空母いずも
「空母いずも」
松コンテンツ製作委員会presents
号砲一発。世界大戦争の嚆矢を捉えたのは海上自衛隊レーガン搭載型護衛艦であった。
『目標情報入りました。北朝鮮ミサイル基地より四発の弾道ミサイル発射を確認。以後目標をアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと呼称。』
海上自衛隊護衛艦やまと艦内奥に設けられたこの部屋はまさに指令室と言える雰囲気で、照明は落とされ、ディスプレイに表示される戦況にヘッドセットをつけた海上自衛官が耳目を凝らし、指揮官に判断を仰ぎ、そしてまた指揮官の指示を艦各部に伝える。
この場で指揮官と言うべきは艦長、砲雷長、船務長である。
「艦長、部署を発動します」
「了解したわ砲雷長」
【 護衛艦やまと艦長 鈴村ゆかり 一等海佐 】
艦長は女性であった。凛とした声で返事が返ってくる。
『BMD戦闘用意!』
濃紺の作業服を着込み、CICの制御卓に構える黒髪短髪の幹部自衛官は……
【 護衛艦やまと砲雷長 東城洋介 一等海尉 】
『BMD戦闘、護衛艦ちょうかいと目標配分』
今護衛艦やまとと行動を共にしているのはイージスミサイル護衛艦ちょうかいだ。
【 護衛艦ちょうかい艦長 長瀬佑都 一等海佐 】
『チャーリーとデルタはわてがいてまうで!』
『SM2攻撃はじめ!』
『VLS29番30番用意』
護衛艦やまと左舷のVLS、すなわちミサイル垂直発射管のうちの二つ、その蓋が開く。
広島の呉で建造されていた改大和型戦艦を戦後海上自衛隊が接収、ミサイルやレーダーなどを移植して今に至る。
護衛艦ちょうかいも前甲板VLS二発を開いた。
『撃てえ!』
『いてまえ!』
護衛艦やまと、護衛艦ちょうかいからそれぞれ二発ずつ弾道ミサイル迎撃ミサイルSM3が天空に放たれた!
《 松コンテンツ製作委員会Presents 空母いずも 》
東京都千代田区永田町──首相官邸内閣危機管理センター。
危機管理センターのU字状のテーブルには首相と閣僚、政府高官がつき、周囲のデスクには関係各省庁から出向している官僚がつく。
漆黒のスーツに身を固める官僚もいれば、内閣の青い防災服を着込む閣僚もいる。国土交通相の青と赤のブルゾンは印象的だ。
中でも迷彩服姿の幹部自衛官の姿が非常事態を実感させた。
【 武力攻撃事態対策本部 】
「総理がお見えです!」
「総理」「総理」
「座ってくれ」
眼鏡で人当たりの良さそうな政治家は、日本国内閣総理大臣にして政権与党保守党総裁の──
【 内閣総理大臣 岸本勇雄 】
「荒垣防衛大臣、状況の説明をお願いする」
岸本が水を向けたのは航空自衛隊戦闘機パイロット出身の若き防衛大臣であった。
【 防衛大臣 荒垣健 】
二〇二〇年の円盤襲来、全世界同時反撃作戦で自ら空中管制機で出撃し、人類を勝利に導いた英雄だ。
「先ほどの北朝鮮ミサイルは陽動でした。ウクライナに十個師団が布陣、戦車部隊による侵攻が行われています」
「同時に台湾近海に人民解放軍空母艦隊が遊弋、海上警備行動発令の承認を願います」
「──いや、総理、ここは防衛出動を出すべきではないのか」
【 副総理兼外務大臣 物部泰三 】
物部は元内閣総理大臣であり、岸本は彼の政権で外務大臣、保守党政務調査会長を務めている。タカ派の物部をハト派の岸本が諫めてきた役回りだ。今や立場は逆転し、物部が外務大臣で岸本が総理大臣なのだ。
そして物部は党内最大派閥物部派の領袖である。気を遣いこそすれ、こうしてことあるごとに反対意見を述べられ、あまり岸本にとって面白くない。
物部ドクトリンとはすなわち米軍のバックアップを受けた上での富国強兵政策である。
「ひとまず海上警備行動ということで命令を出します。現地にはイズモ艦隊を派遣しました」
統合幕僚長が空気を読み、行動に移る。
【 防衛省自衛隊統合幕僚長 東城幸一 幕僚長たる将 】
物部が憮然とした表情で幸一を見送る。
北朝鮮拉致問題で物部と幸一は意気投合し、彼の政権で出世コースに引き揚げられた。
派遣される護衛艦やまと砲雷長の東城洋介の実父であった。
幸一の妻、すなわち洋介の母は……北朝鮮に拉致され、かの地で党幹部に登り詰め、内閣総理大臣補佐官兼国家安全保障局長に返り咲いた。
