俺ほどゴキブリ駆除スプレーが似合う男はいない!
Mr.リザード Lv3
「くらえ、ゴキバスター!」
俺は正面からMr.リザードの顔面にゴキブリ駆除用のスプレーを放つ。噴射口から吹き出た白い霧が、Mr.リザードの鋭い眼球を突き刺す。目の表面がパンパンに張りあがり、苦しそうに瞼を閉じる。Mr.リザードはがむしゃらに指の一本一本が包丁ぐらいのサイズはある爪をブンブン振り回す。その度に風が巻き起こった。一発でもくらえば俺の肢体は無事に残らないだろう。Mr.リザードの攻撃の射程外に出て、布にくるんでベルトに挟んでいたステーキナイフを取りだそうとするが、ベルトをきつく絞めたせいでなかなか抜けない。東の前で格好つけて、大人の勝負服だと言って父さんのスーツを着てこなければ良かった。どう考えても動きづらい。俺は左手を挙げてサインを出す。
「もらったわー。」
威勢よく俺の家の車庫の車の影から東が飛び出した。包丁を大きく振りかぶり、Mr.リザードの背後からうなじの部分を切り裂く。緑の血が吹き出して、切断された首が飛ぶ。東が包丁を振りまわす様子を見ていると俺の中の女子高生のイメージが一気に下がった。俺の憧れはこんなものだったのか。
「生々しいな。」
思わず朝食べた目玉焼きを吐きそうになり、うつむくが、我慢する。これから血が出る魔物で、毎回これを見ないといけないとなると寒気がした。
「水里さーん、私の包丁さばきどうだった?」
おいおい、東は見ても平気なのかよ。
「かっこよかったよ。」
あと何回ゴキブリ駆除スプレーを使えるだろうか、と重量を確かめながら、東に近寄る。
Mr.リザードを討伐しました
報酬を獲得します
経験値 0
獲得金 0Y
Mr鱗を2つ獲得しました
Mr心臓を1つ獲得しました
また、経験値と獲得金がゼロかよ。多分、今回は俺はダメージを与えていないから仕方ないのだろう。
「こいつのアイテムには何でもMrがつくのかよ。」
アイテムを見て思わず突っ込んでしまった。
「アイテムなんてもらえました?私は何もないんですけど。」
「一応聞くけど東の運はどれくらいだ?」
「私はけっこう運は良いほうだと思いますよ。いつもおみくじだと大吉ですし。」
「そっちじゃない。ステータスのほうだ。」
「ああ。13です。」
なるほど、やはり俺の運のステータスは異常なようだ。これからなかなか使えるかもしれない。
「どうかしました?なんだか、悪い顔をしてますよ。」
しまった。俺がにやけると、いつも妹から三流の映画に出てくる悪役の顔だと罵られるのだ。最近は注意してにやけないようにしてたのだが。
「なんでもない、さあ、次の魔物を狩りにいこうぜ。」
ゴキバスター作戦はなかなか上手くいった。ゴキブリ駆除スプレーが切れるまでは、ノーダメージで倒せるだろう。そして、切れた頃にはレベルが上がっているから低レベルの魔物を倒し続けてさらにレベルを上げればいいだろう。そして、東を家に帰したら作戦終了だ。
カエルナイトを討伐しました
報酬を獲得します
経験値 0
獲得金 3Y
ナイトの粘液を2つ獲得しました
やはりおかしい。今回は俺のナイフでとどめを刺したはずなのに、全く経験値がもらえない。
「東、お前はちゃんと経験値は入ってるよな?」
「はい、私は今Lv3です。」
どういうことだ?これだと俺のステータスを上げる現状の手段がない。魔物のいなくなった道路をうろうろと歩き回りながら、何が原因なのか思索するが点で見当もつかない。ふと、東を見ると、妹のお気に入りの服が緑の血と粘液でびちゃびちゃだった。妹が帰ってきたらどうなるかは想像したくもない。
「とにかく、一旦家に戻ろう。返り血と粘液でだいぶ汚れたし。」
「ちょっと待ったー!」
角の交差点から人が飛び出す。
「もう我慢できんわー。女といちゃつきやがってー。おめーも俺と同じ部類だろーが。」
小太りの丸眼鏡をかけたいかにもオタクのようなブサイクな男が汗をダラダラに出して、近づいてくる。
「誰だよ!」
「隣の家の二兎だよ。おめーには恨みあるんだよー。これまでの人生をゲームに捧げてきた俺がなんでお前みたいなゲーマーの入り口にも立ってないヒヨッコに負けないといけないんだよ。」
息を切らした男は俺を睨む。
「何の話だ。」
「忘れたとはいわせねー。日本ゲームフェスティバル総合競技大会のオンライン予選で、俺はお前に負けたんだよ。その日から、会うたびに俺をバカにしやがってー。どれだけ俺があの大会にかけたか知らねーくせに。」
まずい。こいつなら俺が高校生であることをバラしかねない。東を見ると、困惑した顔で俺と二兎を見る。俺は東に家の鍵を投げる。
「先に家に入ってて。すぐ戻る。」
「わかりました。」
そのやりとりを見て、二兎が声を上げて笑い出した。
「いいことを教えてやろー。こいつはお前より年下、高2だぞー。」
「えっ。」
家に入りかけていた東の動きがとまる。春先だっていうのに、冬を残した風が俺をかすめた。
「本当なんですか?水里さん」
東の目の力が怖い。横で二兎があざ笑っているのを殴りたくなった。もうごまかせそうにもない。
「えーっと、そのー、すいません。そうです。俺は高二です。ほんとだましててすいません先輩。」
終わった。
突然、東が笑い出す。
「君、面白いね。完全に騙されちゃったよ。」
東は右手で俺の右手をぎゅっと握った。
「許してあげましょう。改めてよろしくね。高校生の海李君。」
恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだった。




