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No6 痛みの魔術師

六星正が掘られた地面の円の中、真ん中にあぐらかいて座る一人の半裸の男が居た。その掘られた線には血が溜まっている。

体中が輝いて、魔力が溢れているのが見て取れる。

そして6つの星の角に、立派なローブを着た6人の魔術師が居た。計7人の魔術師は誰もが皆、脂汗をかきながら必死に魔力を紡ぎ、呪文を唱えている。

――血飛沫がまた飛び散った。

真ん中に居る男の頭が砕け散ったのだ。見るに耐えない物体が部屋を汚し、飛んできた方角に居た魔術師はそれを頭から被っている。

が、微動だにせずに、魔法を唱え続けている。

真ん中の男に目を戻すと、先ほど砕け散った頭はすでに元通りになっているが、今度が全身が焼け爛れた。――が、瞬きをした後には元通りになっている。

このように、腕が取れたり、喉に穴が開いたり、胴体が真っ二つになったりと、地獄の拷問のような光景が男性の体については、すぐに元通りになっている。

深く数メートル掘られている六星正の線には、男性の血がどんどんと溜まっていく。それがより魔力の効果を高める役割をしている。


丸い円形の部屋の中は、大虐殺が行われた部屋のように変わり果てているが、そんな中7人が座って魔法を唱え続け、周りには何人もの魔術師が黒いローブを深く被って、順番を待っている。すでに黒いローブは血によって水分がそれ以上は入らないほど濡れていた。


座って呪文を唱えていた一人の魔術師が倒れ、すぐさま運び出される。

そして周りで待っていた魔術師が変わりにそこへ座り、脂汗を流しながら、血飛沫、肉を浴びながら呪文を唱え続ける。

そんな異様な光景が、真ん中の男性だけは変わることなく続けられた――。



――――――――


周りが山に囲まれている大きな盆地の中の端に位置する小さな国。そんな国の、王国魔法学校の教室で立派な服装に身を包んだ者達が会話をしていた。


「あらあら、見て頂戴。また昼間っから御暑いカップルが居ますわよ」

「まぁッ! 人前で異性と肌を合わせるなんて、不謹慎ですこと」

「名門ストルツ家も落ちたものねぇ〜? あんな平民出の者に奴隷の如く付きまとっているなんてッ!」

「貴族とは有るまじき行為だわ!! 汚らしい!! ストルツ家の面汚しですわぁ〜、お父上も嘆いていることでしょう」

「どうやってあんな弱い貧民が、落としたんでしょうねぇ〜? 夜は考えもよらないことをして服従でもさせているのでしょう」

「服従させられて喜んでいる方も方ですよねぇ〜。本当にあんな貴族が居ると平民に舐められてしまうから困ったものだわ」


チラチラとその話題にされている二人を見ながら、教室に居る全ての者に聞こえる音量で会話をしていた。

それを耐えかねた、二人の内の美少女、年は12歳ぐらいだろうか、小さな少女だ。銀髪は肩口程度までの長さで、細くて柔らかく、光を浴びればキラキラと光る。そんなストルツ家のリルールが拳を震わせて立ち上がろうとした。


「――言わせておけばッ!!」

「駄目だよー」

「で、ですがッ――!!」

「駄目だってば」


そう言いながら横に居た男、年は16程。白い髪は短く眉にかからない程度の長さのシュバルツという平民の少年魔術師が、横に居る美少女の脇をつついた。


「パゥァッ!?」


小さく奇声を発して、力が抜けてへなへなと椅子にもたれ掛かった。


「お願いです……脇だけは止めて下さい……」

「だって今にも殴りかかろうとしてたもん」全く悪びれずシュバルツは言った。

「う、うぅ、すみません……」と、言うとリルールは俯いた。

「もう何度目だろ、年上だからって敬語はやめて欲しいなぁ……」

「で、でも――「えいっ」」


言い訳しようとした、リルールにシュバルツがまた脇をつついた。


「ピェッ!!」


リルールは涙目になりつつシュバルツを睨んだ。シュバルツはそ知らぬ顔で、視線を逸らした。


そんな様子を見た貴族の同じ授業を受けている女生徒達が、また口々に他人の悪口は自分達の栄養ですから。と言わんばかりに言い合っていた。

それをリルールは睨むが、それもシュバルツによって止められた。


「ハイハイハイ!! お静かにッ!! 今日は、色素に置いて、魔力の多寡の違いについて知ってもらいますよー!!」


恰幅の良い三角帽子を着先生が入ってきて、授業が始まった。


授業が終わると、余計に二人への陰口が増えた。

この世界において、色素が魔力量と使いやすい魔法を表す。それが一番分かるのが毛であり、髪の毛である。

赤髪だと、火系。

青髪だと、水計。というように。そして魔力が無い者は勿論、白毛となる。

しかしそんなものはほとんどいない。農民だろうと商人だろうと色が付いている。

ただ使えるか使えないかは、学び次第なのだ。


その点シュバルツは髪は真っ白、目は少しだけ黒がある程度。

目に置いては、魔力とはあまり関係ないので、悪魔の魔法が使える。とかって言うわけでもない。



授業が終わり、次の授業のため二人は移動していると、シュバルツが急に咳き込みながら膝をついた。


「……ゴホッゴホッ……く……」


倒れても心配などせずに、道端に倒れた浮浪者でも見るような目でクラスメイト達が避けるようにして通り過ぎていった。

その中には平民上がりの魔法使いもいる。

リルールは悔しい思いをし、唇をかみ締めて我慢し、すぐにシュバルツの治療を始めた。


「今、魔法をかけます」


胸を押さえて苦しんでいるシュバルツの背中に優しく手を置き、流れるように、呟く様に呪文を唱えると手が光り、その光りがシュバルツの中に入っていった。


「はぁはぁ……ありがとう。良くなったよ」

「いえ、そのために私が居るんですから」


シュバルツは立ち上がり、頭一つ分差があるリルールの頭を撫でた。リルールは照れながら子供扱いしないでください。と手を払った。

リルールがシュバルツの貧弱な体を支えるようにして、次の教室まで移動をした。


平民上がりの魔術師は分かっていない。自分達がいなくなれば次の標的名貴方たちになるというのに――。

それなのに、同じ平民でこんなのが居るから、俺達まで馬鹿にされるんだ――。という眼つきをするだけで、貴族に媚びへつらうようにしていた。


二人は学園で完全に孤立していた――。



――――――


「――それじゃあ、次、シュバルツ君。やってみなさい」

「はい」


横でリルールが心配そうに見つめ、周りからは失笑の笑みを浴びながら、シュバルツは習った通り、魔力を杖の先から放出し、炎を出そうとした――。


プスゥ〜


小さな煙が、変な音をたてながら出るだけだった。

周りの生徒達が爆笑する中、シュバルツは難しいなぁと頭をかくだけだ。

横でリルールは先に念を押されていたため、大人しくしている。


そんな中、燃える様な赤く長い髪をした身長は女性の中では高めで、スラーっとした綺麗な女性徒が立ち上がった。


「すみません!! 何でこんな出来損ないが一緒に授業を受けているのか分からないんですが!?」


眉間をピクピクさしなければ綺麗な女生徒が不満を爆発させた。


「そう邪険にしてはならんよ、ディアティール君」


初老の先生がたしなめた。


「先生ッ!! そうは言っても、これじゃあ同じ魔術師として呼ばれるのも恥ずかしいです!! 記念すべき100回生なのに、あんなヘボでも魔術師をやっている弱小国なのか? と後ろ指を指されます!!」

「そうは言ってもなぁ〜、入学したらしっかり2年間教えるというのが決まりでなぁ〜」


先生はどうしたもんかなぁ。とボケたように言うだけで、指を指されて指摘されている本人は、いやぁ、申し訳ない。と頭をかきながら下げるだけ。毒気を抜かれたディアティールと呼ばれる、学年で最高成績を収める貴族の魔術師は、もういいです!! と怒鳴ると荒々しく座った。


