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2.6


 その日、一人の人間が死んだ。

 明るく、さわやかな青年。

 頭のよく、周りによく打ち解ける彼。

 多くの隊商人をまとめ上げるカリスマを持った男。

 名をロメオ。

 そう、ロメオが死んだのだ。


             ◇◇◇◇


 棺の中で眠っている、ロメオ。

 その目は開かない。

 行商人の人間が集まり、彼を弔う。

 彼の死因については、どこかでしっかり見てもらわなければ判明できない。

 なので死体は防腐措置をしたうえで故郷までもっていくそうだ。彼の故郷は実はこの先の港町らしい、寄り道にはならない。

 ただ、今日一日は、このまま置いておくとのことだ。

 

 多くの人が彼の亡骸の周りに集まる。

 自分もヴィオもジュリーさんもジョックさんもグラモンさんもその他多くの人が。

 ヴィオは泣いていた、彼女の涙は二度目だった、もう見たくないと思っていたのに。

 ジョックさんは無言でただロメオを見つめていた。

 グラモンさんは怒っていた、彼の早すぎる死にだろうか。

 ジュリーさんはただ、ただ呆然としていた。


「おい、タクジ、運ぶぞ、手伝ってくれ」


「はい」


 皆が各々の馬車等に帰っていった後、ジョックが自分を呼ぶ自分たちが彼の遺体を運んでおく、そういう流れになっている。

 すでに二人の男が集まっていた、四人で持ち上げる。

 黒塗りの棺を持つ、手にずっしりとした重みがかかる、いやそれどころではない。肩から、全身を持っていかれそうなくらい重い。

 汗をかきながら運ぶ。

 街の人に一時的に場所を貸してもらった。

 石造りの小屋のような場所。

 棺を置く。 

 自分はジョットの方を向く。 

 互いに頷く。


「じゃあ、今日はこんなもんで、明日からどうするかはまた明日決めよう。ほかのやつにもそう言っといてくれ」


 ジョットがそういって解散させる。自分も帰るように歩く。

 そして、予定していた位置につく、ここからは気を引き締めていかなくては……


             ◇◇◇◇


 私は涙を流している。

 彼の遺体が去った後も、まだ、ずっと。

 だって、こんなに早く自分と仲良くなった人間がこの世を去るなんて思ってもいなかったから。記憶のない私に記憶をくれた人の一人だから。

 隣にはジュリーさんがいてくれている。

 彼女、幼馴染が死んだのに。どうして?と私は思う。どうしてあなたは――


「ヴィオ、とりあえず馬車に戻りましょ。タクジもすぐに帰ってくるわ」


 優しい声が私を誘う。

 私は嗚咽で声をうまく出せずに頭だけを振って彼女に答える。

 私たちは歩きだす。

 なぜか私の気分を表すかのように空は曇っていて、それに気づいて余計に私の気分は低くなってしまう。

 もし、もしロメオだけではなく彼がいなくなってしまったのなら、私はどう思うのだろう。一緒にいた時間は彼にとっては多くないのかもしれないけれど、記憶のない私取ってはずっと、ずっと一緒に生きてきたかのように思える。実際、そんなことはないのだけれど。

 

「ついたわよ、ヴィオ」


 彼女の声は私を現実に戻す。 

 私は外に出されていた椅子に腰かける、隣にジュリーも腰かける。


「……」


 二人の間に、無言の空気が流れる。

 私はなにかしゃべることもままならないし、彼女は何を喋ろうか考えているのかもしれない。

 

「あのね、あいつとは親の商人どうしの付き合いで初めて会ったんだ」


 彼女は唐突に話し出した。

 あいつとはロメオのことだろう。


「最初はあんな性格だしバカみたいなやつだって見下してた」


 彼女の話、なにか大事なことを私に聞かせてくれるのだろうか、いやこれは彼女にとっての大事な記憶なのだ。ほかの人にはわからずとも私にはわかる。

 

「でもね、ある日子供たちが集まって簡単なゲームをしてたんだ。トランプカードの簡単な奴」


 彼女の眼、どこか遠くを見るような。


「あいつはずっとヘラヘラしておどけてるから、多分一番負けてるんだろうと思った。でもねホントは一番勝ってたんだ。そして私が負けそうになった時ね、わざと自分がミスして私が負けないようにしてきた。結局そのせいであいつはそのゲームに勝てなかったの。怒ったよ、私が。なんであんなことしたのか!って。でもあいつは答えをはぐらかしてばかりで何も言わなかった」


 少しの間、何かを考えるような。


「なんでそんなことしたのか今でもわからないけど、今でもあいつは一番賢くて、一番最終的に自分に損のないよう行動してるそう思うんだ」


 長い、長い彼女の思い出、私にはそれはとても輝いた記憶に思えた。


「ねえ、どうして貴方は涙を流さないの? ジュリー」


 だから聞いていた。

 それほど彼を想っていながら、涙を流さない彼女へ。


「……」


 彼女は少し驚いた顔をしている。

 

