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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
3/188

2


 自転車に乗って向かうのは星合駅だ。うちからは自転車で三十分。そんなに近くはない。


 ちなみに学園に近いのは月原駅で学園まで歩いて歩いて十分くらいかかる。こっちもうちからは自転車では三十分くらいかかる。ちょうど中間地点なんだよね。


 星合駅は月原駅の次の駅になる。月原駅の方が学園に近いせいか賑やかだ。星合駅はそれに比べてちょっと地味だけど、私は構わない。


 月原駅周辺で学園の生徒は用事を済ませられるためか、星合駅にはほとんど来ない。お陰で学園の生徒と会わなくて済むから助かるんだよね。

 それが最重要事項ってわけ。



 駅前に自転車を停めて、駅から一つ裏の路地に入る。


 少し歩けば目的地。入り口にはゆるキャラの入ったUFOキャッチャーのある店。

 よくあるゲームセンターだ。

 自動ドアを抜ければ、店内はそんなに大きくはない。

 手前にUFOキャッチャー、奥には対戦型のゲームの筐体が並ぶ。

 中でゲームしているのは、他校の男子学生ばかりだった。

 男子学生はちらと私を見ると軽く手を挙げて、再びゲームへ集中する。

 これがいつもの光景。Tシャツにパーカーの私はこの中では全く浮いていない。この空気が落ち着くんだよね、うん。


 私も手を挙げて奥のゲームに座った。


 ここが私の定位置だ。


 ソウル・エッジと言う、格闘ゲーム。

 キャラクターは皆、刀と剣や槍とか武器を持って戦う対戦ゲーム。

 私の持ちキャラは雪影と言う忍者で、私はここでは負け知らずだ。


 お小遣いの都合で週に二回くらいしか来られないけど、ここは私にとっては大切なストレス解消の場所なのだ。


 持ちキャラでまずはワンゲーム。学校のことがあったせいか、調子はあまりよくない。


「6かあ…」


 呟きながらランキングに入力するのは、SHOWの文字。これが私のここでの名前になる。


「ショウ、今日ランク低いな?」

「高遠…」


 ゲーム友達の一人が画面を覗き込んだ。


 詰襟の学生服の名前は高遠修一郎。名門進学校の星合高校の二年生。

 知り合ったのは去年の秋だったっけ?


 いきなり対戦割り込まれて、思わず瞬殺してしまったのはいい思い出。


 有名進学校の学年トップ常連なのだそうだが、ゲームの腕は私の方が上だ。

 こういう逆転劇があるから対戦は面白い。


 高遠が学年トップと言うのは、御幸ちゃん情報。御幸ちゃんも星合高校なんだよね。しかも同じ学年。奇遇ついでに学校での様子を聞いてみたら入学当初から常に一位を維持しているんだそうな。

 凄いよね。名門進学校で一位。しかも運動神経もいいらしい。

 唯一の弱点はゲームが弱いと言うことだけ。

 まあ、人間ひとつくらいウィークポイントはあった方がいいよ。


 うん。


「なんか、すっきりしないんだよねー」


 高遠の質問に、軽く首を傾げながら答える。


 と、高遠はちょっと心配そうな顔をした。


「今日、入学式だろう? 嫌なクラスにでもなったのか?」

「近いよーな、遠いよーな」


 曖昧にしか返せない。前世のことなんか話せないし、乙女ゲームのことなんかもっと話せない。


「なんだよ、それ」


 呆れたような顔をしながら、高遠は向かい側に座る。


「お前、かなり自由だからな。誰かとぶつかってるんじゃないのか?」

「失礼な。確かに結構自由だけど、誰ともぶつかってないよ」


 大体、ぶつかるほどの至近距離に、誰も近づけさせないし。


 高遠の手元でコインの音がした。

 対戦したいと言うことだ。


「対戦すんの?」

「調子悪い今なら、勝てる」

「卑怯者か!」

「なんとでも言え」


 澄ました顔で、高遠はコインを投入した。

 出会い頭に瞬殺したこと、相当根に持ってるんだよね。

 ことあるごとに対戦乱入してくるし。

 で、いつも負けてるし。


 今回も、瞬殺とまではいかなくても、秒殺だった。


 ふふふ。まだまだだね。


「相変わらず、ショウは鬼だよな」

「何もフルボッコでなくてもな」

「俺、絶対、ショウとは対戦しねえ」


 いつの間にか集まっていたギャラリィに散々言われてしまった。

 だけど、それは気にはならない。


「ライオンはウサギを狩るのにも、全力を尽くすって言うしね」


 けろりと言えば、みんなに凄く嫌そうな顔をされた。

 負けた高遠も機嫌が悪い。


「今日は勝てると思ったのに…」

「ローマは一日にして成らずってやつ?」

「意味、解らない」


 むっとした顔で言い返されたけど、私は笑って流した。


 高遠の不機嫌そうな顔を見ると、前の家のご近所さんだった黒柴を思い出すんだよね。クールな子でしっぽを振っているのを見たことなかった。そのくせ、足元近くにお座りして頭を撫でるまで、じっと見上げてた。で頭を撫でると満足したような顔で離れていく。どんなツンデレかと思ったけどね。可愛かったなあ。


 高遠はあの黒柴になんとなく似ている。

 クールで隙のない見た目なのに身内にだけは表情豊か。そんなところがね。

 なんかちょっとすっきりした。


「さて、と」

「え、もう帰るのか?」

「うん」


 頷くと、高遠は残念そうな顔をした。


「じゃあね」

「さっきの話だけど、何かあったら言えよ。話くらいなら聞いてやるから」

「わかった〜」


 高遠の声を背にゲームセンターを後にした。


 やっぱりここは気分転換には最適な場所だ。


 ここでは私は、ただのショウでしかない。

 ショウは私のニックネームだった。


 幼い頃、美潮が言えなくて、ミショウがショウになって定着した。私も周囲もそう思っていた。

 けど真相は違っていた。私が自分からショウと言いだしたのは、それが一番馴染みがあったから。前世の名前が(ショウ)だったんだ。


 だから執着してしまった。いっそ、全く掠りもしない名前だったら、物心つかないうちに矯正できたんじゃないかと思う。


 なまじショウと名乗ることも呼ばれることも止められなかったから、私はショウを前世を中途半端な形で引き摺ってしまった。

 引き摺ったまま、現在に至ってしまっている。


 私はここでショウと名乗り、呼ばれている。

 髪もほどいてざっくりと結んだままユニセックスな格好をしているせいで、ゲームセンターの仲間はみんな私のことを男だと思っている。声もちょっと低いしね。特に訂正したことはない。


 だから。


 ここには私が引き摺ってきたショウがいる。

 そして、誰も否定しない。


 それが私にはどうしようもなく心地いい。

 多分、歪んでいるんだと思う。


 美潮とショウの二重生活をまったく苦にしていないから。


 いつか、このバランスが崩れる時が来るんだろうか。


 そんな未来、まだ私には想像もできなかった。


 まあ、それよりも学年崩壊を回避しないとね。



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