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 息を潜めて、怪しい人物の出方を窺う。


 ……しかし。


「アンナ。俺だよ俺」


 最近、とてもよく聞いていた声が、私の名を呼んだ。


「……セイン?」


 呼びかけると、黒ずくめはフードを取った。現れたのは予想どおりの顔だった。


 私はほっと息をついて、握りしめていた箒を手放し、玄関へと向かう。扉を開けるとセインは「やあ」と悪びれることなく軽く手を上げた。

 私も「こんばんは」と挨拶するものの、ちょっと戸惑ってしまう。何となく、シルヴィアと一緒にいた姿が思い起こされ、胸がざわざわとして落ち着かない。


 でも、それは私個人の事情だ。セインには何の責任もない。私は気を取り直して、口を開いた。


「お城の舞踏会はどうしたんですか?」


 仮にも騎士なら、何かしら役割があるのではないか。しかしセインは、


「下っ端は暇だからな。抜け出してきた」


と言って、おどけたように軽く肩をすくめた。そして「そんなことより」と続け、


「月がとても綺麗な夜だよ。少しだけ、外に出られないか?」


と私に手を差し出した。


「君の母親の看病は、連れがする。……ダメか?」


 尋ねながらも、彼の手はそっと私の手を握る。その肩越しに、セインと同じようなフード姿の人物が、ひっそりと佇んでいるのが見えた。

 私の家族の事情に配慮してくれたセインの心遣い。そして、こんな夜に私の元へ来てくれたこと。私の胸に優しい温もりが灯った。


「少しなら」


 私はそう答え、しっかりとセインの手を握り返したのだった。





「いい場所があるんだ」


 そう言われて案内された先は、公道ではなかった。

 その道に踏み込もうとするセインに、私は躊躇の声をかける。


「ここって私有地じゃないですか?」


 確か、王族の遠縁の家柄で、長男が最近若くして騎士団長を任じられたとかなんとか、そんな噂を聞く。

 しかしセインは笑って答えた。


「今日は特別に開放されているんだ」


 今日は舞踏会の日。

 王城ですら開放されるのだから、そんなものかもしれない。私は納得して、彼に導かれるまま、歩みを進めた。

 程なくして、開けた場所に辿り着く。


「わぁ……」


 私は思わず感嘆の声を上げた。


 静かな湖畔に、白く美しい鳥が数羽、羽を休めている。柔らかな月の光に照らされた景色はとても穏やかで、心が凪いで行く。

 近くにはボート用の小さな船着場もあり、その周辺は少し開けている。湖畔を眺めるためらしき東屋もあった。

 絵画のような美しい風景に、私の心が柔らかく溶けて行く。

 きっとこういう時は、素直な気持ちを口にして良い時だろう。


「連れてきてくださって、ありがとうございます。とっても綺麗な場所ですね」


 するとセインは、すごく優しい瞳で私を見つめてくれた。


「そう思ってくれたなら、俺も、とても嬉しいよ」


 彼の顔が近づいてくる。


 ……そっと私の額に唇を寄せた。


 以前に手に口づけをされた時、すごくびっくりしたけれど、今度は驚かなかった。むしろ、そうなるのが当然と思えるほど、自然だったから。

 唇が離れると、向かい合った目が合う。少し照れたような表情のセインは、


「踊ろうか」


と、そう言って手を差し出す。私は自分の手を重ねた。


 豪華なシャンデリアの代わりに、柔らかな月明かりに照らされて、私たちはくるくると二人で踊る。

 綺麗なドレスもガラスの靴もないけれど。

 今の私は、お城で王子様と踊っている誰よりも、きっと幸せだ。

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