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森人の宴

 「エルフへの神樹様の加護を生かすとは、よく考えましたね。」


 眼鏡状態のカリオレルが話しかけてきたので、担いでいたマネアンを引き渡した。


 「見たところ皆無事みたいだけど、竜たちと鋼鉄樹はどうなったんだ?」

 「黒竜は全て鋼鉄樹で死に絶えました。我々ももう少しで同じ末路を辿るところだったんですけど、負傷者が皆無と言っていいほどでした。彼らのおかげです。」

 【奴の攻撃は全て見切った、なんちゃってね。イェーイ、僕らも頑張ったんだよ。】


 ランスロットが手を振ってアピールしてきた。小洒落た町にいそうな、いわゆる普通の女の子の服装をしていながら、兜を被って、おまけに男でも口にしそうにない台詞を男の声でペラペラと喋るのだ。素顔を知った後だと、凄まじい違和感がある。


 「だから、こんなに元気に騒げるんだな。」


 良貴が俺がマネアンを倒したと叫んで回っている。エルフたちも負けず劣らずの騒ぎっぷりだ。


 「じゃあ俺は静かなところで休息をとるとするよ。」


 祭壇から踵を返すと、腕を掴まれた。


 「いやいはぁ、かうぇってもらっちゃあ困るよぉ、ひっく、あんたはしゅやくなんたかぁ。」


 酒臭ぇ。というか、よく見るとレシュアだ。かなり酔っているようで妙に体をベタベタ触られた。


 「爪立ってるって。」


 体を触るどさくさに引っかかれた。ほんと泥酔しすぎじゃないか?


 「すみません、レシュアは守護の任の勤務態度こそ真面目なものの、仕事が終わると昼間から酒を飲む癖があるんですよ。毎日のようにべろべろに酔ってるんでお気になさらず。これから僕はマネアンの処遇について少し考えたいので離れますね。」


 カリオレルは俺からレシュアを引き剝がすと、気絶しているマネアンも連れてどこかへ行ってしまった。さて、俺はいい加減お祭り騒ぎのエルフたちの相手をするのも限界なので、今度こそ休息をとろう。


 「上を。」


 エルフが少ないほうへかき分けながら歩いていると、声を掛けられた。今度はどの金髪が絡んできたんだよ?


 「えっ?」


 金髪ではなく、白髪だった。一週間と一日で、初めてユキから話しかけられた瞬間だ。空を見上げる。青い小鳥がのどかな空を飛んでいた。


 「綺麗な鳥だな。嵐が去った後みたいに透き通った空だ。」

 「・・・」

 「そういや、今まで見かけなかったけどどこにいたんだ?」

 「・・・」


 自分から話しかけておいてだんまりとは勝手だ。まあ、全く会話が出来ないよりは進歩しただろう。


 「言いたくないことだってあるよな。そういや、良貴が向こうにいたぞ。」


 ユキはうなずきはしたものの、その場を動こうとはしない。この辺りになるとエルフは殆どいなかったがユキと二人きりというのも居づらいので、離れることにした。建物のない枝の先端の方へ歩く。どこか腰かけられそうな場所はないか・・・と、向かいから数人が走って来た。


 「あっ、お前は滅皇の剣の中で一番印象が薄いやつじゃねえか。」


 青竜の牙の面々だ。


 「おい、確かに俺にはパッとするような特徴はないけど正面切って言われると傷つくぞ。」


 ギラントは豪快に笑う。


 「騒ぎがあったようだが、俺様が出る幕ではなかったようだな。」


 全くどいつもこいつも俺の話をまともに聞かずに、自分の話ばかりする。仲間の一人がギラントを小突いた。


 「ちょっとギラントさん、騎士の方に負けてから枝の端でふて寝して、今起きたところじゃないですか。」


 なるほど、だからこんな場所で鉢合わせたのか。


 「まあ、俺様たちの仕事とは無関係で良かったけどな。」

 「まだわかりませんよ。これから詳しく調査しないといけませんので、広場へ向かいましょう。」


 さっきとは別の仲間がギラントを諭す。今気づいたが、俺は青竜の牙でギラント以外を全く知らない。俺も滅皇の剣の中ではこんな印象なのかと思うと妙に納得してしまった。さて、青竜の牙も広場へ行ったし、一休みするとしよう。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 凄まじい振動でたたき起こされた。頭を地面にぶつけた。


 「痛たたた。」


 丁度いい形の凹みに座っていたつもりだったのだが、どうやら眠りに落ちたうちに寝転がってしまっていたようだ。昇りつつある太陽がジリジリと照りつける。


 「もう、朝か。」

 「そうだよ。君がふらっとここで寝ちゃうから探すに苦労したんだから。」


 不意に声を掛けられてギョッとした。


 「なんだ、ランスロットか。」

 「残念そうじゃないか。僕よりレシュアとかユキちゃんとかの方が嬉しかったかな?」

 「おっ、えっ、その口調!?」

 「うん。少し考えてたんだ・・・」


 ランスロットは兜を被っていなかった。


 「僕は鎧の騎士じゃないと、君たちに釣り合わないと思っていたんだ。良貴もユキも君も、眩しいくらいの力を持ってる。だけど、僕はそんな力なんてない。」

 「俺よりランスロットのほうが強くないか?」

 「戦闘力のことじゃないよ。それに、ステータス的には僕の方が上だけど、センスや対応力だったりを加えた総合的には君のほうがやっぱり強い。話は逸れたけど、僕が言いたいのは君たちには魅力があるってことだよ。」


