賑わう町
「さあ、早く乗りたまえ。」
トレインが楽しそうに俺と二兎を電車の中に押し入れた。
「じゃあ、出発するよー。」
「電気もねーのにどーやって走らすんだー?」
トレインが自慢げに鼻を鳴らす。
「君たちは僕の能力がただ速いだけだと思ってるだろ?それは間違いだ。僕の固有能力は人力車。車輪の付いた物を持てば物凄い速さで走れるんだ。しかも、走り出せば持った物の質量を僕は無視できて、スタミナも減らない。つまり、電車は僕には持ってこいというわけさ。」
扉を丁寧に閉めて、先頭車両へ駆けていった。するとすぐに電車が動きだした。
「あまりにも急すぎじゃないですか?」
扉の傍に立つ前田さんは、振り返った。
あの出来事の後、本部に着くや否やすぐに駅まで連れてこられた。その後、今に至る。
「出来る限り早く出たかったのでな。申し訳ない。」
また、前田さんが頭を下げた。なるほど、謝るのはこの人の癖なのだろう。乗ったばかりだというのにもう二兎は退屈そうに車内を歩き回る。見てるだけでうっとうしい。
「着くまで長いので、私の知っていることをお二人に何か話しましょうか?」
デストロが二兎を見かねたのか気を利かしてくれた。二兎はすぐに食いついた。
「じゃー、なにからきこーかな?」
「そういえば、どこへ向かってるんですか?」
丁度良いタイミングだった。電車に乗るまではみんなせかせかと準備していたのでとても訊けそうになかったのだ。窓の外を眺める。
全く見たことのない田畑が広がっている。
どこだここ?
「すまない。言いそびれていたな。我々が向かっている場所は、東京だ。」
「へ?」
なんとおっしゃいました?いや、俺の空耳に違いない。
「海李君と二兎君、デストロとトレインには私の所属する団体の本部に迎えたい。」
「その団体って。」
「そうだ。明け方にも少し話したが今東京、いや日本中を守る組織だ。表向きの役割から東京の人からはギルドと呼ばれているよ。」
どうやら嘘ではないようだ。ギルド。ファンタジー系RPGでは必ずと言っていいほど存在する組織だ。つまり、前田さんたちは一般の人々を冒険者として雇い、近辺の魔物を狩ることで東京を守っているのだ。電車内を見渡す。そこの本部に俺と二兎、デストロ、先頭で走っているトレインが呼ばれたのだ。デストロとトレインは固有能力の高さから妥当としても、引きこもりとニートを呼ぶのは何か場違いな気がする。それに、土葬した母さん、家族と埋葬された東、安否がわからない妹を残していくのが心残りだ。だけど。
拳を握りしめた。
このふざけた世界を一刻も早く終わらせたい。そして、東と母さんの仇を撃つんだ。もう一度心に強く誓った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「着いたぞ。」
電車が止まる。扉を引き外に足を踏み出す。人の気配のない広々としたホームを進み、ただの通り道となった改札を抜けて、駅から出た。
人が歩き、人が喋り、人が笑い、人が走り、人の波、人の群れ、人の渦。
静寂な赤レンガの建物の外で、賑やかな街が俺たちを歓迎した。
「同じ世界とは思えないですね。」
デストロの呟きの通り、この町は地獄のようだったあの町とはまるで対照的である。渦巻く人々は誰一人として希望を抱かない表情をしていない。異国にきたみたいで俺の心中は複雑だ。
「君たちにこれを渡そう。」
前田さんは言葉の割に何かを渡そうという動作をとらない。
「なにをくれるんだー?全くわたすそぶりみせ・・・」
前田歳三さんからプレゼントが届きました
受け取りますか?
表示が現れるとすぐに二兎は黙った。
ルートマップを受け取りました
「それを開いてくれ。」
「うわっ。」
思わず声をあげてしまって大勢の人がいっぺんに俺のほうを向いた。視界の中央に大きくて赤い矢印が現れて、左斜め前を指しているのだ。
「私は今から本部へ向かう。君たちを迎えいれるまで少し時間がかかりそうだから、東京をぶらぶらしていてくれ。マップの示す先で三時間後に集合ということにする。では、また後で会おう。」
前田さんは俺たちの返事も聞かず、そそくさと去っていった。俺たち四人は唖然と顔を見合わせた。
「せっかくとーきょーにきたんだしー、やっぱ秋葉原だよなー。」
すぐに目的地が決まった男がいた。二兎は賛同者を求めて三人の顔色を探るが、もちろん誰もついていく気はなかった。
「じゃあ、またなー。」
小太りは不相応なスキップで一人駆けて行った。三人で顔を見合わせた。
「確かに二兎君の言う通りだね。じゃあ僕は観光でもしにいこうかな。」
次に目的地を決めたのはトレインだ。俺はあまり気乗りしないので首をふった。デストロも行かないようだ。
「なんだ、二人ともノリが悪いなぁ。そんな眉間にしわばっかりよせてると早死にするよ。じゃあね。」
俺たちに手を振って群衆に紛れていった。眉間にしわをよせているデストロと顔を見合わせた。それからしばらく無言が続いた。先に口を開いたのはデストロだった。
「私は先にギルドに向かいます。ギルドそのものについても色々気になりますし。」
一緒に来ないか、といかにも言いたげだが俺には他に気になることがあったので断った。
「後で会いましょう。」
行ってしまった。俺はその場で行きかう人々を見渡した。ほとんどの人間はスーツだったり、お洒落な服を身にまとっていたりするが、一割にも満たない程は異質な恰好をしていた。ローブや、革の服、鎧なんかもある。中世風の衣装を日本人が身につけると、まるでコスプレのようだ。腰に提げた短剣や、背中に背負う大剣など大小様々な武器からお気に入りのMMORPGを連想させた。冒険に出かける前の広場いつもこんなふに賑わっていた。俺が気になっていたのはこの人たちのことだ。誰かに話しかけたくなった。一歩踏み出して、二歩目を踏みとどまった。誰に話しかければいいんだ?甲冑を着た男か?それとも、ローブを纏って杖を持ち歩く女か?そもそも、誰か一人に絞ったとして、俺は話しかけられるのか?ゲームの中ならともかく、ここは現実だ。コミュ障の俺にそんな勇気はない。再び立ちつくしてしまった。
「ねえ。」
不意に肩を叩かれた。振り返るとそこには全身鎧で武装していてフルフェイスの兜を被っていた。そのいでたちから怪しい雰囲気が漂っている。冒険者の服装をした者たちでも顔まで隠している者はこの男を除いていないからだ。
「は、はいっ。」
挙動不審に答えてしまった。体が小刻みに揺れ、落ち着きがないように見えるだろう。
「そんなに怯えなくてもいいぜ。俺様の名はランスロット。この町を案内してやるよ。」
男は俺が口を動かして何か言い出す前に、右腕を掴まれた。そして、強引に人混みのなかを突っ切り始めた。




