6 剣の道は厳しい
翌朝、かなり遅い時間に目が覚めた。重たい体をなんとか起こして顔を洗う。
あまり食欲はないが、何も食べないと余計力が出ないので、一階に降りて取りあえず腹に詰め込む。
ふー、少し気力が戻った気がする。昨日のダメージがそれだけ凄まじかったんだろう。
今日はどうしようかな・・・・・・今からギルドにいっても、もう碌な依頼が残っていないだろうし。かといって、何もしない訳にもいかんよなあ。はあ・・・・・・
懐具合がまだ改善の見込みがないため、重たい体を引きずるようにギルドに向かった。
受付カウンターを見ると今日はチクビちゃんも筋肉ダルマ達もいないようで、代わりに如何にもベテランといった感じのお局シスターズが3人並んでいる。
そのうちの一人の列に並んで、取り敢えず昨日の教会の依頼報告を済ませよう。
俺の順番が来て依頼達成の書類を渡すと、銀貨を5枚手渡された。お局さん、かなり長く俺の手を握っていたような気がするが、気にしないことにしよう。
手に入った金は僅かでも、俺はそんなことよりもっと大切な物を得ることが出来たんだ。アンジェラさん俺はあなたのために頑張りますよ!!
一通り依頼の掲示板を見て回るが、Fランク向きの条件のいい依頼はまったく見当たらなかった。
どうしようか少し考えようと思って、奥のベンチに腰を下ろそうとした。そのとき剣が邪魔になったので外そうかどうしようか迷っていたらそれは閃いた。
そういえば今まで一度もこの剣を使っていないぞ。振ったのも最初の日だけだし、折角だからこの剣を使った訓練でも出来ないだろうか。
丁度さっきのお局さんが空いていたので、カウンターに向かう。おっと、今度は不用意に手を伸ばしたりしないぞ。
「すみません、ここで剣の訓練は受けられますか?」
「はい、今日は間もなく始まりますから、奥の左側のドアを開けて裏手にある訓練所に行って申し込んでください」
お局さんの言葉通りにドアの奥に進むと、学校の体育館ぐらいの広さの訓練場があった。そこに昨日俺の依頼を受付をした筋肉ダルマが立っている。
「おう、お前も訓練希望者か?」
「はい、よろしくお願いします」
筋肉ダルマはフォルスさんという名のギルド職員で、新米冒険者の教官を主に務めているそうだ。
「お前は、確か昨日俺のカウンターで依頼を受けたやつだな。名前は確か・・・」
「リョウタです」
フォルスさんは俺のことを覚えてくれていたようだ。大勢の冒険者が手続きをする中で、顔を覚えてもらっていたことはちょっと嬉しい。アンジェラさんは俺のこと覚えているかな?
「そうだった、リョウタだったな。で、今日は何を鍛えてもらいたいんだ?」
フォルスさんの問いかけで我に返った。そうだよ俺は剣を習いに来たんだよ。
「剣を習いたくて来ました」
「お前剣も使えないで依頼を受けたのか?」
フォルスさんが呆れた様な目で俺の事を見ている。
「一応魔法が使えるので・・・」
俺の返事を聞いたフォルスさんは、『ああ、なるほど』といった表情に戻っている。よかった、少しは納得してくれたみたいだ。
「まあいい、この紙に名前を記入してくれ。それからお前のレベルはどのくらいだ?」
レベルか・・・・・・最初にギルドカードを受け取ったときから見ていないな。大して変わってないだろうけど、一応確認してみるか。
名前を書き終えてから、カードを取り出して魔力を流してみる。
ブフォッ!! 一体どうなってるんだ、また上がっているよ!? カードの裏のレベルの欄に『31』と書いてある。この世界に来てから変なやつとゴブリンしか倒していないし・・・・・・
そういえばチクビちゃんがなんか言っていたな。ウサギやイノシシを狩ってもレベルが上がるとか何とか・・・・・・ということは、昨日駆除した害虫か!?
