1.3
「タクジ! 今日の酒も良かった。帰るから、皿さげといてくれ!」
「マスター! 今日もごちそうさん!いや~、カミさんに叱られちゃうかねぇ。」
「ありがとうございました!」
酔っ払い、上機嫌で帰っていく二人の男。
この村、シーノスの唯一の酒場、つまりここ《狼の牙》から去っていく客、この村の漁師らしい。
働き始めてから二週間、サレムの紹介で入ったこの酒場、給料がもらえること以外にもいいことがある。
それは、客の話を聞いているうちにこの村、この地域、この国、のことが少しづつわかっていくということ。
これが言葉を多くは使わない仕事であれば、自分の耳に入ってくる、情報は少なかっただろう。
サレムはもしかしたらそのことも考えながら、この仕事を紹介してくれたのかもしれない。
―――隣家の娘のシャーリーが―――今年の漁の取れ高は―――隣町に盗賊集団が―――今年の穀物は豊作で―――最近は孤児が減った―――
ここで、耳にする情報は千差万別。
もっとも日本に帰る方法、なんてのは誰も知らない。
(そもそも、みんな日本を知らない)
「おい、タクジ。今日はもう終わりだ。店じまいだ
ゴミだけ、まとめて置いておいてくれ」
「わかりました。お疲れさまでした」
「大分、慣れてきたか?この村に。顔も落ち着きが見える」
あまり言葉数の多くないマスターは変なことを口にして、二階に上がっていった。
(落ち着いたか......)
そう、自分は落ち着いてきたのであろう。
勿論、最初は動揺したが、元来の暗い性格のおかげもありすぐに冷静になることができた。
これもすべ―――
「わ! ! !」
背後から声がかかる、驚きのあまり肩からビクっと震えてしまう。
「タクジ、なにつまらなさそうな顔してゴミを見つめてるの?」
後ろから声をかけてきたのは、マスターの娘ブランテだった。
年は自分と同じくらい、金髪の美しい女性だ。
服飾を得意とし、村の服屋で服を作っているらしい。
気さくな性格の彼女は、なぜか自分をよく気にかけてくれる。
「いや、ぼ~っとしてたんだ。ゴミを片付けたら帰るよ」
「ううん、そうじゃなくて、何か悩んでるみたいだったから。
気のせいなら、それでいいのよ」
彼女は少し顔を赤らめながら言った。
「うん、不安はあるけど悩みはないよ。
いや、なくもないけど今は悩んでていてもしょうがないからね」
「そう、間抜けなあなたにしては堅い決意ね。
カッコいいわよ」
彼女はクスクスと笑う。
「笑うとこでもないだろう、僕は故郷に帰らないと。」
「そうね、あなた遠い遠いところから来たのでしょう。
私としては、あなたにとどまっていて欲しいのだけれど」
「どうして?僕がここにいて何かある?」
「い、いえ!何も、何も!!
ええ、そう!それじゃぁまた、明日ね!」
彼女はまた少し顔を赤らめてパタパタと小走りに去っていった。
何か聞いちゃいけないことを聞いたんだろうか?
慌てて走って行ってしまった。
さて、仕事も終わりだ。
サレムの家に帰ろう。
そうしてこの世界での何度目かの日を迎えたとき、事件は起こった。
ブランテが捕えられたのだ。