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漆黒と真紅

 目の前の彼女は目をつぶったまま動かない。倒れ込む彼女を腕に抱き、血まみれになって涙を流す。この出血量ならば即死だと元殺人鬼には一目瞭然だった。それは、漆黒と真紅が初めて混じりあった瞬間だった。彼女の体温が奪われ、人としての形を失う。息をしていない。重いし動かない。その喪失感は愛おしさが増すほど辛辣なものだった。今まで経験したこともないような苦しみが襲う。俺は、大切な人をどうして守ることができない。この手は何もできない役立たずだ。何のために俺は生きているんだ。血まみれの中で俺は叫ぶ。彼女のからっぽの体を抱擁する。


 人を本当に愛した時、俺は目の前で大切な人を失った。後に知ったのだが、国の暗殺部隊が彼女を銃撃したらしい。それは、正しい悪の裁きに乗っ取っており、悪である彼女は死刑となったらしい。どうにも、この国の死刑制度には納得はいかないが、不意打ちの刑もあるとは聞いていた。それは、俺にとって生に執着する必要がなくなった瞬間でもあった。


 清々した気持ちで階段を上がる。日の当たる階段を一歩一歩進んでいく。天国、いや地獄への階段を歩むのさ。これ以上何も望まない。おいしいお菓子に周囲の気遣い。なんて幸せなのだろう。


 みんなありがとう。悔いはないといったら嘘になるかもしれないけれど、これでよかったのかもしれない。孤独ではない、人間として幸せの絶頂かもしれないな。


 生まれてはじめてのような感動を覚える。涙があふれてきた。殺し屋ジャックが陽の光を浴びた瞬間だ。更生プログラムで人格が穏やかになったときに、死刑にする。もっと言えば、大切なものを奪ってから死刑にする。それはずいぶん残酷な取り計らいだ。殺し屋ジャックとして殺されていたほうがずっとドライな気持ちで階段を上ることもできたかもしれないな。なるほど、これが極刑というものか。


「あなたが殺した人たちには家族や恋人や親がいる。愛する人を失った気持ちがわかりましたか? あなたは愛する人を喪失する刑となり、死刑となります。最期に言い残すことはありませんか?」


「ありがとう。さようなら」

 殺し屋ジャック。いや、遠藤豆太享年21歳。人生最後に、大切な人を失うという気持ちを始めて知ることになる。悲しみの果てに生きる希望を失ったときに己を失うという結果になった。どうせ一人で生きていてもいいことはないだろう。大切な彼女を追ってしまおう。そんなことを思っていた自死願望が最高潮に達した俺には最高の極刑だ。人間らしい感情はどこかに潜んでいたのかもしれないし、本来こちらが本当のジャックだったのかもしれない。


 さわやかな風が吹く晴れた日。殺し屋ジャックの命が刈られた。死神のような殺人鬼だと言われていた伝説の殺し屋は最後の最後に人を愛し失った。失った側の人々の気持ちに気づけたのは彼が案外正常な思考能力の持ち主で、意外と情深い人間だったということだろう。正常な心を持っていても、どこかで間違えると闇に溺れてしまうのかもしれない。


 伝説の殺し屋ジャックとフラワーの墓は隣同士にそびえたつ。隣同士に立ててほしいというジャックの遺言により、取り計らわれたらしい。漆黒と真紅が永遠に共に過ごすことになった。


 そして、極秘に検査と称して子供の姿にする前に、二人の遺伝子を残していた国の研究組織は二人の子供となる人間を作り出そうとしていた。孤児院がやたら豪華でお金をかけていた建物だったというのは、優秀な遺伝子を持つ人間を集めて育てる国のプログラムの関係だったらしい。孤児院で、ジャックの面影を持ち合わせ、フラワーの冷めた表情を持ち合わせた子供が生活する日は遠くないだろう。優秀な人間を生み出すならば、悪人の遺伝子でも問わない。教育次第で善人として育つことができるのだから。


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