【 内閣総理大臣補佐官 兼 国家安全保障局長 東城藤子 元帥 】
* *
【DDRA140レールガン搭載型護衛艦やまと】
【DDH181護衛艦いずも】
【DDG176ミサイル護衛艦ちょうかい】
【DDG179ミサイル護衛艦まや】
【DD110汎用護衛艦たかなみ】
【FFM004多機能護衛艦くあま】
F35戦闘機、対潜ヘリコプターの運用、司令部機能を持つ旗艦、火力支援と旗艦直援を担う護衛艦やまと、艦隊防空ミサイルを担うイージス艦2隻、対潜戦を担当する汎用護衛艦、艦隊前衛を担う多機能護衛艦。
これがイズモ艦隊の陣容だ。
今、護衛艦いずもの全通甲板にはヘリコプターが次々と着艦し、各艦艦長を降ろしていく。
艦長会議が始まった。
切り出したのは護衛艦やまと女性艦長の鈴村だ。
「我々イズモ艦隊は演習を切り上げ、台湾を警戒することになる。残念ながら艦隊全体を率いる指揮官が不在で、便宜上護衛艦いずも艦長の一条勇気一等海佐が代将となります。さて、顔合わせと行きましょう」
【 護衛艦いずも艦長 一条勇気 一等海佐 】
「皆さん、よろしくお願いいたします」
一条は短く挨拶。
航空自衛隊幹部自衛官から空母の艦長に抜擢された異色の経歴の彼。顔は鮫のように鋭い。
その彼のもとで副長兼飛行隊長を務めるのが、洋介の義兄、
【 護衛艦いずも副長兼飛行隊長 西村竜太 三等空佐 】
である。
パイロット出身が空母艦長を務めるラジカルな米海軍でもいきなり艦長にはさせず、西村のように副長や飛行隊長を経験させるキャリアコースになっている。
義兄というからには洋介の妻もこの艦隊におり、なんとその立場は、
【 内閣官房参与 東城美咲 】
「洋介君の嫁さん参与だったのか」
「知らなかったのか刈谷一佐」
刈谷一佐なる人物にツッコミを入れたのは、
【 護衛艦たかなみ艦長 宮木毅 二等海佐 】
刈谷は船の生活が長く、訓練では冴えているものの世情に疎いところがあった。
【 護衛艦まや艦長 刈谷真澄 一等海佐 】
「美咲さんは歌手出身、太陽因子を宿す歌を届ける内閣官房参与扱いの政府専属歌手です」
「太陽因子ってのは魔力を宿す特殊粒子だったね」
そう専門用語を解説した女性艦長は、
【 護衛艦くあま艦長 畑中柚子 二等海佐 】
「政府に問い合わせたが、美咲さんは研修扱いで特別にヤマト艦隊の同行を許すそうだ」
「かしこま!」
洋介が美咲に肘鉄砲を軽く食らわす。
「じゃなかった、畏まりました!」
* *
いまやアメリカ合衆国に代わって太平洋の覇権を握らんとする中華人民共和国。
その周陣兵ドクトリンに待ったをかけたのが首相たる彼、
【 中華人民共和国 国家主席 李国強 】
温厚な人柄でチャイナセブンに抜擢された李は周ドクトリンを色濃く受け継ぐ人民解放軍に頭を悩ませていた。
日本のネット民からは独裁政権のナンバー2が温厚な指導者となったものだから光堕ちともてはやされたものだが、李の政権基盤は危うい。
国際社会の支持を得て周にクーデターを起こしたはいいが、クーデターの功臣たる人民解放軍にも民主主義改革の矛先は向いた。
その人民解放軍を率い、中央軍事委員会主席に君臨するのが、
【 中国共産党中央軍事委員会主席 国務院国防部長 朱徳江 大将 】
そして今ヤマト艦隊と対峙しようとしているのが、
【 人民解放軍北海艦隊 政治将校 朱龍徳 少佐 】
* *
戦闘指揮所たるCICに入ると、副長兼船務長が洋介に敬礼してくる。メガネをかけた彼はCICの主、情報分析を担う三等海佐だ。
「東城一尉、艦長会議お疲れ様です」
「これはどうも」
「洋介君は次世代の指揮官ですからな」
「船務長、みてください」
「おっと、なんだなんだ」
船務長は洋介を手招きする。共にみてほしいという。
制御卓につく隊員はモニターの表示に指をつつき、違和感を示す。
「鳥ぐらいのシルエットですが……早すぎるんです」
「マッハで飛ぶ鳥はいない──ロシア戦闘機だ!」
護衛艦やまとからイージスミサイル護衛艦まやと同ちょうかいに対空戦闘が命じられる。
『対空戦闘用意!』
『対空戦闘用意!』
『やまとよりちょうかいへ、迎撃を頼む!』
『対空戦闘、近づく目標、SM2攻撃はじめ!』
護衛艦ちょうかい前甲板VLSが開く。
『いてまえ!』
火柱とともに、SM2が放たれた!
