テレイトの町
この作品を書き始めて一年が経ちました。これからもよろしくお願いします!
「ここをくぐって下さい。」
男のエルフ、アレオンの指差す先に苔で覆われた石のアーチがあった。
「ただの石のオブジェにしか見えないぞ。」
進んできた道筋は森の獣道だった。不知夜などとたいそうな名前なので、エルフたちが住めるような環境の特別な森だろうと少し期待していたが、どこでも見られるようなありふれた森だった。おかしなところといえば、魔物が一匹たりともいないことだろう。初めて現れた人工物が石のアーチなのだが、これも面白いものではなかった。
「くぐればわかるっから、はやくっ、はやくっ。」
背の低い方の女エルフ、ヒワリが俺たちの背中を押した。勢いで前に倒れ込むようにアーチをくぐる。眩い光に目を覆われた。次に目を開くと、そこはただの森ではなかった。
「ようこそ。不知夜の森の中心部、テレイトの町へ。」
アレオンが両手を広げて、俺たちを歓迎した。柔らかなそよ風が吹いてくる。辺り一帯は森という面影を失った野原だった。木と呼べるものはたった一本しかない。伸びた幹が雲を突き抜けるほど巨大な木である。
「言葉もでないみたいですね・・・・・・貴様らの貧相な感性では。」
最後にぼそりと付け足した言葉が余計だったが、背の高いほうの女エルフ、レシュアは自慢げに大木の幹を撫でた。
「これは神樹です。神樹全体がテレイトの町となっています。」
まるで観光地の案内人のように、語り慣れた口調でアレオンが説明する。
「早く上に登ろうぜ。」
良貴が神樹の前で飛び上がった。レベルアップによる肉体強化や元々備えていた高い身体能力のおかげで、自身の身長を簡単に越えて常人ではありえない高さまで体を浮き上がらせたのだが、神樹の一番低い枝にすら届かない。
「神樹は普通に登るのは無理だっから。」
ヒワリは神樹に触れると、口をもごもごと動かした。どうやら呪文を唱えているようだが、発音が出来ない音ばかりだったので人間の言葉では内容だ。
「もしかして、エルフ語か?」
兜の向こうなので見えないが、きっとランスロットは目を輝かせていただろう。レシュアは満足そうに微笑んだ。
「ええ、我々エルフが古来から使ってきた言葉です。響きが美しいでしょう?・・・・・・人間の低俗な言語とは違って。」
「よく聞こえなかったけど最後なんか言った?」
レシュアは笑みを絶やさない。整った顔だちだけに少し不気味なので、あまり関わらないようにしたい。
「さあ、上に登るっから。」
ヒワリの呪文で遥か上空から巨大な蔦の籠が下りてきた。神樹から伸びた一本の太い蔦で繋がっている。真っ先に動いたのは意外にもユキだ。神樹を見ても全く興味がなさそうだったのに、どういう風の吹き回しか籠に入って、蔦を触っていた。
「おう、早くいこうぜ。」
良貴は足を浮かしながら籠に歩いた。ヒワリは幼げな見た目から言動に違和感がないのだが、良貴は俺より二つも年上なのだからもう少し落ち着いてほしい。
「珍しくユキが乗り気じゃないか。」
「はい、良貴様のためならエルフなど木っ端微塵にしてやりますよ。」
和やかな雰囲気は一瞬にして凍り付いた。
「なに言ってんだよ。冗談が過ぎるぞ。」
額から油じみた汗が流れ出した。慌てて怪訝な顔をしていたエルフたちにユキは場を凍りつかせるジョークが得意だということを説明した。俺の言葉を誰も疑うことなく、上手く誤魔化せたようで安心したが、ユキなら本当にエルフと全面戦争を始めそうで怖い。とにかく、ここを去るまでは大人しくしてもらわなければ困る。
「出発するっから。」
ヒワリが再び呪文を唱え始めると蔦の籠は上昇しだした。エレベーターに乗っている感覚に近い。あっという間に上りきって大きく揺れて止まり、籠が解け始めた。次第に町の全貌があらわになる。
「こりゃすごいな。」
良貴が呟きとともに、一歩踏み出した。蔦は籠の形を崩して神樹の幹に戻っていった。二、三回足踏みしてみた。木の皮だというのにコンクリート並みに硬い。
「これが木っていうんだから、驚きだよね。」
「はい、テレイトの町は全て神樹で出来ています。」
ランスロットに褒められるとアレオンは嬉しそうだったが、相変わらずの説明口調だ。いくつもの巨大な枝の上に、木造の家々が建ち並んでいる。中心部は幹自体で、枝の付け根に開いている大きな穴が出入り口のようだ。
「ヒワリとレシュアは森の守護の任務がありますが、私は風の民の案内人も兼ねているので、引き続き町の案内をしますよ。」
