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 さて、歌劇場にはいくつかの格に分かれていて、ここは庶民の娯楽として運営されている大衆用のものだった。私のような者でも入りやすい。

 結構人気の演目のようで、人が大勢集まっている。


「二人分のチケットをもらったんだが、一緒に行く相手がいなくてね」


 仮にも騎士様だ。しかも、この容姿なら、引く手あまたのような気がするが。俄かに信じられない。そんな私の疑念を読んだかのように、


「安月給の騎士なんて、誰も見向きもしないよ」


とセインは苦笑しながら、ぼやいた。


 そうか、安月給なのか。つまり玉の輿を狙うシルヴィアのお眼鏡にも適わないということで……少しほっとする。


 ……いや、待て。なんでほっとするんだろう、私。


「俺が安月給と聞いて、嬉しそうだな」


 私の表情に目敏く気付いたセインが、少し不満そうな声を上げたので、私は慌てて首を横に振る。


「い、いえ、そんなことは。……ただ」

「ただ?」

「とても親近感が湧きました」


 セインがもし、大富豪だったりしたら、きっと私は尻込みしてしまうだろう。だから……これがいい。

 それが正直な感想だったが、受け取る側はどう思っただろうか。気分を害してはないだろうかと少し不安だったが、


「そうか」


と答えたセインは、とても穏やかな目をしていたので、きっとそれで良かったのだろう。


「じゃあ、入ろうか」


と劇場内に案内してくれた。





 歌劇場で、騎士物語を観劇し、その後、小洒落た店でお昼を取った。今日見た劇の感想から日常のことまで、お互いに会話は尽きることがない。

 びっくりするほど、時が早く過ぎて行く。

 ふと気がつけば、窓の外では随分と日が傾いており、夕暮れに差し掛かろうとしていた。


「あ、もう、こんな時間」


 私は思わず声を上げた。名残惜しいけれど、家族が待つ家に帰らなければ。


「そうか。もう、そんな時間か」


 セインも私と同じ気持ちだったようで、名残惜しそうな表情だ。それが何だか嬉しかった。


 行きに着替えた店で、ドレスを着替える。いつもの服に戻るとひと心地ついたけれど、魔法が解けたかのようで、少し寂しかった。


「今日は、とても楽しかったです」


 お礼の言葉を述べながらも、私は店員さんに渡されたドレスを持ったままだ。


「あ、このドレス、このままお返ししても良いでしょうか?」


 着たものを、そのまま返すのもどうかと思うけれど、下手に自分で洗濯でもしたら生地を傷めてしまいそうだ。貸衣装と言っていたので、専門家に任せた方が良いだろう。


 セインは一つ頷いて、ドレスを受け取った。その後、店員に渡したのだろう、いつの間にか、その手にドレスは無くなっていた。


 私たちは来た時と同じように、馬車に乗って帰路についた。

 家まで送ると言ってくれたけれど、いつもの薪割り小屋まで、とお願いした。なんとなく、家族にセインの存在を知られるのが躊躇われたからだ。

 もう少し、余韻に浸っていたかったというのもある。


 やがて薪割り小屋に着くと、不意に、


「これは君を今日連れ回したお詫び」


と丁寧に包装された包みを渡された。その大きさと形、柔らかさから、包みを開けなくても中身は推測できる。今日、着ていたドレスだろう。


「え、でも……」


 そもそも、以前薪割りをしてくれた対価としての一日だったはずだ。それが、綺麗な服を着させてもらって、歌劇場にも連れて行ってもらい、その上、プレゼントまで貰うなんて、いいのかな?

 でも、セインの「貰ってくれるよね?」という期待に満ちたキラキラした目を見ていると、迷いもふっとかき消えていった。


「ありがとうございます。大切にします……!」


 そう言うと、セインは嬉しそうに頷いた。





 家に辿り着くと、玄関の前に、大きな籠が置かれていて、その中にたくさんの野菜が入っていた。こんなことをしてくれるのは、もちろん、セインしかいない。

 なんだか、逆に気を遣わせてしまったような気がするけれど、私にとっては、とても幸せで夢のような一日だった。

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