表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

1.11

「ど、どうして……」


 声が震えていた。驚愕していた。

 あまりの動揺に視線が空を切る。

 今、侵入した小屋のなかで、少女を監禁し、

 死体と思われるものが転がるこの部屋で自分はサレムと相対していた。


「タクジ俺はなこの村を愛している。あの日からこの村を。

 お前もこの村を気に入ってると踏んでいる。

 どうだ、俺とこの村で暮らさないかこの村はいいとこだ」


「なんで、今その話を、そんなことより早く、誰がこんなことをしたかを調べて、捕まえないと」


「俺だよ」


 彼はなんでもないかのように言い放った。

 なぜそんなことを聞くんだといわんばかりに。

 二人の間に無言の空気が流れる。

 彼の手に持った機関式照明(マシンライト)の光がゆれる。

 後ろを見る。

 ヴァイオレットと名乗った少女はサレムを睨んでいた。

 やはり、彼の言葉は正しいのだろうか。

 いや――しかし――


「12、そこの娘で13人目、あと2人だな」


 自分が逡巡していると、彼が声を発する。


「これはな、儀式なんだ。

 この村は昔は、もっと多くの危険にさらされていた。

 魔物は多く出るし、昔は国が分かたれて戦争もあった。

 それを、なくすための儀式さ、子供を合計15人、

 スナークに捧げ、村を守護してもらうんだ。

 なあに、しょせん孤児とか身寄りのない子だ、村の子じゃないし、いなくなっても誰も悲しまない」


 彼が何を言ってるのか理解できなかった。

 脳が理解するのを拒んでいた。

 ――狂っている

 ただただそう思った。


「なに、恩返しさ。

 俺は昔、駐在の騎士だった。

 この村に来た俺を、村のみんなは歓迎してくれた。

 がケガで早くに辞めてからもこの村は、

 俺の居場所だった。

 だから守る! 俺が守る! 命に代えても守る!」


 彼の言葉はどんどんと早口になっていった。

 分らない、どうしていつも優しい彼がこんなことを言うのか。

 

「なあ、タクジ! おまえならわかるだろぉ」


 分らない、分らない、理解(わか)りたくもない。

 だから――


「いや、わからないよ、サレム

 あなたは、狂っている」


「はははははは!

 面白いこと言う、分らない?

 この村は素晴らしい、それに恩を返す、それだけさ」


 彼の言葉は正しい、彼の思いは正しいでも

 チラリと少女を見る、縛られた少女を。

 彼女の涙を堪えた顔を見る。

 彼の、行いは――手段は――

 間違ってる、そう思う。

 だから、自分は、俺は――


 「いやあなたは間違っている。

  そのために他の人が苦しんでいる。

  今すぐ辞めて、償うべきだ」


 彼は一瞬動きを止め、こちらを見た後。


「ふふ、そうか。

 君ならわかってくれると思っていた。

 息子のようだと思っていたよ」


「なら、今すぐにでも――」


「断る。

 君が理解してくれないなら、私一人でするまで。

 ふふっふふ、はははははははははは

 おお、喝采を! 我が悲願に喝采を!」


 彼は機関式照明を置き、壁にかけてあった剣を構える。

 俺は、彼を止める。それが彼への恩返しになると思う。

 呼吸を落ち着かせる、注意すべきは彼の剣。

 それ以外のことは一時的に頭の隅に置く。

 構えは両手で剣を持ち、彼の頭の右側に剣を構えている、切先は牛の角のように俺の顔に向けられている。

 全意識を彼に、彼の剣にする。

 互いの動きが止まる。

 

 最初に動き出したのは、彼だった。

 裂帛の気合とともに彼が突っ込んでくる。

 最初は突きだった俺は横にスライドして避ける、避けれるのだ。

 だが彼はさも当然と言わんばかりにそのまま横凪の一閃を俺めがけて振るう、なんのためらいも、ためもないきれいな一撃。

 それを、また避ける今度は後ろに大きく後退しながら。

 

「その尋常ならざる動き、貴様魔術師(ウィザード)だったのか?」


 そう、俺の体はあの時のように目にもとまらぬ速さで動くのだ。

 