「正面から言ってくれるのは、嬉しいね」

「あれだけ言われて何で……もういいです……」

ニコニコと笑顔を向けてくるシュバルツに、リルールは溜息をついていると、シュバルツがまたコホコホと咳をし始めたので、魔法を唱える。

咳き込む頻度が徐々にではあるが、多くなってきているシュバルツを心底心配しながら、今日もまた治療を続ける。



――――――



王国魔法学校の全生徒は、今軍隊の中に居た。


王国魔法学校がある、アルティア国は現在快進撃を続けていた――。


山で囲まれた丸い盆地の中に、多数の国が争いを数百年続けている。

そんな中で昔はそんな盆地内の領土を3分の1は持っていたアルティア国は、左下の隅まで追いやられ、城がある城下町だけが領土となるほどだった。

それを囲むように、剣の技術に特化した国がいつでも攻め落とせる国として放置しているぐらいだった。


しかし、アルティア国の軍隊が、不死身の軍隊となってからは、立場が逆転した――。




軍隊が森の前の草原で、簡易テント等が配置されている待機してた。

もう数時間後には始まる。

そんな中、兵士が列になって並んでいる場所があった。


「貴方の行く末に光あれ」


と一人一人の兵士に小さな魔石の入った袋が付いたネックレスをかけ、祈りを捧げる王国魔術学校の生徒――シュバルツの姿があった。


これは長年続くアルティア国の戦闘前のちょっとした儀式である。

本来なら魔術師の卵の女の子達がやるのだが、その者達は兵達と同じく列に並んで居る。


負けに負け続けて、とうとう魔術学校の生徒も戦闘に出されるように近年なってきたのだ。

そしてそれに当てはまらない、戦力とならない唯一の生徒、シュバルツがその役目をこなしていた。


なので、兵士達からは不満の連続である。


「はぁ……何でこんな痩せ男の全く祝福されそうにない祝福。逆に行く末が案じる気持ちになってくるよ……」


それはもう、口々にブーブー言っている。

伝統を重んじる者だと、美少女を出せー!! と怒鳴ったりしている。

――伝統を重んじる者? 重んじているのだ。


そんな余り良くない視線を浴びているが、シュバルツは常にニコニコの笑顔である。


そんな中、真剣な顔付きをして、引き締まった無駄のない体格をした兵士がやってきた。シュバルツより10センチぐらい背が高い。


「お、トゥルスじゃないか〜。頑張れよッ!」


トゥルスはシュバルツの幼馴染で、シュバルツの抱擁を受けた。

他の者は立ったままネックレスをかけられるのを嫌々待つのだが、トゥルスだけは違った。

膝をついて、王に頭を垂れるように頭を差し出して、ネックレスをかけれた。

シュバルツもそれに合わせるように、膝をついて、ネックレスの小さな袋を両手で包み、祈りを捧げた。


「何だ? お前達できているのか?」


ヒューヒューと周りの兵士達から声が上がるが、シュバルツは照れて頭をかくだけである。


「……俺は絶対に掠り傷一つせず、誰よりも敵を倒し、生きて帰ってくる」


とトゥルスは一言一言かみ締める様に、自分に言い付けるように真剣に言うと、鋭い眼光で兵士達を睨みつけてから立ち去った。




兵士達への祝福が終わり、最後に学園の生徒達に祝福をしようとするのだが、


「あんたみたいなのの祝福なんて要らないわ!」

「縁起が悪い。行きましょ」


と、ネックレスを投げ捨てられ、立ち去ろうとする。その前に立っていつも笑顔なのだが、その時ばかりは真剣な表情で、


「お願いします。祝福させてください」


と病んだ体で深々とお辞儀をするのだが、それでもその貴族の女達と一緒にいる男達によって突き飛ばされた。


「邪魔なんだよ!! とっとと失せろ!!」

「汚い手で気安く触ろうとするんじゃねぇ!!」


と、突き飛ばされた上に、追い討ちをかけるように緑の髪をした男が、杖の先で作り出した風の玉をシュバルツ目掛けて放った――。


「――ウッ」


風の玉は腹に抉りこむように突撃してきて、そのまま体は木へと勢い良くぶつかった。


「な、何をしたッ!?」


先に突き飛ばして来た男が、シュバルツに怒鳴ってきた。

それもそのはず、シュバルツに当たる直前、玉は逆再生するかのように放った緑髪の男の腹へと吸い込まれるように行ったのだ。

シュバルツはそんな男を無視して呟いた。


「校長先生……」

「いかんなぁ、いかん。――身内同士でやりあってどうするんだ馬鹿者ッ!!!!」


校長がいつの間にか学生達の中に居て、学生達を怒鳴りつけた。

その声に萎縮した生徒達は、その後近づいた時に小さく一言ずつ悪態を放ちながらも、シュバルツの祝福を受けた。


「すみません。助かりました」

「助かったのはあの子達じゃろうて」

「いえいえ、初級の魔法でしたが、それでも防げませんって」

「いや、――まぁ、そうじゃなぁ」


と校長は腰まで届く長い顎鬚を触わりながら何か言いかけたが止めて、少し思案した後、肯定の返事をした。そして校長もシュバルツの祝福を受けて、軍隊が整列している中へ向かって行った。


残ったネックレスを片付けよう。と振り返ったら、そこには学年トップのディアティールが居た。

何時の間に後ろに立っていたのか全く気がつかなかったシュバルツは驚いた。


「ヒィっ!!」


一瞬逃げようとしたシュバルツだったが、1歩踏み出したところで振り返って言った。


「――ん、ディアさんでしたか。良かったぁ魔族かと思いましたよ」

「勝手にディアなんて軽々しく呼ばないでくれ。それに人のことを魔族だなんて、礼儀がないのか? こんな惨めなことしか出来ないなら、退学してはどうだ?」

「いやぁ、出来ればもう少し居たいですよー。こうしてディアとも仲良くなれましたしね」


とシュバルツが言いながら、握手を求め手を伸ばしたら、勢い良く手は叩かれた。


「だから、ちゃんと名前で呼びなさい!! 私はディアティールだ!!」

「あいたたた……。力強いんですねぇ喧嘩したら負けてしまいそうです」

「だから、礼儀がなってないって言ってるんだ!! 女性に力が強いだなんてッ!!」


言葉遣い男っぽいのに。と思いつつ。

魔法を使ってどつかれそうになったシュバルツは遮るように言った。


「あっ!! もうすぐ出発するみたいですよッ!? 祝福しちゃいますねっ!!」

「――ック」


ディアティールが上げた杖は降ろされ、渋々ながらも祝福を受けていた。







そしてシュバルツは余ったネックレスを持って、綺麗な六星正の形をした、他の簡易テントとは比べ物にならなくて、周りには護衛となる兵士達で囲まれた、しっかりとした建物の前へとやって来た――。



「すみませ〜ん。雑用のシュバルツです。余ったネックレス持って来ましたー」


入り口の前に居た槍を持った二人の兵士が、武器などは持ってないか触って確認し、事前に受けていた命令により、ネックレスを貰う前に顔もしっかりと見ていたので、その顔と同じか確認し、偽者でもないことを魔道具でも確認した上で中へと通した。


六星正の建物のちょうど真ん中にある部屋にノックをする。

横には兵士がまた二人立っている。


「シュバルツ来ました」

「どうぞ」


その声と共に、ドアが開かれた。


「荷物、服、預かります」

「はい。お願いします」


近くに居た女性にシュバルツはネックレスの束を預け、服を脱ぎ始め、脱いだ服もその女性に預ける。

下着一枚になったシュバルツは恥ずかしそうに頭をかきながら、


「今日もよろしくお願いします」


と深々と中に居る面々にお辞儀をし、各々から返事が返ってくる。その中にいつも一緒に居て治療してくれているリルールもいる。

静かになった部屋で、


「進行開始まで後10分です」


と、総司令がシュバルツに向かって言った。

その重い言葉に、重く返事を返し、


「わかりました――それじゃあ、トイレ行ってきますねっ! リルールも行かない? 大丈夫?」

「だ、大丈夫ですっ!! さっき行きましたっ!! あ……うぅぅ……ばかぁ……」


トイレに行ったと大声で言って、その部屋にいる多数の大人達から視線を浴び、恥ずかしくなって縮こまった。

それを見た大人達がクスクス笑い、部屋の重い空気が緩和された。その様子を見て満足したシュバルツは部屋から出て行った。

が、シュバルツが部屋から出るとすぐに重い空気へと戻った。


「まだ青年にもなってない子に……」

「回を重ねるたびに体が細くなってますね……」


心配する重い会話を打ち破るように、銀色の短髪をしたリルールの父が言った。


「だからこそ、負担をかけない様に私達が頑張りましょう」


治療系で5本の指に入る実力の持ち主である者の言葉に、皆強く頷いた。



ドアの横に居た兵が、パンツ一枚の姿に、アッと小さく声を漏らしたのを聞いたシュバルツはその兵の方を向いて、にやーっと笑ってからトイレへと向かった。

――真っ赤になった女兵士がヘルメットがあって良かった。と心の中で呟いた。



――――


「進行開始1分前、皆さん準備お願いします」


総司令補佐が淡々と告げた。総司令はすでに別部屋に移動していて、指示を出している。


部屋の中で思い思いにその時間を待っていた、探知系と治療系のアルティア国で優秀な魔術師達が、立ち上がり、六星正先に3人の探知系の魔術師と、3人の治療系の魔術師が交互になるように座った。


そして真ん中にはすでに胡坐をかいて、瞑想状態に入っているシュバルツの姿があった――。


――――


「全軍、前へ進めッ!!!!」


魔法によって大きくなった声が辺り一面に響き、1000人近い兵士達と、100人近い魔術師達が進軍を開始した。


「我々は不死の軍隊だ!! 臆することなく突き進め、攻めろ、殺せ、負けることは無い!!!! 逃げるという選択肢はない!! ただ前に進み、相手の兵を殺せ!! 我々は不死の軍隊だッ!!!!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!!!!!!!!!!」」」


魔法によって辺り一面に響いた指揮官の鼓舞と、兵の足の音と怒号に、森の奥からも返事を返してくるように兵士の行軍が始まったのが分かった。


――――


六星正がある部屋の中では、目の前に表示されている味方と敵軍の動きを立体画像が表示されていた。

同じく総司令と総司令補佐等の重鎮達が居る部屋でも同様に表示されていた。


「このまま真っ直ぐ行けば、5分後には接触します。相手は約4000人の兵士と、約100人の魔術師。こちらは約1000人兵士と100人の魔術師です。どうしますか?」

「そのままでいい」


総司令補佐と、総司令が戦況を確認し、細かい指示を伝達系の魔術師に出していた。

4倍の兵力差は、確実に負け試合である。何か神がかり的な策略でもしない限り。

このアルティア国には、神がかりに近いものがある。――不死の軍隊と称される魔法だ。

一人の犠牲を払っているが……。


「総司令補佐です。30秒後に敵軍と接触します。――――10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、戦闘開始。こちらの部屋と通信を終わります――」


10秒前から、六星正に居た銀髪の3人の治療系の魔術師達が一気に魔力を解放する。詠唱はすでに進軍開始から唱えられており、止まることは無い。真ん中にいるシュバルツが白く輝きはじめる。

そして戦闘開始と同時に、シュバルツの体に傷が一気につき始める。

一瞬にして拷問を1日浴びたような体になるが、すぐに治る。

シュバルツは目を閉じ、手は足の上で組んでいる。脂汗を全身から流しならがも悲鳴一つ出さずに詠唱を唱え続け、耐え続ける。


――シュバルツが唯一得意とする魔法は、痛み分け、痛み受け、自己犠牲と様々に称される魔法で、未だに正式名称はない。この魔法は他に使えるものは居なく、歴史的に見ても全く居ない。そして歴史に残ることもないであろう。――現在、アルティア国において最重要機密であるからだ。知って居る者は部屋に居る魔術師と、総司令、総司令補佐、王様ぐらいである。重鎮達も知らされていない。


その魔法は、子供の時から使えることから、特異体質であると思われる。魔術師には他にも独自の魔法を使う者がいる。それらも特異体質の者達か、キッカケによって得た者達かだ。

この魔法というよりも、未だ解明出来ていない能力と言った方が正しいかもしれない。

痛みを他人に代わり受けることが出来るのは、大体シュバルツの視野が届く範囲程度。しかし、六星正の形の円の上にいる他の探知系を得意とする魔術師達が目の代わりとなり、兵士達を探知している。その探知されている自軍が傷つく痛み、怪我を全て引き受けるのだ。

