3.3
「粘性生物だ!」
ロメオの声が響く。
全員が水路のわきに飛び移る。
中央、水がまだ残り湿った部分。そこにぬらりと存在する透明なもの。緩慢な動作ではあるが確かに動いているもの。
粘性生物。
確かにロメオはそう言った。そういったゲームの中では定番中の定番ではあるが実際にこの世界で目にするのは初めてだった。
「いいか坊主、嬢ちゃん。こいつらの体には弱いものだが酸がある、ずっと触ってると服とか溶かされる」
ジョックが自分たちに注意を促す。
「攻撃態勢をとられてまとわりつかれると面倒だからね端を通りながら刺激しないように進もう、いいですよね」
ロメオの言葉に護衛の人たちも頷く。
するとすぐに動き出す。この世界の人間にとっては慣れたことなのだろうか。
自分も歩き出す。そこで気づいたがいつのまにかヴィオの手を握っていた。
――まあ、危険もあるし必要なことだろう。
自分に変な気持ちはなく、純粋に彼女を守るためであると心で言い訳する。
水路はジメジメとして暗く、居心地が決していいとは言えない、さらに今は粘性生物を避けながら壁伝いに歩いている。壁には苔が生えぬめぬめとしていてできることなら触らないでおきたいと少し女々しいことを思う。
「止まって」
その時ロメオが小さな声を発した。このように静かな場所でなければ聞こえなかったであろう程の小さな声。
「光……」
後ろのヴィオも声を漏らす。
自分もロメオの視線の先、その奥にかすかに光が差しているのが見えた。
「タクジ……」
クイクイっとロメオが自分に手招きする。
「この先の明かり、どんなものか見てきてもらえる?」
ロメオが真剣な顔で自分を見つめる。
「もし、逃げることになっても、君の高速移動なら近い距離から逃げることは可能なはずだ」
言葉をつづける、その中にかすかに不安げなものが混ざっているのを感じた。
「直接の関係がない君に頼むのは図々しいとわかっている、でも……」
「わかりました」
自分は彼の言葉を遮り、彼の考えに従うことにする。
なぜか?そんなの彼自身に身の危険が及んでいるときにも見せないほど彼は弱っているように見えたから。どれだけ取り繕おうとも彼にとってジュリーさんはそれだけ大事なのだろう。
ならば、自分がロメオに力を貸すそこになんの躊躇もいらない。
「ヴィオをお願いします」
「ああ、任された」
ヴィオを見る。静かにするように言われたことを頑なに守っているのか口は開かない。でも彼女の瞳は……
――大丈夫だよ。そんな思いとともに彼女を見ながら頭を一撫でする。
ああ、まったくいつの間に自分はここまで勇敢になってしまったのか。
歩き出す。
光に向けて、まだ粘性生物がいるので端を歩く。
距離にして100メートルくらい歩いただろうか。
鉄格子の先に微かに明かりのともされた部屋が見える。
明かりの先を見る。こちらからは人ひとり見えない。
一か八か、鉄格子を外してみる。しっかり止められているわけではなく。簡単に音もなく外すことができた。
顔を少し出してみる部屋ではなく廊下のような通路だろうか少しスペースのある場所なので外からは部屋と勘違いしてしまった。
奥に一人、見張りだろうか男がいる。こちらを向いていないので気づいてはいない。
わかる範囲だと腰の鞘にナイフがしまわれている。ここから出ることになっても制圧は可能だろう。
入れそうだと伝えるため背後を見ると……
ダダダダダッダダダッダ!!!!!
「……は?」
なぜ、どうして?
全員が全力で駆けながらこっちに近寄ってくる。
そんな音を出していたら絶対に奥の男に気づかれる。
「なんだ? この音?」
ほら!ほら言わんこっちゃない。いや口にはしてないけど。
最初に自分のところに来たのはヴィオだった。
「何やってるんだっ!」
「粘性生物! 大きな粘性生物が来たの! 早く外に!」
「誰かいるのか!」
気づかれた!
ええい、しょうがない!
ヴィオを抱え全力で水路から廊下へと出る。
高速移動を使い一気に相手の後ろに回り込み両腕を組み全力で頭を殴りつける!
