僕の帰る場所
光り輝く雲の上から、ピュエルはぐっと身を乗り出しました。
地上では今日も人間たちが忙しそうに働いています。
短い一生なのに、どうして働いてばかりいるんだろう。
もっと遊んだり、美味しいものを食べたりして、楽しく暮らせばいいのに。
そうだ、大雨が降って橋が流れたら、仕事に行かなくてよくなるぞ。
ピュエルは奇跡の力で三日三晩、大雨を降らせました。
橋は流れ、街は水びたしになり、仕事どころではありません。
人間たちはあわてふためき、途方に暮れ、天を恨みました。
「なんということをしたのだ!」
天使の兄弟たちはかんかんに怒り、偉大な神様に言いつけました。
「ピュエルは人間たちを不幸にしました」
「奇跡の力を無断で使う悪い子です」
「どうか、ピュエルに罰を与えてください」
神様はピュエルから天使の羽根と奇跡の力を取り上げ、地上に落としました。
ピュエルは悲しくて、おそろしくて、しくしくと泣きました。
泉に映る自分の姿は、もう以前のような光り輝く天使ではありません。
黒い髪、黒い瞳、これではまるで悪魔です。
天使の羽根がなくては、天の国に帰ることができません。
奇跡の力がなければ、いずれおなかをすかせて死んでしまいます。
どうすればいいのかわからなくて、いっそ泡になって消えてしまいたいと思いました。
「おや、こんなところで小さな子供が泣いているよ。どうしたんだい?」
年老いた騎士が、そっとピュエルの頭を撫でました。
「お父さんやお母さんはどこだね?」
ピュエルは首を振り、またさめざめと泣きました。
「おうちはどこだね?」
「……ありません」
困った老騎士は、ひとまず家に連れて帰ることにしました。
温かいスープを飲み干し、少し元気を取り戻したピュエルは、天の国を追い出されたことを老騎士に話しました。
「僕は、人間を助けようと思ったのに……」
老騎士はふむ、とうなずき、また頭を撫でてやりました。
「良いことをしようと思ったのに、間違えてしまったのだね」
「僕、もう天の国に帰れないのかな……」
「……大丈夫。君がいい子にしていれば、いつか帰れるよ」
ピュエルは喜び、いい子になると誓いました。
家族のいない老騎士はピュエルを大切に育て、ピュエルはたくさん勉強し、老騎士や人間たちに優しく親切にしました。
やがて、お別れの時がきました。
「泣くんじゃないよ、ピュエル。私は少し先に行くだけだ。そうだ、神様と君の兄弟に、もう君を怒らないでくれとお願いしよう」
老騎士は静かに笑って、天の国へ行きました。
一人になったピュエルは、一生懸命働きました。
たくさんの人間たちに優しく親切にし、人間たちから優しく親切にされました。
恋をして、結婚して、子供ができたピュエルは、ますますがんばって働きました。
今なら、どうして人間たちがせっせと働いていたのか、よくわかります。
ついに、天の国に帰る日がきました。
うれしいはずなのに、涙が出ます。
家族や友人と離れるのが、とてもさみしくて、悲しくて、もっと地上にいたいと思いました。
迎えにきた天使の兄弟と老騎士は、優しくピュエルの頭を撫でてやりました。
がんばって働いて、たくさんの人間に優しく親切にしたピュエルは、神様に許してもらえました。
「天使の羽根と奇跡の力を返してあげよう」
しかしピュエルは首を振りました。
「いつか僕の家族や友人が天の国に来たときに、僕だとわからないといけないから」
天使の羽根も奇跡の力もない、黒い髪と黒い瞳の天使は、今日も光り輝く雲の上から人間たちを見守っています。