ただそれだけだと、一瞬にして死んでしまうだけだ。なのでそれを回避するために治療系の者達が、過剰を超えた過剰の魔力と魔法による治療魔法をかけ続けることによって、どんな怪我を受けても一瞬にして治るので、死ぬことはない。

自身も元は銀髪で治療が得意の魔法使いでもあった。――が、地獄の拷問よりもきつい、この幾たびもの死の痛みを耐えることによって、誰よりも綺麗な銀髪は一瞬にして白髪へと変わった。


魔力と魔法事態が、血肉となるので、細胞分裂による死亡はまずない。が、例がないほどの過剰の魔力と治療がどんな副作用を起こすかは、不明である。すでに回を重ねるごとに弱っていっていることから、確実に体を蝕む行為であるのは間違いない。


それでも自国の兵士が助かり、自国が戦争で勝利するためなら一人の犠牲を払ってやらなければならないのだ。



アルティア国を端へ、山脈に追いやるように展開している、隣国レヴァンナは、弱小国と侮っていた国に、不可思議な不死の軍団となるものに、連敗に連敗を重ね、とうとう総力戦へとなったのだ。

つまり、今回の戦争に勝てば、アルティア国の勝利であり、レヴァンナを吸収することによって、大陸の10分の1程度の大きさの国へとなる。


――――


レヴァンナ兵は、命令されていた。――決して逃げるなと。


連敗は、刺しても斬っても殴っても元通りになる相手の兵に恐怖を覚えた一人の兵が逃げ出したことによる、連鎖反応での惨敗だった。

なので、私、レヴァンナの総司令は逃げ出した者は拷問してから処刑に処する。との命令を下して、それを阻止しようと必死だった。

総司令である自分もこんな意味不明な相手とは戦いたくないが、戦わなければ無条件降伏となってしまう。

そんなことになれば、末代まで言われ続く――恥さらしと。


こうして4倍もの兵を集めた。なのに、士気が異様に低い。鼓舞しようと必死になるが、それはいつもと違い逆効果になっていった。

死霊使いという魔法も確かに存在するが、はっきり言って出来損ないの兵隊が出来るだけである。

そんな、大したことの無い魔法とは違う。熟練されたアルティア国兵が殺しても殺しても生き返るのだ。

生きてきて今が一番嫌であった。


数の暴力で、包囲して拘束していく作戦に出たのだが、上手くいかない。

アルティア国の総司令が優秀なのか、的確な指示によって、包囲を許さない状況にあった。

回り込もうとしても、そこにはトラップが山ほどあったり、真ん中を突破して囲もうとしても、優秀な魔術師も揃うアルティア国の真ん中に配置されていて、逆に手痛い反撃にあう。


あれだけ言ったのに、開戦10分も経っていないのにポロポロと離脱者が出始めている。

逃げていく兵を見て、俺だって逃げ出したいんだよ!! と決して声には出せない声を、心の中で叫んで、涙目になりながらも指示を出す――。


――――


俺はレヴァンナ国に長年仕えて、一個隊の隊長だ。


普段なら捻り潰すことが出来る新参兵でも、死を恐れない捨て身の攻撃をしてきたら、俺でもたまらない。

体を貫いて、いつもならそこで死ぬはずの者が、死なずに笑いながらそのまま切り返して来るのだ。


剣を離して咄嗟に回避出来たが、死なない相手というのは、非常に厄介だ。

アルティア国とは正反対の場所で戦っていたため、こいつらと戦うのは初めてだ。

死なない人間などいるはずないだろ。と馬鹿にして、どついていたが――同僚よすまない、謝る。


とにかく逃げずに攻めろ。とアバウトな命令を受けたが……これは無理だ。

必死に攻めて攻撃しても死なないのだ、そんなゾンビ達に攻めあぐねていると魔法が飛んでくる。


そうなってくると、防御に回るしかない。

周りに居た隊員達に、指示を出そうとするが――いない。

嘘だろ。誰も居ない。殺されたか逃げたか……。

それは仕方がないだろう。不死の兵なんて居ない!! と総司令が豪語していて、それを信じていざ戦ってみたら不死の兵だ。

責めるつもりはない。


すでに回りは取り囲まれていた。すでに10回は殺したやつが自分の血を舐めてこちらを見てやがる。お前10回も負けておいて、何勝ったつもりでいやがる。ふざけるな!! 怒鳴りたいが、実際には負けているのだ。――悔しいがそれが現実だ。脇差だった剣はすでに血のりでまともに切れそうにも無い。

――突っ込んで散ってもいいが……家族を路頭に迷わすわけにはいない。投降することにした。



――――――


リルールside


尊敬する治療系の方々が、現在シュバルツ様の治療を行っている。

初めに治療を行っていた父と母はすでに倒れて、ベットまで運ばれている。

私の順番は最後だ。


シュバルツ様の全身が押しつぶされた。見るに耐えない光景だが、すぐに治る。土系の魔法で押しつぶされた兵がいたのだろう。

連続して全身が潰れなかったことから、すぐに助け出されたのだろう。

治ってからもすぐに死に続けるような死に方が一番、シュバルツ様にも本人にも苦痛である。

なので、目だって指示は出ていないが、そういう者が居た場合はすぐに助けるようにそれとなく指示が出ている。

不死の軍隊となってから、無茶をするような戦闘をする者が後を絶たない。――そいつらの顔をぶんなぐってやりたい。

しかし、明確に無茶な戦闘するな。と指示を出しにくいのだ。

そんな指示を出せば、有限なのか? と他の国に思われてしまうからだ。

そう思われてしまっては最後だ。死の兵に脅えずにまともな戦闘となれば、シュバルツ様と我々の負担が大きくなり破綻してしまう可能性が大きい。

シュバルツ様はどこまで耐え切れるかは分からない。


また一人魔力を使い切って倒れ、運ばれていった。


総力戦ということで、いつも以上に掘った線に血が溢れてきそうだ。

しかし血は魔法を使うにあたって、魔力の代用品として使うことも出来るので、増えては減っては増えては減って。の繰り返しをしている。

この建物、部屋事態が魔方陣となっているので、飛び散った血肉は魔法陣の上に置かれ、再利用の如く利用されている。


すでに見慣れた光景だが、初めて見たときは、1週間はまともに食事も睡眠も取れなかった――。

シュバルツ様は、幕を張って防いで欲しい。と言っては一歩も引かなかったので、父上達は同意したらしい。

が、現状は全員が全員浴びている。シュバルツ様は目を深く閉じて瞑想しているし、終わった後の記憶も曖昧らしいので、始まる前に膜を張っていればシィバルツ様は納得してくれるのだ。


父上に何故血肉を浴びるのですか? 聞いたら、一人の少年があんな思いをしているのに、その少年の血肉を浴びるのが嫌だなんて言う者が居たのなら、私が直々に殺してやる。――娘よ、お前はどうなんだ?

普段温厚な父上が、殺意を秘めた声で聞いてきた。


私は甘い覚悟だったことに気がつき、その言葉で自らの命をかける覚悟を持つこととなった――。


――――


「総司令補佐です。敵軍から降伏勧告が出ました。我が軍の勝利です」


総司令補佐が倒れて出て行く魔術師と入れ違うように入ってきて、冷静に勝利を告げた。

しかし、この部屋はまだ重い空気に包まれている。

まだシュバルツが怪我と治療の繰り返しをしているのだ。

探知魔法で怪我し続けている者がいる場所へ指示を出して、兵を送る。

数分後、シュバルツの怪我と治療は止まった――。


シュバルツがゆっくりと目を開け、笑顔で言った。

「やりましたね」

シュバルツはゆっくりと両手を上げると、ゆっくり拍手をした。

それにつられる様に、部屋に居た者達も拍手をした。それは勝利を喜ぶものでもあるが、シュバルツに向けられた拍手でもあった。


「お祝いをしたいのですが――すみません、先に眠らせていただきます」


そう一言シュバルツが言うと、そのままゆっくり後ろへ倒れ始めた。すかさずリルールが体を支え、布を腰に巻いた。

総司令が入ってくると、真っ白な綺麗な服を着ているが、躊躇せずに血塗れたをシュバルツを抱きかかえ、ベットルームへ連れて行く。


その様子を部屋に居た誰もが頭を深く下げ、静かに見送る。


そして個室で、ベットルームにある診療用のベットとは比べ物にならない程大きく、高価なベットへとシュバルツは降ろされた。

総司令がシュバルツにお辞儀をして、部屋から出て行った後、総司令について部屋にはいって来ていたリルールが、血塗れた体を丁寧に丁寧に拭いていく。


リルールに全身拭かれていることはシュバルツは知らないのだが、リルールは言うつもりもないし、ばれたとしてもやめるつもりもない。これは私の仕事で誰にも譲るつもりもない。と断言しているのだ。


全身を綺麗に拭き終えたところで、服を着せ、安眠出来る様に、必死に覚えた魔法を使った。


「お疲れ様でした。おやすみなさい、シュバルツ様」


リルールはシュバルツの頬っぺたを優しく撫で、無防備な唇に、自らの唇を落とした――。





――――


怪しい扉の前の兵士二人side


私達は由緒正しい軍人の家系に育った兵士だ。

本来なら、前線で不死身となった肉体で敵を蹴散らしたいのだが、上司からの命令でここで警護を担当することとなっている。

しっかりと密閉される高価なドアがついていて、さらにドアを開けた時も、中の様子を覗こうと思っても魔術的にも見れない。

部屋には幾つかの種類の魔法によっても見るも嗅ぐことも、聞くことも出来ない。

国内の超一流の魔術師によって結界が幾重にも張られているのだ。


そこまでされると、誰であっても見たくなるのが本心だろう。――私もそうだ。

しかし、鍛えられた肉体と精神によって耐えている。盗み見るなどという下郎な真似は絶対にしない。

例え、精神が強くなくても見たくなくなるものは多いと思う。


一流の魔術師の方々が血まみれになって運び出されてくるのだ。見ない様にしっかりと前へ上方へ目をやっているが、視界に入る。

綺麗だった筈のローブには、色んな物体がついている――。

建物の中はその運び出されてくる方々によって匂いが凄い。

香がたかれたり、魔法によって換気されているが、出入り口だけあってかかなり鼻に入ってくる。


中で行われている行為について、自分の持つ知識の中では答えが出てこない。

そして気になるのが、その中でも断トツで年の低い美少女と、青年になり切れていない貧相な少年のことだ。

いつも出てくる時は、総司令が自ら抱きかかえて出てくる。総司令のビシっと決まった真っ白い雪のような服が一気に汚れてしまうのも構わないほどの――。


入る時は笑顔でちょっかいをかけてくる少年が、出てくる時には死人の様になって出てくる……。


知的好奇心が強めな自分としては、やはり気になる。

が、そのことを上司に言ったら、知りたければ命をかけろ。これは冗談ではない。知った後、死ぬまで肉奴隷として一生を過ごす程の覚悟がないのなら、詮索をせずにただ任務を全うしろ。それでも知りたいなら、アルティア国で一番強い兵士となれ。そしたら教えてやる。任務中にぼーっと突っ立っているな。気を引き締めろ馬鹿者。それでなくともお前は――――。


その後も罵倒に続く罵倒を受け、最終的に訓練量を増やされた――泣きそう。

これでもすでに女の中ではNo1になったんだッ!

