少女に宝石は似合わない
突風のように飛び出した俺は、シャー・ロックの足に突きを入れる。だが、超硬度の岩石には傷ひとつつかず、とてつもなく重い蹴りをくらってぶっ飛ぶ。
「海李、だいじょーぶか?」
二兎が俺を心配するなんて、なかなか珍しいことだ。大丈夫な訳がない。痛い。地面に叩きつけられて、骨という骨にひびが入ったように感じる。
「ヒール!」
東がすかさず回復魔法を唱える。呪文を唱えて腕を動かす仕草が可愛らしい。
「これはゲームだ。ちょっとはがんがえろー。」
二兎に叱咤されるなど、屈辱でしかないが、言っていることは合っている。手の平で地面を押し、立ち上がった俺は笑みを浮かべて、
「そうだな。これはゲーム。攻略法さえわかれば、倒せる。」
誰のものかはわからないが、道路に転がってた、空のペットボトルをシャー・ロックの顔に投げつける。顔にクリーンヒットした時、一瞬怯むような動作を見せる。
「ビンゴ!」
落ちたナイフを拾って再び、シャー・ロックに切りかかる。
「それじゃあ、さっきといっしょ。危ない!」
東が叫ぶ。シャー・ロックが足をあげる。
「二兎!」
エンジン音とともに青い自動車が、蹴ろうとする逆の足へ突進する。巨大な図体がすこし揺らぐ。シャー・ロックの体は登って、と言わんばかりに不自然にゴツゴツしている。つまり、攻略法はこれをよじ登ることだ。一気に頂上まで登ってから左腕で頭につかまり、ナイフを天に掲げ、振り下ろす。何度も、何度も切りつけた。
「俺たちの戦略勝ちだぜ!」
シャー・ロックは暴れ回るが俺はがっしりと掴んだ左腕を離さず、切り続けた。腕が疲れてきたころ、急にナイフが弾かれた。
「えっ?」
さっきまでとは比べものにならないような力で、吹き飛ばされる。
HP 6
ガチャンッ。
鉄の塊に衝突した。二メートル超えの高さから飛んだ気はするが、まだ死ななかったのも、全てはレベルアップのおかげだろう。どんどん自分が、人間離れしていく気がする。
「なんじゃこりゃ。」
俺は山の一本道から少し逸れて、ちょうど木々がなく、ぽっかり穴のあいたような草原にいた。道路から十メートル程しか離れていないところにこんな場所があったことに驚くのと、草原に異様な光景が広がっている。鉄の塊だらけだ。ガラスが割られたり、凹んだりしている自動車が大量にある。中に人はいるのか?車の中を覗いてまわった。
高村 吉利 死亡
高村 隆子 死亡
前田 義 死亡
三好 京佳 死亡
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「嘘、だろ?」
どの車の中にも屍となった人々が静かに座っていた。自分の奥に押し込んでいた母さんが殺されたときの悲しさが湧いてきた。手で顔を塞ぐ。いったいこの理不尽な世界で何人殺されたのだろうか?そして、脳裏に最悪の可能性がよぎる。
「まさか!」
足が先へ先へと出て走りだすように歩く。向かい風で桜の花びらがヒラヒラとぶつかってくる。加速する心臓の鼓動と頭の回転。どの車に乗っていた人も死んでいた。その上、あの一本道で巨大な岩男を避けて通り抜けることは不可能だ。つまり、悪意あるゲームマスターがわざと道を通れないようにしたわけだ。車の外に脱出して逃げ切った人がいないとなると・・・、木々を抜け、視界が広がる。
シャー・ロックがルビーのように、紅く染まっていた。透き通る体表に煙のように蠢く真紅の模様が、ただならぬ異常さをかもし出していた。その向かいには、朝出るときにはぴかぴかだった服を泥臭く汚した二兎が、後ろで戸惑う東を守るように、シャー・ロックに仁王立ちを向けている。
「おせーよー、かいりー。」
疲労しきった顔だ。俺が飛ばされた一瞬にどれほど激しい戦いがあったのか。
「急に顔も硬くなって、何をしても全然攻撃が効かないの。」
東が息を切らしながら叫ぶ。
東をこんな危険な目に合わしてしまうとは、俺もゲーマー失格だ。
「『あれ』は試したのか?」
「海李しかできねーだろー。」
話を割ってくるように途中でシャー・ロックの弾丸パンチが俺に飛んでくる。さっきよりも速度が上がっている。だが、こいつの動きのパターンは覚えた。軽くステップしてかわす。シャー・ロックはそのまま止まることなく、巨大な踏み込みをして、連打してくる。コンクリートに亀裂を生じさせるほどの拳だ。全てかわして二、三歩下がりシャー・ロックと間をとる。この一瞬が必要だった。神経を研ぎ澄まし、体の中に眠る力をまるで血液のように右の指先に送り込む。体の隅々から集まった力が指先にたまる。右手を開き、シャー・ロックへ向ける。
「フレイム!」
五本の指先から吹き出した火炎の筋が渦を巻いて爆撃となり、シャー・ロックの膝のあたりに直撃した。焦げたような匂いがして、煙が出ていた。シャー・ロックは何ごともなかったかのように攻撃を仕掛けてくるが、明らかに膝がおかしい。宝石のように輝いていた肌はまるで炭のように黒く濁っていた。
「効いた!」
俺は攻撃をかいくぐり、焦げた膝に拳を入れる。さっきまでの硬さが嘘のように膝に罅が入った。しかし、シャー・ロックは特に痛そうなそぶりを見せず、蹴りをとばす。
「俺の後ろの森へ走れ!」
東と二兎へ叫んだ。ほとんど隙を見せない連撃とまともに戦うのは危険すぎる。一発、二発、また拳の連打がきた。三発、四発目の後に一瞬の隙が出来る!東と二兎が森へ入ったことを振り返って確認してから、もう一度炎撃を打つ。
「フレイム。」
直線的にとんだ炎はシャー・ロックの顔面を覆う。煙が上がり、炎が消える一間にはもう海李の姿はなかった。シャー・ロックは辺りを見回すが誰もいない。
「こっちだよ!」
再び炎がとんでくる。シャー・ロックはその方向へ突進していき、木々をなぎ倒し、拳を打ち出していく。だが、一向に見つからない。
「どこみてんだよー。」
とんできたガラス瓶が腕に当たる。シャー・ロックは怒りからか体から蒸気を上げ、ガラス瓶がとんできたほうに巨大な連撃を放ちながら木を破壊して進行していく。
突然、木が生えていない草原のような場所にたどり着いた。六メートル程先で、たった一人で立っている俺、に気づいて怒りの一撃を打とうと飛び出した刹那、
「爆炎火山!」
俺の放った炎はシャー・ロックを狙わず、すぐそばの鉄の塊へ当たった。ガソリンの漏れたエンジンに引火して大爆発を起こす。そして、その火が他の車に移り、爆発の連鎖が次々とおこる。大火事にシャー・ロックは次第に埋もれ、姿が見えなくなった。
「離れるぞ!」
俺たちも焦がされかねない。だが、今日は運のいいことに風がなく、周りに木のない開けたこの場所ではすぐに鎮火するだろう。
シャー・ロックを一匹討伐しました




