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恋愛と血の匂い

 俺たちが住んでいる施設はとても大きくきれいな建物で、住環境もいい。見た目は城のような西洋風の造りをしている。近隣住民にはメルヘンな城といわれているらしい。国の保護は手厚く、未来ある子供たちのために充分な教育と住環境と食生活が用意されている。刑務所よりはましかなと思っていたが、大間違いだった。むしろ普通の家の子供よりも待遇は厚く丁寧だ。家庭教師のように教えてくれる先生が完備されており、学習の遅れが出ないようにしているらしい。今日出された宿題を広げる。足し算なんて簡単すぎる。そして、算数セットのおはじきをながめながら殺しに利用できないかを考える。つい昔のくせが出てしまう。


 ここは普通の親がいない本当の子供のための孤児院だ。本当の子供として生活をすることになったのは俺と彼女だけだろうか。生意気な連中もいるが、ケンカになったりすることは滅多にない。穏やかな日々だ。仲間がいて、生活に困ることはない。毎日レストランで味わうような豪華なおいしい料理が並ぶ。ここの子供たちは勉強ができる子が多い。それは偶然なのかもしれないが、何か理由があるのかもしれない。


 刺激もかつてとは違った意味で存在する。俺は本当に大人に戻りたいのか少し悩む。大人であるべきだという概念だとかそういったものが俺を束縛するのかもしれない。こんな毎日も悪くない。だから、ずっとこのまま子供として生きていきたい。そんなささやかな願いを持つ。今が幸せだと思っている自分の思考に驚くが、小さな体にも慣れてきたということだろう。


 空が漆黒に包まれる時間、屋上でたくさんのきれいな輝く星に囲まれた俺とフラワーは、視線を合わす。夜の空気は己を素直にしてくれる手伝いをしてくれる。自己を少しばかり開放する。


「今日は、殺すことで人から初めて感謝されたんだ」

「殺す?」

 彼女の表情が一瞬曇り疑り深い目をする。俺が言うと冗談に聞こえないので、すぐに、否定のジェスチャーをする。


「殺しと言っても、人を殺したわけじゃない。実は蜂が飛んで来たんで、ボールで瞬殺したんだ」

「なあんだ。驚いた。殺しの対象が変われば英雄になれるってことね」


 上目づかいで安堵し少し笑顔を見せるフラワー。彼女の笑みを見る機会は滅多にない。そんな彼女を守っていきたい。そんなことを思うが、口に出せるはずもなく、ただ見つめていると彼女もこちらを見つめる。


「この先、もう一度大人になったとしたら、俺はもう犯罪者にはならない」

 真っ直ぐな瞳で彼女に宣誓する。


「私たちは二度、大人になれるもの。人生をやり直すことは可能よね。まっとうな生き方をするべきよね」

 俺たちの気持ちは同じだと感じる。心の何かがクロスしたような感触だ。


 息を一気に息を吸って言葉を吐き出す。

「大人になったら、俺の嫁になってくれないか?」

 初めて、本気の気持ちを言葉に込める。今まで、ナイフにしか本音を込めることができなかった。でも、今は違うと断言できる。


 暗闇の中で彼女の頬が赤らむ。瞳を大きくして潤ませる。


「これってプロポーズ?」

「そうなるな」

 ここは正直に肯定する。星空の下だとすこしばかり大胆になる。


「でも、私たちは付き合っているわけじゃないし、いきなり結婚? しかもまだ小学一年生よ」

「一緒にいる時間を共にしたい。フラワーのようなしっくりくる女性は滅多にいない。小学生を二回やった俺が言うんだから、間違いない。今度親に会うんだ。おまえのことを紹介したい」

 小学生の姿だが、心は本気だ。


「この親不孝者が、何言ってるのよ」

 心なしか彼女の声が震える。多分、泣いているのだろう。フラワーはずっと天涯孤独で生きてきたと言っていた。彼女の全てを屋上で知った。なぜならば、屋上は自分たちの生きてきた証を確かめる場所となっていた。


 お互い包み隠さず、犯罪者になるまでの話、幼少期の話、恋愛経験も含め何でも話した。共通していたのは本気になれなかったということだった。人を本気で愛したり、何かに本気で取り組むことができない俺と彼女は闇の中に自分の姿を見出した。フラワーの生い立ちは俺よりもずっと過酷で、親にひどく虐げられて生きてきたということだ。その親を捨て、生きるために闇に紛れて生きていた。その中で、一抹の光が闇の組織だった。表の社会で居場所のない大人になりかけた人間に声をかけるのが組織の特徴だ。まだ若い彼女は報酬の素晴らしさに惹かれたらしい。生きていくのに困らない報酬は、何もない若者にはありがたい価値のあるものだった。そんな組織で、生きるために人を殺す。人を騙す。それは仕事だ。


 俺たちは、ただ、まっすぐに職務を全うしていただけだ。それは自分が生きるために必要なことだった。いつのまにか悪いことだという認識は薄れ、事務的な作業になる。自分が生きるためには善も悪も無関係だ。そんな状態だった俺が実の親に会うことはとてもプレッシャーのかかる作業だ。だからこそ、彼女に傍にいてほしかったのかもしれない。親との面会日にフラワーにも同席してもらうということを施設側に了承してもらう。