とは言えなかった。

言ってしまったらアルティア国の中では何番だ? 言ってみろ。と言われ、即答出来なければその後訓練が10倍ぐらいに増えてしまいそうだから――。例え即答しても変わらないだろう……うぅッ。


今日も少年の笑顔を思い出しては訓練を続ける。――自分の好みってそうだったのかッ!? と体が停止する。――怒鳴られる。


今日も男に混ざって、20人にも満たない女兵士は訓練をしています。



――――



シュバルツが目を覚ますと、目に入った光景は真っ白の天井だった。――見慣れてしまった病院だ。

また病院かぁ……。病院嫌いなんだなぁ。と少し溜息を漏らすとシュバルツの横から声がかかった。


「目を覚ましましたか?」

「んん、リルールおはよう。もしかしてずっと居てくれたの?」


シュバルツは体が動かなかったので、頭を少しだけ動かし、目でリルールの姿を捉えた。

すると自信満々にリルールは言った。


「はい! 勿論です!」

「あれま、迷惑かけたね、ごめん」


お辞儀は出来ないので、目をつむることで代用した。


「いえいえ、シュバルツ様のことで迷惑なことなんてありませんから」

「ええー? そこまで言われると引くよー?」

「そ、そんなッ!!」


心底ショックを受けているリルールを見たシュバルツは面白く感じ、自然と笑顔となった。


「嘘嘘。ありがとうね」

「い、いえ、大したことなんてしてませんから」

「また敬語だ。目を離すとすぐに敬語になるよねぇ…………」


シュバルツが心底悲しそうに言うと、リルールはすぐ口調を改めなおした。


「い、いや、そんなことありませ……ないよ」

「そうそう。それでシュバルツ様ってのも嫌だなぁ…………」


シュバルツが更に心底悲しそうに言うと、リルールは俯きながらも返事を返した。


「しゅ、しゅばるつ……」

「もっと柔らかく、ルツって呼んで欲しいなぁ…………」


更に攻めるシュバルツ。


「る……る……る、る、る…………」


どこかの危ない患者になってしまったので、そこでシュバルツは諦めた。


「ま、いっか。徐々に慣れていったらいいよ。でも僕はリルールのことをこれからリルルって呼ぶからねー」

「え、だ、だめです!!」

「こっちがだめです!!」

「真似しないでくだ……しないでっ!!」

「そうそう。それで良しっ!!」


リルルをからかっていれば入院生活も飽きなさそうで助かったなぁ。と思いながら楽しく雑談を続けた。

そして徐々に悪くなってきている自身の体にも気がついていた――。

壁に貼ってあるカレンダーを見てみると、すでに戦争の日から2日経っているのだ。

今まで半日か1日程度で目を覚ましていた――。



戦場からの帰還は、魔法によって一瞬なのですぐに病院に入ることが出来ている。

一瞬で移動は戦争中は使えない。相手の魔術師が自身の側に探知魔法で警戒しているので、そんなところへ飛び込むのは、食虫植物の上を歩くようなもんである。

したがって暗殺も限りなく不可能である。残された魔力で犯人が直ぐに特定出来るのだ。それに暗殺するほどの人の元は結界が張り巡らされている。

もっと言うならば、この大陸では暗殺は流行っていない。そんなことをして勝っても民はついて来ず、崩壊する運命になっているからだ。

それを利用して、混乱させようとして暗殺してから自殺しても、死体は良く喋る。そんなこんなで、正々堂々、真正面からが主流である。



――――






「そろそろ野外活動の季節だねぇー」

「はい……。ル、ルツの体が心配か、かな」


校庭の端で、草の上にのびのびと寝転がっているシュバルツがリルールに言うと、リルールはまだ慣れていないながらも敬語を解消して返事を返していた。

"健全なる精神は、健全なる肉体から"という精神論の元、体育の授業がある。

シュバルツは病弱な体のため、ストレッチと筋トレを少しやった後は見学している。リルールは元気満点なのだが、適当な理由をつけて毎回見学している。


「ちょっとぐらい大丈夫だよ。それにしても楽しみだなぁー」

「はしゃいで怪我しないで……ね?」

「リルは心配性だねー。もっと気を抜いて――っさ!」

「きゃっ」


シュバルツはそう言って、体育座りしていたリルールの背中を引っ張って倒した。


「だ、だめです。私は見学しているんです」


一瞬倒れたが、すぐに達磨のように起き上がってまた体育座りを始めので、シュバルツはリルールの体操服の背中を引っ張るが、今度はしっかりと体重を落としているため、中々倒せない。


「ただ走っている様子より、雲でも見た方が気持ちがいいってー」

「駄目ですっ! 先生に見つかったら怒られてしまいますっ!」


リルールの目線の先には、こちらに背を向けて走っている生徒達を監視している先生がいる。

距離はそう離れていなく、この声も届いてそうだ。


「先生、前向いてるからこっち見ないってーほらー」


聞こえているだろうのに、そんなことを言うシュバルツをリルールは無視していると、


「あっ、背中綺麗だね」

「いやぁっ!」


服をシュバルツが強く引っ張り、それに抵抗したため、服は伸びて背中を見せることとなってしまった。それに言われて気がついたリルールが両手を膝にかかえていたのを、ッパと離し、服を下げようと手を伸ばした時、その一瞬をついてそのままシュバルツがリルールを倒した。


じと目で横に寝転がっているシュバルツをリルールが睨むが、ニコニコ笑っているだけだ。

その様子に今回も毒気を抜かれ、諦めてそのまま空を眺めることにした。

チラっと先生を見るが、こちらを振り返らないので、会話は聞こえていなかったのだろう。



――貴族の魔術師の卵達は基本的に運動が嫌いだ。だから校庭の端でシートを広げて、ピクニック気分でのんびりしている二人への嫉妬が絶えることはいない。リルールよりも深刻そうな理由で見学を申し出るが、全て却下される。

そんな二人を羨ましそうに見ながら、兵士になれよ。と思うぐらいムキムキの先生にしごかれている。

チラチラと横目で後ろに寝転がっている二人がいるのに、注意をしないムキムキ先生。


疎ましく思いながらも、文句を言うと余計に走らされるので、無言でただ走る。――喋る元気も出てこない。




なのに、なぜ、あのディアティールはあそこまで元気なんだろうか……。

すでに自分を2週抜かししている――。


「おお、ディアティール元気そうだな!!」

「はいっ!! もうすぐ野外活動ですし、しっかりと体作りをしておきませんと!!」

「良い心がけだっ!! みんなも聞いたか!? ディアティールを見習って1週追加だ!! ほらほらキビキビと走れ走れー!!」

「「「………………」」」


――――


「皆さん。戦争に勝利したため、領土が増えて現在我が国は活気に溢れています。しかし! その分問題もたくさん出てきます。そこで前年までは野外活動は森の中で1週間過ごす程度でしたが――今年からは趣向を変えることとなりました。」


全生徒が少しざわついた。

現在、全生徒が講堂に集まり、代表の先生から野外活動についての説明を受けている最中だ。


「プラスの活気もありますが、マイナスな活気も溢れています。国への依頼が溢れかえっているのです。そこで今年からはその依頼を魔術学校の生徒に、野外活動として経験、解決してもらうこととなりました」

「「ええええっっ!?」」

「静かに。心配することはありません。冷静に対応すれば解決出来る依頼ばかりです。しかし、戦争と同じく死の危険はあります。気を引き締めてしっかりと下準備をしていくようにしてください。それでは解散」


その号令と共に各教室に戻る生徒達。その顔には不安の二文字がありありと出ている。

それもそのはず、国に来る依頼とは、国が動かなければ解決しなさそうな依頼とも言えるのだ。

魔物の大量発生であったり、治安の悪化、反乱、災害、様々な問題が依頼として舞い込んで来る。


人々からの依頼が町々にあるギルドに集まり、そのギルドじゃ手に余る問題や、町に不利益が被る問題は、町が依頼主として募集をかけ、さらにその上にあるのが国だ。すなわち、ギルドでも、町でも解決出来ない問題が、国へとやってくるのだ。

そして国がお抱えの兵士、魔術師達が解決する場合もあれば、国が大々的に募集をかけ、一般の人達(冒険者等)によって解決する場合もある。


ギルドには、無法者達が結構集まっている。

兵士だったが、問題を起こしてクビになり、冒険者となったケース等、はみ出し者集団の集まりである。

ギルドに来る依頼は多種多様。山菜摘みから、獰猛な魔物の皮の取得など。

ただ必然的に、一般人では解決出来ない問題が集まるわけで、それは力が要るものが多くなる。そういうわけで多くが傭兵であったり、依頼で生活している冒険者であったりする。