 まあ、良貴は和服だから目立つし、ユキは身長や髪の色が明らかに日本人じゃないしな。だが、俺は冒険者としては一般的な客衣だし、見た目にも特徴があるわけじゃない。


 「違う違う、また勘違いしてるよ。見た目のことじゃない。」

 「うーん、まだよくわからないな。」

 「君は自己評価が低いからね。とにかく、僕は怖かったんだよ。正体不明の鎧の騎士だから君たちは僕を仲間に向かい入れてくれるのであって、ただの女の子だったら足でまといだと思われて捨てられるんじゃないかって。」


 妙に捨てるという言葉の刺々しい響きが耳についた。


 「そんなことはないぞ。男だろうが女だろうがランスロットはランスロットだ。」


 何気なく口から出た決め台詞を、嬉しそうに何度も頷かれると恥ずかしくなってくる。


 「君たちが仲間で本当に良かったよ。僕が女だと知っても、変わらずランスロットとして接してくれた。だから、僕は君たちの前では鎧を着ていまいと兜を被っていまいとランスロットでいることにしたんだ。」

 「正直、まだ俺は困惑してるんだけどな。」

 「そうだね、僕と全然目を合わしてくれないもんね。男子高校生の真っ只中って感じだね。」


 俺は引きこもりだから男子高校生ですらないんだけどな。ランスロットは立ち上がると大きな伸びをしてした。暗にそろそろ行こうと言っているのだろう。


 「さて、戻ろうか。」


 広場へ向かうまで沈黙が続く。一週間も朝から晩まで共に暮らせば話すこともなくなってくるというものだ。ましてやコミュ障の俺である。年上の女の子と話題を合わせるなんて芸当を出来るはずもなかった。


 「騒ぎがひどくなってないか?」


 広場に近づくにつれさっきよりもエルフが増えていることに気付いた。笛や太鼓を演奏していたり、踊りまわっていたり祭りじみてきた。


 「中央までいけばわかるよ。」


 ランスロットは何か知っているようだった。


 「なるほど。」


 中心部についた俺の目に飛び込んできたのは、大の字に寝転がる良貴とカリオレルだった。


 「われ、なかなかやるじゃねえか。」

 「本気を出されたら、俺もやばかったな。まあ、勝ちは勝ちだからな。」


 良貴は俺に気付くとカリオレルから受け取ったものを振ってアピールしてきた。


 「呼竜笛じゃないか!」

 「決闘に勝ったからもらったんだぜ。」

 「いいのか?元々は宝物庫で保管していたものだろ?」


 というか、マネアンの処遇を考えに屋敷に戻ったんじゃなかったか?なんで決闘なんてしてるんだ。


 「今回で相当危険ってことがわかったからなぁ。俺らで扱えんし、われらに渡した方が安全やからな、あぁん?」


 もはや脈絡関係なく語尾に【あぁん?】をつけているがキャラとしてこの人は大丈夫なのか心配になってくる。


 「まあ、そういうことだ。いつでもクリザエモンが呼べるぜ。」


 良貴が笛に息を吹き込む。笛から出たとは思えない汚い音だったが、空に一つの影が映った。


 「クリザエモンも災難だな。」


 鱗に茶がかかった黒竜は降り立って、自分を呼び出した主人の顔を見ると悲しげに竜らしからぬ鳴き声をあげた。


 「お手!」


 呼竜笛には従う他なく、クリザエモンは渋々良貴の手のひらの上に巨大な前足を乗せた。


 「さて、休息というここでの目的は果たしたし、新たな仲間も増えたところで出発するか。」

 「唐突すぎやしないか?」


 良貴は首を振って鼻で笑った。


 「ワタツミっちは俺たちの旅の意味を忘れたのかよ。この世界を元に戻すために王とやらを倒すんだろ。」

 「決闘なんてして楽しんでたのは誰だよ。」

 「決闘は男と男の名刺交換みたいなもんだよ、互いを知るために拳で語りあうんだぜ。」

 「そんな血みどろの名刺交換が合ってたまるかよ!」

 【二人とも元気そうでなによりだ。僕は準備万端、いつでもいけるよ。】


 ガチャガチャと金属がぶつかりあう音が近づいてきた。さっきから姿が見えないと思えば鎧を着ていたのか。


 「よし出よう。」


 良貴は跨がろうとクリザエモンに足をかける。


 「待った。ユキは?」


 辺りは金髪ばかりで白の髪の毛は見当たらない・・・と、頭の上を何かが跳び越してクリザエモンの背に着地する。


 「あぁん、良貴様!竜に乗ってハネムーンなんて素敵ですわ。」

 「結婚してる前提じゃねえか!」


 いつもの調子で良貴に飛びついていた。ランスロットは二人のやり取りをよそにクリザエモンの頭を撫でてから背に跳び乗った。


 「しばらくは六畳一間を四人で陣取りあうのか。息苦しい以外の何物でもないな。」

 【はいはい、悪態ついてる暇があるんだったら早く乗ってよ。置いてっちゃうよ。】

 「それは勘弁してくれ。もう徒歩移動はしたくないんだ。」

 

 クリザエモンの後ろ足を掴んでよじ登った。俺が乗り終えるや否や、翼を羽ばたかせて、離陸する。


 「われらには世話になったな。俺らエルフは風の民を歓迎しとるから、首を洗っていつでもこいや。」


 口調に似合わず、俺たちに激しく手を振っていた。高度はどんどん上がっていき、やがて俺たちを見送るエルフたちが見えなくなり、神樹の枝先よりも高くなった。


 さあ、次は一人目の王を討つとしよう。

 次話は少し時を遡ってユキとヒワリの戦いからお送りしようと思っています。

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