13 魔王と勇者
勢いよくドアが開く。
そこには今朝も出会ったあの顔が・・・・・・フォルスさん、いつにも増して迫力のある顔ですよね。
フォルスさんに続いて数名のギルド職員と、チクビ・・・ではなくてギルドマスターまでやって来ている。
「おい、リョウタ! 本当に魔族なのか?」
俺は黙って指をさす。だってあまりの迫力に声が出なかったんだよ・・・
フォルスさんは死体の検分を始めてすぐにギルドマスターの方に振り返った。
「おい、クービー! こいつは本物だぞ!!」
その言葉にギルドマスターは真剣な表情で頷く。
あれ? でも今『クービー』って呼んでいたよな・・・フォルスさんとチクビちゃんは一体どういう関係なんだ??
俺が首を捻っていると、フォルスさんは無言で近づいてきた。
「いいかリョウタ、このあと騎士団の調査がある。それが終わったら大急ぎで俺のところまで来い!」
それだけ言い残すと、あっという間に全員が部屋を後にした。
一時間ほどで騎士団の事情聴取が終わり、俺はアンジェラさんの元に向かう。何よりグレンのことが心配だ。
俺の姿を見るなりグレンは飛びついてきた。
「お兄さんが絶対に助けに来てくれると信じていたんだ!」
さらわれたショックよりも、俺が助けに来た嬉しさや安堵感のほうが大きいのか・・・ひとまずはホッとした。
とりあえず彼のことはアンジェラさんに任せて、俺は『また明日顔を出します』と言って教会を後にした。
ギルドに到着すると、はい! 入り口に張り込んでいますよね、フォルスさんが・・・
あっという間にギルドマスターの部屋に連行された。
ソファーに腰を下ろすなり、フォルスさんが切り出す。
「リョウタ、お前どうやってあの魔族を倒した?」
真剣な顔で尋ねてくる。顔が怖いですって!
「剣で斬りましたけど・・・」
そのまま自分がやったことを答えた。
「そんなことは見ればわかる! 魔族ってのはな、切ったそばから回復魔法を掛けるから、剣では簡単に倒せないんだぞ!」
そういえばあの魔族も回復魔法を掛けようとしていたな。
「えーと、俺が使った剣は回復魔法が効かない剣だとやつが言っていました」
「その剣を見せてみろ!」
フォルスさんが俺の肩を掴んで、それが痛いのなんのって!
早く手を離してもらいたいので、俺は大急ぎでマジックバッグからフラガラッハを取り出した。
「こいつはフラガラッハだな、どうやって手に入れた?」
フォルスさんなんで知っているの? この剣ってそんなに有名??
「ここに来る前に、草原で飯を食べていたら昨日の魔族に似た変なやつが出てきて、魔法で倒しました」
「倒したとーー!!! あそこは普通の人間が入れない場所だぞ。その上あれを倒したって言うのか?!」
フォルスさん、そんなに驚かないでくださいよ! あんな死に方するやつなんだから、絶対に雑魚ですって。
フォルスさんはしばらく何かを考え込んでいる。向かいのソファーにはチクビちゃんもいるけど、さっきから何も発言していない。
「リョウタ、正直に答えてくれ。お前は『日本』という国を知っているか?」
はあ、知っているどころかつい最近までそこに住んでいましたよ。でもこれって、話していいものか? 待てよ・・・なんでフォルスさんが日本を知っているんだ?
俺がいろいろ迷っていると、フォルスさんの方から切り出してきた。
「その顔はどうやら心当たりがあるようだな」
しまった! 俺は考えていることが顔に出やすいとよく言われていたんだ。
「よく聞け! 俺はこの世界に来る前に日本で宮下貢平という名前で生きていた」
ええー! フォルスさんも日本人だったの?! でも今の風貌はどう見てもアメリカ軍海兵隊の鬼軍曹かマフィアのボスにしか見えませんけど・・・・・・
「お前、俺に対して失礼なことを考えていないか? まあいい、俺は一度日本で死んで、魂と記憶がこの世界にやってきて、フォルスという人間に生まれ変わったんだ」
なるほど・・・転生者というやつか。俺も一度死んでいるけど、体はあの天使が用意したクローン体だし。フォルスさんとはちょっとパターンが違うのか・・・
ここまでのフォルスさんの話を聞いて、俺は自分がこの世界に来た経緯を正直に話した。フォルスさんは、『そうか』と頷いていたよ。
「さて、話を戻すぞ。お前が草原の結界で倒したやつなんだが・・・・・・あれは魔王だ!」
は?! なんですって?? 今魔王って言葉が聞こえましたよ! そういえばあの地下室にいた魔族も『魔王の分体』とか言っていたような気がする。
「あそこに封印されていたのは、正確に言うと『魔王の右腕』だ」
そうか! 右腕ならば剣を持っていたことも頷け・・・・・・るわけないでしょう!! 俺は右腕だけとはいえ、魔王を倒しちゃったの?
