65 霧の向こう
投稿したはずができてなかった!
マンドラコラを探して北東を進む。
あれからマンドラコラはもうひとつ見つけた。
「群生って訳じゃないんだ」
ちょっと拍子抜け。なんかもっと一杯生えてるイメージだったよ。
「そりゃそうだろ。群生でないにしても、俺とお前で…三匹? 三体? 三本…採れれば十分なんじゃないか」
「そういうもの?」
「だと思うぞ。普通ならこの辺歩き回って一…匹採れればいいくらいだろ」
そう言うものなんだ。まあ、確かに密集してるマンドラコラとか想像すると気持ち悪いけど。
ところでマンドラコラの数え方は一匹でいいのかね?
「あと一匹採りたいところだけど…」
「日が沈むまでには帰るよ」
「そうだな。あとちょっと見て回ったら帰るか」
よし、野宿は回避できそうだぞ。
張り切ってもう一匹探そう。
主に地面に注意を向けながら歩いていると、もやもやと霧が出てきた。
あ、霧だ。
と思った瞬間、霧はどんどん濃くなってくる。
数歩先を歩く久我っち背中が見えなくなるくらいだ。
「久我っち?」
「ヤバいな。ここまで見えないのは初めてだ。下手に動かない方がいい」
「だね…」
とりあえず立ち止まる。
ここで引き返すか、野宿か…野宿、嫌だなあ。湿気でベタベタになりそう。
「なんか…甘いような匂いがする?」
「何の匂いだ?」
「食べ物って言うより花? 香料?」
香水とかそっち系の匂い…香り?
香りの方へ歩くと白い視界の中にぽつぽつと赤い色が見える。近付くと薔薇の花だとわかった。
って、よく見たらここ薔薇園だよ。
「結構、凄くない?」
霧の中でも薔薇の赤がわかる。それくらい大きくて鮮やかな薔薇が咲いている。
ってことは誰かが手入れをしてるのかな?
誰かさんちの庭なのかあ。
「なんか見えてきたぞ」
「へー、お屋敷だあ」
こんなところにお屋敷?
いや、絶対にない。って訳じゃないけど。
普通にあるもの? なの?
「泊めてもらえるか聞いてみるか」
「そうだね。野宿は嫌だし」
霧の中での野宿は嫌だから、今日のところは違和感に目を瞑る。
泊めてもらえるなら是非お願いしたい。
薔薇園を抜けてお屋敷に到着する。
大きな扉のノッカーを叩けば、あまり時間を置かないで扉が開いた。
「どのようなご用件でしょうか?」
半分ほど開いた扉から、執事が現れる。
壮年のちょっと痩せぎみの執事。
執事と言うとゼロスを思い出すけど、こちらの執事はなんて言うか…どこか悪いんですか?
って聞いてみたくなるくらい、顔色が悪かった。
「あのすみません。霧で道に迷ってしまって、一晩泊めて頂けたらと…」
とりあえず、お願いをしてみる。
屋敷の中は駄目でも、物置小屋とか空いてないかな。この際、屋根があるなら物置小屋でも文句は言わないよ。
執事は返事をしない。何か考えているみたいだ。
「フィル、どうしたの?」
「奥様、この方たちが一晩泊めて欲しいと…」
扉の向こう、エントランスに現れたのは豪奢な美人だった。
なんかねぇ、色々違う。
金髪の巻き毛にエメラルドの瞳。ボッキュンボンな体。溢れる色気。
大人のお姉さま。
あらゆる次元が違う。
これが同じ生物とは!
しかも、奥様だって。人妻だよ人妻。
ヤバい。人妻と言う語感が似合いすぎて凄いヤバい。
「申し訳ない。道に迷ってしまって。霧の中、これ以上進むのは危険と思っていた所にこちらの屋敷を見つけたもので」
「物置小屋でも良いので、一晩泊めて頂けませんか?」
久我っちが適当なことを真面目な顔で言うものだから、私も真面目に後に続ける。
「あら…それは災難でしたわね」
奥様は思案の後、口を開いた。
「フィル、客間の準備を」
「畏まりました」
「あ、いや、部屋を用意しなくても…」
「物置小屋で十分なんで」
客間は敷居が高いよ。いきなり押し掛けて来たのに、ちゃんとした部屋に通してもらえるなんて、逆に申し訳ない。
あわあわと固辞する私達に奥様はころころと笑った。
「お客様をそのようなところにお通しなんてできませんわ」
「厚くおもてなしはできませんが、どうぞこちらへ」
「お邪魔します」
私達は隣同士の客間に案内された。華美な調度品はない質素とも言える部屋だ。
でもまあ、野宿を覚悟していた身としては十分有り難い。
「お食事の準備を致しますので」
「あ、あのすみません。奥様の名前を教えてもらえますか?」
立ち去ろうとするフィルを慌てて止める。
親切にしてくれた人の名前も知らないのはまずいよね。
「エリザベート・ドラクロウ様です」
「エリザベート様…」
「ありがとうございます」
割りと豪勢なお名前だった。
貴族の奥様なんだね。
旦那さんはいないのかな。
それを言ったら使用人も殆ど見掛けないんだよね。
さっき廊下の向こうでメイドさんを一人見掛けただけだよ。
「人、少ないんだね…」
歩き去るフィルの背中を眺めながら小声で呟く。
「少なすぎる気もするけど、貴族がどんな暮らししてるのか知らないしな」
久我っちも似たようなことを考えていたみたい。
でも、使用人が少ない貴族もきっといるよね。