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第009話 凍てつく部屋

 第一術式実験室の広い空間を熱波が蹂躙する。


 ごうという巨大な音を轟かせ、熱の中心へ向けて大気が巻き上げられると、炎を渦上に形成して行く。


「はわ~。大きいのです」


 シャポーは、天井付近にまで届こうかという炎の柱を見上げて、感嘆の声を上げた。


 彼女の近くにいる受験者らも、紅の巨柱の出現に圧倒され、ぽかんと口を開けてしまっている者すらいる。


「はいはーい。前に出すぎないようにしてくださーい」


 監督官の一人が、受験者に注意を促す。


 室内を舐り上げる高温の中、シャポーを含めた受験者達が呑気に見学できているのは、監督官らが彼らを守るために防御術式を展開してくれているからであった。


 隊列を組んだ監督官達は、技研国カルバリの魔導師団から応援で派遣されているダイヘンツの指示に従い、高度な防御の術式を行使しているのだ。


 重奏詠唱じゅうそうえいしょうにより構築された防御魔法は、熱どころか大気の揺らぎすらも遮断し、受験者まで届かぬように効果を発現させている。


「流石、優れた魔導師を多く輩出している大貴族の次期当主、と言った所か。だが、見た目から推測できる熱量のわりに、輻射熱が生じていないのは、魔力量が不足している為か?俺の魔法ならば、壁や天井を融解させるまで熱し、副次的な影響すらも発生させてしまうだろうけどな」


 シャポーの隣で、ウォーペアッザという名の青年が、腕を組んだ姿勢で含み笑いを浮かべて呟いていた。


(ほわ~。真面目な人がいるのです。試験だと言うのに、同じ立場である受験生の魔法をきちんと分析しているのですよ)


 と、感心しつつも首を捻る。


(でも、ミシルパさんの魔法で輻射熱が生じていないのは、床や壁や天井に熱耐性のある防護魔法陣が布設されていてですね、影響を抑えているからなのですけれども。お、お、おお、教えてあげた方がいいのですかね)


 ウォーペアッザの横顔を見上げ、シャポーは話しかけるべきか悩んだ。


(でもでも、この人は、防護魔法陣の耐性を越える魔法を想定しているのかもなのです。それに、知らない人に話しかけるのは、ちょっと勇気がいると言いますか、何と言いますか。そう!相手の人だってびっくりしちゃうかもしれないのですから、やめておきましょう。そうしましょう)


 シャポーがぶんぶんと首を振って『話しかけない』という結論を出す間も、ウォーペアッザ青年は「俺ならば」と仮説を立て続けるのだった。


「受験者ミシルパ・レルウェムコス・ゼーブ。試験終了です」


 ミシルパの実技試験の終わりを監督官が告げる。


 轟音を上げていた炎の竜巻が、まるで無かったかのようにふっと消え去り、魔法により遮られていたミシルパの姿が現れた。


 長い艶やかな髪を背中へと払い、ミシルパは優雅な所作で受験者らの集まる場所へと向かうのだった。


わたくしの魔法はどうだったかしら?シャポーさん」


 シャポーの前まで来ると、ミシルパは実技試験の合格を疑いもしていない堂々とした様子で聞く。


「凄かったのですよ。短い詠唱術式で、高温空間の中心点を圧縮し制御するのは難しい技術なのです。狭所である実験室内で、炎による旋風を発生させられたのも、魔法の中心核が高温高圧になるようきちんと制御されていたからこそなのです。ミシルパさんは、魔導制御がとてもお上手なのですね」


「あら、えっと。き、きちんとした理由で、褒めてくださるのね。こういうのって、こそばゆいんですのね」


 爛々と瞳を輝かせるシャポーに、ミシルパは先程までとは打って変わり、照れくさそうな仕草で「ありがとう」と付け加えるのだった。


 大貴族という立場であるが故、ミシルパの周りに集まってくるのは、理由も何も関係なく『素晴らしい、素晴らしい』と誉めそやして来る者達ばかりなのだ。


 いつの頃からか、ミシルパは誉め言葉を投げかけられても、受け流す習慣が身についてしまっていた。


 しかし、シャポーの的確な指摘に基づく賛辞は、ミシルパを素直な気持にさせるには十分な物だった。


「確かに制御に関して見れば、秀でているところは有る。短詠唱の術式だから、魔術深度が望めないのも事実。補うために、魔力を集約させて注ぎ込み、魔力強度を高めるという方法もあったはずだけど。ま、見習い魔導師の枠内で考えれば、素晴らしかったのかもしれないな」


