御歳30歳処女、魔法使い始めました!〜いや、感度3000倍にする魔法ってエロゲーじゃねぇか!!〜
初めての短編小説を執筆してみました!
実はギャグもコメディも何もかもが初めてな初めて尽くしの作品だったりします。
頭を空っぽにして楽しんで頂ければ幸いです(,,・ω・,,)
皆様は三十歳まで童貞だった男性は魔法使いになるという与太話はご存じだろうか?
実際に三十歳まで童貞だった男性が魔法使いになった事例はない。
ただ、その年齢になるまで脱童貞できなかった男性を揶揄して語られただけのことだ。
と、ついこの間までは思っていた。
「まさか、本当に魔法使いになるなんてねぇ〜」
三十歳まで童貞を貫けば魔法使いになれる。
その真偽が如何程のものかは定かでないが、少なくとも三十歳まで処女を貫けば魔法使いにはなれるらしい。
「でもさぁ、“感度を三〇〇〇倍にする魔法”はダメでしょォォォオオオオオオオオオオ!!!!(超小声)」
叫びたい気持ちは大いにある。
しかし、こんな恥部丸出し発言を素面で叫べるほど私は女を捨ててはいないのだ。
そして、場所が場所というのもある。
「せんせ〜い! 一緒にドッジボールしよ〜」
私が今いる場所は小学校の校庭。
そして、今声を掛けてきたのは私の推し——ゴホッゴホッ愛すべき児童だ。
そう、何を隠そう私は小学校教諭なのだ。
学校という閉鎖空間故に出会いなどなく、まだ大丈夫、イケるイケるとタカを括っていたが故に三十歳を迎えた今でも処女を護り通してしまっているが、これでも美人女教師なのだ!
え? 処女なのはショタコンだから?
ん〜、なら仕方ないか!
「先生?」
目の前で小首を傾げる彼の名は、フラン・オルソン。
スウェーデン人の母と日本人の父を持つハーフの少年だ。
肩口で揃えられた金髪はサラサラと風に靡き、蒼穹を想わせる眼差しは純粋無垢に煌めいている。
まるで王子様のような風貌の彼は、鼻血を垂らしてボーっとしている私の服の裾をくいくいと可愛らしく引っ張る。
「ねぇ、先生? ドッジボールしないの?」
「え、ああ。ごめんね。先生ちょっとボーっとしてたわ。ドッジボールしましょうか!」
「うん! 早くいこ! 先生!」
私は溢れ出す鼻血を気合で捩じ伏せて、ハンカチで優雅に拭い去ると、フラン君の後を追って駆け出した。
◇
僕のクラスの先生はとっても美人だ!
腰まで届く綺麗でサラサラとした髪をサイドポニーテール? っていうんだっけ?
そんな感じの髪型にしてて、目はパッチリしてて、キリッとしてる感じ!
クール系? ってクラスの女の子は言ってたけどまさにそんな感じ!
でも、性格はクールというよりは優しいお姉ちゃんみたいだけどね。
「先生! ここ難しいから教えて〜」
「んぶふっ! いいけど、ちょっと待ってね」
算数で分からない所があったから聞きにいくと、先生は突然鼻血を吹き出しちゃった。
すぐにハンカチで拭ったし、いつものことだから気にすることでもないけど、なんで僕が話しかけるといつも鼻血を吹き出すんだろう?
不思議だなぁ。
「えっとここはね。三平方の定理を……ってなんで小学生の問題でそんなのが? 後で田中先生はシメないといけないわね」
先生は時々怖い顔をする。
教頭先生が言ってたけど、先生は昔ヤンチャをしてたみたい。
関東地方全部を支配する不良集団のトップだったとか。
でも、教頭先生が言ってたんだ。
昔ヤンチャしてたからこそ、道を間違えたからこそ、その経験を活かして子供たちを正しく、それぞれの個性を伸ばした道へと導いていくという夢を見つけたんだよって。
ぼくにはあまり難しいことはよく分からないし、昔の先生は知らない。
だけど、ぼくにとって先生が世界で一番カッコいい先生だってことには変わりないかな!