「本当ならこのフラガラッハもで処分したかったのだが、俺の力では右手と一緒にあそこに封印するのが精一杯だった」
そうか・・・それで魔王はこの剣で俺に切りかかってきたのか。ん! 今フォルスさんなんて言った?
「フォルスさんが封印したってことですか?」
「そうだ、俺は一度魔王を倒してやつの体を8ヶ所に分けて封印した」
なるほど、フォルスさんはかつて魔王を倒しているのか、どうりで強いわけだ・・・・・・じゃない! 一体この人は何者なんだ?
「フォルスさんって、何者なんですか?」
疑問に思ったことは一応聞いてみよう。
「俺か・・・俺はお前ぐらいの年から3年前まで『勇者』と呼ばれていた」
ええーーー!! 『勇者』って・・・物語の主人公のあの『勇者』ですか!!
「当時6人いたパーティーは、魔王との戦いで4人を失い、生き残りは俺とここにいるクービーだけさ」
なるほど、クービーさんは勇者のパーティーのメンバーだったのか。ちらりと彼女のほうを見ると、俺に頷きかけてくれた。
「残念ながら俺の力では、魔王を封印するのが精一杯だった。その上、やつを封印するために俺の魔力の全てをつぎ込んだから、今では神聖魔法が使えないただの男だよ」
フォルスさんの話によると、魔王という存在はこの世界の法則の外にあるものらしい。
したがってこの世界の者では魔王を滅ぼすことが出来ないそうだ。フォルスさんは、精神は別の世界の人間でも肉体がこの世界の法則に従って成り立っていたために、封印するのが限界だったらしい。
ところが俺は転移者なので、肉体も精神もこの世界の法則とは違う成り立ちをしているそうだ。だから俺だけが魔王を倒すことができる唯一の存在らしい。
ここで俺は気がかりな点があった。俺がこの世界の法則に従っていないとしたら、将来結婚して子供が出来るのだろうか?
何しろ童貞卒業が目標なので、ここははっきりさせておきたい!
「あのー、フォルスさん・・・・・・」
彼に聞いてみたところ『知るか!』と言われて、ぶっ飛ばされそうになった。
「リョウタ、お前はもう魔族たちに眼をつけられたいるからな、覚悟を決めたほうがいいぞ」
フォルスさんが急に物騒なことを口にする。
「魔族ってのは常に一人が何かをするときは、別の者が魔法で監視しているのさ。だからお前が教会でやったことも、フラガラッハを手に入れたこともやつらに知られていると思ったほうがいい」
ええー! そんなこと聞いていないよー!! でもそれが事実だとすると俺は否応なく戦いに巻き込まれていくな。
というか、俺が魔族との戦いの中心じゃないか! 逃げてもやつらは絶対追ってくる。
フォルスさんの言うとおりに覚悟を決めたほうがいいな。
それに魔族の暗躍や魔王の復活なんてことが起これば、アンジェラさんや孤児院の子供たちが笑顔で過ごせなくなる。
「フォルスさん、俺は戦います! これからもいろいろ教えてください」
俺の言葉に彼は満足げに頷いて立ち上がり、俺を訓練場まで連れて行った。
えーー! 早速ですか!! お願いしますとは言いましたけど、今すぐですか・・・
魔力を失っていても、元勇者の剣技は健在だった。その日俺はボロ雑巾のようにされるまで、散々に打ちのめされて夕方ようやく開放された。
なんか責任重大になってしまったけど、明日からも頑張るしかないな。
俺はアンジェラさんの笑顔を思い浮かべて、宿に戻るのだった。




