白銀の騎士Ⅱ
何処かから聞こえる蒸気の排出音によりガタガタと揺れる車内で彼は目を覚ます。
場所は蒸気機関車の内の客室。
この蒸気機関車はロンディニウムから中央都市ウナムへと向かう車両だ。合わさり合う前の分かたれた世界の中で、その世界で最も発展していたという二つの都、今は蒸気文明の花形である蒸気機関車の通る鉄道で結ばれていた。
二つの世界が合わさることにより互いの世界が自分たちの持ちえない技術、文化、風習を知った。これはいつか大きな文明の革新をもたらすだろうと言われている。今はまだ互いの技術が相互に存在するだけだがいつかは互いに高められるとこまで行くと、そう主張する文化人は多い。
なんにせよその蒸気機関車の中で目を覚ました彼。伯爵とも呼ばれる貴族である者であり、または三賢人の一人”賢者”の孫としても知られている、もしくは彼のことを目の敵にする荒事屋や彼を頼みにする貴族からはこうも言われる、白銀の騎士と。名をランドルフ・フォン・アーレント魔術文明圏の由緒ある貴族の青年である。
彼自身は金髪碧眼なのだが、彼の纏う鎧がどれだけ戦いを続けようとも輝きを失わぬ白銀であるためそう言われるようになった。
車窓から外を眺める、遠くにウナムの城がかすかに見える。あと二十分もすれば終点である駅に到着するだろう。
この鉄道は出来てから6年ほどたち、そう何度も乗る人間は多くはない。だが彼はかなりの回数この鉄道を使っていた。それは彼の仕事の一つが関係している。
簡単に言えば王からの手紙を届ける仕事。もっとも正確に言うなら元王であるし、手紙という名の書類の束である。そもそも混じり合う前の世界ではウナムを中心とした国家は王政を敷いていた、だが世界が合わさった後蒸気文明圏の行っていた政治形式である間接民主主義によせたのだ。国王は既に王ではなく議員の一人になった、ただ特例として彼は選挙で選ばれることなく今後20年は議員を続けるしこちらからも議員を送ることになってる。またこちらの統治方式に関しては大部分がまだウナムで貴族たちによって行われている。だからこそ王自身はウナムを離れるわけにはいかずロンディニウムに代理人を立てるのだ。そしてその代理人に手紙を持っていく仕事、これは王に信頼された人間でまた万事を解決できるほどの能力を持つ人間が選ばれる。常に彼が選ばれるわけでは無いが、かなりの回数彼はこの仕事を行っていた。
彼は荷物を持ち席を立つ。彼は既にこの身を国に捧げた騎士であるがそれにしても自分の時間が全然なく常に仕事まみれなのはどうかと思いながら出口に立っていた。
蒸気機関車が駅に着く。ホームは蒸気機関車の見物人と旅客を出迎える人であふれている。彼は自分の探し人を見つけると迷いなく人をかき分けて行く。相手はまだ彼を見つけておらずキョロキョロとあたりを見渡している。
「こちらだ御者」
彼の方から周りを見渡し気付かない男に声をかける。
「あっ、ランドルフ伯爵どうもお待ちしておりました。どうぞ馬車を用意しておりますのでどうぞ、どうぞ」
男は彼に恭しくお辞儀をしながらそのあとにはきびきびと歩き出す。男がおそらくロンディニウム産であろう礼装を着ながら歩くその姿は奇術師が壇上で芸を披露し帰っていくかのように洗練された動作だった。
駅を出るとそこには二頭だての馬車があった。ロンディニウムで最近金持ちが乗り回している馬無し馬車ではなく名の通り馬の引く馬車である。
彼が馬車に乗り込み荷物を降ろすと前に座る男が訪ねてきた。
「今日はこのままお屋敷に戻れば良いでしょうか?」
男はあたりを見回し馬車に鞭を入れながら聞く。
「いやまずは城に行き仕事の報告をしなければいけない」
「はい、わかりました」
そういうと男は馬を本格的に走り出させる。先ほどまで乗っていた蒸気機関車と比べると音は大したことないものの、揺れに関してはその比ではない。ウナムが他の村々に比べて整備された道を有していてもこればかりは馬車なのでしょうがないのだ。
「キャァァァァーーーーーーーー」
彼が馬車の中で休んでいると遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「止めろ!」
彼は男に声をかけると同時に手に剣だけを持ち馬車から飛び降りる。そしてそのまま悲鳴の方へと駆けていく。意外と距離があり路地二本分を駆けていくとそこには倒れこむ女性と地面いっぱいに広がった血。そして歯車仕掛けの四足で上半身が人型のの黒い鋼鉄に覆われた化け物が足にこべりついた血まみれの肉塊で遊んでいた。
すぐに倒れこんでいる女性に近づく。
「おい、意識はあるか‼ おい!」