「かっ……ぁ……」
多分、男はなにがあったかも理解できていないはずだ。
とっさに周辺を見る。
さいわい、見られてはいないようだ。
ロメオが出てくる。
「目撃されたりしたかい?」
「いや、大丈夫だったが、何があった」
「いやあ、多分ボスと思われるでかい粘性生物が入ってきてね縄張りを荒らされたかと思ったのか追ってきたんだ」
こんなとこにもそんな自然の文化が。
「ああ、それで多分こっちまで来るから逃げないと……」
「道、左右にあるぞ。どうするんだ」
そういっているとジョックさんや護衛の人たちが出てくる。
「我々があの粘性生物をここで倒します。倒し次第我々もこの城を探索します。それまで、ロメオさんたちが左の路から。我々の一部が右を探索するというのは?」
提案は三班に分かれロメオ班は左に、護衛の一部は右の通路に、残りの人は粘性生物の迎撃。
「わかりました。時間もありませんしそれでいきましょう。ここにいては誰か来るかもしれない」
ロメオがその提案に乗る。
「ええ、それではご武運を。もし姫様を見つけたら……」
「はいジュリーを見つけたらよろしくお願いします」
みな互いに頷きあう。
「行きましょう、タクジ」
「ああ、いくよヴィオ」
自分たちも頷き。走り出す。
ロメオとジョックの後に続く。
その後すぐに目的の場所は見つかった。
意外と城内にいた人間は少なかったのだ。
「ロメオ、俺はここで来たやつらの相手をしてやる。時間は稼げるだろうが早く見つけてこい」
「ありがとう、ジョック君の勇気に勝利を!」
ジョックさんはまあ雇われているだけのことはあってめちゃくちゃ強かった。
接近戦でも獲物の差をものともせず敵を蹂躙し、しかも魔術も使えるのだまさに無双。
そうしてジョックさんに扉前を守ってもらいながら、自分たちは牢獄が連なるスペースに入る。
「ジュリーいるか!」
「ジュリーさーん」
ロメオとヴィオが叫ぶ。自分はどこかからか強襲されないか常に周りに警戒をしているために叫んでいる余裕はない。
周囲は微かに薄暗く奇襲することは容易だろう。
その時、けたたましい音が鳴る。
ガンガンと鉄格子を蹴るような音。
「ジュリー!」
その音を聞きロメオが走り出す。
「ちょっ! まてっ」
自分もヴィオもその音を追う。
――しかし、
ロメオの右は柱の死角から飛び出す、一つの影。
「――――――!」
響いたうめき声、自分でもヴィオでもない。
その奥に鉄格子の中のジュリーの声。
彼女がいたから、彼女しか視界に入らずロメオはこの影への反応を遅らせてしまった。先ほどの音はこの男がわざと鳴らしたのだ。
空気を切り振るわれるナイフ――
ロメオは気づく、だから彼の体は動く、だが動くだけ鋭利な光を交わすことはできない。
右足を大きく斬られる。
ロメオは体勢を崩し倒れこむ。
出てきた男は確実に息の根を止めるためナイフをロメオの首めがけて振るう。
だが、その切っ先は届かない。
自分が高速移動で、男を蹴とばす。
そのまま男が気絶するまで殴り続けた。
「いや、しくじっちゃったね」
男の持っていた鍵とジュリーさんを閉じ込める鉄格子の鍵穴どれが一致するか自分は確かめてる。その間にヴィオにはロメオの止血を手伝ってもらっている。
「……」
ジュリーさんは黙っている。
いや正確には黙っているのではなく、口に何かはめられているため声が出せないのだ。まあとったら慌てたロメオを叱っておいてもらおう。
カギ穴が開く。
自分が入り、口を塞いでいる布と手を縛るひもをとく。
「ちょっとロメ「あのすいませんジュリーさん」
言葉を挟む。
「なに?」
「もう一人一緒に連れてこさせられませんでしたか?」
「奥に連れていかれたと思うけど……」
「わかりました、自分は探しに行きますから。ロメオとヴィオをお願いします。扉のとこまで戻ればジョックがいますから」
自分は男の持っていた鍵を持っていく。
「待って、私も行く」
ヴィオがついてくる。まあいいか、今は時間が惜しいから……
奥に進む。
誰もいないがその先に階段があった。
地下に続く階段。
ふとヴィオと出会ったのも階段を下りた地下だったなと思った。
階下も薄暗くはあるが目視で状況はつかめたここも牢屋のようになっている。
「お姫様~いますか~」
ヴィオが声を上げる。
だがそれと同時奥に人がいるのがわかった。
一瞬身構える。
すぐに女性が牢に入れられてるとわかり警戒を解く。
「すぐに出します」
自分は鍵の中から合いそうなものを片っ端から突っ込んで合うものを探す三分ぐらいで鍵は開いた。
女性の縄を解きながら聞く。
「あの、お姫様ですよね?」
口につけられた布をとく。
「ボクがお姫様?」
彼女が口を開く。
「えっ、違うんですか?」
他にも捕らえられた人がいたのだろうか……
「ボクを! 女として扱うな!」
彼女が叫ぶ。
自分もヴィオもびっくりして一瞬動きが止まってしまう。
えっ!第三の性の方!
思考がまとまりをもたない。
「確かに、前国王の娘だけど、ボクを女として扱うな!」
「「……はい……」」
自分とヴィオの声が被る。
だが彼女のあまりの声に気付かなかった。
この部屋の奥に階段があり、その奥から二人の人間が下りてきたことを。
「依頼にあった二人ってあの娘たちでいいのかね」
「たぶんね」
「言い争ってる男はルイジヴァンパの一人かねぇ」
「たぶんね」
何か言っている声で気付く。
二人の人間がこちらを見ていることを。
一人はトレンチコートを羽織る長身の男。
もう一人はネコミミの銀髪ショートカットの女。
………………ネコミミ!!!