◇
ある日の放課後。
クラスの愛しき子供たちと別れを告げて、明日の授業で使うプリントの用意なども済ませて、さぁ帰ろうか、と身支度をしていた時のことだ。
先輩教師の田中先生に呼び止められた。
「佐々木先生、近頃不良集団が中高生をカツアゲする事案が増えているみたいですよ」
ああ、佐々木というのは私の名前だ。
面白みもない名前だから別に覚えなくても良いよ。
それより、カツアゲか。
お小遣いの少ない小学生を狙うことはないとは思うけど、因縁をつけてくる小者はいるかもしれないわね。
「分かりました。そいつらを見つけてシメあげればいいんですね?」
「違うよ!? 児童が危ないからできる限り見回りしてねってお話だよ!? シメあげちゃだめですからね!!」
まったく、冗談の通じないハゲだ。
とはいえ、児童の危機を見過ごすなど論外だ。
私の癒しを奪うというのなら命を賭けろよ。
「分かりましたよ。児童を大切に思う気持ちは私も同じです。夜まで町中練り歩いてきますよ」
「それは好きにしたらいいけど、佐々木先生もしっかり休むようにね? まだまだ若いとはいえ、身体は大切にね。無理をしちゃダメだよ?」
算数の問題プリントに間違えて数学の問題を出して時にはプリントの回収と新たな算数の問題作りを手伝わされ……。
風邪で休んだ日の授業を代行してもらった時には、続きじゃなくて一個飛ばした授業をしたばかりに、翌日以降は休んだ日の前日まで進んでいたところから遅れを取り戻すように駆け足気味の授業速度にせざるを得なかった。
おまけに、それでは子供たちも当然ついていけないので、足りない分は解説付きで分かりやすくした問題プリントを宿題に出して埋め合わせることになった。
こんな感じでいつもうっかりで私に迷惑を掛けまくるハゲのクセに、人一倍優しい心を持ってるから憎むに憎めない。
ただ、他人の心配をするより自分の心配をしろとだけ、心の内で溢しておくとしよう。
「無理はしませんよ。それじゃ、ハ……田中先生さようなら」
「ねぇ今ハゲって言おうとした? ハゲって——」
一々うるさいハゲは扉を閉めてシャットアウトし、学校を後にした私は夕陽に染まる街へと繰り出した。
◇
夕暮れの街並みを眺めながら練り歩いていると、意外と多くの児童がいたので見かける度に早く帰宅するように告げておいた。
ただ告げるだけじゃ無視してそのまま遊ぶんじゃ? と思ったそこの君、私の人望を舐めるな。
どこぞのハゲなら舐められてる(優しい先生なので一応人望はある)ので、無視されることは想像に難くない。
私なら絶対無視する。
だけど、私の言うことが確かなのは彼らが身に染みて思い知っている。
クラスで山へ遠足に出かけた時。
崖側で遊んでいたフランくんに“危ないからもっと広くて安全なところで遊びなさい”と声を掛けた。
その頃はまだ信用が足りなかったのか、フランくんは友達と共に私の言葉を無視して遊び続けた。
すると、案の定足を滑らして崖下へまっしぐら。
と、なることを児童を愛する私が見過ごす訳もなく、崖を駆け降りて落下するフランくんを受け止め、崖から突き出していた枝に捕まることでなんとか事なきを得た。
昔から運動神経が良かったからな。
この程度はなんてことない。
『うわぁぁぁあああん。ごべんな゛ざい! ごべんだざぁぁああい!!!!』
腕の中で泣き喚くフランくんを優しく抱きしめると、枝に捕まる腕に力を込めて、振り子の要領で反動をつける。
そして、その勢いを利用して一息で崖の上へと舞い戻った。
平地に戻っても未だに泣き喚くフランくんを抱き締めて、安心させるように背中をポンポンとゆっくりと優しく撫でる。
『よしよし、もう大丈夫だからな。……でも、これで分かったろ? 危ないから私の言葉だけはしっかり聴くようにな?』
『う゛ん! ごべんだざい、せんぜい』
「良いよ。だけどな、こういう時は謝るんじゃなくてお礼を言ってあげる方が相手は嬉しいもんだぞ?」
私がそう言うと、私の胸を濡らしていたフランくんは顔をあげて、涙で濡れた瞳を細めて、輝くような笑顔を浮かべる。
『ありがとう! せんせい!』
『……!! ふふ、よくできました』
そう言って、私はフランくんの柔らかな髪を梳くように撫でるのだった。
今思えば、その笑顔がきっかけで彼が私の推しになったんだよなぁ。
あれ以来、彼と面と向かう度にときめいて鼻血が出てしまうのは少々困り物だけど。
「……い、……ぇじゃねぇ……。……」
「……なさ……。……とし……」
考え事をしながらも巡回を続けていた私の耳に微かな声が届いた。
だが、周囲を見渡しても声の主の姿は見えない。
「そうだ、こういう時こそ使えるんじゃない? 感度三〇〇〇倍の魔法!」
何もえっちなことに使うだけの魔法ではない。
感度ということは、聴力の感度を上げることだってできるのではないか? と私は考えたのだ。
そして、その考えは正しかった。
「今日の夕飯は何にしようかしらぁ」
「やった! SSR当たった!」
「クッソまたすり抜けかよ! ぬあああああ!!」
「ガチャ回すのぉ! ガチャ、ガチャぁぁぁあああああああああああ!!」
「あのクソ上司。肥溜めに叩き込んでやりてぇぜ」
「タラリララーッタリラッタリリッラッスティ♪」
「おいおい、肩痛めちまったよええ?」
「俺たちを舐め腐ってんのか?」
「サンドバックにしちまおうぜ」
「いいな! どうせ金持ってねぇだろうし、ストレス発散ぐらいにしか使えねぇだろ」
「や、やめてよぉ」
「風香ちゃん、逃げて! ぼくが時間を稼ぐから誰かを助けを呼んできて!」
クッソ耳が痛ぇぇぇえええええ!!!!
