終わらない悪夢の宴を始めようか!
「爆炎火山って何それ?ひどいネーミングセンスね。」
東が腹を抱えて笑っていた。
「思いつかなかったんだから、仕方ないだろ。」
実はちょっと格好いいとか、思ったりしただけに恥ずかしい。
「それにしてもーよくおもいついたなー。」
「たまたま、廃車をたくさんみつけただけだよ。まあ、スキルポイントを炎魔法に振っておいてよかったな。」
レベルアップすることでもらえるスキルポイント、それを炎魔法スキルに極振りしたわけだが、母さんからもらえたスキルポイントがあった分、二兎や東より多くスキルポイントを持っていたことになるのだ。それでフレイムを使えるようになった。つまり、母さんが死んだことで救われたわけことになるわけだから、ホッとする俺と、この世界への復讐心を抱く俺とが複雑に混じりあっている。
「あー、もーつかれたー。」
「うるさい、私だって疲れてるのにわざわざ口に出さないでよ。余計疲れるじゃない。」
「まあまあ、二人とも、気長にいこうぜ。どうせ、そんなに危険はないんだし。」
二兎と東が口を揃えて疲れたというのも当然だ。車を失った俺たちは山道をひたすら歩いていた。太陽が傾いて、西日が眩しい。これだけ長い山道なのに不思議なことに、シャー・ロックを倒してから、魔物に一度も会っていない。それどころか、小鳥のさえずりが聞こえてくるほどのどかだ。
「さっきの戦いで、どれくらいレベルアップした?」
東や二兎のステータスを知っておくことも重要だろう。
二兎 義樹
Lv 12
HP 23
MP 2
攻撃力 11
防御力 30
魔力 9
スタミナ 13
すばやさ 7
運 1
東 千里
Lv 14
HP 18
MP 20
攻撃力 8
防御力 5
魔力 17
スタミナ 8
すばやさ 10
運 13
二兎はスキルを防御力アップ、東はMPアップに振っているらしく、スキルを振ったステータスが異常に高い。だが、ヒール以外の魔法は二人とも使えないみたいだ。もし、東の住む町も俺の住む町と同じような状況ならそこらの魔物に殺されることはないだろうが、油断は大敵だ。
「二人とも見て!もうすぐ町よ。」
東が興奮気味の声で、顔を輝かせて、俺と二兎の顔を見る。どうせだったら、ずっとその顔で俺を見てくれたらいいのに、と心で呟いた。道の果てが見えた。赤い太陽は俺たちを出迎えるように美しく照り輝いている。東は町へ駆けていった。本当に嬉しかったのだろう。俺たちもすぐあとを歩く。
「きゃあ!」
突然、前で東が転んだ。いや、腰を抜かしたのだ。始め、その意味がわからなかったが、町の全貌が見えるにつれ、理解した。異臭がした。魔物どもの匂いとはまた違う。今まで匂ったことのない匂いだ。うっすらとした紫の霧が町を覆い、そして、俺の住む町よりなど、比較にならないほどの静寂だ。そして、道路に転がる無数の人々を目にすることとなった。
「なんじゃ、こりゃー。」
恐怖より先に驚愕が勝り、ただ唖然と口を開けて、二兎は立ち尽くした。人々に外傷はなく、まるで精気だけ抜き取られたように、静かに寝そべっているのだ。俺は恐る恐る一番手前に倒れていた、若い女に近づき、視界に何も現れないことを願う。
前田 葵 死亡
「まじかよ。」
シャー・ロックの時に驚愕した数の死体が少ないと思える程、長い一本道に転がっていた。
「お前ら、死体狩りか?止めておけ!そいつらからは何もとれんぞ!」
俺たちがただ驚き、動けなくなっていたところに、壮年の声が聞こえた。町民であろう白髪混じりの、初老の男性が俺たちに近づいてきた。鋭い目の男だった。
「あの、私たちそういう人じゃないんです。隣町から来て、ちょうどついたところで、この状況に驚いていたんです。」
東が身振り手振りつけて、あたふたしていた。東のピュアな可愛さで信じてもらえたらしく、
「夜が来ると危険だ。早く家に入りな。」
