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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
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4


 一週間もすると、クラスのみんなもそれなりに馴染んできた。

 持ち上がり組は持ち上がり組でグループを作り、外部入試組も固まりつつあるけど、特に対立はないようだ。


 って言うか、何かにつけて私の様子伺うの、止めてくれないかな?

 一体全体、誰がなにを言ってるわけ?


 知ってるんだよ。何故か「裏委員長」って呼ばれているの。


 言い出した人とは、じっくり話し合いたい。

 いや、むしろ小一時間ばかり説教したい。


 私はクラスに何の不満もないって。

 誰彼構わずに噛み付くようなことしないって。

 うーん、説得力ないのかなあ?


その中で、綾香嬢が遅刻した。


 スクールバスの私は、基本的に遅刻はない。


 一般よりちょっと早いくらいに学園につくと、大体自席で本を読んでいる。


 今日は、窓から外を見ていた。


 一生懸命に走ってきた綾香嬢の目の前で校門が閉められた。


 ギリギリアウトだ。


 運が悪い。


 今日、校門に立っていたのは、鬼の風紀委員長の五十嵐圭介(いがらしけいすけ)先輩。藍色の髪にメタルフレームの眼鏡。鬼畜眼鏡と陰で呼ばれているとかいないとか。


 遠くで見てる分には、クールで良いそうだ。

 今日みたいに当事者になると泣くしかないんだけど。


 綾香嬢の遅刻は、通常の風紀委員だけなら、多分見逃してくれるレベルだろう。


 でも、鬼畜眼鏡は絶対に見逃してはくれない。


 自分にも他人にも厳しい、風紀委員の鑑!


 わー、うざい。


 綾香嬢はその風紀委員長と、校門で何やら言い争っている。


「嘘なら、もっとましな嘘をつけ!」

「嘘じゃありません!」


 そんな声が微かに聞こえた。


 綾香嬢の凄いところは、あの鬼畜眼鏡を目の前にして、全く引かないところだ。

 普通の生徒は怖くて何も言えなくなる。

 なのに、綾香嬢は一言どころか二言以上言い返すんだからね。


 なるほど、ヒロインの心臓は強い。


 純粋に感心しているうちに、校門でのひと悶着を終えて、綾香嬢は教室に来た。


 一番、仲の良いらしい、佐々木愛美(ささきまなみ)嬢が心配そうな顔で迎える。


「私、嘘なんてついてないのに」

「きっと、風紀委員長も綾ちゃんのこと解ってくれるよ」


 鬼畜眼鏡に嘘と言い切られたのは、遅刻の理由だ。


 綾香嬢は電車通学で、今朝は寝坊してかなりギリギリで家を出た。


 綾香嬢の家なら、自家用車通学もできるのだけど、根が庶民な綾香嬢はお母さんと再婚したお義父さんと義兄さんの勧めを拒否って、電車通学を敢行しているのだ。


 で、今朝はギリギリなのに駅前で財布を拾ってしまい、交番に届けていたら遅刻してしまったのだ。

 交番でちゃんと書類を作ればいいのに、遅刻も目前に焦った綾香嬢は財布を拾った場所だけを告げて登校した。


 そういう訳で、証拠も何もないものだから鬼畜眼鏡は綾香嬢の遅刻理由を嘘だと断定した。


 校門でのひと騒動の内情はこんなものだ。


 ちなみに、これは五十嵐ルートに行くための重要なイベントだ。

 そう、五十嵐先輩は攻略対象者なんだ。ちなみに風の守護者。


 このイベントは、今日遅刻しないと発生しない。


 鬼畜眼鏡は自分に怯まない綾香嬢に興味を持っていく…はず。


 多分。


 うん、多分ね…


 ◇◆◇


 お昼ご飯は、大体学食で食べる。

 ランチなどのお値段は若干高めなので、庶民の財布には厳しい。


 けど、庶民のためのメニューが三つだけあるんだ。

 きつねうどんとカレーと、ミートスパゲッティ。この三つは値段も手頃で美味しい。

 私のお昼はこの三つと購買のパンでローテーションしている。

 母さんの作るお弁当は可愛いばかりでもの足りないし、自分で作るには私の料理の腕は壊滅的だ。

 人間、向き不向きと言うものがあってだね、私はちゃんとそこはわきまえている。

 っていうか、御幸ちゃんの説教はもうこりごりだもん。


 お昼ご飯のきつねうどんも食べ終わり、食堂からの出入口。

 何やら遠巻きに人垣があった。


 なにこれ、邪魔くさい。


 人垣を避けながら様子が見えるところにいくと…


 うわあ…


 鬼畜眼鏡と言い合っている、綾香嬢の姿があった。


「いいから、生徒手帳を出せ」

「私は、嘘をついてなかったと認めて頂けただけで充分です!」


 あー、なるほど。


 朝の財布事件の続きかあ。


 財布の落とし主から、学園にお礼の電話があったんだね。


 それにより、綾香嬢の申告が嘘じゃないと判り鬼畜眼鏡は謝りに来た、と。

 でもって、今朝の遅刻はノーカウントにしようと話をしにきた訳だ。


 いや、それにしても、ちょっと殺伐としてないかい?


 まるで、コブラ対マングースのみたいな剣幕。って、見たことないけど。


 なぜ、ここまで険悪になった?


 大体、鬼畜眼鏡も断られたらそっかーいつか埋め合わせするよ、とか言って引き下がればいいんだ。

 でなければ、綾香嬢。遅刻を取り消してもらってラッキーと、受ければいいのに。


 二人揃って一歩も引かないんだから、タチが悪い。


 揃いも揃って頑固者ですか?