町中の声が聞こえてきて頭パンク寸前だっての!
使えない魔法だなホントに!!
でも、見つけた。
◇
始まりは風香ちゃんが怖いお兄さんたちにぶつかってしまったことだった。
すぐに謝ったっていうのに、怖いお兄さんたちは許してくれなくて、どんどん怖い雰囲気を強めていった。
「風香ちゃん、逃げて! ぼくが時間を稼ぐから誰か助けを呼んできて!」
背後に庇ったクラスの女の子——風香ちゃん——に逃げて誰か呼んできて欲しいと頼んだものの、どうやら怖くて動けなくなってしまったらしい。
その気持ちは分かる。
ぼくだって怖い。
今も足が震えて、声も震えてるのが分かる。
だけど、動かなくちゃいけないんだ。
人通りの少ない道。
ここには頼りになる大人はいない。
いつも助けてくれる先生はいない。
だから、ぼくが頑張らなくちゃいけないんだ。
ぼくは男の子だから、風香ちゃんを護るんだ!!
「へっへっへ、んだぁ? 一丁前に護ろうってか?」
「ヒヒヒヒヒ! おいおい震えてるぜ? なっさけねぇナイト様だなぁ?」
「ダセェダセェ!! こりゃお姫様も不安でいっぱいだぁ! ギャハハハハハハハ!!!」
そんなこと分かってる。
ケンカなんかしたこともないぼくが、この人たちに勝てる訳なんてない。
護る力だってない。
だから、風香ちゃんだって不安で仕方ないんだ。
分かってるよ。
ぼくはヒーローにはなれない。
自分の身勝手で大切な人を危険な目に遭わせてしまったぼくに、ヒーローになる資格なんてない。
それでも……。
「ぼくはここで立ち上がらなくちゃいけないんだ! 情けなくたって、震えてたって! 怖くて泣いてる女の子を背に庇えなくて何が男だ!!!!」
その言葉が気にくわなかったのか、お兄さんたちは笑みを消した。
「お前、生意気だわ。サンドバックくんには蹴りをプレゼントォ!!」
ぼくの顎めがけて蹴りが迫る。
でも、ぼくの身体は震えて、動いて動いてくれなくて。
ぼくはただ、目をつぶって痛みを待つしかできなかった。
「ねぇ、君何してるの?」
痛みはいつまで経ってもこなかった。
代わりに、心の底で待ち望んでいた、だけど、ここにいるはずのない女性の声が聞こえた。
つぶっていた目を開けると、目の前には怖いお兄さんの蹴りを足で踏みつけて抑える先生の姿があった。
「せん……せい……!!」
「よく頑張った。私が駆けつけるまで風香ちゃんを護ってくれてありがとう。カッコよかったよ、フランくん!」
今まで感じていた不安も、恐怖も、全部吹き飛んでしまった。
先生がいる。
それだけで、安心感に包み込まれる。
なにより、ぼくにとっての最高のヒーローに認めてもらえた。
その事実が、涙が溢れるほどに嬉しかったんだ。
◇
「イッテェんだけど? 退けてくれる? その足」
「そう、痛いのはこれからだけどね」
私は踏みつけていた不良の足を解放すると、彼がフランくんにやろうとしたように、そのまま顎を思いっきり蹴り上げてやった。
顎への衝撃は脳を揺らす。
脳震盪を起こして一撃で気を失った不良はそのまま地面へと力なく倒れた。
「は? おいおい、教師が暴力なんて振るって良いんですかぁ?」
「事件だ事件だぁ。へっへぇ!! 面白くなってきたぁ!!」
「つーか、女の蹴り一発で伸びるとかザッケェなぁ! ヒハハハハハハハ!!!」
不良の一人を倒したことで、周りの不良たちが湧き上がる。
仲間がやられたっていうのに薄情な奴らだな。
「これは正当防衛だから問題ないよ。どう見ても悪いのはそっちでしょう?」
「そっかそっか。それじゃあしょうがねぇなぁ。んじゃ、俺たちも怖〜いお姉さんから身を守る為にせいとーぼーえいしちゃいまーす!」
ゲラゲラゲラゲラ、と不良たちが汚い笑い声をあげる。
数は一、ニ、三……十人か。
ちょっと多いけど、問題はないね。
愛すべき子供たちが背にいる。
それだけで私は誰にも負けない最強になれるんだから。
