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その日もセインはやってきた。
騎士って忙しい印象だけど、存外暇なのだろうか。忙しい合間を縫って会いにくるほどの価値が私にあるとも思えないので、きっと暇に違いない。
まあ、いつも、そんなに長居はしないのだけど。
そんなセインは切り株に腰をかけ、何が楽しいかは知れないけれど、薪を割っている私を眺めている。時折、取り留めのない雑談を振ってくるけれど、基本、私の作業を邪魔するようなことはしない。
と思っていたところ。
セインが、ゆっくりと立ち上げる。そして私の側まで歩いてくると、
「はい」
と、突然手を差し出してきた。
この間のことがあるから、私は警戒して手を引っ込める。するとセインは苦笑いを浮かべつつ、言葉を加えた。
「その斧を貸してほしい」
そして、軽く手を胸に当て、騎士がお嬢様にするような所作で、こう続けた。
「ここに男手があって、君を手伝いたいと申し出ている」
その気持ちは嬉しいけれど、彼が私に対して、そこまでする義理はあるのだろうか。考え込む。するとセインは苦笑いを浮かべた。
「今、そこまでしてもらう義理は俺にはないんじゃないかって顔をした」
「い、いえ、そんな……」
まあ、すごく思いましたけど。そこを肯定したら、人の善意を信じることができない人みたいになるので、口を濁した。
でもね、やっぱり思うの。タダって、意外と後から高くつくものなの。大抵は。
そんなことを考えていると、私の心を読んだかのように、セインが言葉を追加した。
「もちろん対価はもらうよ」
確かに、そう言ってもらった方が、胡散臭さはなくなるけれど。しかし、それはそれで困ったことがある。
「え? 私、お金、持ってません」
するとセインが即答した。
「それは分かってるから」
分かってるのか。なるほど。じゃあ、どうするつもりなのだろうか。
「君の労働力をお貸しいただきたい」
多分、気を遣わせちゃったなって思う。きっと彼は私に、薪割りの代わりに、肉体労働以外の仕事をあてがってくれるのだろう。
私が、そんなふうにセインの行動を推し量っている間にも、彼は私の手から斧をもぎ取り、問答無用で薪割りを始めてしまった。
私は、セインの働く姿を眺める立場になる。
それにしても、労働力かぁ。
騎士の業務で、素人が代わりにできる仕事なんて、あるのだろうか。
……。
……………。
………………というか、薪割り、早っ!
やっぱり良い筋肉は、良い仕事をするんだなと、憧れがますます強くなる。私も、もうちょっと鍛えようかな。
そんなことを考えている間にも、セインは積み上がった木を要領よく割って行く。私の2倍くらいの速さで、必要な量の薪を作ってしまった。すごい。
一仕事終えたセインは、とても満足げだ。私が、飲み水を入れた携帯用の皮袋を渡すと、二口ほど口に含んで喉を潤す。
ありがとう、と皮袋を返してくれたセインに、私は恐る恐る尋ねた。
「あの、それで私は何をすれば良いのでしょうか?」
自分にできることは精一杯するつもりだけれど、正直なところ、彼の労働に見合う働きができる自信がない。
しかし、セインは意味深な瞳で、
「また今度な」
とはぐらかした。
結局その日は、代替労働の詳細を聞けないまま、一日が終わったのだった。