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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
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 今日からサマースクール。

 サマースクールって何? って思ったけど、要は林間学校みたいなもの?

 でも、キャンプとかするんじゃなくて、ロッジ風ホテルに泊まり、ホテルのプールで遊んだり、ハイキングしたり、まあそんな感じ?


 参加は一年生が多い。夏休み前に申し込みして、旅費振り込みして、参加者だけに二泊三日の日程表が配られる。


 八月の始めだけに、家族旅行を計画しているいところが多いので、参加者はそんなに多くはない、とか。


 席にゆったり余裕持たせてのバス二台だから、確かにそうかもね。


 私的に問題はそこじゃないんだよ。


 まあ、河澄君と土屋君が参加してるのは、一年生がメインだから許容できる。

 けどね、引率の先生のひとりが和泉先生で、その補佐みたいな顔をして火村先輩がいるのはどうなのかね。


 いいのか、守護者。メインの四人のうち三人もこっち来ちゃって。


 今、学園の守り、すっかすかじゃないのか?


 五十嵐先輩が居残り組なのは、守り的と私の精神安定上、大変安心ではあるけどね。


 この疑問をこしょっと、サービスエリア休憩の時に河澄君にぶつけたら、河澄君は微笑した。


「大丈夫です。唯さんもエレンさんもいますし」

「中等部から、次期候補も何人か研修名目で出て来てるから」


 続く土屋君の説明にひと安心。


 来年は火村先輩と五十嵐先輩が卒業するから、補充要員は確かに必要だ。

 その研修を兼ねて、次期候補が登校しているなら、余程のことがない限り問題はなさそうだ。


 そう判断したからの、メンバーな訳ね。


「それなら良いのですけど…」


 ビミョーに歯切れの悪い私に、河澄君は首を傾げる。


「何か、気にかかることがありますか?」

「いえ…そういう理由なら、五十嵐先輩も来ていたのでは、と思いまして」


 土屋君の言うように、補充要員がいるのなら、五十嵐先輩も乱入しそうなものだけど、いないんだよね。

 

 疑問を口にすると、河澄君と土屋君は互いの顔を見合せた。


「何か?」

「圭ちゃんが来ないのは、侑ちゃんが全力で止めたからなんだ」

「全力…」

「圭ちゃんがいると、委員長が落ち着かないと思って…」


 全力ってなんだ?


