2.2
……私の涙は、枯れている。
人をだまし、ものを売るから。
泣いていたら、キリがない。
母の亡くなった日、その記憶。
それだけが、自分に涙があったことを示している。
でも、人の記憶なんて曖昧なものだ。
だから、私は新しい記憶を欲するのだ。
そのために必要なのは――
父親?いいえ、いいえ
彼は私のことなど見ていない。
彼が見るのは貴族であり大商人たる自分の娘、高貴な令嬢。それだけ
所詮、金で買った地位なのに、それに固執し、それを魅せる。
私を見ない、父のことなど、どうでもいい。
なら、彼?幼いころより、一緒に遊んだ。
今は行商となった彼。
いつも、明るく、周りを楽しませる。
そしてちゃっかりなんでも成功させる、ほんとは頭のいい彼。
父は都市での商売に負け、逃げた弱者と笑うだろうけど。
彼の生き方は、とても、うらやましい。
私の涙は、枯れている。
でも、涙が流れるのは悲しい時だから、
もう、流れないほうがいいのかもしれない――
◇◇◇◇
ガヤガヤ、ガヤガヤ、多くの人が詰めかけもう足の踏み場もないくらいいる。
騒がしい、街の中央広場、今ここでロメオたち隊商が商品を説明しながら、人々にものを売っている。それだけなら、ここまで大きな騒ぎにはならない、だが――
「これは演奏機関だにゃ!ある特定の外部情報機関と接続すると、音楽が流れだすにゃ。これは買わなきゃ損損。今すぐ買うにゃあ!」
ヴィオはウインクをしながら演奏機関を人たちに見えるように掲げ、説明していく。
「まあ、なんて可愛らしいのかしら」
「あんな可愛い娘うちに欲しいくらいだ」
「こっち向いて~」
大盛況である。
そう、いまヴィオは練習通りネコミミにネコ語?で接客をしているのだ。
それだけではない、スカートの中からしっぽをのぞかせている。ロメオがどこからか持ってきたのだ。ついでに、どうやって付けているのかを聞いたら足を蹴られた。
「いやぁ、可愛い、可愛いねぇ、うん! 僕の目に間違いはなかった」
背後からロメオが現れる。
「あんたは、売りに行かなくていいのか? あんたの口の多さと目ならよく売れそうだが……」
「いやいや、いま彼女を見るのでお客さんは夢中さ、僕が出て行っても水を差すだけ、こっちで見ている方が楽しいしね」
そういって、彼は笑う。
なぜだろう、彼といると不思議と退屈しない、彼はいつもチャラチャラしているが、彼の言葉はいつも正しいことを言っていると思う、そういった特殊な魅力があると言える。なんともおかしな青年だ。
「それにしても彼女は、かしこいねぇ、今自分がどういう状況か、皆にどう見せればいいか、それをよく理解してる。うん、ねえ彼女このまま家の隊商にこないかな?」
「いや、さすがにそれはないかと。言ったでしょう彼女、記憶喪失なんです」
「うーん、じゃあ彼女は実は行商人になりたかった。という可能性に賭けるしかないか……」
一体、彼はどこまで本気で言ってるんだろうか。
「それにしても、君たちは変な二人組だねえ。片や、記憶をなくした少女、片や、異世界から来た青年。うーんこんな二人組はじめてみるなあ。娯楽小説か何かじゃなきゃ見ないね」
「あっ、そういえばねぇ君達はシーノス村から来たんだよね。」
「はい、そうですけどそれが何か?」
「たぶん、あっちの人たちは理解できてないと思うんだけど。この国について12年前に、文明の発達により、蒸気文明圏の国々と魔力文明圏の国々が合わさり、できたと聞いたんじゃないのかなぁ?」
「はい、大体はそんな感じに聞きました」
「うん、それは正確には間違い」
「えっ! そうなんですか」
「うん、正確には二つの世界が混じり、新しい一つの世界が出来上がったようなんだ。蒸気文明の発達した世界、魔力文明の発達した世界。そして蒸気文明のあった世界には龍脈という地下を走る、魔力の川により魔力が伝わり、神秘が流入し。二つの世界は技術を互いに伝承しあい蒸気機関が興隆した、それがこの世界らしい。面白い話もあってね世界の合わさった結果、オウトゥームという都市が――」
「ちょっとまってください! 二つの世界? いったいどういうことですか?」
「いま、言ったとおりだよ。今のこの世界は元は二つのの世界だった。それらが合わさり、今の世界がある。まあ、いまいち理解できない人もいるだろうし。国が合わさったと理解している人も多いね」
初めて知った情報だった。驚いているそんなことがあったなんて。
