58 茸と石
走れば、日が沈むまでに町に戻ることは難しくない。
ルザ草に目もくれないので、行きより帰りの方が時間は短縮できる。
って言うか、今回私の荷物は大変軽いので、いつもより足取りも軽く帰って来れた。
でかい鷲とかさ。多分、私の収納袋だとはみ出すと思うのよね。
はみ出した分が実際の重さになるから、全力疾走とかまず無理になる訳で。
身軽って、いいなあ。
「マジで、走って帰るとか…」
ご機嫌な私をよそに、久我っちがぼやいている。
「久我っち、崖に登ってないし、落ちてもいないんだから体力余ってるでしょ」
私の方が余程大変だったんだからね。
「そういう問題じゃねぇ」
どういう問題?
どっちが大変だったかだよね。ま、いいけど。
後ろで『ずっと走ってるとか意味わからん』とかぼやき続ける久我っちを無視して、私は歩く。
本当は、ここまで急ぐ必要はなかったんだけど、久我っちが文句を言いながらもぴったり付いて来るから、面白くなっちゃったんだよね。
雪影と黒風のスペックの違いも気になったし。
結論としては、ただ走るだけなら大して変わらない。と言うことがわかった。
なんだ、このどうでも良い結果は。
ギルドに着くと、奥でガルトンが待ち構えていた。
うん、今日も安定の怖い顔。
「お帰りなさい」
「ただ今戻りました」
アネッサに応えて奥に進む。
「採って来たか!」
開口一番がこれである。
このおじさん、私の名前ちゃんと覚えてる?
「ルザ草ですね」
私はルザ草を収納袋から取り出した。
「間違いねぇな」
ルザ草を確認して、ガルトンは木札を差し出した。
「そっちの兄ちゃんは?」
「ああ、俺も一株…あと、大物があるんだが」
でかい鷲のことだ。
久我っちが告げると、ガルトンは目を爛々とさせた。
「やっぱり、他にもあったな!」
なぜ、当然のように言うのか。
私の不満顔をガルトンは鼻で笑い飛ばした。
「はっ。お前がルザ草だけとか、あり得ねぇだろうが」
「普通に、ルザ草しか採って来なかった時もあります!」
あるもん。
ルザ草だけの日とか、ちゃんとあるもん。
「取り敢えず、中の作業台に出してくれ」
ちょっと、軽く私の言い分を無視しないでくれる?
誰も私に賛同しないまま、久我っちがカウンターの向こうに移動する。仕方ないから私もその後に続く。
「さあ、出せ!」
「ほい」
ガルトンが指し示す作業台に久我っちはでかい鷲を置いた。
「…シムルグ、だと…」
「へえ、こいつはシムルグって言うのか」
でかい鷲じゃなかった。ちゃんとした名前があったよ。
「こいつはウクレオ山にいるんだが、ウクレオ山に行ったのか?」
「ウクレオ山?」
久我っちが首を傾げながら、私の方を見る。
うん、知らない。
地図がないから、地名とか解らないしね。
「北の山の方に行ったんですよ。崖がありました」
「ウクレオの絶壁か…んなとこ、何しに行ったんだよ」
「え、ルザ草を採りに? まあ、崖は見物しに行っただけですけど」
「あんな絶壁、見るもんなんかないだろ」
「確かに」
絶壁を見上げるだったね、最初は。
「でもまあ、そこでこのシムルグを捕ったんだし」
久我っちの言葉に、ガルトンは首を傾げた。
「崖下をうろついたところで、シムルグは襲わねぇだろ」
だろうね。
崖下では狙いにくい。すぐに森に飛び込んだら、シムルグから隠れることは簡単だろう。
「崖を見てたら、これがあったんですよ」
木耳擬きを取り出す。まずは塊をひとつ。
「崖の上の方にあったんです」
「岩黒茸…いや岩黒魔茸か…
木耳擬きにもちゃんとした名前があった。
「あと、これ」
ついでにもうひとつ、水晶擬きも出す。大きいほう。
「っ!」
台に出した瞬間、ガルトンがぶわっと毛を逆立てた。
短毛のツルふかな毛並みのピットブルなのに、毛が逆立ったのが解ったよ。面白い。
まあ人間だって、鳥肌立ったら解るもんね。ん、ちょっと違うか。
ともかく、毛を逆立てるピットブルなんて珍しいものを見たけど、もしかしてこれヤバいやつ?
