8
ゲームセンターを出ると、もう夕暮れだ。
夕方の路地裏って、なんだか物寂しいよね。
ノスタルジックってやつ?
こういう、滲むような夕暮れの景色ってなんだかいいよね。
のんびり、駅前への道を歩いていたら綾香嬢もついて来ていた。
あれ?
「お姫様も帰るの?」
みんながそう呼んでいるから、私も『お姫様』呼びで聞いたら、いきなりじとりと睨まれた。
お、睨まれたのは初めてだぞ。
何か、気に障ったのかな。
「神宮寺綾香」
「え?」
フルネームを名乗られた。
うん、知ってる。
同じクラスだもん。
おっと、これはトップシークレット。
綾香嬢は私を睨みながら続けた。
「私、お姫様なんかじゃないわ。神宮寺綾香って名前があるんだけど」
どうやら綾香嬢は『お姫様』と呼ばれるのが不満だったようだ。
本気で機嫌が悪い。
そりゃあまあ、そーかー。
私が『お姫様』なんて呼ばれた日には、軽く暴れるね。
高遠の怪獣には及ばないけど、猛獣くらいにはなるかもね。
威張れる話でもないけど。
「あ…ごめん…じゃあ、神宮寺、さん。でいい?」
「うん」
素直に謝ると、綾香嬢は満足気ににっこり笑った。
ぐは。
相変わらず、眩しいぜ。
ヒロインの笑顔は、どうしてこんなにも、キラキラしているのか。
私なんか、笑ってみせたら高遠に『何か企んでいる』って言われたことがあるよ。
酷いよね。
高遠は私を誤解してるよね。
それはそうと…
「高遠はいいの?」
「高遠君? 別に高遠君を待ってた訳じゃないから」
「そうなんだ…」
じゃあなにをしに?
綾香嬢はゲーム好きってわけじゃないよね。
初めは二三個やってたみたいだけど。
その時くらいしか見覚えないなあ。
だから、高遠に会いに来てると思ったんだけど。
違ったのかな?
女の子は難しいね。
そのまま駅前まで出てタクシー乗り場まで来たけど、今日は乗らないのかな?
綾香嬢の視線はタクシーではなく、一件のお店に向けられていた。
駅の通りを渡ったところにある、店舗のひとつ。
アンティーク調の看板が見える。
ああ、これが例の雑貨屋なんだ。
綾香嬢はちらちらと雑貨屋を見ている。
かなり気にしてるなあ。
ってことは…?
「まだ行ってないんだ?」
「なんか…気が削がれちゃって…」
答えながらも視線は外れない。
もしかして…
行きたいのかな?
「行きたかったら行けばいいんじゃないの」
「え…でも…」
綾香嬢の言葉は歯切れが悪い。
なんだろう?
行きたいけど、躊躇うって…
もしかして、独りで行くのがいやってこと?
うーん。
女の子ってそういうとこあるよね。
私は独りでどこにで行っちゃうけどね。
そもそもゲームセンターなんか、独りで突撃したもん。
その流れで、独りでハンバーガーも食べられるし、うどんも食べられるし、カレーも牛丼も食べられる。
今だって、お昼はひとりで食べている。
別に、何の不都合もないんだけど、他の子はそういう訳にはいかないのかあ。
面倒だね。
ゲームセンターには綾香嬢ひとりで来るけどなあ。
それって、実はとってもイレギュラーってこと?
まあね。愛美嬢がいたら、二人で行ったんだろうけどね。
愛美嬢、ゲームセンターに来たことないよね。
「あの、ね…」
「うん?」
恐る恐る、綾香嬢が言葉を紡ぐ。
私は、軽く首を傾げて続きを待つ。
「お店…一緒に…行ってくれる」
「!」
げ。
まさかの、フラグ横取り。
いいのか? 私が行っていいのか?
つか、高遠ー、とっとと綾香嬢連れて雑貨屋に行っておけよ。
本当なら、攻略対象の高遠がクリアしないといけないイベントのはずなんだから。
「駄目?」
不安そうに、綾香嬢は私を見つめた。
どーなのかなー?
いいのかなー?
まあ、私は攻略対象じゃないだけでなくただの脇役キャラだから、大きな問題は生じないだろうけど。
そう言う、ルール解釈でいいんだよね?
多分。
いいと言うことにしておこうか、今日のところは。
だって、不安そうな綾香嬢を突き放すなんて私には出来そうにない。
学校じゃあ取っ付きにくい委員長キャラを全力で演じているけど、別に人間嫌いって訳じゃないんだよ。
そこまで人生ナナメってません。
と、言う訳で。
「いいよ。一緒に行こうか?」
「本当?」
「うん」
頷くと、綾香嬢は花が咲いたように笑った。
くううっ!
眩しい!
可愛い女の子の笑顔は、癒しだね。
なんか、自分が物凄いいい人のような錯覚を覚えるよ。
◇◆◇
雑貨屋は、オールハンドメイドのグッズを扱う店のようだ。
作家四人の共同経営のようで、スペースごとにかなりカラーが違う。
ファーを使ったアクセサリーやグッズはその空間だけふわふわだ。
かと思えば、隣のスペースは革細工がずらりと並んでいる。
反対側のスペースは天然石のアクセサリー。そして、シルクフラワーのグッズやバッグ。
どれも造りは丁寧で、値段も手頃。女の子には堪らないだろう。
綾香嬢はファーグッズに釘付けだ。
ちなみに、私は革細工を眺めていた。革で造られた、動物のグッズが面白い。
中でも針ネズミが秀逸だ。親指の第一関節くらいの大きさなのに、一人前にトゲがある。
なーまーいーきー。
針ネズミを見ながらニヤニヤしてると、視界に綾香嬢が入る。
手にはファーでできたピンクのウサギのアクセサリー。チャームっていうのかな。
ふわふわして可愛いね。
でもさ、なんでウサギなのにピンクなんだろう?
実際に、ピンクのウサギっていないよね。
いつからウサギはピンクになったんだろう。
そんなことを考えているうちに綾香嬢は会計を終えると、私の方へ歩いてくる。
「ショウ君、お待たせ」
「うん」
ピンクのウサギを手に、綾香嬢は嬉しそうに電車で帰って行った。
私は改札口で、綾香嬢を見送った。
「うーん、やっぱりこれ…高遠がやらなくちゃいけないんじゃないかなあ…」
なんか、すっごい複雑なんですけど。
まあ…
いいか。
帰ろ…