2.サンタなおれのクリスマスは激痛に悩まされる
「お疲れ様さまでした。サンタさん」
おれが目を覚ますとにっこりと笑うサリアの顔が眼前にあった。その優しい笑顔を見て心からほっとする。
「終わったか」
「はい。……あんなに大量に……すごかったですよ。とても激しかったですし……昨日の夜のサンタさん」
「変な言い方するなバカが。ソリの運転を乱暴にしたのは悪かったが、ああでもしないと沖縄の方は間に合わなかっただろ」
「へへぇ。そうですね、さすがでしたよサンタさんは。カッコよかったです」
こいつは結構無意識にこんなことを言ってくる。
その度についつい惚れそうになるが、悪魔でサリアは仕事仲間でしかもエルフ。そういう関係にはなってはならない。サリアもそんなことは望んでいないだろうって何考えてんだ。
疲れているせいか変なことを考えてしまってるようだ。
昨日の夜は何かとあたふたしたが、何とかプレゼントを全て配り終わることができた。子供たちが今頃プレゼントを開けて喜んでいる姿が目に浮かぶ。
説明するのが遅くなったが、おれの名前は黒巣三汰、サンタをしている。ちなみにサリアが呼ぶサンタさんというのは名前のほうの三汰である。……たぶん。
ソリに乗り、赤い服を着てプレゼントを届ける、子供たちが大好きなあのサンタクロースだ。みんなの想像する、太って髭を生やした陽気にホッホッホーと笑うおじさんではなく、普通の高校一年生である。
学校にも通ってるし、友達もいるし至って普通の男子高校生。
そんなおれはとある理由で今年からサンタをすることになり、昨日が初仕事だったというわけだ。
去年のクリスマス直後からこの仕事は任されていたのだが、クリスマス本番がくるまではほとんどなにもすることがなく普通の日常を過ごしていた。
クリスマス限定で忙しいが、その他の364日は基本サンタであるということを忘れるほどに暇である。
「サンタさん。ここじゃ冷えて風邪をひきますし家の中に入りましょう」
それもそうだった。ここはソリの上。プレゼントを最後の家に配り終えたところまでは覚えているのだが、終わって安心したのかそのまま寝てしまっていた。
帰りはサリアがおれの家の前までソリを運転して帰ってきてくれたようだ。
さすがに冬本番の季節に外で寝転がったまんまというのも身体に悪い。
そう思っておれは身体を起こそうとしたその時だった。
「……身体が……動かない」
これはわかっていたことだったが、ここまでとは思っていなかった。指の一本も動かせやしない。何とか口は動かせるのか話せてはいるが、他はどれだけ力を入れようとビクともしなかった。
まるで自分の身体がすべて凍ってしまったような感覚。痛くないのに動かない。動かそうとしても何も感じない。そんな奇妙な感覚だ。
サンタというのは一晩で世界中の子供たちにプレゼントを届ける。
だが、一人では物理的に配りきることは到底不可能だ。だからサンタというのは各国に一人存在する。その日本担当がおれである。
(サンタが一人で世界中にプレゼントを配っているという夢を壊して悪いが、サンタが存在するという夢を壊していないだけ許して欲しい)
いくら少子化が進んでいる日本だけといっても、子供の数はおよそ1500万人。普通に配りきれる人数ではない。
だから、サンタは不思議な力を使ってプレゼントを配る。自分の活動する速度を数千倍にするのだ。
そうすることで、周りの世界はゆっくりと流れているように感じられる。
(数千倍の速さを持ってしてもギリギリ配れるぐらいで余裕はないのだが)
そんな便利な不思議な力だが、使った反動はめちゃくちゃ大きい。
なぜなら、自分だけものすごい速さで動いているのだ。身体にかかる負荷や物理的抵抗は、普通の人間であるおれのにはとてつもないダメージだ。
力を使っている間はそんなことは完全に無視できるようになっているらしいが、力が切れたときにその負荷が一気に押し寄せるらしい。それが今置かれている現状である。
サンタになった時から聞かされていたこのシステム。それを受け入れた上だったものの意外と辛いものだ。
「痛ってぇぇ……」
今になってきて不思議な力が完全に切れたのか、頭も痛けりゃ吐き気もしてきた。つむじからつま先にかけて、太い釘で刺されたような重い鈍痛が身体全身を駆け巡る。
「大丈夫ですかサンタさん!?ものすごい熱です!しっかりしてください。サンタさん!サンタさん!」
ひどい頭痛に吐き気、尋常じゃないほどの身体の痛みがおれを襲い、サリアの呼ぶ声がとても遠くなっていくように感じる。
おれはこのまま死ぬのだろうか?そう思うほどの激しい鈍痛におれは意識を失った。
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それからどれだけ時間がたったのか、おれはゆっくりと重いまぶたを開ける。
ちゃんとみたことのある天井。
おれはベッドで横になっていた。おでこには冷えピタが貼ってあり、横では働いて疲れたサリアが椅子に座ったまま寝っていた。
こいつが看病してくれていたらしい。
「痛ってて」
身体を起こそうとするが、骨がきしむような痛みが走る。全身が錆びたかのように動かしにくい。
頭痛や吐き気は、さっきよりは収まっているが、熱はあるのか顔が熱い。
「…………サリア」
悔しいが今のおれにはこいつしかいない。熱を出した子供が母親を呼ぶようにおれは彼女の名前を呼んだ。
こう辛い時にはルックスだけはいいあいつの笑顔が見たくなる。
おれの声に気づいたのかぱっと目を覚ましたサリアは目尻に涙を溜めて。
「サンタさん⁉よかったー!
