2
「せいっ!」
一つ割っては母のため。
「どりゃっ!」
二つ割っては義妹のため。
私は気合の声を発しながら、薪を割っていく。
今日は、お隣の農家さんが野菜と薪との物々交換を提案してくれたため、気合も入るというものだ。頑張ろう!
しかし。
「はあっ!」
お野菜のことを頭に念じながら、一心不乱に斧を振っていると。
「こんにちは、お嬢さん」
唐突に背後から声をかけられた。……薪割りに没頭していたので気付くのが遅れたけれど、多分何度か声をかけられていたのだと思う。
いつの間にか、背後に人がいたことにびっくりした私は、手を止め、背後を振り返った。
そこには若い男性が立っていた。身なりからして騎士っぽい。といっても、この国は騎士の国だから相対的に騎士が多いのだけれど。
涼しげな目元をした、精悍で見目の良い青年だ。
けれど私の視線は、彼の体躯に釘付けになる。
(いい体してるなぁ)
服の上から見ただけでも分かる。細身ではあるけれど引き締まって無駄がない。よく鍛えられているのだろう。
私も、こんな風に体に恵まれていれば、もっと効率よく薪を割れるのになあ、と羨ましく思う。
……と、いけない。騎士様は私に何か用があって声をかけてきたのだ。失礼があってはいけない。
「こんにちは、騎士様。何か私に御用でしょうか?」
しっかりと頭を下げておく。騎士という人々は現在、私たちのような没落貴族より総じて地位が高いのだ。
騎士様は、軽く胸に手を当て、こう言った。
「突然声をかけて申し訳ない。ただ、奇声を上げている若い娘がいるという通報を受けてね」
……………。
…………………。
うぅ。私、不審者ってこと?
私は慌てて、さらに深く頭を下げた。
「す、すみません。ちょっと気合を入れるために声を出していたんですが、うるさすぎましたね」
今まで苦情が来たことはなかったから、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。もう少し声を抑えなければ、と心から反省する。
「いや、たまたま通りがかった人からの通報だから大丈夫だ。近隣の住民は特に気にしてないようだから、通行人がいる時だけ気を付けて」
どうやらお咎めなしということらしい。ありがとうございます、騎士様。そんな感謝の意を込めて、
「はい!」
と元気よく返事をすると、騎士様は微笑んでくれた。でも、すぐに真顔に戻ると、気遣わしげな声で、こう言われた。
「というか、心配されていたぞ。一人で頑張りすぎじゃないかって」
近くの住民さんたち、ごめんなさい。そして、ありがとう。こんな、うるさくしていた私のことを心配してくれるなんて……良い方ばかりだ。
「男手はないのか?」
騎士様に問われ、私は頷いた。
「私は長女で、父や男兄弟はいません」
改めて言葉にすると、ずっしりと重い現実だった。そう、誰も頼れる人はいない。
「だから私が頑張らないと」
ぐっと拳を握りしめると、騎士様が不思議そうな顔をして首を傾けた。
「他の家族は? 今の言葉だと母親や姉妹はいるんじゃないか?」
初対面の一市民に、随分踏み込んだことを聞いてくるなあ、とは思ったけれど、治安を守る職務の一環かもしれないので、素直に答えておく。
「母は病気で伏せっています。義妹は……少し、か弱くて」
すると騎士様は「なるほど」といった様子で頷いた。
「……事情は理解した。無理はしないようにな」
騎士様は私に労りの言葉をかけると、そのまま踵を返した。職務に戻るのだろう。
騎士という人々は厳つくて近寄り難いという先入観があったのだけど、この人はそんなこと、なかったなあ、なんて思いながら、私はその後ろ姿を見送った。