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城下町へ行く道すがら、小さな店に寄ることになった。セインに促されて中に入る。そこは、どうやら衣服を売っているお店のようだった。
並んでいる衣装は、おしゃれだけれど品がよく、気の利いたものばかりだ。
(高そう……)
ちょっと尻込みして足を一歩引くと、セインが私の腰に手を添えて押し留める。柔らかな声で、
「貸衣装だから、そんなに値は張らないよ」
と告げた。……どうして私の考えていることが分かったのだろう。顔に出てたなら、すごく恥ずかしい。
そんなことを考えている間にも、いつの間にか女性の店員さんが立っており、彼女はにこやかな笑みを浮かべて、
「いらっしゃいませ、アンナ様。今日は、私どもがお手伝いいたしますので、よろしくお願いいたします」
と告げ、
「では、こちらへ」
と続けた。どうやら既にセインとの間で段取りができているらしい。
案内され、試着室に入ると、ハンガーに一着のドレスが掛けられていた。
お城の舞踏会で来て行くような仰々しいものではなく、まさに城下町に繰り出すのに丁度良い感じのものだ。
決して派手ではないけれど、ちょっとしたところに華やぎがあり、洗練されている。
……サイズがぴったりで、私の好みのデザインすぎるのが、なんだか怖い。たまたま?
セインに得体の知れなさを感じそうになったけれど、すぐにさっきの人とは別の店員さんに呼ばれて、その考えは頭の外に立ち消えた。
「お化粧と御髪を整えますので、こちらへどうぞ」
再び別室に連れて行かれる。
磨き抜かれた大きな鏡の前に、座り心地の良さそうな皮張りの椅子。
その椅子に腰掛けるよう誘われ、恐る恐る座ると、
「では、失礼いたします」
と声をかけられた。
手際良く、しかし丁寧に動く店員さんの化粧筆が、私の頬を滑って行く。少しずつ、でも確実に私の顔が、ドレスに負けないくらいに彩られて行く。
最後に髪も結われた。青い花を模した髪飾りが、とても可愛らしい。
「はい、これで終わりです。お疲れ様でした」
その声と同時に、セインが最初の店員さんと共に部屋に入ってくる。
そして私を見て、一瞬目を見開いた後、ほころぶような笑顔を浮かべた。店員さんの、
「とってもお似合いですよ」
という言葉に、
「そ、そうだな。本当に……綺麗だ」
と答えながら、彼は、少しそわそわした感じで首に手を当てる。そんなふうにセインが変に照れるから、私まで照れ臭くなってしまったのだった。
☆
城下町に足を踏み入れると、華やかで賑やかな街並みが広がっている。いや、流石に今まで一度も城下町を訪れた経験がないわけではない。ただ、今日は特別に新鮮に感じられた。
(おしゃれをしているからかしら)
ふわふわと夢見心地で、地に足がついていない感覚。
少しばかり結婚適齢期を逃しつつある私だけれど、それなりに可愛い格好をしてみたいとか、そんな憧れだって持っていた。でも、母と義妹の面倒を見て行くためには、お洒落にお金をかけることはできない。そんなふうに思って、諦めていた。
けれど、こんな形で夢が叶うなんて。
ちらと視線を上げてセインを見ると、ばっちり目が合った。……ずっと見られていたのかしら?
二人揃って、慌てたように目を逸らす。なんだろう、すごく面映かったので、お店の商品なんかを見て気を逸らしてみたり。
そんな中、通りの店先に並んでいた、透きとおった美しいガラスの靴に、ふと目を奪われた。
照明の光によって複雑な光沢を生み出す、華奢な意匠のものだ。
ただ、これが本物のガラスだと、万が一割れてしまった場合、足が血だらけという惨状を引き起こしてしまうだろう。だからこれは、ガラスに似せた特殊な加工をした、革のように伸縮性のある素材のようだった。
一般の店に並んでいる品だから、ちょっと高めであるけれど、無理すれば買えないものでもない。
私の視線に目ざとく気付いたセインに、
「履いてみたい?」
と聞かれ、少し考えて、首を横に振った。
「見るからに入りそうにないです」
あの靴は随分と華奢だ。そして毎日、大地をしっかり踏み締めている私の足は、それなりにたくましいので、履くのは無理そうだ。たとえ、もし履けたとしても、踵が高すぎて、歩けないこと間違いない。ただ、こんな風にも思う。
「でも、とても可愛いから、見ていると楽しいです」
「そうか。たしかにインテリアとして飾るのも悪くないかもな」
セインも同意して頷いてくれた。
そんな何気ない会話を続けながら歩いていたが、ふと彼が、
「ここだ」
と言って、おもむろに足を止めた。