「だが関係はない、速く動くならそれに合わせて斬るだけだ」


 彼は再度剣を振るう、先ほどより速く、こちらの動きをしっかりとその目で観察しながら。


 だが


 遅い、遅い

 見える、彼の体がとても遅く、ナメクジが動くように遅く。

 動く、俺の体は彼が剣を振るうより速く、一筋の雷電のように速く動くのだ。


 ――剣が虚空を切る。

 ――それは速く、通常の目では追いきれない。

 ――通常の体では避けきれない。

 剣の切っ先を受け肉を断ち切られ、死ぬだろう。

 しかし、俺はまだ生きている。

 立っている、なんの傷のひとつもなく。


「なんとこれ程の速さ今まで見たことはない。

 並みならぬ妖狐かはたまた霧の使い手か。

 だが――

 ハ――――ッ!」


 彼が吠え剣を振るう、振るう、振るう。

 だが、すべては空気を切るだけ。


「なるほど、たしかに俺が普通の人間なら、騎士の剣を避けることはできず、首をはねられているだろう。

 でも、今の俺は普通ではないようだ!」


 俺は彼の言葉にこたえる。

 彼が剣を振り下ろす、とてもきれいな曲線を描いて

 まるで一筋の流れ星のように、

 しかし、彼が再度剣を構えるより速く。

 音速に近い高速、全力で走り、目にもとまらぬ速度で近づき、

 俺は、彼の脇腹に蹴りを入れ、頭部を置いてあった機関式照明で殴った。

 彼は昏倒し、剣が手放される。




 ――戦いはここに決した。




 そのあとはまず少女の手錠を解いた、鍵はサレムが持っていた。

 マスターに話に行った。

 何を言えばいいかわからず、小屋まで来てもらった。

 後のことはマスターと他の村人でどうにかすると言っていた。

 マスターは自分と少女を家に泊めてくれた。

 サレムの家には戻りたくなかったので、ちょうど良かった。

 少女、ヴァイオレットは疲れたのか食事を食べると、

 すぐに、与えられた部屋で寝てしまったようだ。


 その晩、夢を見た。ある、男の話だ。

 その男はエリートの一家に生まれた。騎士のエリート。

 彼は両親の期待通り、幼いころから多くの試練を潜り抜けた。

 そして彼は騎士団に入った、

 優秀、

 その一言が彼にはいつも与えられた。

 だが、彼はわかっていた、親が、友人が、大人が、

 彼に求めるのは優秀ということだけであり、彼にかけられる言葉もその2文字だけだということを。

 ある日、彼は騎士団寮を抜け、夜の街を歩いた、特に何か強い思いがあったわけではない、ただ、外で安らかにしたかっただけだ。

 だが、運が悪かった。

 彼が出かけたその晩、国境への出撃命令が出たのだ。

 彼はそれに気づかず、明け方に帰った。

 彼を探したため2時間出撃時間にロスが生じた。

 そして、彼をおいてすでにほかの騎士は出撃してしまった。

 彼はこのとき初めて優秀以外の言葉を得た。

 彼はこの後、失敗続きだった、それはショックからか、それともほかの何かかそれはわからない。

 そして、彼は結局小さな村の駐在騎士となった。

 彼は着任後すぐ魔物との戦闘で、ケガをし騎士を続けれなくなった。

 だが、彼はここで多くのものを得る、いや気付いたのだ。

 今まで彼の人生になかったもの、そう自分自身を見てくれる目。

 騎士ではなく一個人としての彼を見る目だった。

 この、村ではそれがあったのだ。

 ここで、優秀な騎士の話は終わった。

 ただの彼の物語が始まったのだ。

 彼はこの村で暮らしていく、子供には恵まれなかったが、優しい妻と幸せに暮らしていったのだ。

 そして数十年の後、妻が死んだ日どこか歯車が逆回転する予感を持ちながら、彼は思う、この村に自分は恩を返そう――――


 想いは、積もる、積もって積もって、その重みに耐えられず、歪んでいく。




 ありえないはずの夢を見る。

 もう、何を見たかは覚えていない、でも確かにそれは、美しい、輝くものだった。


 そして、自分は気づく今はマスターの家に寝泊まりしていくことを、そして昨日の少女ヴァイオレットのことを。

 彼女は昨日のサレムの言葉からすれば孤児か何かだろう。

 彼女と、自分とこれからのことを決めていかなくては。


 だが、この朝、知ることになる。

 彼女ヴァイオレットには××がないことを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