 しばらく会っていない親はどの程度老けたのだろうか。親は普通の親だったが、どこか冷たい人だった。子供の価値を学校や成績で決めつける親だった。俺は人よりも勉強ができたから、無理な主張を受け入れ良い成績を残す。しかし、親はそれ以上を望んできた。それは、人間ではないロボットがほしいのではないかとすら思えるくらい、圧のある強要だった。


 完璧な人間を望む親が馬鹿らしくなった俺はいつのまにか、親が望まない方向へシフトしていた。地頭が無駄に良いので、裏の社会でもそれなりにやっていけた。地頭の良さというのは親の遺伝子のおかげなのかもしれない。今になると、血のつながりは切っても切れないものだということを痛感する。


 久しぶりに会う実の親は涙を流して喜んでいた。どことなく大人になった自分に似ている親の背格好。会わなくても自然と似ていたことに気づく。こんな俺のために涙を流していると思うと少し心が痛む。体が小さくなってしまっても息子は息子なのかもしれない。


 この手で命を刈り取り、血を見てきた俺だが、最近は人らしい感情が芽生えたのか、俺の目頭は熱くなっていた。フラワーが俺の手を握った。ひとりぼっちじゃない。俺には彼女がいるのだと心が温まる。


「小学生になってしまったけれど、大人になったら彼女と結婚するつもりだ」

 久々に会った親に言う第一声が結婚話だとは突拍子もないが、俺の今の姿のほうが世間から見たらだいぶ突拍子もない。


「朽木花と申します」

 丁寧にお辞儀をする彼女の背筋はぴんとのび、角度は45度だ。さすが、潜入で必要なマナーに精通しているだけはある。


「はじめまして。豆太の父と母です」

 両親は世間から見たら、真っ当で社会的地位のある良識人だ。しかし、どこかで育て方を間違えていたのだろう。そして、俺も反論すべき手段を間違えたのだろう。


 多分、今だからこそ親とも心を通じ合えたのだと思う。そして、フラワーのことを更に愛しく思える俺はどうにもならないほど人情味あふれる人間だったらしい。犯罪者になる前に戻りたい。でも、彼女に会えなかったかもしれない。俺は、正しい道を進むことができるのだろうか。俺は、真面目に学校生活を過ごしていた。そして、真面目に彼女と向き合っていた。真面目さの方向を間違え、どんどん悪いことを極めてしまうのが俺の悪い癖なのかもしれない。その結果が殺し屋ジャックの誕生だ。


「ジャックがいてくれたよかった」

 フラワーが言う台詞は心を撫でる。


「私は親には金輪際会わない予定」

 彼女はどこか寂しそうだ。

「話を聞いていたら、そのほうが良さそうだと思ったよ。どんなにひどいことをしたとしても、親だからとか血縁だけでつながった関係はおかしいだろ」

 

 彼女の家には母親しかいなかったらしい。父親が誰なのかも知らぬまま今日を生きている。母親は子供を生んだことを大変後悔していたらしい。そして、育児や家事がとても嫌いな人間だったと聞いた。つまり、いないほうが良かった子供として育てられた彼女は相当虐げられた生活を送っていたらしい。血縁は時に残酷だ。いらない子供だとしても育てなければいけないという親の義務。そして、子供は無力だ。常に親が正しく正義だと洗脳される傾向にある。


「優しいのね。大好きよ、ジャック」

「告白かよ?」

 驚きと同時に嬉しさがこみ上げるが、あえて顔には出さない。


「だって、プロポーズの返事をしていなかったから」

「あれは、その、親に会ってほしいと思ったわけで……」

 嬉しすぎる故声が上ずる。心臓が高鳴る。


「私のこと、嫌い?」

「……好きだけど」


 そんなことを言うと、頬を赤らめながら、照れた表情の彼女が頬にキスをした。大人のキスよりもずっと深い愛情を感じる。彼女なりの愛情表現だろう。彼女からそういった行動をすることは滅多にない。彼女は基本クールで恥ずかしがり屋でかなりの奥手だ。


 そして、勢いで、俺は彼女の肩を抱きよせる。瞳を閉じ、唇が重なる寸前、耳をつんざく音が貫く。目の前が真紅に染まる。まるで薔薇の花が散り、地面一体に撒き散らされたかのようだった。正確に言うと、真紅の原因はフラワーの体から大量の出血だった。


 耳をつんざく音は懐かしい拳銃の音だった。拳銃で狙われたのは俺ではなく彼女だったのはなぜなのだろう。俺が彼女の代わりに死んだ方がずっと幸せだ。そんなことを一瞬で考える。撃ったのは闇の組織の者か? 距離の離れた場所から彼女の心臓を貫くとは、相当な腕の持ち主だろう。緻密な狙撃の腕を持つ者はそんなにたくさんこの国にはいないはずだ。



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