「私はひどい人間だから、泣かないのよ」


「いいえ、それは違うわ。あなたは、泣いているわ、ただ涙を流さないの」


 今度は彼女はもっと驚いた顔をして呆気に取られてる。


「いえ、私は泣いてないわ。それにどちらも同じことじゃない? 泣かないのも、涙を流さないのも」


 いいえ、いいえ。

 

「違うわ、あなたは泣いているはでも、それは表に出さない。あなたの涙は流れない」


 ええ、あなたは泣いている。でもあなたの涙は――


「どうして?」


 私は再度彼女に聞く。


「どうして、あなたはロメオに対して涙を流さないの?

 どうして、泣いているのを隠そうとするの?」


 彼女は私の言葉には答えない、でも今の彼女に私の言葉への否定の意志は見られない。ただ、自分のうちを見つめるようにするだけ。


「どうして?」


 彼女に問いかける、いやすでに問いかけはした。これは彼女をここに戻す言葉。


「どうして、かしらね。ただ私は彼とは違うから、彼のようにすぐに感情を出さないの。私の涙は枯れてるから、そんなもの邪魔でしかなかったから、いつの間にかね」


 彼女の答え、なんて言うか、悲しい。

 

「そうなの」


 でも、否定はしない。

 がんばって私の言葉で否定しても何も意味がないと思ったから。


 二人で腰かけ空を向く、もう夕暮れになっていた。


             ◇◇◇◇


 影。

 最初に見えたのは影だった。

 もうすでに夜になりかけあたりが暗くなってきた中でも見える影。

 小走りに周りを気にするように、石造りの小屋に入っていく。


 自分はそのあとに続き、かつ影に気付かれぬようゆっくりと動く。

 奥を見る、ジョックさんも動き出している、彼もしっかり気付いたのだ。

 小屋の前に着く。

 自分もジョックさんも準備は出来ている、互いに頷き合う。


「動くな!」


 ジョックさんの怒声が飛ぶ。小屋の中の影に向けて。

 影はこちらに気付く、出口は自分たちが既に抑え込んでいる逃げ場はない。

 咄嗟に周りを見回し状況判断を下そうとするだがそんな暇すら与えない、急加速で近づき足払い、相手を抑え込む。

 

「よし、捕らえたな。俺は旦那を起こすかね」


 ジョックの声が聞こえる。

 だが、押さえ込んだものの下でジタバタと暴れ続けている。抜け出さないように力を加え続ける。だが、そこで、自分は気づく。影が、男が何者かを……


 一瞬の驚きその瞬間には男はこちらの拘束をほどき逃げ出そうとする。

 ――逃さない!

 高速移動を使い相手の前方まで回り込む、そしてそのまま鳩尾の位置に蹴りを叩き込む。自分の蹴りと男の走りの勢いの二つが合わさりなかなかのダメージになったはずだ。


「っーーーー」


 声にならない悲鳴を上げ男は倒れこむ。

 男、

 グラモンさんが床をのたうち回る。

 

「……」


 自分は言葉が出ない。なぜ彼が、いやここに来た時点でなぜを問いただすことはない。ロメオの話が正しいとするなら彼が犯人だ。


「あんただったのか、どうして」


 自分は尋ねる、だが答えを聞けるとは思っていなかった。何より彼を問いただし真実を明らかにするのは自分の役割ではない。


「タクジ、捕獲は出来たな」


「はい」


 ジョックの問いかけに答える。


「誰もが、優しい人間だなんて思うな。いつか大きなしっぺ返しを喰らうぞ」


 しっぺ返し、ある意味で自分はもうサレムからしっぺ返しを受けているのだ。なのに、いまだに人を信じてしまっているのはなぜだろう。


「痛いなぁ~、ロメオの遺体を見に来ただけなのになんでこんなことするんです」


 グラモンが立ち上がる。前には自分、後ろにはジョックさんがいるこの状況逃げ出せるとは思っていないだろう。


「最初、俺が叫んだ時に逃げ出してる時点でお前を怪しむには十分だよグラモン」


「いやいや、何をしたっていうんですか。俺が、何を、まさか俺がロメオを殺したとでも?」


 彼の声この小屋に響く、だから彼は気づかなかったのだろう。


「そうだよ、お前が殺した」


 背後の存在を。グラモンの顔が恐怖にひきつる。


「お前が、俺に、毒を盛ったんだ」


 グラモンが背後を向く、そこに立つ彼に視線を向ける。


「どうして、なんで生きてるんだよぉ」


 棺から出てくる彼。

 

「なんでだよぉ、ロメオォォォォ」


 叫ぶ、まだしっかりとした状態ではないもののグラモンを睨みつけるロメオを。


この話を書くのに一週間近くかかってしまいました。

長引かせてすいません。

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