66 真夜中の騒動
予約投稿が失敗ばかりのこの頃、めっきり寒くなってきました・・・・・
客間で一息ついていたら夕食に呼ばれた。
簡単なコースだ。豪華ではないが温かいご飯はそれだけでほっとする。
「普段は私だけだから、あまり凝ったものはお出しできなくてごめんなさい」
「とんでもない!」
「部屋だけでなくご馳走になってしまって、本当にありがとうございます」
エリザベート奥様はは少食らしい。私達の半分も食べていない。
その代わり赤ワインの消費が多いみたいだ。
「この赤ワインは美味しいですね」
久我っちもご満悦だ。
私はお酒を飲まないのでもっぱら水だ。
残念ながら、ワインの美味しさがまだ解らない。
お酒が入ったせいか、奥様と久我っちの会話が進む。
お酒だけのせいかなあ?
あの、キュッボンキュのせいなんじゃないかなあ。
とも思うけど、そこは触れないでおこう。二人とも大人なんだし。
楽しげな二人を置いて、私は客間に引き上げた。
ベッドに横になってたらいつの間にか眠っていたみたい。
目が覚めたら夜中だった。
しんと静まり返っている。
久我っち、帰って来てないよね。隣の部屋だから帰ってきたら解るはずだもん。
ってことは、まさかまさか?
いや、どちらも成人してるんだから、未成年の私がとやかく言うことじゃないけど。
でも万が一旦那様が帰って来たら血を見るんじゃないの。相手は貴族だよ。マジで無礼打ち案件じゃん。
やだよ、私。知人がど修羅場の住人とか。
いやいやいや、酒盛りしてる可能性もゼロではないか…ないよね?
確かめる気にはなれない。どっちの現場にも足を踏み入れたくないし。
そんなことを考え出したら眠れなくなってきた。
ってか、眠れるわけないよね。
ベッドの中でうだうだしてたら、不意に気配がした。
人じゃない気配にこちらも一気に臨戦態勢に移りベッドから飛び出した。
剣はベッドに持ち込んでいないけど、短刀と暗器は普通に所持してるので丸腰にはなっていない。
気配の質から短刀『時雨』を抜く。
目の前にいるのはメイド服を着たなにか。形は人だけど気配は魔物。殺気がビリビリ伝わってくる。
人に擬態する魔物?
絶対にヤバいやつじゃん!
魔物は長い爪を私に向かって繰り出す。けど動きが早いだけで攻撃は単調だ。
鋭い爪を何度か時雨で躱し、勢いを殺さないまま首を切り飛ばす。魔物なら容赦はしない。私も死にたくないから。
床に首が転がると同時にそれは灰になって消えた。
灰ってことは吸血鬼的ななにか?
「やだー! ホラーステージ!」
まさかのホラー。
いや、人少ないなあって思ったんだよ。執事の顔色悪いなあって思ったんだよ。
それがフラグとは。
「久我っち大丈夫かな?」
とりあえず装備を整えて部屋から飛び出す。
廊下を駆ける途中、メイドっぽくいなにか、執事っぽいなにか、果ては冒険者っぽいなにかに襲撃された。
元々この屋敷にいた使用人かな。で、冒険者は私たちみたいにこの屋敷にうっかり迷い混んだ人たち?
みんな剣で切り払えば漏れ無くばっさりと灰になる。
生きた人間は私たちだけ?
サバイバルシューティングは苦手の分野だよ。
あの迫りくる感じが、あわあわしちゃって駄目なんだよ。
飛び掛かってくる魔物たちを切り払いながら、ダイニングに飛び込めば。
生きた人間がいた。
床に転がって今にも死にそうなんだけど!
血塗れになっているのは、多分この人たちが食料だから。
でもって久我っちはどこかと思ったら。
居たよ。
エリザベートの側に、ぼんやり立ってるよ。確実に正気じゃないよ。
「久我っち、なにやってんの!」
「お前は…そう、わたくしの血を飲まなかったのね」
「血? そんなもの飲むわけ…」
言いかけてはたと気付く。久我っちが飲んで私が飲まなかったもの。
すぐに思い出せるのはひとつしかない。
「赤ワイン…」
「そう…お前も私の下僕になれば苦しまずに死ねたのにね」
「吸血鬼の餌になるのが苦しくない訳がないでしょ!」
「気付かなかったら、それは苦しいのではなくて?」
いやいやいや。身体的に苦しくなくても精神的に苦しかったらダメじゃん。
それ、相対的に苦しいじゃん!
