外典.白銀の騎士
今日は調子が悪い。
仕事を始めてから1時間と少しが経過したとき、白銀の甲冑を身にまとう彼は一人自嘲する。
仕事というのは街道に増えた魔物・魔獣の駆除。
他の仲間もいるが、その中で彼は抜きんでた力を持っていた。
たとえ、たとえ調子が悪かろうと彼にかなうものだのいない。
それほどまで他者と彼との間の実力には隔たりがあるのだ。
たとえ、魔術により体を強化し、高い運動能力を手に入れたものと比べても。
たとえ、体に蒸気機関でできた機関鎧をつけて、堅い体を持つものと比べても。
たとえ、魔族の血により生来より、人の理から外れた力を持つものと比べても。
彼のようには動けない。
彼より速く、動けなくなる。
彼に一切は通じない。
彼の体は、まるで鎧などないかのように軽やかに地面を蹴り、大地を駆ける。
彼に追いつく者はいなかった。
彼の剣は、まるで彼の手足のように柔軟に動き、敵を切る。
彼に及ぶ者はいなかった。
魔術による能力強化ではない、
機関鎧に体を置き換えたわけでもない。
ただ、生身で、鎧で、剣で、彼は今日も敵を倒すのだ。
彼が自分の意識を他に向けている、
――その時であった!
「URRRRRRRRRRRRRRR――――!!!」
彼の背後から獣の叫び声、並みの戦士では声を聴いただけで縮み上がり、
力を奪われてしまうような、耳をつんざく声。
その主は、大型の猿型魔獣、全長3メートルはある。
(なるほど、こいつがボスか?どちらにせよ、これだけ大型の
個体が動けばほかの個体もつられてくるかもしれん。)
魔獣は腕を振るう、風を切りそれだけで周りの者が吹き飛ばされてしまう。
他の騎士たちが魔獣を囲む、
だが、無意味だ。どれだけの人数が来ようとも、
ただ暴れるだけで小さな台風を起こしているに等しい
猿人魔獣の前では何の意味もなく吹き飛ばされる。
「引け、お前たちはいるだけ邪魔だ」
白人の騎士は言う。
その言葉に従ったのか騎士たちは場を一歩、二歩と離れていく。
魔獣は本能から危険を察したのかか彼を見つめている。
場にはにらみ合う両者が残った。
彼は剣を構える。
この魔獣で気を付けなくてはいけないのは……
まずは身体能力まず常人では殴られただけで死ぬだろう。
そして口臭だ、近寄れたとしても口からの匂いだけで、意識が飛びそうなほどの激臭がする。
だが、
それだけだ。
彼は地面を強く蹴る。
剣を前に構え突っ込む、
無謀だと周りの騎士たちは思ったことだろう。
魔獣は彼を殴ろうとこぶしを振るう。
一撃でも即死、その大きな腕を――
受け止めた、受け止めたのだ彼は。
強大な膂力を、
剣の刀身で!
両者の激突が拮抗する――――
一瞬で決まると思われた激突は、両者の力が互角がゆえに止まった。
だが、魔獣の、魔獣のもう一本の腕が彼を薙ぎ払わんと振るわれる!
その瞬間、彼は身体の力を抜いた。
そしてもともと受けていた腕の力を使い彼は宙を舞う。
一方の獣は大きく腕を振るったせいで、バランスを失いその場に倒れる。
チャンスだ。千載一遇の、だが、彼は宙を舞っているため
魔獣に攻撃をできない――――
普通であれば、だが、彼は、
普通ではない。
その瞬間、白銀の騎士は剣を魔獣に向かって投げつけた!
騎士の剣である、投げることは許されない、普通ならば。
剣の軌道は迷うことなく伸び魔獣に突き刺さる。
「URRRRRRRRRRR――――――!!!!」
魔獣は声をあげ倒れこむ、だがまだ戦いは終わってはいない。
彼は少し膝を折りながら着地する、すると敵に向け同時に走り出す。
彼は魔獣に近寄り背後から、懐のナイフを取り出し足の筋を切る。
動きを封じ、そして魔獣から剣を引き抜き、
振るう、敵の首をはねる、とてもきれいな剣閃をえがいて。
――戦いはここに決した。
残りの雑務はほかの騎士に任せることにした。
小型の懐中時計を見て時間を確認する。
スケジュールの管理も彼の仕事に入っていた。
明日からはまた大規模な移動だ。
今晩はシーノス村にとまった後、明日からは都に
戻らなければならない。
彼は、兜を脱ぎながら、頭痛をこらえながら思う。
――ああ、調子わりぃ。