そういう訳であるから、国に来る依頼は集団的な力が必要な場合が多いというわけだ。

すなわち危険も高い。不死の軍団として参加していたほぼノーリスクな戦争とは全く違うのだ――。


「金貰えると思うか?」

「どうだろう、タダ働きは避けたいよな」


そんな不安を掲げている者達の中で、悠々としているのが、平民出の魔術師の卵達である。

生きて行くために依頼を受けて生活していたものもいるのだ。

そしてその者達は、貴族達が不安がっている様子を見て、ざまぁみろ。とばかりに、大き目の声で過去の経験を自慢するかのように喋っている。


そんな一室、いつもの二人は。


「やめておくべきです。危険すぎます!」

「えー、面白そうじゃない?」

「――何故平然としているんですか!? …………まさか、まさか……知っていましたね?」

「え? あははは……」


鋭いリルールの発言に、シュバルツは否定せずに目を逸らして頭をかいた。すなわち肯定の意思表示だ。


「うぅぅ……行くんですね? 行くんですよね?」

「うん、依頼をこなせる経験なんてめったに出来ないでしょー」

「シュバルツさ…………ルツ、貴方は依頼向けではないの分かってる?」


リルールは一度言いかけた言葉を取り下げ、一度深呼吸をしてから、シュバルツの目を見て言った。


「リルが居るから平気だって」

「うっ。うぅぅぅぅぅ…………」


そう言われると、何ともいえなくリルール。赤くなって俯いたままぶつぶつ言いつつ行動が停止した。


「それにねリルとは勿論一緒だけど、頼もしい人と一緒にしてもらったからさ」

「頼もしい人……?」


そこで先生が教室に入ってきた。


「えー、それでは早速、こなして貰う依頼と、そのメンバーを発表します」


騒がしくなっていた教室が静まる。野外活動に置いても、先生達が独断でメンバーと行く場所を決めるのだ。


「A君、B君、C君、D君――――――」


どんどん名前が呼ばれて行く。親しい者と一緒になれなくて喜んだり、またはなれなくて落ち込んだり。様々である。

そして――


「レイヴァル君、トリガ君、ベルド君、アリル君、ニーナ君、ドラーナ君、ストラ君、ディアティール君、リルール君、シュバルツ君」


男3、女4、と、ディアティール、リルール、シュバルツの、計10人となった。

男1人と女2人は平民出で、後の男2人と女2人は貴族出である。――名前は覚えなくてもいいと思う。作者も無理。間違えそう。


「それではこれから班毎に集まって相談の時間を取る。しっかりと準備して行ってくれ」


先生が教室から去ると、生徒達がそれぞれ動き出した。

シュバルツとリルールの二人も、ディアティールの下へと行く。

集まってくるメンバー達と挨拶をするが、まともな返事は返ってこない。

自分のところにハズレが来るとは俺も運がない。と目の前で言って来るものも居るほどだ。


「私達のこなす依頼は"盗賊退治"場所はオリエント村近くの洞窟だ」


先生が魔法によってそれぞれに配られた依頼の紙をディアティールが見て確認のため言った。

リーダーには学年トップであり、自ら当たり前。と言わんばかりにするディアティールがなって話を進めて行った。


「オリエント村とは、アリアン地方にある山村の村」


ディアティールの博識な知識によって皆がその場所を理解した。


「うわぁ、ど田舎じゃないか」

「思い出したわそこ、殆ど獣道しかないところを通ってやっと着く村でしょ?」


他のメンバーが悲鳴に似た感想を挙げた。


「その通り。ここから西に進んだ先にある、アルティア国最西端の村だ」

「そこの病人、足手まといにならないのかしら?」


何かにつけてちょっかいをかけてくる貴族達に、シュバルツは軽く答える。


「ピクニックと思えば大丈夫だよー」

「泣き言言い出してもほって行くからな」

「頑張ってみるよー」


横でリルールがシュバルツに文句を言う者を睨み付けているが、小動物すぎて全く効果がない。


「それでは一週間後、オリエント村の一歩手前、サンビエント村に集合でいいだろうか?」


返事がないのをディアティールは肯定と見なした。

実際には1ヶ月や2ヶ月先のことと思っていた者達が驚いているだけであった。


「サンビエント村までは馬車で2日、そこからオリエント村までは徒歩で7日。盗賊が居ると思われる洞窟まで更に1日。往復で約20日〜30日程かかると予想される。しっかりと準備してきて欲しい」


その日程を聞いてシュバルツ以外が青ざめた。シュバルツはニコニコ楽しそうに笑うだけだ。


「て、転移装置はないのかよっ!?」

「田舎だから、ないな」

「うそでしょ……? 山道を7日も歩くっていうの……?」

「そんなところだからこそ、盗賊が住処にしていると思うが」

「ディアティールさん? 洞窟に直接行った方が早いと思うのですが?」


メガネをかけたインテリちっくな貴族女生徒が言った。


「現地で情報を得た方が良いと判断しました」

「で、でも距離的には3分の2にはなると思うんですの」

「地図的に直線距離で3分の2でも、そこには道がない。獣道でも無いよりはあった方が早く楽につける」

「……わかりましたわ」


楽をしようとそして自信を持って言った言葉はあえなく却下となり、言い返せなくなった貴族の女生徒はそのまま引き下がった。

少し空気の悪くなったところへ、空気を読まずにシュバルツが声を出した。


「おおっ! ディア凄いなぁー」


パチパチパチと拍手付きで。


「貴様にディアと呼ばれたくないと言ったはずだっ!!」

「怒っちゃった。でもディア凄いよねー?」


とリルールに言うが、リルールは私だってそれぐらい分かりましたっ。と少し拗ねた。


「7日分の食事、余分にもう少し持って来てもいいかもしれない。村まで川はないので、水も忘れないように。足手纏いで時間が取られないとも限りませんので。以上、衣食住、全て自己責任で。私は結果を詳しく報告する義務があり、そしてお前達にもある。足を引っ張る奴は卒業出来ないと思え」

シュバルツを睨みながらディアティールは言った。


「心配してくれてありがとう」

「足手纏いが出ると隊の行動を乱すことになる。お前の心配はしていない」

「あんな事いいつつ、心配してくれてるんだよね。ディア優しいね」


とリルールにこそっと言うが、リルールは私だって……と少し目を潤ませながら拗ねていた。


「聞こえてるぞッ!?」

「おいおい、そんな奴に構ってないで早く進めてくれないか?」


貴族の男がそう言ったので、ディアティールは詰め掛けようとしていたのを止め、ッキとシュバルトを睨んでから話を再開させた。

平民の魔術師達3人は基本的に空気である。意見を求められない限り、発言はどの者も少ない。

その点、シュバルツは喋り捲りなのでそこが余計に目を付けられているのかもしれない。


「盗賊達は30人程だったそうだが、ここ最近、残党を吸収し100人を越えているそうだ。しかし魔術師はいないらしいし、私が居るから戦闘は問題ないと思う。何か質問は?」


シュバルツは何か言いたそうだったが、リルールの機嫌を直すので精一杯。その上睨まれ続けては流石にふざけることは出来なかった。


「それでは1週間後、サンビエント村の西出口、日の出と共に出発。遅れた者は置いていく」


そこでこの班は解散となった。

野外活動の1週間前から休みが貰えるので、解散後は思い思いに準備を開始した。


シュバルツは準備の前に、1日かけてリルールをやっと説得に成功し、早めにサンビエント村に向かい、二人で観光旅行を楽しんでいた。

着いてから3日間目ぼしい所を全て回った。美味しいそうな物はその場で食べる。美味しかったらお土産としてお世話になってる人へ配達を頼み、長持ちするものは自宅に送っている。

必要経費は全て国から出ているので、シュバルツはやりたい放題している。

リルールも初めは戸惑っていたが、デートのように過ごすことが出来、シュバルツに乗せられてやりたい放題している。――現在幸せの真っ只中だ。

2人の、家族、親戚、知り合いには山ほどお土産が届くことだろう。

ただ、それだけしても国は咎めることは一切ない。それ以上に何万倍もの利益を戦争に勝ったことで得ているのだ。

それに残された時間は長くは無いのだから――――。


どこの成金だ。と楽しむこと最終日、明日の朝出発なので、食料品を買いに冒険者達が通う冒険者向けのお店へ向かった。


「いらっしゃい。――おやまぁ、魔術師様、貴族様が来るなんて珍しい」

「どうもー、携帯食料を下さいな」


恰幅の良いおばちゃんが店主を勤める何でも屋だ。


「え? ルツ。もう私が準備してありますよ?」


リルールは観光旅行中、とことん敬語を注意され、脇をつつかれ、強制されていた。


「皆の分だよ」


リルールは、うーん。と少し考えたあと答えた。


「――受け取らないと思うよ?」

「んー、やっぱりそうかなぁ?」

「うん、貴族達はまず受け取らないと思う。平民3人は受け取ると思うけど、2人は田舎育ち。1人は都会だったけど、3人で準備をしたらしいのでたぶん大丈夫だと思うな」


同じ班のメンバーの情報は手に入っている。入手先は学校の教師。国パワーで個人情報駄々漏れ。


「うーん、餓死前に共食いされても困るから、買っておこう?」

「ヒィッ!! わ、わかりました! 変なこといわないでよっ!」


有り得なくは無い最悪の可能性を出され、年相応にリルールは怖がった。


「それじゃあ、どのぐらい買うかね?」

「この袋に入るだけお願いー」


シュバルツは腰に付けてあった小さな、手の平大の袋をおばちゃんに渡した。


「そ、そんなにも買うのっ!?」

「……そういうなら入れてみるけどねぇ、2食分入ればいいところじゃないかねぇ?」


おばちゃんは驚くリリールを不思議そうに見つめ、そして小さな袋を持って貴族ってのはやっぱり変だわ。と感じながらも、言う通りに袋詰めされた携帯食料を入れ始める。


「な、なんだいこれはっ!?」


おばちゃんが携帯食料を袋に入れた瞬間、手は赤ちゃんよりも小さくなって、驚いて手を引き抜いた。

その様子をシュバルツはたのしそーに見てるだけで、説明しようとしないので、仕方なくリルールが声を出した。


「おばちゃん、それは空間座標をいがめた袋なの。悪魔の袋とかじゃないので安心して」

「そ、そうかい? ま、魔法ってのは凄いことが出来るもんだねぇい」


おばちゃんは手を触ってあるのを確認した後、落とした袋を恐る恐る拾い、中を覗く。先ほど入れた携帯食料が底に小さくあった。

また手を入れるのは恐ろしかったので、上から落とすように入れていった。


「ルツ、そんなに買ってどうするの?」

「んー、後でのお楽しみかなー?」

「……盗賊に上げるのはダメだよ? 盗賊は死刑って決まってるんだから」

「うん、わかってるよー」

リルールは全くわかっていなさそうな返事に不安を覚えながら、支払いを済ませた。



リルールは行くと決めてからは行動が早く、すでに大半が国によって準備済みだったのだが、さらに国の財産をふんだんに必要経費としてぶん取って、シュバルツの体を思って、更にその質を引き上げたのだ。