 五十嵐先輩を止めるのに、火村先輩の全力が必要なんだ。何の全力なんだ。どんな全力なんだ。


 気になる。

 どんなやり取りがあったのか、すごい気になる。

 誰か動画とか録ってないかな。


 思い切り、蚊帳の外で観戦したい。楽しそう。


「…その場合、殴り合いとになるんですか?」

「なったら怖いよ」


 土屋君は私の言葉に身震いした。


 残念、殴り合いにはならなかったのか。


「委員長…」


 河澄君がげんなりしている。


「興味あるんですか?」

「少しは」


 遠くから眺める分には楽しそうだよねー。

 当事者だったら最悪だけどさ。


「もし、ふたりが殴り合いとか始めたら、俺たちじゃ止められないよ」

「そうなんですか」

「そうなんです」


 まあ、本気で殴り合いしてる人を止めに入りたいとは思わないよね。

 私だって、絶対にやらないもん。


「とりあえず、平和的に解決したんですね」

「はい、とりあえず」


 河澄君と土屋君が同時に頷いた。


 …なんか『とりあえず』って言葉がやけに強調されていた気がするんだけど、もう、触れない方がいいか。


 そんなことを話しているうちに、休憩時間がなくなったので、私たちはバスに乗り込んだ。


◇◆◇


 到着したホテルの部屋は三人部屋。勿論、アヤと愛美嬢と同室だ。


 二時くらいに到着したので、夕方までは自由行動になっている。

 早速、プールに入るのも構わない。


 ってことで、アヤたちは荷ほどきもそこそこに、水着に着替えていた。


 アヤはビキニだ。胸元にレースがひらひら。愛美嬢はワンピースでパレオ。

 微妙に性格が出るね。


 ふっ、眩しいよ。


「ふたりとも、可愛いですね」

「えっ…」

「そうかな」


 純粋に誉めたのに、ふたりはまたしても赤くなってもじもじしている。


 ……だから、何故だ。


「ミーシャは本当にプールに行かないの?」

「水着は持って来ませんでしたから。ホテルの周りを散策してきます」

「そうですか…」


 残念そうな顔をされたけど、水着着てないのにプールサイドに行くのは、なんか場違いだよ。


 水遊びしている人々を、端から眺めるのほど、虚しいものはない。

 プール監視員じゃないんだからさ。


「ふたりは楽しんできてください」


 エレベーターで一階まで降りたところで、私はアヤたちと別れた。


 ホテルを出ると、散歩コースがあるようで、とりあえず小路に沿って歩き出す。


 林の中は適度に日陰もあって涼しい。そよ風も気持ち良かった。


 いいところだなあ。

 心が洗われるよ。

 ここはあれかな。夜中か明け方辺りにクワガタとカブトムシとか捕まえられたりして。


 カブトムシがいそうな木を物色しながら、木漏れ日の中を歩いていたら、人影が見えた。


「和泉先生…」


 どうしてだか、和泉先生も歩いている。


 和泉先生は私に気付くと、にっこり笑って歩いてきた。


「明宮さんはプールには入らないのですか?」

「まあ……少々障りがありまして」

「障り?」


 首を傾げた和泉先生は、はっとする。


「もしかして、先日の怪我が治っていないんですか?」

「いいえ。日常生活を送るのに、何の問題もありません」

「それなら良いのですが…」


 納得できないような顔で、和泉先生は一旦引いてくれた。


「神宮寺さんたちと、怪我のせいで遊べないのだとしたら申し訳ないと思いまして…」

「気にしないでください。私は基本的に個人行動なので」


 ひとりでふらふらするの好きだし、苦にもならないし。


 言うと、和泉先生は僅かに表情を雲らせる。


「明宮さんは…」

「はい?」

「…どうして、度の入っていない眼鏡をかけているんですか?」


 おお、いきなり本題。和泉先生には珍しい。

 切り込んで来るなあ。

 って言うか、バレてたのか。

 やっぱり、気絶してる時か。河澄君が眼鏡を拾ってきてくれたんだよね。

 きっと、その時にバレたんだろうなあ。


「どうしてって……」


 そりゃあ、委員長キャラのためだよ。

 って、そのまま言ったらまずいから、婉曲的に言ってみた。


「…形から入ってみただけです」

「形…?」


 和泉先生は首を傾げる。


「私としては、あまり他人に踏み込んで欲しくないので…」


 だから見た目から取っ付きにくくしてみた。


 最初は上手くいっていたと思うんだけど、近頃成功していない気もするんだよね。


「…このような、バリアを張ることになりました」


 眼鏡と言うアイテムは実に便利だ。

 硬質なデザインはそのままかけた人間を硬質に見せる。それなりの表情も必要だけどね。

 でも、同じ眼鏡でも『アラレちゃん』デザインだったら、とてもじゃないが、委員長キャラは成立しないだろう。


 私自身、眼鏡をかけることによって、委員長に成りきりることができる。

 とても便利な変身アイテムなのだ。


「……誰も寄せ付けたくないのですか?」

「はい」

「…………私もですか?」

「現実問題として、深入りされるのを私は好みません」


 先生だとか、関係ない。

 特に攻略対象には、近づいて欲しくない。

 それが率直な気持ちだ。


 そんな思いが滲み出てしまったのだろう。

 和泉先生は、一瞬、傷付いたような表情をした。


「……ひとりは…寂しくはありませんか?」

「そういうのは通り過ぎました。問題ありません」


 さっくり答える私の言葉に、和泉先生は僅かに驚いたようだ。


「失礼します」


 これ以上、深い話になるのは困るので、一礼するとその場からの離脱を図った。


 先生は追いかけては来なかった。


 寂しいなんて…


 そんなものは、とっくに通り過ぎた。

 ああ、そうだ。

 そんなものは、もう過去の話だ。


 自分が男なんだか女なんだか解らなくなった時、寂しいどころか、はっきり言って孤独だった。


 どうしたらいのか解らなかったし、誰にも相談できなかった。

 自分の状況なんて、とても説明できなかった。


 訳の解らない中で、ただただ途方に暮れていた。


 あの頃は…孤独だった。

 ただひたすらに、孤独だった…


「…思い出したく…なかった…な……」


 随分と歩いたところで立ち止まる。


 なに、やってるんだろう。


 和泉先生を牽制するにしても、もっと言いようがあっただろうに。


 言わなくてもいいことを言って、自己嫌悪に陥るなんて、本末転倒も甚だしい。


 思い出したくないことまで、思い出して。


「…本当、なにやってるんだろう……」


 ため息が出た。


「大丈夫かい?」

「!?」


 いきなり、声をかけられて、体がすくんだ。

 慌て振り返れば、火村先輩が心配そうに立っていた。


 ちょ、この人、またしても気配なかった。


 いつの間に居たんだ?

 神出鬼没にも程があるよ。


「雅に何か言われた?」

「…いいえ、別に……」


 バクバクする心臓を宥めながら何とか答える。


 和泉先生の名前が出たってことは、さっきの見られたんだ。

 油断ならない人だなあ。

 さっきだって、周りに人影とかなかったと思うのに。


「本当に?」

「本当です」

「それなら、いいんだけど」


 火村先輩は何か言いたそうな顔で一歩を引いた。


「先輩は…」

「なんだい?」

「どうして、今回、参加されたんですか?」


 一番の疑問。

 和泉先生は引率と言う理由がある。

 生徒会長には、そんな役目はないはずだ。


 私の質問に、火村先輩はにこりと笑った。


「それは」

「……」

「明宮さんと、もっと話がしたかったからだよ」

「…………………」


 どや顔で言われても、どう反応していいのやら。


 なんか、掴めないよなー、この人。




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