笑顔でこちらに向かってきた。
そうそう、この笑顔だ。おれが見たかったのは……。
自分の置かれていた状況を振り返った瞬間、見たかったはずのサリアの笑顔に恐怖と怒りを同時に覚えた。
「痛い!痛い!痛いってぇぇぇぇぇぇぇ!」
おれが目を覚ましたことに喜んだのか、サリアはあろうことか超けが人であるおれの寝ているベッドにダイブして抱きついてきやがった。
悲鳴を上げているにも関わらずおれの身体をペタペタと触る。
「バカかおまえは!痛いってゆってんだろ!おまえけが人に何やってんだバカ!」
「あぁーー!バカって言った!それに2回も!バカって言った方がバカなんですよ!このバカサンタさん!せっかく看病してあげてたのに。ぶー」
すねて頬を膨らませるサリア。ぶーぶーぶーぶー言いながらおれを見つめる。
サリアの大きな胸がおれの身体に押しつけられていて、本当ならがんばったおれへの超ご褒美なのだが、身体の痛みでプラマイゼロになる。
「サリア。なぁもうわかったからおれの上からどいてくれ」
「嫌です。サンタさんが謝るまでどきません」
そう言ってサリアはおれの胸の辺りにまたがる。
本来ならとてもとてーも嬉しい状況なはずなのにおれは悶え苦しんでいた。一応言っておくが、おれにはマゾヒズム的な感情は存在しない。
「わかった謝るから!謝るからそこをどけ!」
「そんな言い方じゃ許しません。わたしだっていつもサンタさんに文句を言われてるのを我慢してるんです。ちゃんとごめんなさいも言えないんですか」
このアマ、おれが動けないとわかってて、しかもめっちゃ痛いのも把握の上でこれやってるな。いつもなら仕返ししてやるところだが動けないことをいい事に。
でもだからってこいつにごめんなさいなんて言いたくない。ぜーったい言いたくない。
もし謝ったらこれから調子に乗っておれになめた態度で接してくるに決まってる。
このバカに謝るくらいならこの痛みに耐える方がましだ。
「誰が謝るか」
「あー。もうわたし知りませんからねー。サンタさんの身体がどうなっても」
「おーやってみろ」
やってみろとは言ったものの何をされるのか怖い。さっきよりは痛みがましだから大丈夫だと思うが。
そんなおびえるおれの胸の上でサリアは反転し、そして何やらおれの下半身辺りでごそごそと……何やってんだこいつ?