『SM2発射、正常飛行!』
爆炎が蒼穹を穢した。
* *
首相官邸内閣総理大臣執務室で閣僚らが仕出し弁当を囲んで食べている。揚げ物や焼き魚、乾いた白飯で喉がつかえる。女性職員が淹れた茶をすすったところで荒垣防衛大臣が入室してきた。
「総理、ロシア機と海自イズモ艦隊が交戦、相手に死傷者が出ました!」
物部が湯吞みを落とし、瀬戸物が粉々に砕け散った。
「この戦、勝ったな!」
ドヤ顔で述べる物部に岸本は顔をしかめる。
「物部副総理、私は広島出身の総理です。軽々しく戦などという言葉を使わないでいただきたい!」
「……」
「立花官房長官、会見の準備を」
「畏まりました!」
「岸本総理、私は防衛省に詰めます」
「ええ、そうしてください」
憮然としている物部を置いて閣僚がそれぞれの仕事に取り掛かった。物部はなにか思うところがある様子だった……
* *
ロシアが動けば、中国も動く。
ウクライナ、台湾の同時侵攻で日米を翻弄する構えだ。
艦隊が臨機応変に陣形を組み換える。
一条、鈴村、長瀬、刈谷、宮木、畑中、イズモ艦隊の各艦長に指示待ち人間などいなかった。皆が確固たる戦意を持ち、柔軟に対応している。
護衛艦いずもの甲板にF35戦闘機が並べられ、一機ずつ滑走路につく。
『イズモよりペンドラゴン1へ、台湾近海に熱帯低気圧発生との情報がある。注意されたし』
『ペンドラゴン1了解』
【 護衛艦いずも副長兼飛行隊長 西村竜太 三等空佐 】
空母といえども、甲板に耐熱処理とマーキングが施されているだけで、カタパルトはない。F35戦闘機自身のSVTOL機能で飛び立つのだ。
『ペンドラゴン1、クリアードフォーテイクオフ』
F35戦闘4機編隊が熱帯低気圧に呑まれかける台湾に飛び立っていった。
* *
先程の荒垣健防衛大臣の記者会見を受け、詳細な説明をするべく、首相官邸記者会見場には岸本勇雄総理自らが会見を開く。
『先程、イズモ艦隊とロシア戦闘機が交戦。海上自衛隊はロシア機を撃墜しました』
「なんだと!?」
喧噪の中、毅然と挙手する女性記者がいた。
「東邦新聞の磯月です」
【 東邦新聞政治部キャップ 磯月望子 】
「岸本総理、日本に空母と戦艦は必要ですか?」
「それは……」
「総理、会見中失礼します」
秘書官が遠慮せず壇上に上がってくる。
「うん?」
耳打ちされた内容に岸本は目を丸くした。
「えっ、台湾の熱帯低気圧が台風に変わった!?」
* *
F35戦闘機がレーダーに映らないよう海面すれすれを駆け抜けていく。
単身中国軍空母山東に向かっていた西村竜太機に待ったがたけられた。
『いずもよりペンドラゴン1へ、状況が変わった、攻撃中止』
『えっ!? 中止』
『台湾に台風が上陸したんだ! とにかく戻れ!』
『了解!』
……ヤマト艦隊各艦長はオンライン会議で対応を合議していた。
『台風か』
『一条艦長、秘策はあります。この台風を逆手にとるのです』
護衛艦やまと砲雷長の言葉に皆がいぶかしむ。
『私は夫を、洋介を支持します』
『俺も義弟を支持します』
西村竜太と東城美咲が洋介に支持を表明した。一条は賭けてみることにした。
* *
運命の通信が開かれた。
『こちら中国人民解放軍北海艦隊、空母山東だ』
『こちら護衛艦やまと艦長、東城洋介だ』
