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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
外伝 隣の異界と白忍者
174/188

58 茸と石


 走れば、日が沈むまでに町に戻ることは難しくない。

 ルザ草に目もくれないので、行きより帰りの方が時間は短縮できる。

 って言うか、今回私の荷物は大変軽いので、いつもより足取りも軽く帰って来れた。


 でかい鷲とかさ。多分、私の収納袋だとはみ出すと思うのよね。

 はみ出した分が実際の重さになるから、全力疾走とかまず無理になる訳で。

 身軽って、いいなあ。


「マジで、走って帰るとか…」


 ご機嫌な私をよそに、久我っちがぼやいている。


「久我っち、崖に登ってないし、落ちてもいないんだから体力余ってるでしょ」


 私の方が余程大変だったんだからね。


「そういう問題じゃねぇ」


 どういう問題?


 どっちが大変だったかだよね。ま、いいけど。


 後ろで『ずっと走ってるとか意味わからん』とかぼやき続ける久我っちを無視して、私は歩く。


 本当は、ここまで急ぐ必要はなかったんだけど、久我っちが文句を言いながらもぴったり付いて来るから、面白くなっちゃったんだよね。


 雪影と黒風のスペックの違いも気になったし。

 結論としては、ただ走るだけなら大して変わらない。と言うことがわかった。


 なんだ、このどうでも良い結果は。


 ギルドに着くと、奥でガルトンが待ち構えていた。

 うん、今日も安定の怖い顔。


「お帰りなさい」

「ただ今戻りました」


 アネッサに応えて奥に進む。


「採って来たか!」


 開口一番がこれである。

 このおじさん、私の名前ちゃんと覚えてる?


「ルザ草ですね」


 私はルザ草を収納袋から取り出した。


「間違いねぇな」


 ルザ草を確認して、ガルトンは木札を差し出した。


「そっちの兄ちゃんは?」

「ああ、俺も一株…あと、大物があるんだが」


 でかい鷲のことだ。

 久我っちが告げると、ガルトンは目を爛々とさせた。


「やっぱり、他にもあったな!」


 なぜ、当然のように言うのか。

 私の不満顔をガルトンは鼻で笑い飛ばした。


「はっ。お前がルザ草だけとか、あり得ねぇだろうが」

「普通に、ルザ草しか採って来なかった時もあります!」


 あるもん。

 ルザ草だけの日とか、ちゃんとあるもん。


「取り敢えず、中の作業台に出してくれ」


 ちょっと、軽く私の言い分を無視しないでくれる?


 誰も私に賛同しないまま、久我っちがカウンターの向こうに移動する。仕方ないから私もその後に続く。


「さあ、出せ!」

「ほい」


 ガルトンが指し示す作業台に久我っちはでかい鷲を置いた。


「…シムルグ、だと…」

「へえ、こいつはシムルグって言うのか」


 でかい鷲じゃなかった。ちゃんとした名前があったよ。


「こいつはウクレオ山にいるんだが、ウクレオ山に行ったのか?」

「ウクレオ山?」


 久我っちが首を傾げながら、私の方を見る。

 うん、知らない。

 地図がないから、地名とか解らないしね。


「北の山の方に行ったんですよ。崖がありました」

「ウクレオの絶壁か…んなとこ、何しに行ったんだよ」

「え、ルザ草を採りに? まあ、崖は見物しに行っただけですけど」

「あんな絶壁、見るもんなんかないだろ」

「確かに」


 絶壁を見上げるだったね、最初は。


「でもまあ、そこでこのシムルグを捕ったんだし」


 久我っちの言葉に、ガルトンは首を傾げた。


「崖下をうろついたところで、シムルグは襲わねぇだろ」


 だろうね。

 崖下では狙いにくい。すぐに森に飛び込んだら、シムルグから隠れることは簡単だろう。


「崖を見てたら、これがあったんですよ」


 木耳擬きを取り出す。まずは塊をひとつ。


「崖の上の方にあったんです」

「岩黒茸…いや岩黒魔茸か…


 木耳擬きにもちゃんとした名前があった。


「あと、これ」


 ついでにもうひとつ、水晶擬きも出す。大きいほう。


「っ!」


 台に出した瞬間、ガルトンがぶわっと毛を逆立てた。


 短毛のツルふかな毛並みのピットブルなのに、毛が逆立ったのが解ったよ。面白い。

 まあ人間だって、鳥肌立ったら解るもんね。ん、ちょっと違うか。


 ともかく、毛を逆立てるピットブルなんて珍しいものを見たけど、もしかしてこれヤバいやつ?