「そういうことだっから。また後でっから。」
「また会いましょう・・・・・・二度と会いたくないのだけれど。」
二人の女エルフは枝から飛び下りた。
「おい、この高さだと無事じゃすまないぞ。」
下を覗くと二人は風をきって空を飛んでいる。もちろん、翼なんてものはついていないのだからこのまま森に串刺しにされるだろう。
「我々エルフには神樹の加護があります。かすり傷一つつきませんよ。」
神樹の根のほうから蔦が無数に生えて、網を形づくった。二人とも森にぶつかる直前で網に掬われる。
「ヒヤヒヤするから先に説明してくれ。」
「皆さんが気になされると思いませんでした。さあ、町に入りましょう。最初にエルフの長に会ってもらいます。」
淡々と続けるアレオンに反応したのは、良貴の空っぽの胃袋だった。
「いえ、先に食事処に行きましょう。」
「それはありがたい。」
気を回してくれたようだ。俺たちはアレオンに連れられるままに食事処へ向かった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
目の前に詰まれているのは大量の料理である。ただ一人を除いて誰も口に運ぼうとしない。
「オーガニックで体によさそうだね。」
ランスロットが手前にあったサラダを鷲掴みにして、兜の下部を開いた。もしゃもしゃと咀嚼する。食べづらいなら兜を脱げばいいのに、やはり顔を見せるつもりはないようだ。
「お前オーガニックの意味をちゃんとわかってないだろ。」
どちらかといえばオーガニックというよりベジタブルだ。つまり、出された料理は野菜しかないのだ。俺たちの机のみならず、店内のどこにも肉に類するものはない。薄々わかってはいたが、エルフは菜食主義者だということだろう。食欲はそそられないが、極度の空腹と周りのエルフたちの目もあるので食べざるを得なかった。
「この町はどうですか?」
「なかなか楽しそうだな。」
アレオンに気を使っているのかもしれないが、良貴は俺とは真逆の感想だ。
「俺はエルフがこんなにもいるとは思わなかったな。」
この町は地方都市に匹敵するほどだ。人口が多い上に、賑わっている。どこを見てもエルフばかりなのに、俺たち以外の人間にはまだ出会っていない。アレオンが言った、込み入った事情が関わっているのだろう。
「■△◇▼▽▲△ー」
ランスロットが何か言おうとしているが、口いっぱいに頬張った食べ物のせいで言葉になっていない。ユキはいつも通り周囲への関心がなく、黙々とスープを飲んでいた。俺が気になっているのは、アレオンを除いたエルフの目線だ。敵意とまではいかないが、警戒されている。少なくとも、楽しそうではなかった。目線が気になるが、しばらく雑談とともに食事を続ける。最初に食べ始めたのに一番最後になったランスロットがそろそろ食べ終わるといった頃に、食事処の扉が荒々しく開けられた。
「邪魔するぞ、エルフども。」
人間の一行だった。数は四、いずれも若い男だ。そのうちの一人は知っている顔である。
「お前たちは、俺様の堂々たる戦いに水を差しやがった野郎共じゃねえか!」
ずかずかと俺たちの方に歩いてきて机を叩いた。背中の巨大な斧が印象的である巨漢な男だ。
「魔人に攻撃が効かなくて、殺されかけたところをスロトに助けてもらった雑魚じゃん。こんなところで何してんだ?」
「ふん、そんな昔のことはとうに忘れたわ。」
良貴は嘲笑したが、巨漢は調子をわずかとも崩さない。とにかく声が大きいので、少しぐらい気を落として黙ってほしい。
「いいか?俺様たちは東京ギルドで最強のパーティーの青龍の牙だ。」
「なかなか面白くなってきたじゃねえか。俺たちは七人の王を倒すために結成したパーティー、滅皇の剣!」
どちらも聞いたことのない名だ。また良貴は勝手なパーティー名をつけたらしい。ヨシキーズという、これまた勝手な名前はどこへいったんだか。
「ふん、お前たちが何であろうとしったことではない。俺様は青龍の牙のリーダーの大斧のギラントだ。お前に決闘を申し込む!」
ギラントが指さしたのはランスロットだ。最後の一口を飲み込もうとしていたところで、唐突に火の粉をかぶって驚いている。だが、すぐに何かを悟ったようで兜の下部を閉じた。
「いいだろう。俺は滅皇の剣の一人、龍殺しのランスロットだ!いざ、尋常に。」
腰の短剣もとい、アロンダイトを抜いた。兜の下のほくほくした顔が伝わってくる。何故ランスロットは乗り気なのか?そして、何故良貴も観戦する気満々なのか?なんにせよ、俺には止めようがなかった。




