伸ばし膝上に拳を乗せた姿勢で、真剣な表情を浮かべたまま考えを巡らせていた。
他の受験者もシャポーと同じく講堂内の剣呑とした空気を感じ取っているのか、大人数が居るとは思えないほどに静まり返っている。呼吸すらも、押し殺しているかのようだ。
壁面等に施された術式により、外部の音も完全に遮断されているので、不自然なほどの静けさが空間を支配していた。
「では、番号と名前をお呼びします。面接会場をお伝えしますので、こちらまで来てください」
耳鳴りすら覚えそうな無音の室内に、監督官の声が響く。
面接の試験会場となる別室は複数用意されており、座席番号の若い順に数名の受験者が呼ばれると、講堂から出て行った。
シャポーは講堂の真ん中に位置する席であるため、順番がくるまでには多少の時間がある。
(はわ~どきどきなのですよ~。シャポーは九十二番ですので、まだまだ座って待つのですよ。あ、良いことを思いついたのです!待っている間に、以前の面接内容を思い出してですね、復習しておけば良いのではないでしょうか。ふっふふーん、シャポーは緊張しているだけで終わる子ではないのです)
良案をひらめいたシャポーは、記憶のページをめくるように、瞳を素早く左右に動かせ始めるのだった。
「番号九十二番、シャポー・ラーネポッポ。番号九十二番、シャポー・ラーネポッポ」
「ひゃび!?」
突然、座席番号と名を呼ばれ、シャポーはばね入りの人形よろしく、席から飛び上がる。
(えっと、あれれなのですよ?シャポーの順番にはなっていないと思うのですけれども)
シャポーは周囲を見渡し、自分よりも席順のはやい人達が呼ばれていない事に気付いて小首を傾けた。むしろ、第一陣に続いてシャポーの名が呼ばれたのではなかろうか。
流石に沈黙していた受験者らも、無言のままにざわめきたつ。
「面接試験に加え、実技試験についての質疑があります。特例条項に該当しますので、面接時間が座席番号順とは別となりました」
講堂内の空気を察した監督官は、シャポーが呼ばれた理由を手短に説明すると、前に出てくるよう促がした。
実技試験において、第一術式実験室で起こった魔力枯渇事件をほとんどの者が知り及んでいる。その為、なるほどという雰囲気が広まり、動揺の波が収まってゆく。
だが、別の意味でシャポーの呼び出しを気にしている者達がいた。
(ラーネ?)
五百年前に起こった大きな戦争において、英雄の一人と評される大魔導師の名が、シャポーの名前に入っていたのが理由だ。
魔導師の業界では、目標とする人物や師匠の名を『魔導師称』に加えるといった文化が存在する。名前を術式発動の基軸に据え、魔法を構築することが多いので、己の名をより強い文言へと昇華させる意味合いがあるのだ。
しかしながら、五百年前の英雄の名を、そのまま自分に付け加える者はいない。
現在ある術式の基礎は、大魔導師ラーネが体系化したとされている。故に、大魔導師の名を術式に加えた場合、術式の予期せぬ過剰魔力反応が起きてしまうのだ。
意図せぬ魔力の過負荷は、魔法の制御を乱し、術者本人へ危険なフィードバックをしてしまう要因となる。
また、大魔導師ラーネに対し畏怖の念を抱いている魔導師が多いため、無意識に魔法の強度を上げてしまう事例も報告されていた。
それらを含めた様々な理由から、魔導師の間で―――魔導師称にラーネの名を入れない―――という暗黙の常識が浸透しているのだ。
但し、英雄ラーネを目標とする術者が多いのも事実で、音を似せた「ラーニャ」や「ラーニュ」「リーネ」などを称し冠する魔導師も少なくはなかった。
シャポーが教壇へ近づくのを、同じ受験者である数名の見習い魔導師が、じっと見つめていた。
(な、なにやら、ひどく強い視線を感じるのですよぉ。あ、ミシルパさんと目が合ったのです。ちょっとだけ、ちょっとだけほっとする気が………湧いてこないのですけれども!ミシルパさん、目が怖いのです)
シャポーを真剣に見据えている内の一人に、ミシルパも含まれていたのだった。
そして、注目していたのは少数であったはずなのだが、シャポーが歩みを進めるうちに、だんだんとその数を増やして行く。
(シャポーを見ている人が、多くなっている気がするのです。監督官さんが『特例』だなんて言ったせいで、みんな気になっているのかもしれないのですよぉ)
元々緊張しやすい性格であるため、目に涙を浮かべつつも、シャポーは頑張って教壇へと向かう。
受験者のほとんどは、右手と右足、左手と左足が同時に動いてしまっているシャポーの歩く姿を、はらはらとしながら見守っているのだった。
次回投稿は11月26日(日曜日)の夜に予定しています。