『東城洋介……階級は大尉か、父君のことは存じ上げているが若いな』
『そちらも、人民解放軍は敵かと思っていたが、話のわかる指揮官で助かる』
『用件は台風についてか?』
『そうだ。これを機会とし、互いに部隊を引き下げ、人道支援に移ろう』
『……ほう?』
『ここで互いに退けば、国の面子を損なわずに済むどころか、我々は英雄となる』
『話は承知した。上と協議する。少し待て』
『了解』
「貴様! なんのつもりだ!!」
護衛艦やまととの通信を切った艦長に朱龍徳が詰め寄る。
艦長は拳銃を突きつけた! 政治将校への反乱だ!
「艦隊の指揮は私が執る!」
「船乗りは船乗りを見捨てない! それが俺たち現場の維持だ!」
艦長は洋介との通信を再び開く。
『結論が出た──』
海自隊員が固唾を飲んで返事を聞くべく構える。
『誇りある海上自衛官よ、共に台風に立ち向かおう!』
「「おおおおっ!」」
ああ、人民解放軍のなんたる英断か!
拍手喝采を背景に洋介は謝辞を述べる。
『それを聞いて安心した』
洋介はマイクを味方向けに切り替えた……いや、今や敵も味方もあるまい。
『全艦に達する。これよりイズモ艦隊は戦闘を中止して救助活動を開始、台湾に人道支援に向かう。護衛艦は破壊と殺戮を行う戦艦ではない、人の意志の象徴だ! 何があろうと屈するな! 抗え! 自衛隊の理想に基づき、我々はひとりでも多くの人を救出する!』
* *
昭和の宇宙戦艦アニメの処刑用BGMを流しながら護衛艦やまとが台風の中、波濤を乗り越え、取り残された住民のために寄港する。
今、海自SH60ヘリコプターが人民解放軍空母に着艦し、避難民を降ろし、代わりに物資をピストン輸送していく。
自衛隊と人民解放軍の幕僚が仲良く打ち合わせをしている。
歌手の美咲が避難民の子供を歌で和ませる。
……その様子を、首相官邸内閣危機管理センターで主要閣僚が見ている。
「負けたよ」
物部副総理は岸本に苦笑した。
「たとえ生まれた国が違っていても、俺たちは理解しあえる。そのことを忘れていた」
「物部さん……」
「政界のキングメーカーを気取るのもここまでにしときます。私は副総理兼外務大臣を引退しますよ」
物部は危機管理センターから去っていった。
「岸本総理、中国の李主席からです──朱派を拘束、軍事行動を取りやめると!」
「頼んだぞ、あいつら若い世代が未来を築くんだ」
幸一が涙を流す。
藤子が幸一にプリントアウトしたての文書を渡す。
「国連安保理が招集されたわ。各戦線が停戦したそうよ」
《 松コンテンツ製作委員会presents 空母いずも ──完── 》
結局、全面戦争の危機は回避された。
ロシアはウクライナから引き上げ、中国は台湾から引き揚げ、北朝鮮は核開発を取りやめた。
甲板では日中の隊員が敬礼を交わし、平和の使者として帰国していく。
「俺たちの体験を後世へ伝えていこう。俺たち若い世代が明日の平和を作るんだ」
くしくもそれは父が発した言葉と同じだった。
八月十五日の眩しい陽射しは彼らが旅立つ海を青く輝かせ、前途を祝福した……
CAST
東城洋介
東城美咲
西村竜太
一条勇気
鈴村ゆかり
長瀬佑都
刈谷真澄
宮木毅
畑中柚子
東城幸一
東城藤子
岸本勇雄
荒垣健
物部泰三
磯月望子