芋虫のグリルは不味いそうだ!
「海李ー!」
見渡す限り一帯きれいな色とりどりな花だらけだ。その中に一際輝く花が一輪。東が向こうから走ってきた。そして、そのまま俺を押し倒して倒れ込んだ。
柔らかい感触、柔らかい、柔らかい、ん?
息が出来ない。それどころか、東が石になったかのように重い。苦しくてもう我慢できない。俺は東を上に押し上げた。
「お前かよ!」
二兎を持ち上げた状態で叫んだ。せっかく良い夢を見ていたのに、二兎にのしかかられて目が覚めてしまった。二兎とは布団を3メートルは離していたはずなのだが、恐ろしい寝相の悪さだ。手を離して二兎を降ろした。
「なんだよー、こんなあさっぱらからおこしやがってー。」
降ろした衝撃で起きたみたいで、二兎にしては珍しく機嫌が悪い。二兎は畳をゴロゴロ転がって自分の布団に入り込んだ。
「やれやれ、ちょっとは早く起きようとか思わないのかよ。」
もう八時だ。前田さんと東はもう起きてるだろうから、俺は二度寝し始めた二兎を放って部屋をでた。廊下に出た瞬間、芳ばしい玉子の香りが漂ってきた。リビングに入ると、
「おはよう。ちょうど今朝ご飯ができたところだ。」
前田さんが玉子を焼き終えて、皿に盛り付ける最中だった。
「朝ご飯まで作っていただいて本当に助かりました。二兎と東を呼んできますね。」
いつもの東の朝は早いのに、今日はまだ起きてないみたいだ。きっと疲れが溜まっていたのだろう。軽快な足取りで木目が美しい階段を登った。東の寝ている部屋をノックした。
「東さん、起きてる?」
返事がない。今度はもっと強めにノックした。コツン、コツンと人差し指の第二関節が扉に当たる音が反響するだけだった。
「東さーん!」
今度は大声で呼んでみた。やはり、返事はなかった。
「東さん大丈夫ですか?」
扉をドンドン鳴らす。もし、東に何かあったら一大事だ。家の中とはいえやはり油断はできない。レディの部屋に入るのは失礼だがこれだけ呼んでもでないのだから、何かあるに違いない。
「入りますよ?」
そぉっ、と扉を開いた。冷たい風が顔に当たる。窓が開いてカーテンが部屋の外で舞っている。
「前田さんっ!」
俺は階段を駆け下りて、リビングの扉を開けた。
「どうしたんだー?」
二兎が卵を口に含みながら、ふりかえった。二兎は食べ物だけにはすぐ飛びつく。さっきまで寝ていたくせに、顎にご飯粒をつけている。
「東がいなくなりました!」
俺はキッチンの奥にいる前田さんにも聞こえるよう叫んだ。包丁を止めた前田さんの顔は蒼白だった。
「東君が家に帰りたがっていたから、こうなるかもしれないことはわかっていたのに防げなかった。本当にすまない。」
老人は白髪混じりの頭を深く下げて俺と二兎に謝った。
「あやまることはねーぜ、前田さん。おれたちも東ちゃんのことわかってたつもりだが、りかいできてなかったみてーだからせきにんがあるならおれたちのほーだぜ。頭をあげてくれー。」
二兎は普段の愚行から、ダメな人間だと思われがちだが、良いところもちゃんとあるのだ。まあ、ほとんどないのだが。
「とにかく、窓から出て行ったんだ。」
俺は前田さんと二兎を連れて、東が寝ていた部屋へ再び戻った。
「まさか、東ちゃんがこんなことをするとはなー。」
二兎は部屋の中をうろうろして呟いた。
「これを見てくれ!」
ふと、前田さんが机の上にあった紙切れを俺たちに渡してきた。
『海李と二兎へ 私は無事、我が家にたどり着きました。家族も元気でした。だから、もう私のことは心配しないでください。 東 千里』
「よかったー。東ちゃんいえにかえれたのかー。」
二兎が声を上げて喜んだ。
「そんなわけないだろ!俺たちに危険なこの町から去って欲しいからわざと、こんな文章を残したんだよ。早く東を見つけないと手遅れになる。」