「今すぐ仕舞え」

「は、はい」


 低く呻くように言われて、私は慌てて水晶擬きを収納袋に仕舞う。ついでに木耳擬きも仕舞った。


 ガルトンは無言で頷くと、奥に視線を向ける。


「ダニー!」

「なんだ? うぉ、大物だ!」


 奥から背の高いロットワイラーな兄ちゃんがやって来る。

 ピットブルとロットワイラー、毛並みが似てるよね。ツルふかな感じがさ。


「そいつ、捌いておけ。俺ぁ上に行ってくる」

「わかった。任せとけ」


 ダニーは嬉しそうに請け負った。

 腕が鳴るって奴かな。


「行くぞ」

「俺らもか?」

「ったり前だろーが」


 唸るガルトンの後を私と久我っちはおとなしく付いて行く。


 カウンターを出て、階段を上る。向かう先は、ギルマスの執務室だろう。


「ギルマスっ、入るぞ!」


 ドアを殴ったのがノックの代わりなんだろうか。

 ガルトンは返事も待たずに勢いよくドアを開け放った。


「ガルトンか…どうかしたのか?」


 ギルマスのレクウスは、ガルトンを見て軽く目を見開き、その後ろ続く私と久我っちを怪訝そうに見た。


「急ぎの話だ。おい、ドアを閉めて鍵を掛けろ。ギルマス、盗聴防止もだ」

「大事だな」


 ギルマスは訳を聞くことなく、デスクで何かを操作し、窓にカーテンを引いた。

 私はガルトンに言われるままにドアを閉じ鍵を掛ける。


「あと、魔力遮断の箱を出してくれ。一番大きい奴だ」

「魔力遮断?」


 ギルマスの顔色が変わる。

 しかし、問答より行動を先にした。執務室の隣の部屋から箱を持って来る。

 スーパーのレジ籠くらいの大きさの箱だ。木と金属と宝石? で出来ている。

 不思議なデザインの箱だった。


 ギルマスは箱をローテーブルに置いた。


 ガルトンが箱に歩み寄り、鍵を開けて中を確認して私に箱を向ける。

 そして自分は一歩下がった。


「おい、さっきの奴を箱に入れろ」

「はーい」


 さっきの水晶擬きを箱に入れる。

 箱の中身は絹みたいな布張りで、クッションも利いているみたいだ。

 壊れ物を運ぶ専用の箱なのかな。

 その真ん中に水晶擬きを据えた。


「よし、蓋を閉めて鍵を掛けろ。それから天面の宝石の枠を右に音が出るまで回せ」


 注文多いな。

 鍵を掛けるのは解るけど、宝石の枠を回すのはなんで?


 まあ、言う通りにするけど。


 枠がかちりと音をたてる。と、宝石が淡く光った。白い光はLEDライトを思い出す。


「無蝕晶石か…」

「ああ、予想外の純度だな」


 ムショクショウセキ?


「無色?」

「いや、語感からすると無蝕晶石、だな」

「無蝕…どっちにしても意味が解らない」

「だな」


 呻くギルマスとガルトンを伺い見ながら、私たちはひそひそ話す。


「悪いが…」


 ギルマスが私たちに視線を向けた。


「この無蝕晶石の入手について、説明して欲しい。流すには、ものが大きすぎる」


 やっぱり、ヤバいやつだったかー。


「とりあえず、座れ」


 何故かガルトンに言われて、私たちはソファーに腰を下ろす。

 ギルマスはローテーブルを挟んだ正面に。

 ガルトンは棚から酒瓶とグラスを勝手に取ってきた。


「ガルトン…」

「飲まなきゃやってらんねぇよ」


 ギルマスの咎める視線を、ガルトンは不機嫌そのものの顔で弾き返す。


「あ、私酒は飲まないので」

「俺は飲む」


 断る私の隣で、久我っちはグラスに手を伸ばす。


「あと、ここにあるのはコーヒーだけだが…とうに冷めているが…」

「……それでいいです」


 ギルマスがデスクのポットからカップにコーヒーを注いで来てくれた。


 冷めきったコーヒー…ないよりは、いいか。


「さあ、話せ」


 最初の一杯を開けたガルトンがじろりと私を睨んだ。


「始めからですかあ?」

「始めから頼む」

「解りました。ええと、今日はルザ草を採りに北の方に向かったんです」


 ギルマスに促されて、私は今日の行動について話す。

 北の方に向かって、崖を眺めてたら木耳擬きを見つけて、その後に水晶擬きを見つけた。

 水晶擬きを掘ってたら、でかい鷲に襲われ応戦したらでかい鷲が崖に突っ込み、岩盤が崩れて水晶擬きが落ちて来たので、拾ってきた。


 一通り話をして、テーブルに木耳擬き、もとい岩黒魔茸を置く。


 箱と黒岩魔茸と私たちを交互に見て、ギルマスは深いため息をついた。


「ガルトン…いろいろ有りすぎて、話が消化仕切れんのだが…」

「俺の知ったこっちゃねぇよ」


 返すガルトンの声も、何だか疲れ切っていた。


「いろいろやり過ぎだ」


 そう言われましても…




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