サリアは何か楽しそうに鼻歌を歌って行為を進め……、
「ならわたしはサンタさんのサンタさんに落書きしてあげます」
マイネームを持ってこちらを振り返った。
「頼む!止めてくれ!それだけは超えちゃいけないんだよ!謝りますから!ごめんなさい!ごめんなさい!おまっ、謝ってるだろーがこら!おい!や、やめろぉぉぉぉぉ!」
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サリアをやっとのことで跳ねのけたが、ズボンとパンツはずり下げられており、実行犯は満足気な顔でこちらを見ている。
「やだもうお嫁にいけない」
「大丈夫です。サンタさんのサンタさんにぞうさんを書いてあげただけですから。ほらこの目とか可愛く描けてませんか?」
「もうやだこいつ」
必死に抵抗したものの時すでに遅し。
恐る恐る下半身を見るとそこには耳と目が描かれたぞうさんがこんにちはしていた。
ズボンとパンツを素早く上げて、自分の顔を手で覆う。恥ずかしくて死にそうだ。
いくらエルフであろうと女の子にアソコを見られるというのは男子高校生にとってダメージがデカすぎる。
そんなおれの姿を見て、笑いを堪えるような仕草をするサリア。
後でこいつシバいてやろう。とおれは決心した。
そんなことよりも驚くべきことが身体で起こっている。さっきと比べてやけに身体が軽くなっているのだ。
もう疲れが取れてきているのだろうか。それにしては楽になりすぎてる感じはするが。
おれはサリアに身体の劇的回復の理由を尋ねると。
「ちゃんと動けるように痛みをなくす不思議な力かけておきましたよ。でも一日14時間しか効き目がないのでそれは気をつけてくださいね。もし外出中に切れちゃったら大変ですから」
そんな力があったのか。てっきりおれはこの苦痛と戦って生きていかなきゃならんのだと思っていたがそれは安心だ。
これで日常生活も問題ない。14時間だけというのは不便だがずっと続くわけでもないし、学校が始まっても差し支えないだろう。
そんなこんなで納得していたのだが、ある事に気がついた。
ならその力おれが目を覚ました時に使ったらよかったんじゃないのか?
あー、そういうことか。
こいつわざとおれを動けないままにしてたってことか。
おれはとりあえずシャワーを浴びて落書きを落とす。寝巻きに着替えリビングある机の前に座って自分の部屋に戻ったサリアを呼んだ。
ちなみにサリアは同居人である。
おれがサンタになると同時にアシスタントエルフとして派遣された。
幸運にも親が二人とも海外出張に去年から行っており、兄弟もいないので誰にもおれがサンタだとばれることはなく、サリアが家に居ても全然オッケーだということだ。
空いている部屋はたくさんあるのでもともとおれのだったところをサリアの部屋にしている。
「おーいサリア。ちょっとこっち来てくれ」
「はーい。なんですかサンタさん」
「そこ座れそこ」
ドタドタと二階から降りてきたバカをとりあえずおれの対面に座らせる。
「何でしょうかサンタさん」
「何なのか当ててみろ」
「そうですねー。うーん。はっ」
何かを思いついたのか胸の前で手を打った。
「ご褒美ですね!わたしは仕事でやっただけなのでプレゼントなんてそんな。でもサンタさんがせっかく用意してくれたものなら……いてっ」
おれは近くに転がっていたティッシュの箱を投げつけた。コツンっとサリアの頭に当たる。
「どこまで頭お花畑なんだよ!だから嫌いなんだよ!よくもやってくれたな!何がぞうさんだ、なにが可愛い目だ!今日という今日はぜってー許さねーからな!」
「あぁぁぁぁぁぁ!サンタさんが嫌いって言ったー!サンタさんが、サンタさんが、うっうっ痛いよー」
ちょうど箱の角が当たったのかサリアは号泣しだした。
「な、泣いたって今日は許さねーからな!いつもは許してやってるが今日はぜっ……たい……」
「ごめんなさいザンダざーん。ぐすっぐすっ、もうじませんからー。怒ったザンダざんいやでずー」
泣きじゃくりながら抱きついてきてごめんなさいと何度も謝ってくる。
「やでずー、やでずー。ザンダざんわたじを嫌いにならないでくだざいー」
こりゃダメだ。おれの倫理観がもうこのバカを虐めるなと訴えかけて来てる。女の子を泣かすのはいくらこのバカでも気が引ける。ちゃんと誤ってるし、許してやるか。
「わかったわかった。許すからもう泣くなごめんな」
「ほんとでずか。ずぴっずぴっわたしを嫌いになっでまぜんか?」
「ああ嫌いになってないよ」
「ならよかったですっ。てへぺろ」
あっ切れた。何か切れた。おれ中の何かが今おもいっきり切れた。
「シバくっ」
「うわぁぁぁぁぁぁん。ごめんなさーーい!」
その後、ゲンコツ三発くらわしてやった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
書き溜めがあと2万文字ほどあるので毎日一話は投稿できるとおもいます。
もし少しでもおもしろいと思っていただけたら幸いです。
暇な時間を有意義に過ごせるようなものを、これからも書いていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。