何もわかっていない二兎に呆れた。俺はいても立ってもいられなくなって、1階へ降りて靴を履いて、玄関から出ようとした。
「出るな!」
前田さんが鋭く叫んで、俺を止めた。
「どうしてですか?」
俺は乱暴に疑問をぶつけた。玄関から射し込む朝日が立ち止まる俺を照らした。体を襲う熱量に止まっていられない。
「外を見てみると良い。」
落ち着いた口調で言って、俺の前の扉を開いた。無数の純白の弾力がありそうな塊から生まれた漆黒の灰を水に溶かしたかのような模様の、巨大だが胴の短い芋虫が蠢いていた。
「これでわかっただろう。」
前田さんはすぐに扉を閉めて、俺に向き合った。
「君の焦る気持ちはわかるが、東君に出会う前に殺されてしまっては元も子もない。町の若い連中が毎日昼頃までに駆除をするから、昼過ぎまで待つべきだ。」
「だったらなおさら、東が危険だ。せっかく、泊めてまでもらったのに申し訳ないですが俺は行きます。」
「町の若い連中が駆除をすると言うただろう。もし、東君が町のどこかに今いるとすれば、すぐに誰かに保護される。それに、彼らは現役の消防士や警察官であって、魔物が現れて一週間、毎日町を守ってきた強者たちだ。安心したまえ。」
「俺たちも東を送り届けるために何度も戦ってきました。俺は行きます。」
強引に外へ飛び出た。快適だった室内とは違い空気が悪い。こんな空気では春の陽気も気味の悪い生暖かさに変わってしまう。
ステュクスの幼体 Lv9
巨大芋虫が俺に気づき、短い胴を振り上げて威嚇してきた。俺は一瞬戦うかどうか迷った。別にここで倒さなくても動きは遅そうだし、たいした脅威ではない。だが、こいつらは何体もいるはずなので特徴や能力を見極めることは重要である。俺は芋虫の顔面に靴後がくっきりつく程度はある威力の蹴りを放った。もちろん、芋虫の動きは遅いのでかわす間もなく、直撃した。驚いたのはその次の瞬間だ。まるで、ゴムボールのような感触がして弾き返されてしまったのだ。芋虫は全く平気そうな顔をして、鈍足な体当たりをしてきた。この巨体を避けることは不可能なので走って逃げようとして思い出した。俺は躱すことはできても、走って逃げることはできないのだ。つまり、この状況は回避不可能というわけだ。まるで重機にひかれたように豪快に押しつぶされた。レベル差のおかげか、もしくは芋虫の体が柔らかかったからか、完全に体をつぶされたと思ったのに一命を取り留めたようだ。
「やってくれたな。今度は俺の番だ。」
芋虫に言葉が通じないことぐらいわかっているが、なんとなく悔しそうにしている風に見えたので俺はニヤリと笑った。
「ヒール!」
両手を空高くあげて、格好つけてみる。体力バーの緑に光る部分が一気に黒くなくなっていた部分を満たした。
「丸焼きになれ!フレイム!」
俺の掌から放たれた炎に芋虫は包まれた。
「虫を焼いたら、こんな匂いがするんだな。」
黒焦げになった芋虫を見て呟いた。
ステュクスの幼体を一匹討伐しました
報酬を獲得します
経験値 31
獲得金 2Y
冥蛾の鱗粉を2つ獲得しました
能力 毒耐性1を獲得しました
毒耐性1に意識を集中させる。すると、眼前に新しい表示が現れた。
毒耐性1
軽度の毒を無効化、中度以上の毒を軽減します
確認する程の能力でもなかったが、もしかしたら霧の舞う夜の町でも自由に動けるかもしれない。手を開いたり閉じたりしながら、今回使ったMPを確認した。ヒールも使ってしまったので減ったMPは8だ。俺のMPは16だから、あと一回しかフレイムが打てない。なるべく戦闘は避けたい。俺は静寂な通りで歩みを進め始めた。
「ひゃっひゃっ。にーちゃん、お前の固有能力はなんだ?」
一度聞けば耳にこびりついて離れないような笑い声が背後から聞こえた。