「かかっておいで。魔法使いが相手をしてあげる」
「いつまで夢見る少女のつもりかなぁ!!」
不良の一人が殴りかかってくる。
思ったより喧嘩慣れしてるのか、その速度は速い。
だけど、
「今の私には止まって見えるよ」
視力感度三〇〇〇倍。
ボクサーの動体視力は一般人のおよそ二〜三倍と言われている。
ボクサーでそれなのだ。
三〇〇〇倍という数値が如何に馬鹿げたものなのかがよく分かるだろう。
とはいえ、上がっているのは視力だけ。
相手の動きが止まって見えても、こっちが早く動ける訳じゃない。
止まったように遅い時間の中で、止まったように遅い動きで動けるだけだ。
感度三〇〇〇倍にしたのが視力だけならね。
「筋肉感度三〇〇〇倍」
筋肉は脳から放たれる生体電流によって動いている。
なら、筋肉の受信感度を上げてやれば、それだけで通常の三〇〇〇倍の速度で動くことができる。
身体に無理を強いてる訳だから、後の反動が怖いけどね。
「だから、速攻でカタをつけさせてもらうよ」
私は止まったように遅い時の中で不良その一の拳をかわして、その頬に拳を放つ。
私に殴られた彼は、私にとっては三〇〇〇分の一の速度でゆっくりと吹き飛び始める。
「時間ないから次行こうか」
不良その二、三、四、五、六と、次々に蹴りや拳を叩き込んでいく。
一発程度で倒せるのか? と思ったそこの君!
光の速度で蹴られたことはあるか〜い? ってやつだよ。
光速でこそないにしても、彼らにとっては常人の三〇〇〇倍の速度で殴られているのだ。
それぞれ一発ずつでお釣りがくるというものだ。
そして、最後の一人を殴ろう。
そう、拳を放つ直前で身体に悲鳴が走る。
「——ッッカハッ!!」
声にならない痛みが全身を駆け巡る。
クソ! ここで活動限界か!
痛みにより魔法が切れて、周囲の時間が再び動き出す。
「ぶべらばぁ!!?」
「ぶげら!!?」
「あじゃぱぁ!?」
「ちんぎすはぁん!!?」
汚い悲鳴をあげて九人の不良が車にでも轢かれたかのような凄まじい勢いで吹き飛んでいく。
痛みを堪えながら背後を確認すると、二人は目を丸くして驚いている様子だった。
二人にとったら急に不良たちが吹き飛んでいったんだから当然と言えば当然か。
一先ず、不安な様子も、怖がっている様子もないようで一安心だ。
「て、テメェ何しやがった!?」
最後に残った一人が辺りを見渡して狼狽する。
「言ったでしょ。魔法使いだって」
って強がってみるけど、もう喧嘩ができるような元気はないんだよね。
全身が酷い筋肉痛で、ゆっくりと身体を動かすのがやっと。
それでも全身を突き刺すような痛みが走るけどね。
「どうする? まだやるの?」
できれば、これで退いて欲しい。
もう私に戦える力は残されてない。
襲いかかってこられたら終わりだ。
「やるに決まってんだろ。落とし前つけてやらァ!!!」
「落とし前って……、ヤクザじゃあるまいし……」
呆れた眼差しを向ける私に不良が拳を振りかざす。
当然、反撃するだけの力は私には残されていない。
まぁ、正攻法ならって話なんだけどね。
「性感度三〇〇〇倍」
不良の性感度を三〇〇〇倍にまで引き上げた上で、最後の力を振り絞って不良の拳を受け流す。
その接触だけで、不良は絶頂を迎えた。
「あふんッ!」
不良は地面に倒れて、その衝撃でまたもや絶頂する。
ビクン、ビクン、と跳ねる度にその衝撃で絶頂するという無限連鎖に陥っている不良。
そんな汚いものを子供たちに見せる訳にはいかないので、目に触れないように自分の身体で隠すようにして振り返る。
「さぁ、お家へ帰りましょうか」
◇
後日、私は教頭と学年主任である田中先生にこってりと絞られた。
「あのね佐々木先生。正当防衛と言い張るにはやり過ぎです。不良たちは皆何処かの骨が折れていたみたいですよ?」
「う〜ん。ヤンチャは卒業したと思ってたんだけどねぇ。まぁ、やっちゃったものは仕方ないよね」
