なろうのものがたり(中編)
今回後半飯テロ回(定番)だが、美味いものや理解しやすいものは出てこないのがウチの流儀です。
書写して真新しい羊皮紙の本に書き写された物語を、持ち主一家を含めた村の子供たちの前で朗読する。パイレミンは元本と見比べながら器用に話に抑揚を付けて読み上げる。本来は2人1組で読んで行く書写の確認作業であるが人手が足りないのだから仕方がない。私達としてはやまなしオチなしの平坦な物語に見えるのだが、子供たちにはウケたらしい。パイレミンの「この地ではこう伝わるのだから、改変はいかん」という判断からハーレムやら何やらはそのままで、グンダとフラーレンの女性2人は微妙な顔をしている。
だがまぁ、これだけ女性が少なくなる情勢だ、一夫多妻は基本的に無理だろう。何しろハーレムしようにも相手がいない。ならばこの物語におけるハーレムはあり得ないが叶えたい夢のような空想とも言える。実際にやれば女性にとっては喜ばしくはないだろう。
「いやいや、大変興味深いお話でしたなぁ。こういう話は他にもあるので? 宜しければ拝見したいのですがのぅ」
「大きな町に行けば図書館もあるが、近場だと領主様のお屋敷かね? 見たことは無いが、素晴らしい書架があるらしい」
「ほほぅ」パイレミンの目に喜色が浮かぶ。この地にも読みもしない本を並べて悦に入る愚物がいるらしい。
どこの世界でも己を賢しげに見せる為に立派な本を並べて誇る悪習がある。そのような場合、本はインテリアであって実用品では無い。一つ一つ手書きで書き写して作られる本は高級品だ。本を並べるのは財力の誇示の側面もあるらしい。そしてそのような場合、パイレミンの様な書写師は比較的重用される。
パイレミンにはある確証があった。ソーサリアでは本の汚損防止の為に用いられるのだが、ある種の赤い葉から抽出したワックスの一種で本の各ページをコーティングする技術が無さげなのである。上手くすればタダで蔵書を読めるだろう。見た目は人畜無害の好々爺であるが、意外とこの様な場面では抜かりがない。
「じゃあ代官だか領主殿を訪問するか」
各々がとっておきの礼装に身を包み、家長ベッセルを遊歴の騎士(つまり求職中という事だ!)、ネスカを従卒、パイレミンは紋章官、フラーレンを「パートナー」とし、グンダはその娘とする。パートナーという部分は故国の慣習で騎士は娶らないという「嘘では無いが本当でも無い理屈」で封じ込める。彼らは異境……遥か彼方から来た来訪者なのだ。それもある意味間違ってはいない。
グンダは武装させるかただの娘扱いするか悩んだが、下手に嫁や妾にされても困るので騎士とした。当地で女騎士が受け入れられるか否かは分からないが、実際騎士なのだし寧ろ野蛮と思われていた方が都合は良い。
ベッセルは領主の館の前で口上を述べる。大規模な戦場でウォーロードを務めた事もある彼は良くあるファンタジー世界の良くいる冒険者の1人であるが、大まかな礼法自体は把握している。かつて会った大公や騎士の礼法が当地で通じれば良いのだが、最大限敬意が伝われば良いのだ。最悪田舎者ゆえで謝ってしまえば良い。事実彼は沼の近くの寒村の子である。
「灰色犬のインドロダールが裔。フマクトの剣、ベッセルと申します。当地訪問に当たり領主様へのご挨拶に参りました」
きちんと膝を折り、身分を名乗る。恐らく傍の紋章官は必死でインドロダールやフマクトなる名を思い出そうとしているのだろうが、異世界のものなので知っている訳はない。しかし彼の名乗りは間違っては居ない……魔法で調べられたとしても事実と判定されるのは間違いない。後は勝手に彼らが都合の良い様に解釈するだろう。
庭に通される。正面には石と木のハイブリッドで作られた館、左は厩舎だろうか。大型の犬は番犬なのか愛犬なのか……良く躾けられている様だが吠える気配はなくこちらを凝視している。右手には窓の少ない建物と塔。恐らくは倉庫兼防衛用の櫓か。見せては居ないが塔の上の人物は弓でも構えているのだろう。頭を動かさず目だけで確認を終える。
「家令にございます。当主様ご多忙故本日は……」
まぁ、お偉いさんに会うのはめんどくさい。余程の変人でなければ権威付けの為に勿体ぶるのはいつもの事だ。今日はアポイントメントを取るだけの訪問であり、近くの町に逗留して面会を待つ事になる。
「これは、お近付きの印に……」
従卒役のネスカの背嚢からウィスキーを取り出す。どこの世界にも酒飲みはおり、酒飲みは酒に詳しい。寒村の村人であってもだ。既にこの地では醸造アルコール以外の酒が無いか、極めて珍しいのは確認済みだ。村民や下級市民ぐらいまでは質の悪いエールかミード(蜂蜜酒。蜂蜜を水で薄めると勝手に発酵して酒になる)、ちょっと高級になると葡萄酒。
「大変強い酒なので、水で割ってご賞味くだされ」
そして、御多分に洩れず領主というものは酒宴に招かれる事も多く、美味い酒の次に「強い酒」が好まれる。これは酒に強いと言うことがある種のステータスになってしまうからで、言ってしまえば「男の子の自慢」の様なものだ。美味い酒は難しいが、強い酒を醸すのは然程ではない。強い酒を顔色も変えずに飲む。それは強者の証。宗門の制約で酒を飲まないベッセル的には中々興味深い話ではある。
とりあえず館を出て町に向かう。城壁があり出入りに徴税士が立つのが町である。両替商が村にはいなかったので、ソーサリアの金貨をとりあえず出す。
「異境から来た故……」
換金レートも価値も不明。残念ながら金の地金扱いだろうが金の重みは同じ筈だ。村で聞く限りでは通常は銀貨か銅貨を用いるとのこと。
「5人か。あと、銀貨6だ」
「申し訳ない、銀貨を持たぬ故金貨をもう一枚で宜しいだろうか?」
多分、過剰であろう。通行税が如何程であるかは知らないが、各人に分散させて金貨は600ほど持ち込んでいる。釣りは要らねぇ、取っときな!を婉曲に言うと上記の様になるのだが……釣りが来た。あらやだ真面目!