「でも、お前は苦しんで死ぬのよ。さあ、殺してきて」
エリザベートが声をかけ剣を手渡すと、久我っちはふらりとこちらに向かって歩き出した。
「久我っちー!」
久我っちは私向かって剣を振り上げる。
力はあるけど単調な攻撃だから躱すのは簡単だ。
ただ反撃はしづらい。
「仲間を殺すことはできて? わたくしの人形は殺せるわよ」
そーだーろーねー!
簡単に割り切れるものじゃない。
それが解っていて仕掛けて来てるんだ。
だから私が血入りの赤ワインを飲まなくても、無理に薦めることはなかった。
部屋には来たけど。
ここに辿り着くまでにいろいろ遭遇したけど。
それでも思ったよりあっさり来られたのは、この茶番のためか。
仲間同士を殺し会わさせて、それを見物している訳だ。
趣味悪い。
それにしても、久我っちだ。
こんなにあっさり、取り込まれて!
「情けない! 情けなさ過ぎて泣けてくるわ!」
私は絶叫する。
「歯を食いしばれー!」
そして、久我っちの攻撃を躱しざまに思いきり蹴り跳ばす。
殺せないかもだけど、蹴り跳ばすくらいできるんだよ。
肋骨何本かいったかも知れないけどね。
壁に激突して床に崩れ落ちたところで、駆け寄る。
どうする?
とりあえず、両足折っとく?
「…ヴァン…パイア・クイーンだ…聖属性…でないと…無理だ…」
久我っちはなんとか正気を取り戻したようだ。切れ切れに言葉を紡ぐ。
ヴァンパイア・クイーン? 聖属性?
なるほど、なら打つ手が無いわけじゃない。
私は久我っちに時雨を押し付ける。
聖属性が必用と言うなら、時雨はエセ神作だから、立派にご神刀だ。
聖属性としてこれほど強力なものはない筈だ。
まだ何か残ってる影響を払拭するなら刺すのが一番いいんだろうけど、下手に戦力は削ぎたくない。
何しろ、まだあの執事を見てないから。
「…ショウ…?」
「よし、後は任せた!」
どうやら時雨はご神刀としての効果はあるみたいだ。久我っちに時雨を押し付けたまま、私はエリザベートに向かう。
今の久我っちは忍者刀『嵐』を所持していないけど、私と同様短刀の『颶』は持っているだろうから、充分対応できるだろう。
負傷してるけど、そこは何とか頑張ってください。
「お前、思ったより強いのね」
「私は強いよ。今の久我っちより確実にね」
「ふふ、だとしても、ただの剣では私を『殺す』ことはできないわよ?」
「ご心配なく。吹雪解放!」
私には忍者刀の吹雪がある。
時雨がご神刀なら、吹雪だって同じだ。
エリザベートは吹雪を見て顔を強張らせた。
「お前!」
「エリザベート様!」
執事が飛び込んできた。
やっぱり来たわ、来ないわけがないと思ってたわ。
「こいつは俺に任せろ」
「当てにしてるよ」
「おう」
久我っちは時雨と颶を両手に構え、執事に向かう。
万全ではないけど、任せるしかない。
そこは当てにしてる。
「では、こちらはこちらで」
「身の程知らずが!」
「だから甘く見ないでって」
私の神速は火竜さえ捉えられないんだから。
「疾風斬・流!」
中距離で一撃を放つ。エリザベートは尖った爪でこれを切り裂くが、私はその瞬間にもう天井近くまでジャンプしている。
「流星斬・閃!」
高い位置からの一点集中。
簡単には躱させない。
吹雪はエリザベートを貫いた。
「に、人間ごとき…が…」
「エリザベート…さま…」
エリザベートが討たれた衝撃が執事に隙を作り、久我っちがその隙を突いていた。
エリザベートと執事は瞬く間に灰となって消えた。
エリザベートが居た場所には、ゴルフボールくらいの深紅の魔石が残されただけだった。
とんでもなく綺麗な赤だ。
これは取っておこうかな。
久我っちが拾ったのは執事の魔石。エリザベートのものより小さくくすんだ赤色だ。
久我っちは魔石を見下ろし大きなため息をついた。