18 (綾香)
借り物競争は、かなり見応えのあるものだった。
一位と二位の争いは僅差で、ほんのちょっとのタイミングが勝負を分けたんだと思う。
三位は明宮さんと五十嵐先輩。
ふたりが走り出した時、
「うそっ!」
「どうしよう…」
委員長と後藤さんから悲鳴があがったのには、びっくりしたけど。
後藤さんの代わりに明宮さんが出場したのは、クラスのみんなが知っているから。
それにしても明宮さんは凄い。
誰もが躊躇する五十嵐先輩にまっすぐ向かって行ったもの。
五十嵐先輩は怖いイメージが先行して、みんなには避けられがちなのは損をしてると思う。
って、私もゴールデンウィークに話してみて、ようやく怖くなくなったのだから、みんなのことは言えないよね。
だから、そんな五十嵐先輩にまっすぐ向かえる明宮さんは、本当にすごい。
でも…なんだか無表情なのは、怒ってるのかしら?
五十嵐先輩も似たような感じで、…ちっとも楽しそうじゃないんだけど。
借り物競争が終わると、委員長と後藤さんは大慌てで明宮さんのところへ向かった。
明宮さんのことだから、ふたりに対して怒ることはないと思うんだけど。
女の子に対して、明宮さんが怒ってるの、見たことないもの。
だからきっと大丈夫。
さあ、次は障害物競争、私も出場準備をしなくちゃ。
トラックに障害物が設置されるのを横目で見ながら、スタート地点へと向かう。
跳び箱とか、平均台とかハードルとか。
とりあえず、私の運動神経は普通だと思うからどれもそれなりにクリアはできそう。
ピストルの音で走り出し、なんとか順調に障害物をこなしていく。
一位はなれなくても、最下位にもならなくて済むかな。
ちょっと安心して、最後の障害物のハードルに差し掛かった時、私は盛大に転んだ。
「ったあ…」
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
みると引っかけた覚えのないハードルが倒れている。
一緒に転んでいるのは別のクラスの女子。転び方は私より派手だった。
私も痛いけど、彼女もきっと痛いでしょうね。
「あー」
あちこちから残念そうな声があがる。
でも、まだ競技の途中だから、このままではいられない。
立ち上がると、左足首に痛みが走った。
「痛っ!」
擦りむいただけでなく、捻挫もしたみたい。
左足を引き摺るように、ゴールを目指す。
痛い、痛い、痛い…
頭の中には『痛い』と言う言葉以外が浮かばない。
ようやくゴールに着いても、達成感はなかった。
ただ、終わったって言う感想だけ。
競技が終わって、救護テントに行きたいのだけど、足が痛くて歩けない。
最初に転んだ女子は、擦り傷だけであっさり救護テントに行ってしまった。
転ぶって、自分でわかっている場合、意外とダメージ少なかったりするのよね。逆に、全く予測してない状態で転ぶと、回避できなくてダメージも大きくなる。
だから、私の方が怪我がひどいのかも知れない。
「大丈夫ですか?」
体育委員の人が声をかけてくれる。
「は…い…」
答えたものの、声に力が入らない。
どうしよう。
動けない私は立ち尽くすしかなかった。
「神宮寺さん、どうしたんだい?」
「火村先輩…」
心配そうに声をかけて来たのは、火村先輩だった。
「この人、足を怪我してしまって…」
体育委員が私の代わりに説明してくれた。
火村先輩が心配そうに私を見る。
「歩けないんだね」
「はい…」
頷くと、火村先輩は身を屈めあっという間に、私を抱き上げた。
「きゃあ!」
悲鳴をあげたのは、私じゃなくて体育委員の女子。
お姫様抱っこされた私はびっくりして声も出なかった。
だけど、火村先輩が歩き出すと我に返る。
「あ、あの、歩きます」
「大丈夫、すぐだから」
火村先輩は悠然と私を抱き上げたまま救護テントに向かった。
う…
どうしよう。注目されてる。
なんだか、凄く悪いことをしている気分。
火村先輩が私を気遣ってくれているのは解るけど…
救護テントにたどり着くまで、思い切り注目を浴びた私は針のむしろ。
落ち着かないったらない。
どこに視線を持っていったら解らないまま、縮こまってしまった。
気持ち的に救護テントまでの道のりは果てしなく遠かった。
ようやく到着したら、保険委員の人たちに、まん丸な目で迎えられた。
「それじゃあ、神宮寺さん。お大事に」
「…ありがとうございました」
お礼を言っている間に、火村先輩は騎馬戦の準備に向かった。
男子はこれから、騎馬戦。
体育祭、最大のイベントだから、出場する方も観る方も気合いが入る。
今の私はそれどころじゃなかったけれど。
まず、擦りむいたところの消毒が痛い。
挫いた足を包帯で固定するまでが、痛い。
手当てが終わるころには、もうぐったり。
立ち上がるのも疲れてしまって嫌なくらいだったけど、席に戻らないといけない。
「大丈夫? 席に戻れる?」
「はい、ゆっくり戻ります」
心配そうな保険委員に軽く頭を下げて、私は自分のクラスに向かって歩き出した。
ゆっくり歩いている間に、騎馬戦が始まる。
歩いて見ていると、視線が変わるためか、いろいろと面白い。
作戦があるのね。
小柄な騎馬は先に進んで、相手の注意を引いている間に大柄な騎馬が力ではちまきを取っていたりと、チームごとに動きのパターンが違うみたい。
土屋君の騎馬は、斥候かき回し系。
うん、相手はすごくやりにくそう。
それにしても、土屋君は元気ね。
席にたどり着く頃には、火村先輩と五十嵐先輩との一騎討ちみたいな形になってた。
勝ったのは、火村先輩。
一騎討ちまでは演出のような気がするけど、勝負は本気だったと思う。
負けた五十嵐先輩は、本当に悔しそうだったから。
「綾ちゃん、大丈夫?」
席に戻った私に、愛ちゃんが真っ先に声をかけてくれた。
「うん、大丈夫」
まだちょっと痛いけどね。
でも、我慢できないほどじゃないから。
「良かった」
愛ちゃんがほっと息をつく。
体育祭が終わっても、愛ちゃんはずっと私のことを気遣ってくれた。
お陰でいろいろ助かったわ。
足が痛くて注意力が散漫になっていたから。
愛ちゃんに感謝。
ああ、でも今日の体育祭は本当に疲れちゃった。
◇◆◇
捻挫は、三日くらいで腫れも痛みも収まった。
まだちょっと歩きづらいけど、随分楽になったから良かった。
何だか久しぶりにショウ君の顔が見たくなって、いつものゲームセンターに行くことにした。
星合駅に着いて歩き出すと、ショウ君の姿が見えた。
「ショウ君!」
名前を呼んだら、ショウ君は立ち止まって私の方を振り返った。
目があった瞬間、何故だか火村先輩のことを思い出した。
この間の体育祭のことを思い出すと、居たたまれない気持ちになる。
火村先輩にお姫様抱っこされたこと、もしショウ君が知ったら、どう思うんだろう。
笑うかな。呆れるかな。怒るかな…
突然、気になって仕様がなくて、私はその場に立ち尽くす。
「神宮寺さん?」
ショウ君はそんな私を怪訝そうに見る。
その目が私を責めているようで、後ろめたい私はもうそこにはいられない。
私は黙って踵を返して歩き出した。
ショウ君に嫌われたかも知れない。
そんなことばかりを考えていた。
私、なんかおかしい。
どうしちゃったんだろう。
本当に、どうしちゃったんだろう…