その中の一つにあるのが、この袋である。

シュバルツにやりすぎ。と咎められたが、自身の親から貰いました。で通します。と目を逸らしながらシュバルツに答えた。

国はシュバルツの存在がばれない程度で無事帰ってこれるように体調に考慮しつつ、リルールが居るためそれなりに質を上げ、他の者に怪しまれない程度に考え抜いて必死に1週間かけて大の大人達が準備したのだが、それをリルールが簡単にぶっ壊した――。

リルールは言われてから、やりすぎた感があることに気がついたが、すでに手遅れで、シュバルツ様のためです。と押し通した。


その反動もあって観光中は買い物を控えていたのだが、一度はめをはずしてからは行動が大きくなったのだった――。


――――




徐々に人が起き始めて行動を開始する時間。夜明け前。

門番が一人立っている西出口付近の街中で10人は集合していた。


「全員集まったな、荷物検査をするぞ」

「「えっ!」」


ディアティールの一言目に何人かが声を上げた。


「そんなことしなくてもいいじゃないかしら?」

「そうか? それなら別にいいが。見せたくなかったら見せなくていい」

「個人的な荷物ですもの、他人には見せたくはないわ」


貴族の4人は大人が2人縦に入れそうなリュックサックと、子供が1人入れそうなバック二つという大荷物を見せようとはしなかった。これはちなみに一人分。――これが後々に自分の首を絞めることになる。

ディアティールが無理に見ようと話を進めれば、見ることが出来ただろうがそれはしなかった。

何故なら事前にわざわざ言ってやった上に、今も親切に言ったのにも関わらずそれを拒否したのだ。それ以上するつもりはない。出来ない人間には厳しいのだから。


「俺達は3人ともほとんど同じですから、俺のを見せますね」


平民3人の内、唯一の男が率先して、貴族達より小さな、大男一人分ぐらいの大きなリュックサックを空け、さらに入れる物をまとめて書いていた紙があったので、それもディアティールに見せた。


「…………死ぬことはないだろう」


紙を見て、そしてリュックサックも少し見た後、そう言った。

その言葉に4人の貴族は目が泳いだが、一度言った言葉を訂正するのはプライドに反したので、何も言い出すことはなかった。


「ディア、僕らは大丈夫だよー。こう見えても小さいころは山の中で育ったからねっ!」


シュバルツは力瘤が出るわけではないが、腕を上げて力があるぞアピールをした。


「ディアと馴れ馴れしく言うなっ!! お前のなど見たくないわっ!!」

「また怒られたね。栄養不足なのかな?」


と、リルールに小さくつぶやく。今回はリルールは拗ねなかった。何故なら荷物を見せたら高度な空間圧縮が施された物ばかりだからだ。

これから森の中でそうだとばれるだろうが、まざまざと見せる必要はない。


その姿は他から見れば、今から7日も森の中を歩く荷物の量ではないので、一番馬鹿にされていた。

小さなリュック、水筒、袋。他の者の10分の1以下である。


しかしそうしなければならない。病弱なシュバルツと、小さな女の子リルールなのだ。

どちらも重い荷物を背負って歩けるタイプではない。

逆に背負ってもらうタイプなのだ。


しかし平民の生徒からは、その格好はあまり馬鹿にされていなかった。それも先に言った山の中で育ったということと、服装がしっかりと山道に適した高価な物を着ているということ。

森に慣れた野生児のような者なら、ナイフ一本でも生活しようと思えば出来るのだ。


リルールもその年で同じ学年に居るということは飛び級したということであり、頭が良い。

ただ魔法、勉強が出来るだけではない。馬鹿な貴族達とは違う、しっかりとした実用的な知的な賢さを持っている。ただの軽装で来るはずが無い。


そして平民差別も特に無い。そのため平民の生徒は影で好かれていた。――が、差別ないだけで、基本シュバルツ以外には冷たい。

常にシュバルツの傍に居て、警戒の目を光らせ、攻撃でもしたとすれば今にも飛び掛って噛み付いてきそうなぐらい睨まれる。

人気はあるが、諦めがほとんど入っている。――貴族と平民は結ばれない前提があるのだ。

それでもシュバルツにくっついている。即ちそれほどのラブラブバカップルの者を彼女に出来る自信のある平民の生徒はいなかった。そういう理由からもシュバルツは嫉妬されたりしている。

しかし貴族にはいた。名門、賢い、美少女。3つも揃ってフィーバーしているのだ。アタックしないはずが無い。――結果はいうまでも無い。



それらの理由から、平民達は病弱と小さいこと以外は特に心配していなかった。

そして平民達はディアティールとリルール以外の貴族を超がつくほど馬鹿にしていた。

貴族達は致命的だった。山を登るのにローブ姿で着てしまっているのだ――――。

中に動きやすい服を着ていればいいが……。着ていたとしても荷物が一つ大きく増えるということであり、森を知らないです。と手を上げて叫んでいるようなものだった。


こんな馬鹿をしないためにも、体育の授業で教わりさらに実習もした。その上戦争という経験までしている。

体育という嫌いな授業のため、適当に流していたのだろう――。

とことん貴族は呆れさせてくれるよ。と平民は思っていた。


さらに、ディアティールがアドバイスをしてくれているのだ。他の班はその馬鹿達がリーダーとなってやるもんだからアドバイスなんて皆無だ。あったとしても、大したことの無い間違った知識を自慢げに言う者がいるぐらいだ。

この班の平民達はディアティールが班に居てガッツポーズだった。

他の班だと、必要な物など分かっていても貴族に言えないので、心の中で馬鹿にしつつ、溜息をして、ストレスをためつつ、貴族の尻拭いをしなけばならないのだ。

アルティア国は歴史が古いだけにその度合いも大きい。最近は王様がそれらを改善しようと動いているらしいが、まだ結果は出ていない。


平民の生徒達は、ディアティールが自己責任と強調して言ってくれていたため、尻拭いする事は少ないだろう。

もし全くしなくていいのなら、馬鹿な奴達がうろたえる様を見れるので、非常に楽しい野外活動となりそうである。

熱血のような冷血のような馬鹿のような天然のようなディアティールには平民生徒達はリルールとはまた違った人気を密かに集めていた――。



「それでは行くぞ」

「おぉぉーっ!!」

「遠足じゃないんだぞ? わかってるのか?」

「え?」

「……何だ? その遠足じゃなかったの? みたいなのは」

「い、いやー? はははー……」

「お、おまえっ……目を逸らしても誤魔化されないぞ!!」


ディアティールはシュバルツの胸倉をつかんで軽く持ち上げた。


「ちょっと!? ルツに暴力振るわないでよ!!」


リルールの言葉が更に波紋を呼ぶ。


「る、ルツだと!? シュバルツって前まで呼んでいたのに、下で呼び合う関係になったのかッ!? 貴族たるもの結婚まで純潔を守るものだろうっ!?」

「そ、そ、そう、そういう関係ですけど?」

「違うでしょっ」


胸倉をつかまれている状態でリルールの頭に手刀を食らわせた。

その後も続くどたばた喜劇にうんざりした貴族達が言った。


「早く行きませんこと?」

「そうだ、遊んでる暇なんてあるのか?」

「く、く、――シュバルツ!! お前任務が終わったら覚えておけっ!!」

「はーい」


そんな言葉にも笑顔で答えていた。


――――


「何だかいい様にあしらわれてないか?」

「私もそんな風に見えてきた」

「仲がいいと思うなぁー」


平民の男1と女2は、その様子を後ろから見て楽しく会話していた。


――――



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「もうだめぇ……休みましょ……」

「何を言っている、先ほど休んだろう」

「もう無理よぉ……」


1日目ですでに貴族達は根を上げてた。

しかし良く頑張った方でもある。シュバルツとリルールは先日の観光巡りで1日中歩いたりしていて、体の準備は出来ていたし、シュバルツにはリルールが頻繁に回復魔法をかけているので余裕である。

リルールも自身に魔法をかけ、その上日頃からシュバルツのため。と鍛えているので問題はない。


服装も高級品でリルールが揃えた。靴ずれなんかはまずしないし、滑ってこけることもない。多少雨が降っても弾くし、汗をかいても臭くはならない。

食料は栄養があって長持ちし、毎回献立の違う美味しい物。体力増強の高価な品物もふんだんに使っている。

シュバルツは森の中を歩き慣れているため、普段の平面な道を歩く程度でしか疲れがたまっていないというのも大きいだろう。

一番はやはりリルールの魔法であるが。


平民達は過去の経験から逞しくなっている。先輩達からも色んな情報を貰ったりして貴族対策はしているので、疲れてはいるがこのまま予定通り程度の進み方なら問題ない。


ディアティールは空を見上げ、倒れているものどもを見下げ、少し考えた後、判断を下した。

「……仕方がない。今日はここまでとして野宿しよう」

その声に、貴族達は歓声を上げた。

平民達は距離をあけて厄介ごとを頼まれる前に離れている。


「荷物の選別をするぞ」

「え? な、なんで?」

「や、やめてよっ! 下着が入っているんだからっ!!」


貴族達が叫びを上げるが、反抗する力はもう無く、一人当たり素晴らしく大きいリュックと両手にさらに鞄二つがデフォルメなのを、どんどん空けて要る物と要らない者に分けていった。


15日分ぐらいは下着の着替えが入ってる鞄を探られた時、女達は真っ赤になって悲鳴を上げた。


「平民も見てる前で何てことをしてるのっ!!」


あまりに五月蝿かったのか、ディアティールは答えた。


「……すでに足手纏いだということに気がついていないのか? こんなにも無駄な荷物でこれから後6日、いやお前達のせいで遅れるであろう分を追加すれば10日以上をこれだけの荷物背負って山を登るのか? 先に言ったはずだよな? 今私が選別してあげようとしているのを断った。もう一度だけ聞こう。選別して欲しいか、して欲しくないか。返答しだいで置いて行く。学校は退学となり、親から縁を切られて浮浪者となるか? さあ選べ」