「この金貨では面倒だろう。門を潜って最初の四つ角に両替商がある。この金貨なら当地の銀貨10枚に相当しよう。レートは大体その程度だ。大きく違うようならこちらに申し出ると良い」
意外にもぼったくりは無い……? あらやだ、平和だ。
「……けど、臭い……」
「慣れるまで辛抱だ。異国ってのはこんなもんだ」
正直生ゴミの匂いというか、仄かに肉の腐った匂い、獣臭、クソの匂いが蔓延している宿だった。町中がそうなのだから宿もそうなのは仕方のないことではある。ベッドというより寝床と言った方が良い何かはシーツこそ洗濯してあるものの、藁が何というか、へたれていた。余計に銀貨を支払い藁を変えてもらう間、我々は宿の一階の食堂で待つ。薄暗い店内は獣脂の焔で燻されており、残念ながら煤けている。
「ダンジョン内の野宿と変わらんな……」
馬を連れている関係上、宿の選択肢が無かったのだ。グンダは早々に厩舎に繋がれたヒューの様子を見に行った。そしてかいばにもっと燕麦を入れろとまた追加料金を支払う。我々にとっては大した金額では無いが、きっと宿にとってはいいお客には違いない。安全に寝ることができるというのは金を支払う価値があるものなのだ。
夕食は黒パンのスライスとクリーム状の何か、ハムのスライス。根菜の多いスープ。ベッセルは興味本位で麦粥をオーダーした。
「そざいのあじがひきたつスープですなぁ(塩味が薄いの意)」
「これ何?」
「フレッシュチーズかの?」
「黒パンの薄切りに乗せるか塗って食うんだよ。ひっさびさにライ麦食うなぁ……」
「……従軍用の兵糧?」
「惜しい。むしろ兵糧はこっちだ。食ってみるか、フラー?」
「それが噂に名高い麦粥……」
「美味い方の、な。行軍中だと粒の揃わない奴適当に煮るから偶に生煮え。これは良く煮えてるよ。ベーコン刻んだのや青菜も入ってるんで優秀」
「意外とモッチモチだね、黒パンって」
「多少酸味があるからチーズとか塗ってやると食いやすい。ハム乗せたら塩味も増す」
「歯応えはあるな……」
「良く噛めば味がある。健康にはいい筈だ……だから食わされた訳だし」
「なぁ、ベッセルよ。その大麦粒デカすぎんか?」
「小粒の品種が無いんだろう。パイレミンが酒造りに使う奴は収量が多い6条だろ?」
「これは2条?」
「んだ。ちょいと歯応えがいい……変わってるな」
翌朝は皆で麦粥を堪能した。干し魚を戻して戻し汁を使った麦粥は案外美味かった。そしてそれを食している最中に領主からの呼び出しが来たのであった。
も一回続くよー
麦粥
余力の少ないちほーの粗餐として大麦の粥を出した訳だが、これ一応大麦脱穀後に篩で粒を分け、大粒と小粒〜粉を個別に煮て最後に合わせてる感じ。仄かにベーコンの味と塩味が出る貧乏飯。気付く人は居ないと思うけど、もち麦っぽいっスね。
どーもみんな西洋というとパン食ってるイメージがあるみたいだが、蕎麦の実とか各種穀物の粥は世界中で見られるものです。なまじローマ時代にパンが食われてたせいで「その後のヨーロッパ」でもパン食ってたと思いがちだが、中世暗黒時代と黒歴史化した時代は伊達ではない。文化文明その他もろもろがローマ時代から後退した(まぁ、北方民族のデフォがローマのを上書きしただけなんだが……)時代ですからね。
大体だな、ヨーロッパの現在主要である宗教、キリスト教は中東原産だし、ギリシャ・ローマをヨーロッパ人は祖先と思い込んでるが、ゲルマン・ノルマンはローマから見たらバルバロイだ。君らローマに抵抗したりヒャッハーしてた末裔ぞ。そんな彼らの世界が超古代文明(それこそ数千人規模で過去に転移した現代人がいるんじゃ無いかというアホアホ国家)の各種技術を継承してる訳ないやんけ。