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舞踏会というのは非日常。それは魔法のようなものだ。終わってしまえば、再び現実が戻ってくる。
私は、とても楽しい時間を過ごせたので、気力が充実していたが、シルヴィアの顔は晴れない。
「誰も私を見初めてくださらなかった……」
どうやら自信を喪失しているらしい。
しかし、義妹よ。その日にプロポーズされるとか、ないから。そのうち、誰か貴女を訪ねてくる……かもしれないし、もう少し待ってみよう?
さて、そんな折、王子が、舞踏会での落とし物の持ち主を探している、という噂を耳にした。
どうやら、信頼の篤い直属の騎士を遣いにしているらしく、巷では、王子はその落とし物の主に恋してしまったのではないか、と騒がれているようだ。
正直なところ、ただの噂だろうと思っていたのだけど。
「ごめんください。王子の遣いとして参りました」
と玄関の戸を叩かれた時に、それは本当だったのかと心底驚愕した。
流石に遣いの者は「王家直属」って感じではなく新人っぽい若い騎士だったが、玄関先で応対するのも失礼なので、
「どうぞ、お上がりください」
と勧めた。しかし若い騎士は、
「いえ、ここで結構です」
と断り、早速本題を切り出した。
「すでにお聞き及びかもしれませんが、私どもは、この靴の持ち主を探しているのです」
差し出された台座は、光沢のある濃い青のベルベット生地で作られたものだ。その上に上品に鎮座していたのは、透明に輝くガラスを模した美しい靴だった。とても見覚えがある。
あー。シルヴィアのだな。
あの日の彼女は確かに綺麗だった。見初められて探されたとしても無理はない。
しかし、そんなお伽噺みたいなこともあるんだなぁ。シルヴィアの努力も報われたというものだ。
感慨深さを覚えながら、私はシルヴィアを呼ぶべく口を開いたが、
「お待ちください!」
と慌てた声がして、シルヴィアが乱入してきた。随分とめかし込んでいる。降りてくるのが遅いと思っていたら、着替えていたのか。
……このボロ屋敷で輝かんばかりのドレス。
何だか浮いているような気がするのは、私の感覚が古いのだろうか。自分の感性に不安を抱いた私は、遣いの騎士の様子をちらと覗き見る。彼もびっくりした表情でシルヴィアを見ていた。
うん、やっぱり清潔で上品な格好の方が、こういう場には相応しいと思うよ?
しかしシルヴィアは、そんな私たちの視線に構うことなく、前へ出ると、その靴を見て……会心の笑みを浮かべた。
「騎士様、それは私の靴です。必ず、私の足にぴったり合うはずです」
そう言って、足を差し出そうとしたが。
「いえ、試し履きしていただかなくても大丈夫です」
え? そうなの? 王子様の探し人なんだから、ちゃんと履かせてみないと。王子様に会いたいがため、探し人以外の娘が、嘘をついて自分の物だと言い張るかもしれないよ?
まあ、シルヴィアのものだから良いのだけど。
少し釈然としない心地で二人の様子を眺めていると、若い騎士が肩を落として、愚痴をこぼした。
「舞踏会の落とし物が本当に多くて。基本的には全部城下の掲示板に張り出すのですが、持ち主が分かるものについては、本人に届けるって……全部張り出せば良いだけでしょう? そう思いません?」
まるで顔見知りにするような気安い感じで同意を求めてくる。……私、この人とは初対面のような気がするけれど。
ちょっと戸惑っていると、不意にその若い騎士の背後から、もう一つ、声が聞こえてきた。
「無駄口は叩かず、淡々と業務をこなせ、と言っておいたはずだが?」
その声が聞こえた瞬間、若い騎士の表情に緊張が走った。