「…………選別してください」


貴族の女は屈辱に涙を流しながら答えた。

そのの平地で寝床の準備をしていたシュバルツが、夕食の準備をしているリルールに言った。


「やっぱりディアって優しいよね? あれって何て言うんだろう。ツンデ――「シュバルツっ!!」」

ディアティールが手に持っていた物が、シュバルツの顔面目掛けて飛んできた。――が、それはリルールによってキャッチされ、ビリビリに破かれる。――貴族の下着。


「そんな汚らしい物をルツに投げないで」

「ふんっ。貴様らも見てないで手伝え」

「ディアなら上手くやるから大丈夫だよー」

「貴様に言われても嬉しくはない」


汚らしい物で進められていることに、ますます涙が出る女。


ディアティールは基本的にこんなことはしない。学園でこんな馬鹿貴族が居ても、道端に落ちてる小石程度にしか見ない。

同じ貴族として恥ずかしい奴等だ。と見ている。

名門家に育ち、厳格な父の元教育を受け、こんな性格になっている。

そして判断基準は、出来る奴か出来ない奴か。

現在は自分へ害となっているので、手助けをするだけ。この依頼が終われば二度と手助けなどしないだろう。


「――仕方ない。おい、レイヴァル、ニーナ、アリル。お前達がこいつ等の選別をして欲しいのだが、いいだろうか?」

「え、そ、それは平民如きに中身を触られるなんて……」

「お前はもう貴族ではない。ただの阿呆だ。阿呆で終わりたくなかったらここでの屈辱をバネに頑張ることだ」

「…………」


成り行きをそっと見守っていた、突如名指しされた平民3人がこちらに近づいてきた。


「いいんですか?」

「…………」

「っこのメス豚っ!! 返事をしろっ!! ――とか言ったら面白いね」

「言うかっ!!!! シュバルツ、いや、お前なんてシュで十分だ。後で話し合おうじゃないか」

「どうしよう、リル。告白されちゃうかもしれない」

「はぁ…………だ、だめ、ルツ。あんな悪女に唆されてはだめよ」


リルールは輝かせてこちらに期待するシュバルツに乗ってしまった。


「ほお、リルール。お前もか」

「私は男性がタイプ。女性はタイプじゃないのっ! ごめん!」


杖を持って、呪文を唱えながら黒いオーラを纏っているディアティールを見て、2人は目を逸らし、そそくさと寝所と夕食の準備に戻った。

ほら、あの人冗談通じないんだから止めてよ。とリルールが言うが、シュバルツは、意外とのりにのってるはずだよっ! とコソコソ話をするが、全てディアティールに聞かれており、二人の夕食は無残にも燃やされてしまった。

寝床は簡易ベット付きのベットとテント。そして夕食は香辛料がかかって香ばしい匂いを漂わせるお肉と、ドレッシングが絶妙の野菜達だったのに――。


その後、口だけは動く他の貴族達に、それは要るんだ。それも要るんだ。それも勿論要るんだ。とか言われつつも、3人の平民は道中荷物を持て。が無くなってまだましだ。とディアティールに指示を仰ぎながらこなしていった。


――――


夕食、それぞれ食べていた。中でも一番悲惨だったのが言うまでも無いが、貴族達。


「こんなの食べ物じゃないわ……」

「何だよこれ、泥か?」

「ッペッペ。不味い。何か他のないのか? 腹へって死にそうだ」


昼は4人とも遅れていたため、食べる時間がなく、やっと夕食、食べたのが携帯食料。

どこで手に入れた知識かは知らないが、こういうところへは携帯食料がデフォルメであると思っていたらしく、全員がそれだけを持って来てしまっていた。

他のメンバーは2日ぐらいは腐らなくてかさばらない食べ物を持ってきているので、それを食べて、不味くは無い食事を送っていた。その後は携帯食料となるのだが、2日間だけでもその差は大きい。

例外はシュバルツとリルールである。物凄い良い香りを漂わせて、皿やナイフ、フォークまで持ってきていて美味しそうに食べていた。

それに寄ってくる獣、魔物は、ディアティールの結界魔法によって防いでいる。

しかしそれをネタに食べ物をねだらない辺り、流石と言えるだろう。だが――。


「……ルツ、あの女がこっちをチラチラ見てきてるよ。どうするの?」

「うーん、上げてもいいんだけど〜。言って来るまで美味しそうに食べて、あの子猫見たいな様子を楽しもうよ」

「うん。良い考えだね」


鬼畜2人。


――――


「なぁ、あいつ等の貰わないか?」

「いいわね。そうしましょうよ。どこから手に入れたか分からないけど、まだまだ持ってるようだし」

「俺も賛成だ。こんなもん食ってられねぇ」

「――待って、駄目よ」

ディアティールに泣かされた女が一人反対した。


「何でだよ!?」

「ディアティールを見てみなさいよ。ほら、しきりに見ているわ。おそらく私達が乞うような真似したら、また貴族が――って言って来るわよ」

「く、くそっ!! あんな高慢女と一緒になったためにろくに平民から搾取できねぇじゃねぇか。野外活動終わったら覚えてろよ……」


食べたことの無い不味い食事に止まることなく愚痴を言いながら食事を続けた。

――何ていうか、人間腐ってます。


――――


2日目、愚痴とは元気な証拠である。

不味い食事と、慣れない森の中の移動。筋肉痛。貴族達は口数が減り、黙々と歩みを進めていた――。


「ここで昼休憩としよう」

「お、ここは景色がいいなー。リルほらみてあそこ、鳥の巣があるよ」

「本当だ。何の鳥だろうね」

「ちょうど図鑑持ってきて居たんだ。調べてみようよ」


「「「……………………」」」


「何であんな分厚い図鑑なんて持って来れてるんだよ? おかしいよな? あのリュックの大きさと持ってきている者の体積違うよな? あの図鑑一つで一杯になるよな? 俺がおかしいのか? なぁ」