老人が玄関を開け、俺たちに手招きをしているのを見て、一安心した。二階建てだが、こじんまりとした落ち着いた趣のある家だ。車は1台しかなく、老人夫婦もしくは一人で住んでいるのだろう。
「お邪魔します。」
「おじゃましまーす。」
「お邪魔、します。」
人の家にあがったのは久々だ。物でごちゃごちゃしている俺の家と違い、必要最低限の物がきれいに整理されていた。最近の家にしては珍しく、和室ばかりのようで、武士を連想させるようなたたずまいだった。
「すげー、じーさんこれほんものかー?」
二兎が指さす先には日本刀が飾られていた。さっきまでの出来事を忘れてはしゃぐ二兎を見て、俺たちの中で一番子供っぽいかも知れないな、と苦笑いした。だが、暗い表情をしていた俺と東にはむしろ二兎の行動は気を紛らす救いだった。
「否、それはレプリカだ。もちろん刃はない。だが、よく出来ているだろう?」
確かに。刀の鞘には、鳳凰の模様が彫られた美しい装飾で飾ってあった。レプリカにしてはよく出来ている。俺たちが感心していると、電話が鳴った。老人は古そうな黒い固定電話の受話器を持ち上げ、
「奥の部屋へ入って、くつろいでいてくれ。わしも電話が終わればすぐに行く。」
俺たちは言われるままに、奥の部屋へ向かった。客間のようで、畳の敷かれた部屋だが、ソファーがおいてあった。
「うっひょー。そふぁーだー。」
二兎が太い尻をソファーに飛び込ませる。冗談抜きで二兎は遠慮を知らないらしい。一方で、俺たちの足も限界に来ていた。俺も東も畳に座りこんだ。
「町についたはいいけれど、家に帰れるかしら。」
はぁ、と東はため息をついた。あれほど町が異様な状況なのだ。せっかく家に帰れそうなのに帰れない、東の不安は俺では到底わかることができないだろう。
しばらく、俺たちは無言が続いた。沈黙を破るように、待たせたな、と老人が障子を開け、盆に三人分の湯気のたったお茶を載せて部屋に入ってきた。
「見かけない顔だが、君たちは本当に隣町から来たんだな?」
老人は机に丁寧に茶を置いてから、俺たちの顔をまじまじと見た。
「そうだ。俺たちは隣の水和町から彼女をこの町に送りに来たんだ。」
俺は東を指さす。老人はゆっくりと腰をおろした。
「にわかには信じがたいが、本当に水和町からきたならどうやってきたんだ?」
道路は一本しかないのに不思議な質問をした老人に俺は首を傾げた。
「どうやってもなにも、一本しか道がないのに他にどうやって来るんだ?」
「だったら途中でこの町から来た男に会わなかったか?前田 義と言う名の男に。隣町の様子を見に行く、と言って出てったきり戻ってこないんだよ。」
「まさか、あの道でシャー・ロックの犠牲になった人じゃ・・・」
言いかけて、はっ、とした。この町から水和町へ向かって、戻ってきた人はいないのだ。だから、老人は俺たちを疑ったのだ。
「やはり、もう生きてはいないのだな。あの状態で、もう先が無かったとはいえ、やはり悲しいな。」
老人は悲壮な目をしていたが、極めて落ち着いていた。
「もうさきがねーって、なにかのびょーきだったのか?」
さっきまで、ソファーでうとうとしていた二兎が口を挟んだ。
「病気ではない。毒を浴びていたのだ。この町では治すことの出来ない毒をな。」
「こんなに医療の進んだ現代にそんな毒があるのか!」
老人は顔を俯かしてボソボソと語った。
「現代にはそんな毒はない。あくまで一週間前までの現代の日本にはだが。天の声が聞こえたあの日から、この町には厄災が振り注いでいる。君たちが見た道路で息絶えた人々はみんな毒で死んだのだ。」
道での無惨な状況を思い出して、俺は息も出来ない程、体中を埋める悲しみが口から漏れそうだった。
「でー、なんでそんなきゅーに、どくがあらわれんだよー?」
老人は忌々しそうに吐き捨てた。
「あの日に現れた、冥蛾ステュクスという魔物が毒を吐き続けているのだ!」