「教頭!! そうやって甘やかすとまたやらかしますよ! 彼女の為にもしっかり言い聞かせておきませんと! 逮捕されてからでは遅いのですよ」
「うっせぇハゲだな」
「ぬぁぁんですってぇ!!? どぅぁれがハゲちゃびんどぅえ◎△$♪×¥●&%#?!」
ボソッと呟いた一言に敏感に反応した田中先生が白目を剥いて狂瀾怒濤に怒り散らかす。
ホントハゲに敏感だなこのハゲ。
っていうか怒った顔怖すぎだろ。
「まぁまぁ、落ち着きなさい田中先生。化け物のような顔になっているからね」
「何気に酷い言い草ですね教頭」
私は教頭の容赦ない発言に苦笑いを浮かべる。
教頭の言葉に幾分か冷静さを取り戻したのか、田中先生は未だ口端から涎を垂らしてフシューと息を漏らすも、黒目だけは取り戻した。
いや、だから怖いって。
「ま、田中先生の言葉も最もではあるね。今回は子供を守るためという事情を汲んでもらえて正当防衛で事なきを得たけれど、一歩間違えれば逮捕案件だ。次からは気をつけなさいね」
「はい。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
教頭の言う通り、今回はなんとかお咎めなしで済んだけれど、次はどうなるか分からない。
学校から逮捕者を出すなんて、学校に迷惑をかけるのは当然として、子供たちへの影響も計り知れない。
事情が事情とはいえ、成長期の大事な時期にこれまで信頼していた大人が突然いなくなるというのは、大きな心理的喪失を生む。
子供たちを愛するものとして、彼らを悲しませる真似だけはしたくない。
それだけは、私の矜持が許さない。
それでも、また同じように子供たちが危ない目に遭ってたら、同じように助けるんだけど、次はもう少し穏便な対応を考えないとね。
「うん、でもね。僕はあえてこう言わせてもらうよ」
——よくやった。大事な子供たちを護ってくれてありがとう。
「…………!! はい!」
◇
そして、日常へ舞い戻った私は、放課後のグラウンドで子供たちがサッカーをする様子を教室の窓から眺めていた。
その中には私の推しであるフランくんの姿もあった。
「ぐ、ぐへへ。フランくんかわいいよフランくん」
だらしない表情をしている自覚はあるし、ボタボタと鼻血が溢れているのも自覚している。
けれど、今は教室に誰もおらず、グラウンドの子供たちもこちらを気にする様子もないので、私も気にする必要はない。
ああ、かわいい。
あの笑顔だけで全てが許される。
かわいいは正義である。
「せんせーい!!」
顔を溶かしてだらしない表情を浮かべていた顔を一瞬で元のキリッとした表情へ戻す。
感度三〇〇〇倍の魔法を使えばこの程度お茶の子さいさいだ!
筋肉痛で身体が超痛いけど。
そんな痛みも感じさせぬよう、笑顔を浮かべてフランくんへ返事を返す。
「なーにー?」
私が今いるのは校舎の三階だ。
だからよく聞こえるように大きな声で返事をすると、フランくんは屈託のない無邪気な笑みを浮かべる。
「一緒に遊ぼ!!」
その笑顔に一撃でノックアウトされた私の鼻から噴水が如く鮮血が舞い散る。
だが、倒れる訳にはいかぬ!
私にはフランくんと一緒に遊ぶという使命が残されているのだ!!
視力感度三〇〇〇倍、筋肉感度三〇〇〇倍を併用した超高速移動でグラウンドまで駆け降りて、鼻血を拭き、身嗜みを整えると、魔法を解除する。
全身には高速移動を行った反動で凄まじい筋肉痛が襲い掛かるが、フランくんの笑顔の前には無力だ。
早くフランくんと遊びたい。
その一心でグラウンドへ続く扉を開けて外に出る。
すると、グラウンドに出てきた私の不意をつくようにフランくんが抱きついてきた。
「えへへ! 先生だーいすき!!」
後から思えば、それは彼なりの感謝の気持ちだったのかもしれない。
だけど、抱きついてきた彼が浮かべたとびっきりの輝くような笑みは、私には眩しすぎた。
空には再び、鮮血が舞い散った。