「今すぐ仕舞え」
「は、はい」
低く呻くように言われて、私は慌てて水晶擬きを収納袋に仕舞う。ついでに木耳擬きも仕舞った。
ガルトンは無言で頷くと、奥に視線を向ける。
「ダニー!」
「なんだ? うぉ、大物だ!」
奥から背の高いロットワイラーな兄ちゃんがやって来る。
ピットブルとロットワイラー、毛並みが似てるよね。ツルふかな感じがさ。
「そいつ、捌いておけ。俺ぁ上に行ってくる」
「わかった。任せとけ」
ダニーは嬉しそうに請け負った。
腕が鳴るって奴かな。
「行くぞ」
「俺らもか?」
「ったり前だろーが」
唸るガルトンの後を私と久我っちはおとなしく付いて行く。
カウンターを出て、階段を上る。向かう先は、ギルマスの執務室だろう。
「ギルマスっ、入るぞ!」
ドアを殴ったのがノックの代わりなんだろうか。
ガルトンは返事も待たずに勢いよくドアを開け放った。
「ガルトンか…どうかしたのか?」
ギルマスのレクウスは、ガルトンを見て軽く目を見開き、その後ろ続く私と久我っちを怪訝そうに見た。
「急ぎの話だ。おい、ドアを閉めて鍵を掛けろ。ギルマス、盗聴防止もだ」
「大事だな」
ギルマスは訳を聞くことなく、デスクで何かを操作し、窓にカーテンを引いた。
私はガルトンに言われるままにドアを閉じ鍵を掛ける。
「あと、魔力遮断の箱を出してくれ。一番大きい奴だ」
「魔力遮断?」
ギルマスの顔色が変わる。
しかし、問答より行動を先にした。執務室の隣の部屋から箱を持って来る。
スーパーのレジ籠くらいの大きさの箱だ。木と金属と宝石? で出来ている。
不思議なデザインの箱だった。
ギルマスは箱をローテーブルに置いた。
ガルトンが箱に歩み寄り、鍵を開けて中を確認して私に箱を向ける。
そして自分は一歩下がった。
「おい、さっきの奴を箱に入れろ」
「はーい」
さっきの水晶擬きを箱に入れる。
箱の中身は絹みたいな布張りで、クッションも利いているみたいだ。
壊れ物を運ぶ専用の箱なのかな。
その真ん中に水晶擬きを据えた。
「よし、蓋を閉めて鍵を掛けろ。それから天面の宝石の枠を右に音が出るまで回せ」
注文多いな。
鍵を掛けるのは解るけど、宝石の枠を回すのはなんで?
まあ、言う通りにするけど。
枠がかちりと音をたてる。と、宝石が淡く光った。白い光はLEDライトを思い出す。
「無蝕晶石か…」
「ああ、予想外の純度だな」
ムショクショウセキ?
「無色?」
「いや、語感からすると無蝕晶石、だな」
「無蝕…どっちにしても意味が解らない」
「だな」
呻くギルマスとガルトンを伺い見ながら、私たちはひそひそ話す。
「悪いが…」
ギルマスが私たちに視線を向けた。
「この無蝕晶石の入手について、説明して欲しい。流すには、ものが大きすぎる」
やっぱり、ヤバいやつだったかー。
「とりあえず、座れ」
何故かガルトンに言われて、私たちはソファーに腰を下ろす。
ギルマスはローテーブルを挟んだ正面に。
ガルトンは棚から酒瓶とグラスを勝手に取ってきた。
「ガルトン…」
「飲まなきゃやってらんねぇよ」
ギルマスの咎める視線を、ガルトンは不機嫌そのものの顔で弾き返す。
「あ、私酒は飲まないので」
「俺は飲む」
断る私の隣で、久我っちはグラスに手を伸ばす。
「あと、ここにあるのはコーヒーだけだが…とうに冷めているが…」
「……それでいいです」
ギルマスがデスクのポットからカップにコーヒーを注いで来てくれた。
冷めきったコーヒー…ないよりは、いいか。
「さあ、話せ」
最初の一杯を開けたガルトンがじろりと私を睨んだ。
「始めからですかあ?」
「始めから頼む」
「解りました。ええと、今日はルザ草を採りに北の方に向かったんです」
ギルマスに促されて、私は今日の行動について話す。
北の方に向かって、崖を眺めてたら木耳擬きを見つけて、その後に水晶擬きを見つけた。
水晶擬きを掘ってたら、でかい鷲に襲われ応戦したらでかい鷲が崖に突っ込み、岩盤が崩れて水晶擬きが落ちて来たので、拾ってきた。
一通り話をして、テーブルに木耳擬き、もとい岩黒魔茸を置く。
箱と黒岩魔茸と私たちを交互に見て、ギルマスは深いため息をついた。
「ガルトン…いろいろ有りすぎて、話が消化仕切れんのだが…」
「俺の知ったこっちゃねぇよ」
返すガルトンの声も、何だか疲れ切っていた。
「いろいろやり過ぎだ」
そう言われましても…