 鬼畜眼鏡は自分の意見は滅多に引かない、頑固者だけどね。


 えーでも、ゲームではこのイベントはこんなにも殺伐としてなかったよ?

 と言うか、鬼畜眼鏡が謝って終わりだったような気がする。

 このイベントの大事な点は、鬼畜眼鏡が綾香嬢に興味を抱くことで、こんな険悪な状態になることじゃなかったはず。


 バグか何かですかー?

 イレギュラーな出来事は困るんだけど。


 早く収まらないかと眺めていても、何だか埒が開かない。

 人垣はどんどん増えていく。


 鬼畜眼鏡の剣幕が怖くて、誰も二人の近くを抜けていけないんだよね。


 解るなあ。


 うっかり、目をつけられたらそりゃあ嫌だよね。


 私だって嫌だもん。


 でも、こうやって見物していても、全然収まりそうにないんだよね。

 早く教室に戻りたいなあ。


 壁際、一メートルくらい空いてるけど、あの辺り通り抜けられないかな。

 壁になりきってはや歩きで行けば何とかなりそうな気がするんだけど。

 そんなこと考えながら、様子を伺っていたら、最前列まで出て来てしまった。

 目立つけど、通り抜けるタイミングを狙うにはちょうどいいか。


 どの辺りで行こうか。できるだけ被害の少ないようにしないと。


 言い争っている二人は、周囲の人垣には気付かない。

 ヒートアップすると周りって見えなくなるよねえ。


 ってことは。


 今がチャンスか!


 ようやく見つけた隙を目指して歩き出そうとした、まさにその瞬間。

 誰かが私の肩に手を置いた。

 ぎくりと身をすくませて、傍らに立った人を見上げる。


 立っていたのは、火村先輩だった。


 え?

 今、この人気配した?

 しなかったよ。いきなり隣にいたよ!


 心臓がバクバクしたけど、顔には出さないように見上げていると、火村先輩は私の肩に手を置いたまま、私を後ろにそっと押しやり、自分は半歩踏み出した。


 何ですか? これ。


 まるで、火村先輩が私の盾になっているようだけど?


 何故?


 何故、私が生徒会長に庇われてるんですかー!


 私の混乱をよそに、火村先輩は鬼畜眼鏡に向かって口を開いた。


「圭介、いい加減にしたらどうだ?」


 火村先輩の声に、鬼畜眼鏡は顔を上げる。


「侑紀!」


 ほお、呼び捨てですか。

 幼なじみだもんね。


 火村先輩は火の守護者だから、風の守護者の五十嵐先輩とは家族ぐるみじゃなく一族ぐるみの付き合いだ。

 それを言ったら、守護者揃って一族ぐるみの付き合いになるはずなんだけどね。


「なんだ?」


 鬼畜眼鏡は不機嫌そうに火村先輩を睨む。


「通行の邪魔になってる。揉め事なら場所を選んだらどうだい?」

「っ」


 火村先輩の言葉に、鬼畜眼鏡はようやく状況を理解した。


 言い争いを止め、ぐっと言葉に詰まる。


 あーやれやれ。

 やっと、落ち着く?


 鬼畜眼鏡は傍らにの綾香嬢を睨みながら、数歩を動く。


 おお、チャンス!

 突破口が広がった。


「失礼」



 火村先輩の背中に小声で告げて、歩き出す。


 うっかり先頭を切ってしまったけど、私の後に何人か続いたからいいか。


 早歩きで脇目も振らず、鬼畜眼鏡と綾香嬢の傍らを通り抜ける。

 視線は絶対に合わせちゃダメだ。

 絶対に!


 私が脇を通り抜ける瞬間、


「失礼します」


 綾香嬢は鬼畜眼鏡に一礼して、私の後についてきた!


 ちょ、マジ?


 何故、ついて来る?


 教室が同じだからか。

 そうだね、それしかないよね。


 私は振り返らなかった。振り返るのが怖かった。

 鬼畜眼鏡が睨んでいる気がする。

 いや、確実に睨んでる。背中がチリチリするもん。


 黙々と歩いて、階段を上る。

 とにかく、教室を目指した。


「ありがとう…」


 綾香嬢に礼を言われたよ。

 いや別に、助けた訳じゃないから。


「別に…教室に戻りたかっただけですので」

「それでも、きっかけ欲しかったから」


 うん。まあ、きっかけにはなったね、確かにね。なったけどね。


 私は答えないまま教室に戻った。


 教室では心配していた愛実嬢が綾香嬢を出迎えた。


「綾ちゃん、大丈夫?」

「愛ちゃん…うん、大丈夫」


 そんな二人を避けて、私は自分の席に座った。

 二人はまだ身を寄せあって話している。


「もういいって言っても聞いてくれなくて」

「五十嵐先輩、怖いもんね」

「明宮さんが通りかからなかったら、どうやって離れたらいいか解らなかったわ」

「明宮さん…きっと助けてくれたのよ」

「私もそう思う」

「中等部からの子が言ってたもの。明宮さん、素っ気なく見えるけど、いざというとき頼りになるって…」


 いやいや、別に助けてませんから!

 本っ当に、そんなこと考えてませんから!


 綾香嬢たちの会話に思わず突っ込み入れそうになったよ。


 なんでそんな好意的な受け止め方する?

 私、それらしいことしてないし、言ってもいないし。


 もしかしたら…


 火村先輩も、この二人のような誤解をした?


 だから、庇うようなことをした?


 うわー…

 なんてこったい。


 攻略対象とは、関わり合いになりたくないのにい。


 私は心の中で頭を抱えた。




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