2.8
私の涙は枯れている。
そう、私が涙を流すことはもうないでも彼女が言うには私は泣いているらしい。
涙を流すことなく私は泣いているのだと。
そうなのかもしれないしそうじゃないのかもしれない。
でも、もしわたしか泣いているのなら、いつかまた涙を流すその時があるのかもしれない。
私は彼女と空を見ている。
もはや黒く染まった微かに星の見える夜の空。
ほんとは彼女の待ち人を一緒に待っているだけなのだけれども彼が来る気配はないので、結局二人でその場にいてしまった。
そろそろこの娘に食事でもとらせた方がいいのかもしれないと思いつつも自分も動けない、もしかしたら私は彼女の言うように泣いているのかもしれなかった。
大商人の娘、自分の人生の中で求められた仮面の下で無くしていった物、たぶんこれだけじゃない。
そんな時――
「あっーー」
彼女の声、驚きを含んだ微かに漏れたような声。彼女を見る、そしてその視線の先を見る。
その先――
「----」
私は言葉を失う、これが現実であると認識できない。
視線の先、大柄な男グラモンその隣を歩く少年――彼女の待ち人タクジ。でも私が見ているのは彼らではない、その先その奥から歩く人影。私の幼馴染、隊商人の一人、おちゃらけた男、でも賢い男、そして優しい男、死んでしまったはずの彼、私の――
ロメオ、そう彼が歩いてくる。
なぜ?どうして?疑問は尽きない、でも、でも。そんなことよりなにより彼が生きてる?
身体が動かない、先ほどまでのけだるさから動かさないのではない。金縛りにあったように自分の体はピクリとも動いてくれない。今すぐ彼の下に駆けよっていきたいのに。
その時自分の右腕、握っていた右こぶしに冷たいものが落ちる。目をやる、水滴、しかも一滴ではない今も一滴一滴と手にこぼれていきそのままスカートにまで流れ落ちていきそうなほどに流れている。
雨?
いや違うそこ以外に水滴はこぼれていない自分の顔の真下そこ以外には、じゃあこれは――
一般的な解答に行きつく。自分にないと思っていたもの、いつかからなくしてしまったと思っていたもの、先ほどやはり自分にはないのだと思い知らされたもの、彼女になぜないのか尋ねられたもの。
――涙。
涙、そう涙。これは私の流している涙なのだ。悲しさを表すもの、なぜかいま流れている。それに気づいたとき自分の体はまた動くようになっていた。隣に座る少女も泣いていた、涙を流していたでも同時に笑っていた、微笑んでいた。それは、私に向けたもの。
「どうして、泣いてるの」
彼の声。私が動揺している間に彼はすぐそばに言葉をかけれる場所まで来てしまっていた。
私はつい顔を隠す。
「泣かないで欲しいな」
彼の声。前と変わらぬ優しい声。
「顔もなんで隠すのさ、見せてくれてもいいじゃない」
彼の声。でも向けない。泣くのなんて久しぶりすぎてきっと変な顔になってる。そんなの大好きな彼に見せられるわけがない。
「ごめん、騙してたみたいになって。俺まだ死んでないから、泣かないで」
そうか、私悲しくて涙が流れるものとばかり思っていたけど。嬉しい時にも流れるものなんだっけ。
「別に、泣いてない、から」
嘘。声も涙交じり、一瞬でも嘘とわかる言葉。でも彼を安心させたくて間違った答えかもしれないけどとりあえず彼の言葉に答えなきゃ。
「そっか、ジュリーは泣いていなかったかごめんよ」
謝る彼。違う、謝るべきは私、嘘をつているのは私なのだから。いつの間にかヴィオは隣にいなかった、その場所にロメオは座る。
「ごめんよ、心配かけた」
「ううん」
「えっ、心配してくれなかったの悲しいな」
少し、おどけた調子になって彼は言う。私は彼になんといえばいいのかわからない。
「ううん、心配、した」
なぜか正直に答える。もう私の感情はごちゃ混ぜで支離滅裂頭がヒートしそうだ。
「うんありがとう、帰ってこれたよ少し不安だったけどね」
「おかえり」
場違いなこと、もう私は何言ってるんだろう、早く取り消さないと。
「うんただいま」
彼は私の言葉に合わせてくれた。なら今日は彼に甘えるとしよう。
「ありがとう、待っててくれて
ありがとう、僕のそばにいてくれて」
「私の方こそ、あんたがいてくれて良かった、ありがとう」
◇◇◇◇
すべてを終えて帰ってくるとヴィオが自分の下に飛びついてきた。
「ひっく……うぅ、う、う……」
泣いている彼女の頭をなでるやはり不安にさせてしまったろうかそれともロメオが生きていたのが嬉しいのか、どちらもかと自分は判断する。
なんにしても、彼女が泣いているのを見ると自分も胸が苦しくなる。だから自分は彼女を泣かせないようにしなくては。
「今日はもう休もうか」
自分の問いかけにコクリと頷く彼女。彼女を持ち上げる、お姫様抱っこと言われる体勢に。
「わっ! っ! っ!」
少しほほを染める彼女。やはり嫌だっただろうか。
でも彼女はそれ以外何もしなかった。だから彼女をそのまま連れていく自分たちの寝泊まりする馬車まで。
「大丈夫、もう不安にさせないから」
彼女への言葉、自分への誓いの言葉。今はこの胸からの彼女への想いはわからないが、とりあえず、自分が彼女を守らなくてはいけないそれだけは思ったのだ。