世界が合わさるなんて理解はできないが、それでもそんなことが起こったらしい。
「そして、君は異世界から来た。蒸気でも、魔力でもない世界。もしかしたら何かの兆候なのかもしれないね。ま、取り越し苦労だろうけど、もしかしたら正確な情報は役に立つかもしれない大事にしなよ」
「はい、ありがとうございます。ロメオさんからこんな真剣な話が聞けるなんて驚きでした!」
「君、たまに酷いことを言うね。そういう――」
「キャァァァーーーーーー」
悲鳴が鳴り響く、中央広場の方から。
見るとヴィオを囲う人たちの後ろ、一人の女性が倒れている。
そして、そこから疾走する影――
「私の演奏機関! 泥棒!!!」
走る、男の影は確かに、演奏機関をもち走っている。
「待ちにゃ――、待ちなさい!」
ヴィオが叫ぶ、だが彼女は人たちに覆われているし、周りの人たちも状況を理解できておらず、戸惑った顔をしている。
高速移動を使い、追いかけるしかない、あれならまず間違えなく追いつける。
足に力を籠め、意識を集中しようとした瞬間。
走る、強盗の先、貴族のようなドレスを着て日傘を差した女性が――
「どけぇーー!」
強盗の男は一喝し、右手を伸ばし女性を突き飛ばそうとする。
しかし、女性は突き出された、男と手首を取り、もう一方の手を肩近くの腕にそえる。その瞬間、両手を効かせ、足を踏み込み、一気に相手を背負った。そしてそのまま相手を投げる。柔道の背負い投げに近い動きだ。男は背中を地面に打ち付け、気絶する。女性は男を睨み、
「この下郎、人として恥を知りなさい!」
男性に罵倒を浴びせた。
――周りは一瞬の静寂に包まれたかと思うと、
「うおー、すげえ!!!」
「かっこいいわ」
「あの方、どなたかしら?」
歓声に、包まれる。
周りの視線が彼女に注がれる。
羨望、憧れ、尊敬注がれる視線は様々だが悪いものは一つもなかった。先ほどのヴィオの接客をしていた時より熱い空気が周りに広がる。
「申し遅れました。この街道の先、港町シーランで商人をしているジュリエットと申します。此度はお見苦しいところをお見せしました」
長いスカートの端を少し持ち上げ、お辞儀をする。
ここでふと、隣にロメオがいなくなっているのに気づいた。
探してみると、いた、彼は、走ってジュリエットと名乗った女性に駆けていく。
こころ、なしか喜んでいるように見える。
「じゅ、ジュリー! どうしてこの街に? てか何してるのさっ、危ないよ」
「いえ、ただ仕入れ先に顔を見せに来ただけよロメオ」
どうやら、二人は知り合いのようだ。
「いや、まずその前に」
ロメオは屈み、強盗の持っている演奏機関を持ち上げる。
何か、いじりながら見ていると。
「ジュリー、壊れたよ、たぶん、いまので……」
「……」
「いつも、行動する前に考えなきゃって言ってるでしょ」
「う、うるさい!」
女性は、顔を赤くしてロメオをにらんだ。
◇◇◇◇
「改めまして、ジュリエット、ナンヌです。お二人とも、ジュリーでかまいませんよ」
今、改めてジュリエット改めジュリーさんから自己紹介を受けている。
「狭山卓司、タクジでいいですよ、ジュリーさん」
「ヴァイオレット、です。ヴィオでもいいです」
「よろしくお願いします、お二人とも」
先ほどの、壊れた演奏機関はジュリーさんが弁償済みだ。
「二人は、どういった知り合いなのよね、どういった関係なの?」
「もちろん、恋人さ!」
「ただの、幼馴染です」
即答だった、二人とも。
「なんでそう悲しいことを言うかなぁ? ホントは僕に会いにこの街に来たとかだろぉぅ、ねえそういうことにしよ」
「ウザイ」
即断だった、ロメオ悲しそうな悲しそうな顔をしている。
「まあシーランまではあなたの馬車列の中にいますわ、そっちの方が安全でしょうし」
「ほんとに? わーい、やったぁ!」
ロメオは無邪気そうに喜んでいる。
こうして、旅に新しいメンバーが加わったのだ。
――――――――――
演奏機関…蒸気動力を使った、音楽再生装置、外部情報機関と繋ぐことにより、
再生する。まあぶっちゃけCDプレイヤーのようなもの。
オウトゥーム…元は蒸気文明側の都市だったが、二つの世界が合わさったときにその
影響からか、周りの森林群が霧に包まれ魔性の性質を帯び、都市から
出ることが不可能となったという。だが中の鋭才者たちの活躍により
独自の技術革新が進んでいると伝えられている。
世界観理解の助けになるかと思い、たまには固有名詞の解説をしようかと思います。




