1.10
昼下がり、少し、汗をかきながら歩く。
雑木林の落ちた枝葉を踏みしめながら湖に向かう。
昨日ブランテといった湖、陽の上っているうちにも見ておきたいと思ったのだ。
視界が開ける。
湖が見る。
穏やかな陽光が射し、涼しげな風が吹く。
夜に見た時とは、違った空気を漂わせる。
自分は湖のほとりまで歩いていく。
気持ちいい――
風を感じ、足を湖に浸しながら、
リラックスしながら、体を伸ばし自分は休んでいる。
少しマスターに言われたことを考える。
自分は内心焦っているのだろうか。
でも、自分には何もできないことくらいよくわかっている。
そうだ、落ち着くべきだ。
何をすべきかなんて、わからないのだから。
少し横になる。周りは雑木林で人はいないようだ。
疲れを取るように目を閉じる。
風を感じる、さわやかな空気の流れを。
意識が――――
眠くなってきた。
少し――寝ても――いいかな――――
時間がたって目が覚めた。
さすがに寒さを感じ、一度家に戻ってから
酒場に行こうと考えていたとき、何か変なものが見えた、起き上がりそちらのほうへ歩いていく。
/行くな、後悔したくなければ
心の声が、聞こえたした気がした。
一つの小屋が目に入る。
レンガ造りの暗い外壁の小屋。
昨晩気付かなかったのは湖からのほどほどの距離、雑木林の中の暗さ、黒く塗られたレンガの壁のせいだろうか。
一見して、不気味である。
若干のツタが巻き付いた奇妙な小屋。
ぶっちゃけ、小さなお化け屋敷のようだ。
奇妙な好奇心がわいてきた。
周りを周ってみる。
窓が裏に一つ、誰も住んでいないのだろうか。
扉をたたいてみる、中からの反応はない。
鍵がかかっているのか、扉はがたがたと音を鳴らすだけで開きはしない。
裏へと周る、窓が開かないか試してみる。
罪悪感はあるものの、好奇心には勝てそうになかった。
窓が開く、中の様子が見える。
暗くて見にくいが、部屋の中には、本のない本棚、何も置かれていない机、誰かの座った形跡のない椅子、寝具のいかれていない木でできた骨組みだけのベット、少し怖さを感じるが、面白そうなものはなかった。
残念な気持ちを抱えながら、窓を閉めようとした、
その時、聞こえた
/耳を貸すな
うずくまった嗚咽、誰かの泣いている声。
その瞬間自分は再度小屋の中を見た。
誰もいない、小屋の中には、それに少し遠い気もする。
どうする?いや――
決心を固める。
窓をよじのぼり、小屋の中に入る。
もう、罪悪感などは自分の頭にはなかった。
部屋を周る。
どこから声が聞こえるのか?
耳を澄ませ、部屋を歩き回る、ここじゃないかもしれないという気持ちはない、部屋の外にいる時より確かに泣き声が聞こえるのだ。
その時気付いたベットの下から、声が聞こえる。
足を床につき、ベットの下をのぞき込む。
暗くて何も見えなかった。
それならと思い、ベットをずらしてみる。
暗闇から、出てきたそこには、さらなる暗闇、階段。
地下へと続くであろう階段があったのだ。
自分は、俺は、いやもう迷いはない。
暗闇へと続く階段を少し急ぎ足で降りていく。
「誰かいますか?」
泣き声が一瞬やむ、こちらに意識をむけているのか。
足がとまる、階段が終わったことがわかった。
変なにおいがするが、気には留めない。
「誰かいますか?」
再度暗闇に呼びかける。
今度は反応があった。
「誰?」
少女の声だった。
おびえているような、か細い声。
暗闇でまだ視界は晴れないが、声のほうに歩きながら答える。
「俺は、狭山卓司と言います。あなたは?」
「ヴァイオレット」
短く、けど確かに少女は言葉を口にした。
視界が開けてくる。
目には少女の姿が写ってくる。
紫色のワンピースに茶色の革靴を履いた、紫色の髪に紅色の眼をした少女が。
彼女は眼に涙をこらえながら、こちらを見ていた。
その時、俺は気づく、彼女が手錠のようなもので、
壁に拘束されていることを。
驚きながらも、
「今、助ける」
そういって、何かないかと目を少女からそらし部屋を見た。
だがここで気付く、後悔などもう遅い。
壁には、血、血、血痕で描かれた魔法陣のようなもの。
机の上には不気味な、ナニカノ、肉塊のような。
まるで魔女の宴のような不気味さ、醜悪さ。
異様、異様な状態だ。
驚きと焦りおびえからか足を動かそうとする。
すっかりすくんだ足は少しだけ言うことを聞いてくれた。
だがその時、足が軽い感触で何かを蹴る。
足元を見る、そこにあったのは、
白骨だった。
「ひっ」
喉から、恐怖を感じた声が出る、と、とにかく少女を助けなくては、一刻も早くここから出なくては、そう思い少女のほうへ向きなおす。
彼女は不安そうな顔でこちらを見ている。
その時、恐怖と少女への意識から、他のことにまったく気付かなかった、階段を下りてくる一人の人間の存在に。
「誰か、入ったと構えたが。おまえか、そうか」
聞き覚えのある声、この世界で安心できる数少ない声。
頭が真っ白になる、思考が停止する。
少女のほうに向けていた視線、体を声の主に向ける。
その先には、
その先には、自分の大恩人と言っても過言ではない――
――サレムが立っていた。
何とかここまで来ました。
あと1.2話で一章「想い、歪むもの」完結です。