 シャポーとミシルパのやり取りに、ウォーペアッザの独り言が割って入る。その声は、控えめに言っても独り言の音量ではなかった。


「シャポーさん、わたくし達は実技試験も終わりましたし、明日の面接試験に備えて引き上げませんこと?」


「ほえ?最後まで居なくても大丈夫なのですか」


 ウォーペアッザの言葉は二人に届いていない。


「うおほん!高温の術式であれば、壁や床はともかくとして、熱を受け止めていた天井面ぐらいには、影響を与えてしまいそうな気がするんだが」


 再度、ウォーペアッザは独り言らしきものを呟く。


「問題ありませんわ。全体の終了時間まで居るように、とは説明されていませんもの。シャポーさんが心配なのでしたら、監督官に聞いて差し上げますわ」


「シャポーは毎回、最後まで残るものだとばかり思っていたのですよ。言われてみれば、去年もどんどん人数が減っていった気がするのです」


「当家の馬車で送って差し上げますわ。明日の試験についても、どのような対策を考えているかお聞きしたいですの」


 シャポーとミシルパの耳には、再びのウォーペアッザの独り言も届かなかった様子だ。


「俺の魔法であれば、天井を焦がすどころか、建材が変形してしまうかもしれないな」


「貴方、何が言いたいんですの?」


 ウォーペアッザが更に声量を上げて言うと、ミシルパの鋭い視線が向けられた。


「俺の言葉が気になりましたか。ゼーブ家の次期当主様」


「態度が、癇に障りましてよ」


 ミシルパは顎をつんと上げて胸を張り、ウォーペアッザと対峙する。


「それは失礼。しかしながら、同じ魔導師になる身として、気付いてしまった部分がありましたからね。口を滑らせたのだったら、ご容赦願いたい」


 ミシルパの放つ大貴族の威厳に、ウォーペアッザは気圧されそうになりながらも踏みとどまる。


「一緒にされるなんて、心外でしてよ」


 ウォーペアッザの言葉に、眉をピクリと動かせてミシルパは返した。


 二人は、あからさまに冷静さを取り繕う表情で、鍔迫り合いでもしているかのように空気をひりつかせるのだった。


「受験者ウォーペアッザ・グリアリス。準備してください」


 シャポーが、自分はどうすればいいのか焦っていると、監督官の呼び出しがかかる。


「俺の番ですね。もしよければ、後学の為、見学しても良いですから」


 ほんの一瞬、助かったと言わんばかりの表情を浮かべたウォーペアッザは、ひらひらと手を振って部屋の中央へと歩いて行った。


「さ、シャポーさん。わたくし達は帰路につきましょ」


 シャポーへと向き直ったミシルパは満面の笑顔だ。


「えっと、見なくても…」


「良いんですの」


 ミシルパに急かされるように、シャポーは第一術式実験室の入り口へと向かうのだった。


(天才と噂に聞いていたゼーブ家の次期当主も、それほどではなさそうだ。魔力枯渇をさせられた、ちんちくりん魔導師も体内魔力量だったら俺がまさっていそうだしな。仕方ない、俺の術式で存分に学ぶといいさ)


 ウォーペアッザは、部屋の中心に立つと、思考空間から呼び出した幾つもの術式を展開して行く。


 彼の足元から、冷気が床面をさっと撫でて走り抜けた。


 されど、シャポーとミシルパの姿は既に試験会場の外となっていた。


「えとえと、お知り合いの人、だったのですか?」


 廊下を並んで歩きながら、動揺冷めやらぬシャポーがミシルバに問う。


 ミシルパは大きなため息を吐くと、肩をすくめて言った。


「会ったことは一度もありませんの。でもすぐに解りましたわ。わたくしをやたらとライバル視している同年代の者がいると聞いてはいたのですけれど、あんなに面倒くさそうな人物だったなんて、がっかりでしてよ」


「ミシルパさん、色々と大変なのですね」


 シャポーの憐れむような眼差しに、ミシルパは「噂でも、面倒そうな人物だとは思っていたのですけれどね」と、更に肩を落とした。


 試験会場が床から天井まで凍り付いた、という噂が流れたのは、その日の夕方遅くのことであった。

次回投稿は11月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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