300本以上の木に一本あたり30匹いたとすると、約1万匹。一匹につき1の経験値だとしても約1万。これだけの経験値が入ったとしたら、レベル31も頷ける。どうしよう、正直に言ったほうがいいな。
「えーっと、レベルは31です。」
「ほう、初心者にしては随分高いな。よしわかった、取り合えずその剣を振ってみろ」
言われた通りに腰の剣を抜いて、周囲の安全を確認してから素振りを始める。
ん!? なんだ!? この前振ったときは剣に振り回されている感じだったのが、今日は軽く感じるぞ。そうか! レベルが上がったから、筋力もアップしている訳か!
実は俺は剣道の心得がある。小学校の3年生から中3まで道場に通って初段までなっていた。高校に入学してから通うのは止めたけれど、こうして剣を振っているとあのころの感触が甦ってくる。
もっとも竹刀と剣では重さも重心も違うから、慣れないと簡単には扱えない。それでも、体幹の動きに合わせて手の動きと足の運びをうまく連動させていく。
竹刀を振るうときのように跳躍せずに、摺り足に近い足運びのほうが無駄な力がかからずスムーズに剣を振ることができた。
「ほう、中々いい筋をしているじゃないか、上段だけじゃなくて他もやってみろ」
フォルスさんからお褒めの言葉をいただく。なんか嬉しい、俺は褒められて伸びる子なんだ!
今度は型に合わせて、下段から切り上げ、払い切り、袈裟切りなどを織り交ぜてみる。
「よしいいぞ、いい腕をしている。どこかで教えてもらったことがあるのか?」
「はい、小さい頃に手解きをしてもらいました」
まさかこの世界に来る前とは答えられないので、適当に濁しておいた。
「そうか、ではその剣をしまって、木剣で俺と打ち合え!」
フォルスさん、いきなりですか・・・俺痛いのは苦手なんだよ。仕方がない、指示に従って防具をつけてと・・・これでよし。
フォルスさんはこちらを向いて剣を構えている。なんか、こう・・・歴戦のつわものって感じだよな。
俺もフォルスさんに合わせて構えるやいなや、いきなり打ちかかって来た。何とか自分の剣で受け止めるが・・・・ガタン・・・
手が痺れて剣を落とした。なんて馬鹿力だ、手がジンジンしているぞ!
「お前みたいな非力なやつが、真正面から受け止めようとするとそうなるんだ! よく覚えておけよ」
仰るとおりです。だってフォルスさん、腕の太さなんか俺の足よりも太いんだぞ。あんなのとまともに打ち合えるかよ。
手の痺れが治まって、再び剣を握りフォルスさんに正対する。今度はこちらから切りかかってみたが、簡単に弾き返された。
真正面からあの剛剣を受けないように必死でタイミングをずらしながら、何とか応戦するが鋭い横薙ぎが来て避けられない。横っ飛びで逃げようとするが向かって来る剣の方が早い。
やけくそで手にしている剣をフォルスさんへ投げつけた。その直後に、わき腹に鈍い痛みが走る。
「ほれ起き上がれ」
フォルスさんが手を貸してくれて俺は起き上がった。
「俺の横薙ぎを、裁けないと踏んで飛んだのはいい判断だ。まさか剣を投げつけてくるとは俺も思わなかったぜ。いいか、冒険者ってのは、最後まで諦めたらだめなんだ。お前みたいに足掻き続けることが出来るやつが生き残れる、そういう世界だってことをよく覚えておけ!」
フォルスさん、肝に銘じます。この人見かけは怖いけど本当にいい人だ。
その後も何度か打ち合って、そのたびに俺が地面に転がされたが、フォルスさんの剣筋の一つ一つが俺にとってすごく勉強になった。
一通りの訓練を終えて、訓練場を出るときに『いつでも来い』と温かい言葉をかけてくれて見送ってくれたフォルスさん。何か行き詰った時には必ずここに来ようと誓ってその場を後にした。
散々打たれて痛む体を引きずってホールまで戻った俺は、さっきのレベルのことが気になってもう一度カードを取り出してみる。
魔力を流してみると、やはりレベルは31だった。うん?? これは何だ! スキルの欄に『剣技NEW!』と記載してあるぞ。
やった!! 新たなスキル獲得だ。フォルスさんどうもありがとうございました。
あちこち痛いけど、今日もいい一日だったな。明日からまた依頼頑張ろう!!