「あぁ、アラン。私の可愛い子、私のアランがああ。あんな、あんなぁ。挽肉挽肉挽肉! ! !アアアアアアアアアアアアアアアアア」
そうして彼女は再度気を失う。彼女の目線先には四足の化け物の脚についた肉塊。よくよく見てみると血で赤黒く染まった衣服のような布が見える。あれはこの女性の――
彼は化け物を見つめる確かな怒りを持って。
彼は知っているこの化け物、歯車と鋼鉄で出来た化け物。最新の神秘、世界が合わさり生まれた化け物、他のあらゆる生命とは別種の新しい存在。
――怪異
そう呼ばれる神秘と鋼鉄のの合わさった怪物。
他の魔物と同じように神秘から生まれながら鋼鉄を纏う生命。
奴が彼を向く銅像のような無表情な顔が、無機質な眼が彼を見つめる。
それと同時、怪異がこちらに向けその四足をギィギィならしながら突っ込んでくる。彼は倒れこむ女性を肩に抱えると、化け物を交わし建物の壁を蹴りながら屋根の平らな場所に女性を寝かせる。これからの戦いには邪魔になるから。
そしてそのまま降りると同時鞘から剣を抜き怪異に切りかかる。だが甲高い金属のこすり合わさる音が響くだけで化物を切り裂くことはなかった。
彼は怪異から距離を取ろうとする。だが怪異はその間を詰めるがごとく全力で走ってくる。怪異の脚が風を切りこちらに襲い掛かる。剣で足を受け止める。力はかなりのもので彼と拮抗していた。何度も剣を振り怪異を切ろうとするが鋼鉄の体を切ることはできなかった。
そうして再度距離を取る。化物は足を振り回しあたりの壁を切り崩し、道路を抉りながらこちらに来る。このままではここら一体に被害が広がるだろう。
彼は周りを見渡す。
「周りに人の目は無いな」
そうここには先ほどの悲鳴で人々が逃げたしたので彼と怪異と気絶した女性しかいない。
ギイギイ体を鳴らし近づく鋼鉄。
「来い、混沌の幻想」
――彼の声、響いて
その時、空気が震えた。
怪異も一瞬にして状況が変わったのを読み取る。
――彼の影、震えて
そして姿を現す。
まずは手であった。
彼の影から白い手が伸びる。そして両手で彼の影を裂き出てくる。
――白い影、現れる
それは白い化け物だった。白い巨体に羽を持つ二メートル近い体躯。
腕、足、羽、しっぽそして目のつぶれた牙を見せるのっぺらとした竜のような顔。
「GYAAAAAAAAAA――――!」
叫ぶ、そしてそのまま怪異との距離を詰める。
怪異は本能からかそれとも理性があるのか逃げようと足を動かす。
だが、遅い。
「混沌の幻想!」
彼の指示が飛ぶ、ただの一声それだけで両者の間での会話はいらない。
ジャバウォックは拳を振るう。人並みの力であれば何も起こさない一撃、だが怪異の体は、鋼鉄はその一撃でグニャリと曲ってしまった。どれだけの力が込められているというのか。
それだけでは終わらない、そのまま怪異の足を引きちぎる。地面に大小の歯車が飛び散る。
怪異は既に生命の危機を感じ逃げの一手を選ぶ、だが一本の脚がもげた状態ではうまく走ることすらできない。そして逃げることができなければさらに殴られる。
「もう終わらせろ」
命令が飛んだ瞬間、ジャバウォックがとてつもないほどの魔力を持ちだす。そして口内から炎を吐き出す。一体どれだけの熱量があるのか鋼鉄の怪異はその炎を前になすすべなくとかされていく。
「もういい、帰れ」
白い化け物は光の粒子となって消えた。あとには何かを焼いたような黒い焼失痕だけが残った。
◇◇◇◇
「以上が先ほど街中で発生した怪異についての報告です」
「こんな街中で怪異などこちらではかなり珍しいじたいだが……」
彼は立ちながら、自分の目の前に座る男性に戦闘についての報告を行う。
「民たちが恐怖に苦しむのは良くない、今すぐ原因の究明と警備の増強をする必要があるな」
この男はこの城の主、つまり前国王その人である。見た目は三十台後半ではあるものの実際は五十台である。だが彼の威厳はその年相応いやそれ以上の白銀の騎士が少し委縮してしまうほどの物であった。
「自分が調査に向かいましょうか?」
王は頭を振り彼を見る。
「いや、君には別の仕事を依頼したい。また遠出で大変だと思うが娘が対岸の港町にそろそろつく頃だろうから迎えに行ってほしい」
「ハッ、分りました」
「うむ、そろそろ予定していた一掃作戦も動き出す。君も大変になるねおじいさんのように頑張ってくれたまえ」
王は二コリと彼に微笑む。
「いえ、この身は国に捧げたものですから」
対して彼は顔を変えずに言った。
謁見の後彼は城での雑務を終えた後再度旅路の準備をする。
こうして彼は再度この都を出て遠出をしなくてはいけなくなったのだった。
この話で二章完結です。




