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 セインと出かけて数日ほど経ったある日。

 郵便受けを見ると、王城から一通の手紙が届いていた。

 どうやら、お城で舞踏会があるらしい。

 我が家は腐っても貴族ではあるので、一応、招待先一覧に載せてもらったということだろう。私は行く気はないけれど、シルヴィアは行きたいんじゃないかな。本人に意向を聞いておこう。


 ……と思ったけれど、シルヴィアが家にいない。

 だいぶん前に水汲みに行ったはずだが、まだ帰ってきていないようだ。


(手伝いに行った方がいいのかしら)


 水甕の中が心許なくなっていたので、できるだけ貯めておいてほしいと頼んだけれど、彼女の細い腕では二往復くらいが精一杯だったかも。


 私は水桶を持って、井戸へと向かった。家からそこまでは少し距離があるけれど、薪割り小屋ほどではない。程なくして、井戸に辿り着いた。


 ……井戸に側にはシルヴィアと、もう一つ、人影があった。若い青年の横顔。その顔は、最近、家族以外で最も良く見た顔だった。


(あれは……セイン?)


 私は思わず木陰に隠れてしまった。


「……、………!」

「…………」


 内容は聞き取れないけれど、何か会話を交わしているようだ。セインは後ろ姿なので表情は見えないが、シルヴィアは溢れんばかりの笑顔である。その笑顔は本当に魅力的で……きっとセインも魅了されたに違いない。


(まあ、それはそうよね……)


 力仕事が取り柄です! みたいな娘より、綺麗で華奢な子の方に、誰だって心惹かれるに決まっている。

 そんなこと、ずっと分かっていた。けれど。

 ずきり、と胸が痛むのは何故だろう。


 私は軽く頭を振る。そして踵を返して、帰路に着いた。





 私が家に戻って、しばらくしてから、シルヴィアは帰ってきた。私は自分の部屋にいたけれど、廊下を歩くシルヴィアの足取りの軽さから、大変機嫌が良さそうだと窺えた。

 その足音が私の部屋の前で止まるや否や、義妹はノックもせず室内に乱入してきた。


「お義姉さま、今日、とっても良いことがありましたの」


 そして、胸の前で両手を組み、続けた。


「素敵な騎士様が水を運んでくださったの」


 シルヴィアは夢見心地の様子で、うっとりと口ずさみながら視線を彷徨わせる。その際、ハンガーにかけられているドレスを目敏く見つけてしまったようだ。ドレスのスカート部分を手に取りながら、不思議そうに首を傾げる。


「お義姉さま。このドレス、どうなさったのですか?」


 シルヴィアの素朴な疑問に、私は一言、


「もらった」


とだけ答える。


 ……今、そんなはずないって顔した。失礼な。


「お義姉さま、おうちの生活費を勝手に使ったのではないでしょうね」


 胡乱な目を私に向けるシルヴィア。まあ、貰った物じゃなければ、買った物であると考えるのは、至極、妥当だ。だけど、


「もらったんだってば」


で押し通す。事実だから、それ以外言いようがない。するとシルヴィアは「そう?」と納得したのだか、していないのか、よく分からない相槌を打つ。彼女の反応を分析することも面倒になった私は、投げやりに、


「もしかして欲しいの? だったら貴女にあげる」


と、そう告げた。


 だって、こんなひらひらした服を着てたら働けない。どこに着て行っていいかも分からない。……多分、もう着ることは、ない。


 でもシルヴィアは、少し考えた後、


「いらない」


と言って、それを私に突き返した。その目が、どこか非難がましくて、私は思わず目を逸らしてしまった。

 一方のシルヴィアは、もうドレスには興味を失ったようで、ぱっと表情を変え、瞳をきらきらさせながら、訴えかけてきた。


「それよりお義姉さま。今度、お城の舞踏会があるの。行ってもいいかしら?」


 許可を求めてはいるが、駄目と言っても、こっそり家を抜け出して行くだろう。そもそも私から切り出そうとしていたことだ。反対する理由はない。


「どうぞ」

「嬉しい! 早速準備をしないと」


 私の答えを聞いたシルヴィアは、嬉しそうにスキップしながら、自分の部屋に戻って行った。


 嵐のようなシルヴィアが去れば、部屋は再び静けさを取り戻す。そして私は改めてドレスを手に取った。


 雑に「あげる」なんて言ってしまった自分に自己嫌悪する。

 これはセインから私にプレゼントされたものだし、ましてや、あの日は間違いなくとても楽しくて、これはその思い出の品だ。


 私はドレスをそっと胸に押し当てる。


 投げやりな気持ちのままに、あげたりしなくて良かった、と。心から、そう思った。

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