「い、いえ、貴方は正しいわ。おそらく魔法でどうにかしているのでしょうけど……検討もつかないわ」

「あのリュック可愛いなぁ――」

「お前、見せて貰いに行って来いよ。お前なら可愛さで行けるって」

「え? そ、そうかなぁ……?」

「止めて置け、あれは貴族の家が3件建つ程高価な代物だ。しかもリュックに、腰の袋に、水筒までもそうだ。リルールの家は何か事業に成功でもしたのか? 知っているか?」


と、平民3人の会話にディアティールが参加していた。

基本的に出来る人間には平民であろうとなかろうと優しいのだ。

そして必然と立ち位置的にそうなった。

2人で和気藹々と、木に果物が生っていればリルールが魔法で打ち落とし、デザートとばかりに食べ歩き、蜜をたっぷり含んだ花を見つければ、採取する。

珍しい薬草もしっかりと参考書通りの摘み方で、どんどん腰の袋に入れていっている。

そして動物を見れば、図鑑を出して生態について2人で語ってる。

しかも2人ともマイペースで一番前を行ってるのだ。

ディアティールは後方から遅れてくる貴族達は視界に入る程度で歩みを進めなくてはならないため、自然とそうなった。

そして、平民3人も同じく。





「ま、まじかよ……シュバルツの野郎、リルちゃんのように可愛い子上に、超玉の輿ときたもんだ。羨ましいぜ……」

「ねぇあんた、女3人を前にして良くそんなことが言えるね?」

「いや、そういう意味じゃなくてだな――そ、そうだ、アリル。どうだ? あのリュック凄いよなぁー!!」

「うん、凄いよねぇー。私も一個欲しいな。あ、今度誕生日なんだっ。レイヴァル君買ってよ」

「え、ちょおま、話聞いてたのか?」

「うん?」

「ふんっ。自業自得よ」


「レイヴァル、お前気がついていないのか? ニーナはお前のことがす――「ちょい待ったあぁぁぁぁぁ!!!!!」」

「ディアティールさん? 何を言っているのかな?」

「何だ? 幼馴染なんだろ? 十数年も一緒に居ればそうなってもいいではないか」

「なったとしても、私から言いたいのっ!! 貴女が言わないでっ!!」

「ふむ、そうなのか? 男女の仲については良く分からん」


「分からないなら口出ししないでっ!! もう食べ終わったし、休憩の時間でしょ? 会話なしでゆっくり休みましょうよっ!」

「あ、貴族さん達来たよー?」



そんなレイヴァルとニーナの幼馴染と、はっきりと天然のアリルの平民3人と、新たに加わった? ディアーナのお昼のゆっくりした時間でした。



「やっと、ついた……」

「休憩、ね……」

「おい、お前達、あと30分後には出発だ。急いで食べて急いで休憩するといい」

「んな無茶苦茶な……」


へたりこむ4人は見るも無残である。昨晩汗も拭かずに寝て、朝は寝坊してしまい、着替えもせずにそのまま出発。

現在、夏に近い春。

汗は結構出る。匂いも酷いことになり始めていた。

化粧で顔を良くみせていた女、昨日泣かされた女は既にメイクは汗を拭くときに袖が一緒にとってしまい、原型はなくなっている。

もう一人のメガネをかけたインテリ風女は、足がぷるぷる、豆も出来ては破れ、痛みはすでに通り越していて、杖を常備している。

男達は、まだ男であったので、何とかやっていけてるが、女2人に何でも好きなことしてあげるから。と言われ、下心で荷物を幾分か受け持っている。

が、徐々に姿を現す本性(顔と性格)に酷く後悔している。


「よし、出発するぞ」

「――えええ!? もうっ!?」

「何を言っている。30分経ったぞ」


疲れている時の休憩時における時間の経つ速さはとても早い。ましてや気絶するように寝てしまっていては――。


――――


「ねぇ、ディア。これなにか分かる?」


シュバルツが木の根に生える丸くて真っ白い柔らかそうな何かを発見して、キノコ図鑑で調べたが、載ってなかったので聞いてみた。

基本的に一つの図鑑で調べて載ってなかった場合は、シュバルツとリルールはディアティールを呼んでいる。

愚痴一つ出さずに歩く2人を認めたのか、何だかんだ言いつつ答えてくれるようになってきていた。


「ディアと呼ぶなと言ったら何度分かるんだ……。ん、それは確か、どこかで見たことあるぞ。――ッ! 離れろっ! 魔物だ!!」

「えええっ!?」


その言葉に咄嗟にリルールが反応し、間に入ってシュバルツ抱きかかえるようにして飛びのいた。


「……びっくりしたー。――ん? 何も起きないよ?」

「それは待ち伏せ型だ。刺激を与えた瞬間、反転して大きな口で齧り付いて来る」

「――あの、そんなに、大きな声で、言わなくても、良かったんじゃないですか?」


リルールが眉の間がピクピクしながらディアティールに聞いていた。


「ん? 良い反応だったな」

「……これから貴女を呼ぶ名前は、デ。で十分ですね……そんな長ったらしい名前要りません……」

「何を言うかっ!! ――おい、レイヴァルどういうことだ!!」

「何で俺の名前出すんですかッ!?」

「たまには仕返しをしてみたらどうですか? ついでに力量も分かりますし。ってお前が言ったんだろレイヴァル!!」

「馬鹿女に悪知恵を付けたのはお前か!!」

「ま、待ってください!! ちょ、ちょっと!? 2人して!! おかしい。これはおかしい展開だ。どうなっているだ!? シュバルツ助けてくれっ!!」

「面白そうだから見とくよー」

「馬鹿女とは、誰のことを言ってるのだ!? いつも私には成績で適わないくせに」

「何をー!? 年下の相手にむきになっている何て、大人気ないですね?」


不幸人レイヴァル。2人の魔法合戦に挟まれ気絶。

回復系のアリルが治療するが、気絶したままなので、幼馴染ニーナが溜息をつきながら、おんぶをした。


――――


「…………お、こんな所に良い感じのイスがあるぞ」

「本当だ」


「おい、俺が先に見つけたんだ。俺が座る権利があるだろう!?」

「早い者勝ちだろう!!」


「馬鹿ねあんた達、勝ったもん勝ちよ。――――ギャアアアアアアアッ!! お尻が、お尻がああああああ!!!!!」


インテリメガネ女は、ケツが血だらけの女へ。


――――


3日目。

貴族。水が尽きる。


「な、なぁ、ルツよ。俺の胡桃分けてやるからさ、その、なんだ、その昼ご飯、少し分けてくれないか? ああっ、無いならいいんだ。携帯食料も持ってきてるからな。ただ、そのあれだ。何ていうかさ? その――」

「ふんっ、私達が陰口叩かれて、苛められている時、見てみぬ振りの卑怯者レイヴァル弱虫っ子。良くそんな口が叩けるね」


レイヴァルは、好きだったリルールの言葉に――完全に固まった。


――――


「ねぇ、ニーナ。レイヴァル固まってるよ?」

「ほっとけばいいのよ。あんな性欲と食欲と行動が連結してるアホなんて」

「――確かに美味しそうではある……」

「ん? ディア何か言った?」

「い、いや、なんでもない」


貴族抜きの6人は結構仲が良くなっていた。ルツ、リル、ディア、レイ、ニーナ、アリル。と呼ぶ仲になったのだ。色んな経緯はあったが――。主にディアとリル。

一役買っているのは、やはり食べ物だ。匂いにピクピク反応する4人をルツが、移動中とかに遠回りにそれをネタに話しかけてくるのだ。――ルツ真意はからかって楽しんでいる。


ディアティールは、美味そうだ――。と呟きながら唾を飲む。2日目までは持参したそれなりに味があり美味しい食べ物だったが、今日からは携帯食料なのだ。はっきり言って不味い。生きるために食べているだけといった感じだ。

なので、頑張れレイヴォルと心の中で応援している自分が居ることに、貴族としての、魔術師としての誇りはどこにいった!! と戒めるが――。


――――


固まるレイに罵声に次ぐ罵声を浴びせまくるリル。それを横で楽しそーに見るルツ。

徐々にレイの眼が輝きだして、涙がツーっと流れ落ちたところで、ルツがやっと止めに入った。


「リル、そのぐらいにしてあげなよ。――レイ、いいよ。十分量は持ってきてるから一緒に食べようよ。その代わり胡桃は貰うからねっ」

「ルツ……貴方は甘い……入学以来、平民のこの屑レイ達は、自分より下の者がいる。それぐらいも出来ないのか。と影で笑う。しかし、心の中は自分より下の奴がいてよかった。まだ俺は貴族に目を付けられない安心だ。と。そんな連中の一人なんだよ?」

「まぁまぁ、僕だってレイのような立場だったらそうすると思うよ。自分の身が可愛いが故にってね。――可愛いリルには分からないかな?」

「いや、その、あの、え?」


リルは真っ赤になって俯きながらブツブツと呟きだした。


「さて、食べよっか!」

「あ、ありがとうぅぅぅ!! お、お前ってやつは、お前ってやつは……いい奴だったんだな!! リルちゃんを騙して寝取った悪魔かと思っていたよ!!」

「ルツを悪く言うな!!!! この駄目男!!!!」


ルツを悪く言われ、一気に復活したリルの攻撃は、直りかけていたハートを粉々に砕いた。


「――――ぁぁぁ」


――――


「ねぇ、またレイが固まってるよ?」

「馬鹿なのよ、ほっときなさい」

「っく、昼は携帯食料のままか」

「ん? ディアも狙ってるの?」

「え? 口に出ていたのかっ!? 気のせいだっ!! 食後の休憩をするぞ!! 休憩っ!!」


――――


そこへやっと辿り着いた4人。


「追いついたぞ……あれ、水がもうねぇ――なぁ水を分けてくれよ」

「俺ももう無い。節約してるんだ」

「少しだけいいだろ」

「疲れてんだ、やめろよ!!」

「ったく、何だよ水ぐらい、いいじゃねぇか。なぁ2人ともみ「無理」」

「くそっ!! 3時間前から何も飲んでねぇんだよ!! 水なしでこんなパサパサの携帯食料食えるか!! 一口貰うぞ!!」

「あっ! 何するのよ!! ちょっと!! 返しなさいよ!!」

「「あっ――」」

「落としちゃったじゃないの!!」

「し、しらねぇよ……くれねぇお前が悪いんだろ」


それから10分後、


「うわぁ、あっち見てみろよ。ドッロドロの争いしてるぞ」と、ハートブレイクから立ち直ったレイ。

「言葉も出ないよ……」

「ひぇぇぇ……」


「何だ? あいつ達最後の水を取り合ってるのか? 流石にこれは不味いな――おい、ルツとリル。お前達、水余ってるだろ、分けてやれないか?」

「あんな害虫に上げるなら溝に捨てた方がましだよ」

「……ふむ、まぁそうか。――しかしあれだと数時間以内に倒れてしまう。全く面倒な奴等だ……」


そう言ってディアは立ち上がると、近くにあった水気を多く含んだ木の実を火の矢の魔法で撃ち落した。ツルの部分を狙ったので、木の実には傷はついていない。


「おい、お前達、これをやる」

「え? ほ、ほんとに良いのか!?」

「バカ、わざわざ確認しないで、くれるって言ってるんだから、貰いましょう」


「しかし一個だけだ。頭を使って考えろ」


そう一言言い残して、ディアは皆の居る休憩場所に戻ってきた。


「もう少しで夜這いかけてきて、盗賊のように物を取り出すと思ったんだけどなぁ――」


と誰かが小さく呟いた言葉は誰にも聞こえなかった。




休憩も終わり、再び歩き出す。

ディアは貴族達の様子を観察していた。


貴族達は頭を使って考えた。


木の実を一人で食べるんではなくて、皆で食べた。


それだけだった――。


「馬鹿か貴様ら!!!! 同じ木の実なら取って食べれる、飲めるということに何故気がついてそれをしない!? ――はぁ何でこんなやつらが貴族してるんだ……」


返事も聞かずに、ディアは再び歩き出した。

魔術は他の者より使えるから、ここにいるんだが、子供のころから聞かされ続けた貴族論とはかけ離れている。

自身の向上のため、ひたすら修行に励んできた。そのため友人付き合いもほとんどなく過ごして来た。

貴族の駄目っぷりは分かっていたのだが、身近で接すると、より一層感じてしまうこととなり、貴族という者に対して幻滅しつつあった。

それに追い討ちをかけるのが、貴族達より平民達の方が能力が高く、頭が良い。魔術も美味く使いこなして山道を歩いている。

魔術の使い方は上手く使えば使うほど、効率が良くなったり、便利に使うことが出来る。

その点あいつらは――。

水の魔法で飲み物は作れない。水に魔力が入りすぎていて、飲める代物じゃなくなっている。

しかしやり方を変えれば幾らでも水は入手出来る。

父上が最近の貴族は……と毎晩のように嘆いていたのも分かってきた。


「はぁ……私が思っていた貴族はなんだったんだ……」

「んん? アティどうしたの? 悩み事?」

「アティと言うな!! ディアは許す。アティは止めろ!!」

「えー、アティの方が可愛くない? あー、でも美人だから、美人っぽいディアの方がいいかな?」

「お、お前、口説いているのか!? リルという存在がありながら、そうホイホイと他の女に手を出すような輩は、私が殺してやる!! 今不機嫌なんだ!!!!」

「えっ? ちょ、ちょっと!? り、りるー!! ディアが口説いてくるーっ!!」


落とした木の実を集めていたリルは、脊髄反射でディアに襲い掛かっていった。


「ルツは私の物ですっ!!」

「勘違いしているが、まぁいい!! 今は憂さ晴らしだ!!」


――――


「あの3人、元気だよな」

「まぁ、成績ワンツーフィニッシュの2人とその他だからね」

「さっきまで暗い顔してたディアさん、楽しそうだなぁ……」


3人は巻き込まれないように避けつつ、リルが落とした木の実を回収してその場で食べて休憩がてら見学する。


――――


夜。


「えーっと、リルちゃん、ご一緒してもいいかな?」

「お前なんか見たいな奴にリルちゃんなんて呼ばれたくない。蛆虫でも食べていろ」


ハートブレイクッ!!

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