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いつものように駅前で自転車を停めていると、
「ショウ」
高遠に声をかけられた。高遠は学校帰りみたい。本当に高遠は黒の詰襟が良く似合う。
詰襟って、賢そうに見えるよね〜
高遠だからかなあ?
「ゲーセン、行くだろ」
「行くよ」
頷いて歩き出そうとしたら、不意に高遠が立ち止まった。そのまま自販機の影に潜り込む。
「なに?」
視線の先を覗けば、ゲームセンターへの道の途中に綾香嬢と愛美嬢の姿。
あとガラの悪そうなのが二人。ナンパに失敗して絡んでる。そんな感じ。
「…月女に絡むなよ」
苦い顔で高遠が呟く。
全面的に賛成。
月女と言うのは、このあたりでこっそり伝わっている呼び名だ。
白月学園の女子、まあ意味はそのままだよね。場合によっては、お姫様とか呼ぶ人もいる。
本人たちは、そう呼ばれていることは知っているんだろうか?
そこはちょっと解らない。
「下手に騒ぎになって、とばっちりは勘弁して欲しいよね」
何しろ相手は上流階級。これが事件にでも発展したら、路地裏のゲームセンターなんて真っ先に規制の対象になる。
ただ、ゲームセンターの側で起きたというだけで。
無関係の無実であっても、規制する側にしたらそんなのは解らない。
「全くだ」
呻いて、高遠は徐に笛を取り出した。何をするのかと見ていると高らかに笛の音が響き渡った。
ピーッ、ピーッ、ピー!
「君たち、何をしているんだ!」
低い声で高遠が怒鳴る。と二人組は慌てて逃げたした。多分、見回りの警官と勘違いした?
えー、本当に勘違いするんだ。いや、後ろ暗いところがあるから過剰に反応するんだ。
なら、やらなきゃいいのに。
って言うか、なんで笛なんて持っている?
歩き出す高遠の背中に心の中で突っ込みを入れながら後に続く。
綾香嬢たちは近づく高遠にびくっと震えた。
「月女のお姫様が、こんなとこに来るなよ」
「わ、私たち、雑貨屋さんに…」
震える声で綾香嬢は答えた。
月女&お姫様って、高遠は両方言うんだ。
意外とベタだな。
むしろ、微笑ましいよ。ちょっと生暖かい気分になったよ。
「雑貨屋?」
「先月だっけ? 駅前にできてたよ」
高遠の疑問に答えながら落ちた鞄を拾い、埃を払ってから綾香嬢に差し出した。
「でも、今日は止めておきなよ」
「あいつらが戻って来ないとも限らない。さっさと帰った方がいい」
高遠の言葉に二人はぷるぷると首を縦に振った。
そんな二人を駅前まで送って、タクシーに乗せる。
二人とも、私には気付かなかった。
うん、良かった。
これでまずは一安心、なんだけど。
「なんか、気が削がれたから、帰るわ」
言うと、高遠も同じ気分みたい。
「俺も帰る」
ひらと手を振って、私は高遠と別れて帰った。
◇◆◇
仕切り直しに、次の日にゲームセンターに行った。昨日は帰ったしね。
高遠は来ていない。別に待ち合わせしてる訳じゃないから気にしないで、お目当てのゲームの前に座り、ゲーム開始。1プレイ終わったところで、ゲーム仲間に呼ばれた。
「ショウ」
「なに?」
「客」
「客?」
こんなところに客?
首を傾げながら、入り口まで来ると、私服の綾香嬢がいた。綾香嬢は私を見てぺこりと頭を下げる。
「昨日はありがとう」
「いいけど、高遠は来ていないよ」
「そうなの…あ、でもお礼言いたかっただけだから。それとこれ、高遠、君にも」
手渡されのは可愛いラッピング。
受け取った瞬間、気が付いた。
やばい!
これフラグだ。
高遠ルートだ。
そう言えば、高遠も攻略対象だった。確か、学園ルートをコンプリートしたら、学園外のルートができるんだった。
そうか、現実だと全て同時進行なのか。
うはー、そこまで考えてなかったよ。
攻略は学園の中だけで終わらないのかあ。
だとしたら。
ここで何とか、高遠に接触させないと!
高遠、たかとー早く!
内心で焦っていると、高遠が来た。
ひとりでアワアワしている私を、高遠は訝しげに見た。
「なにやってるんだ? お前」
「高遠、これもらった!」
慌ててラッピングの一つを高遠に押し付ける。
「昨日のお礼だって」
高遠はそこで綾香嬢の存在に気が付いた。
「昨日の…月女…」
「とりあえず、駅前まで、送ってきなよ」
言うと、高遠は何で俺が? と言う顔をしたけど、昨日のことがあるので仕方なく駅の方へと、歩き出した。
確か、このあとふたりは駅前の雑貨屋に寄ることになるはず。
危なかった。
うっかりフラグをへし折るところだった。
ほっと息をついて包みを開けると中にはクッキーが入っていた。
昨日、あれから作ったんだ。
行動、早いな、綾香嬢。
あれ、でも…
このイベント、昨日今日の話だっけ?
もうちょっと後のことだと思ってた。
まあ、ゲームは時間の経過が分かりにくいしね。
勝手にそう思ってただけかも。
考えながら、クッキーをひとつ。
美味しい!
このクッキー、マジ美味しい!
料理のできる女の子、すごいね。
尊敬するよ。
感心していると、視線を感じる。
顔を上げると、ゲーム友達の視線が手にしている包みに注がれていた。
あー、ハイハイ。
食べたいんだね、分かるようん。
とりあえず、一番近くの男子にクッキーを手渡した。
「い、いいのか?」
「いいよ」
「ヤッター!」
歓声があがる。
「月女の手作りクッキー!」
「おおー!」
どよめきの後に、実に醜い争奪戦が始まった。
全員分はないから誰かが泣くんだろうね。
まあ、いいけど。
争奪戦を無視してゲームの前に戻る。さて、第二ラウンドを始めようかな。
コインを取り出したところで、高遠が戻ってきた。
早くない?
あれ?
雑貨屋は?
「高遠?」
「なんだよ?」
「もう帰ってきた?」
高遠は僅かに首を傾げた。
「タクシー乗せて戻ってきたけど…」
それの何がまずいのかと言いたそうな顔。
別にまずくはないけど…
イベント、未発生?
そういうのあり?
なんか、思う方に話が向かってないよね?
いいのかなあ…
訳がわからないうちに、高遠との対戦が始まったけど、当然負けるはずはなかった。
まだまだだね。
歯軋りしている高遠に、私はにやりと笑った。