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蒸気異世界綺譚 紫紺のアシンメトリー  作者: オリフサ
3.信用、存在しないもの
27/27

3.4


「おい、おまえさん。その女性二人をこちらに渡す気はあるかい?」


 薄暗い地下牢の中、身長の高い男が自分に言葉を投げかける。

 ――落ち着け。変な女に気を取られてる場合じゃない。

 なんだこの二人組は。

 ルイジヴァンパの生き残りか?ならこの二人を渡すわけにはいかないか。


「下がってて」


 手で二人を牢の端へ追いやる。ここならば自分が引かない限り彼女らに手がかかることは無いだろう。


「タクジ……」


 小さな声でヴィオが自分に声をかける。コクリと頷く。

 今はあの二人をどうにかする方が先だ。


「殴り合いで決めようってか、元気だねぇ」


「たぶんね」


 二人が一歩、一歩こちらに近づいてくる。

 胸が高鳴る。いまか、いまかと戦いの開始を待つように足が震える。

 常に動けるよう意識を集中させる。

 ――どこからか機械のピストン音が聞こえる。だがそれも意識に入れない。


 ――動いた。

 自分ではなく、相手。腰を落とし前傾姿勢で走り寄る、自分に。

 ――速い。

 普通では、普通では対応できない。だから意識を集中させる。動く、動くのだからこの体は、常人の常を超えて。

 こちらの急な高速移動に敵は驚きの表情を見せる。

 ――もらった!

 女性に暴行を加えていいのか?という良心の呵責が鎌首をもたげるがそんなことを気にする余裕はないと気づく。

 だが、こちらが相手に蹴りをかまそうとするその瞬間、相手が、消える。

 ――!

 どこに?避けたのか?

 一瞬の迷い、だがそれが致命的。

 下からの衝撃、自分の腹部に。

 わずかに下を見ると、女は地面に手をつきながらも右足をしなやかに鋭くのばしこちらの腹を抉っている。

 

「タクジ! ! !」


 ヴィオの声が聞こえる。その声でなんとか意識を保つ。

 女性の蹴りのおかげか衝撃はそこまで強くなく数歩後ろに後退するのと、頭を揺さぶる衝撃だけで済んだ。

 ――速い!

 この女、自分が高速で移動してくるにもかかわらず、そのスピードより……!

 相手が攻撃を繰り出す。基本は突き、構えるのではなく体全体の伸びを使い全力でこちらに攻めてくる。本来なら一突きの後体全体が動いたため次の動作が遅れる、だがこの女は一突きが終わる前に脚部が次の動きのための予備動作を行っている。そのためこちらの攻める隙が完璧になくなり、防戦一方になっている。自分が彼女より速ければまだ何か方法の在るのだが……

 ――どうする……?

 相手の突きを半身をずらし受け止めて流す、その瞬間視界の端にとらえる。二人の影に近づく、一つの巨影。ヴィオとお姫様そしてトレンチコートの男。

 間に合わない。いや、間に合わせる。

 何度目か……何十度目かの突き、その衝撃を使う。

 相手の全力の突き、それを受けるそしてその勢いを持って宙を飛ぶ。放たれた勢いで後ろに後退する、普通なら着地が成功せずそのまま倒れこむだろうが今の自分なら高速移動ですぐに体勢を立て直せるはず。

 狙いは成功で男の前に立ちはだかることができた。


「おっと、動きの速いことで……」


 男が歩みを止め、こちらの出方を窺う。だがこちらはそこまでの余裕はない、一対一ならともかく今は一対二なのだ。そうそううかつなことはできないが時間をかけることもできない。

 男が動いた。それは一歩分の歩を進めただけだった。鋭利に研ぎ澄まされた自分の反応感覚はそれをもって相手の動きと見た、そして自分は相手の横に回り、蹴り倒すことを選択する。

 それが誘いだった。

 相手は足を一歩進める……ように見せそのまま足を横殴りに体を軸にし蹴りを払う、くしくも自分の狙いと同じ。違いは速度高速で動く自分や先ほどの女と違いこの男は普通の速度だ。なら、何の問題もない。自分は追撃のため派なら過ぎないようギリギリのところで男の蹴りを避ける……

 ――その時、腹部から強烈な振動とともに横に吹き飛ばされた

 ゴロゴロと地面を転がる、自分。

 動きが止まり、立ち上がれる状態になったものの視界が揺れ気持ち悪さの方が強い。


「いや、君さ。自分の力を過信しすぎなんじゃないの」


 男、男の声が頭上から聞こえる。自分を見ているのだろうか。


「何事にも先達がいて、その力は修練によるものがほとんどだ。見たところ君、自分の力を使えていないようだし……いや話が脱線しそうだ……」


 男が話をいったん止める。

 そこで自分は見る。男の右足それが音を立て、機会のきしむ音と歯車が回る音を立てて縮む。いやもともとが長かったのだそれが普通の大きさに戻った。先ほどの蹴りの瞬間相手の脚が伸びた、それはそれが機械の義足、鋼鉄の義足だから、先ほどからした機械のピストン音はその義足のモノだったのだ。

 自分の敗因がわかる、敗因そう自分は敗北したのだ。そしてそれは女の速さでも男の義足でもない、自分の……慢心だ。


「まあつまり君の敗因は過信だろうね。まあ言っとくけど……大人をなめるなよガキが」


 男の言葉、たぶん言いたかったのは最後だけだろう。


「二コラ」


「ああ、わかってるわかってる。いやはやさすがにかっこ悪いね」


「そうだね」


「否定してよ」


 男と女が何かを話す。


「まあ、それとは別に……ごめんな!」


 そういうと、男と女は急に走り出してしまった。


「へっ……?」


 残ったのはヴィオの間抜けな声だけだった。




 廃城の外、ヴィオとお姫様をつれジョックや護衛の人と落ち合う。

 目的地は彼らも港町のようで一緒に行くことにした……のだが。


「おい、タクジお前……下手だな」


「いやっ……とは……いっても……」


「ヴィオのほうが上手かったぞ」


「ヴィオにもやらせたんですか!」


 今しているのは……肩もみである。

 お姫様、王女様、なんて言えばいいのかいまだにわからないが……何と呼ぼうとかまわない。というのだが、自分はそうはいかない。だがお姫様と呼んでもいいにもかかわらず……


「じゃあヴィオにやらせてくださいよ女同士なんだから……あっ」


「おい! ボクを! 女扱いするな! おまえ……打ち首にするぞ」


 なんともめんど……エキセントリックなお姫様だった。

 だが最後の一瞬冷静になる彼女は少し怖かった。



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