57 崖を登る
二人してのんびりと崖を見上げること数分。
「あれ?」
崖のかなり上の方に、何やら黒いものが見えた。
ゴミ、じゃないよね、多分。
「どうした?」
「あの辺になんかない? 黒くてもしゃっとした感じの」
「黒い? …上ってどれくらいだ」
「校舎四階くらい? もうちょっと上、屋上かな?」
指差す先を久我っちが見上げる。
大体の高さ例に出せば、それを目で追っていく。
「あー何かあるな。黒いぺしゃぺしゃした感じの」
「なんだと思う?」
「……木耳?」
「え、岩場に木耳?」
確かに言われたら木耳っぽい。
っていうか、木耳にしか見えなくなってきた。
でも、木耳ってあんな風にもしゃっと生えるの?
八宝菜とかに入ってる木耳しか知らないよ。
いや、そもそも木耳は岩場に生えないよね?
いや、生えるのか? どうなんだ?
だけど、これは…
「珍味の予感がする」
「え、食えるのか? あれ」
食べられるかどうかは解らない。茸は素人が好奇心で手を出したら駄目って言うしね。
でも。
「前に採った猿の腰掛けみたいな茸は、すんごい高い木の上の方に生える奴で、高級食材だったよ。美味しかった」
「お前ばっか、美味いもん食って狡い」
盛大に詰られるけど、仕方ないよね。
ワイバーンも高枝平茸も私が採ったんだし。
食べる権利はあるもん。
どちらも大変、美味でした。
「気になるから、ちょっと見てくる」
私はクナイを取り出し鋼糸を着けて、岩場に打ち込む。
ロッククライミングの要領。本当はハンマーか何かで打ち込まないといけないのだろうけど、そこは忍者マスター。腕力でなんとかなる。
そうして、登った後は鋼糸を引いてクナイを手繰り寄せ、再び打ち込むの繰り返し。
ちょっと面倒だけど、クナイを無駄にしたくないからね。崖に刺したままとか勿体ないよね。
勿論、指や爪先が掛けられる場所があれば、クナイは使わない。
それを何度か繰り返し、校舎屋上の高さを登った。
目の前に黒いもしゃっとが見える。
うーん、近くで見ると益々木耳だ。
「どうだー?」
「やっぱり木耳ー!」
手を伸ばし、木耳を掴む。ちょっと固い。力を込めるとガラスみたいにぱきりと割れた。なんかもう、本当にガラス。薄いガラスを割った感触。
つまり木耳じゃない。
乾燥木耳にしたって、ガラスみたいなパキパキじゃないよね。
この木耳擬き、やはり珍味に違いない。
そう断定して、パキパキ折って収納袋に詰め込む。
量としては、スーパーで売ってる舞茸のパック二つ分くらい。
この量は多いのか少ないのか…
高枝平茸は、十分な量だったけどね。
木耳擬きはそれで全部のようだ。岩面一帯を見回しても、他に黒い物体はない。
その代わり。
木耳擬きが生えていた岩の下に何やら光るものが見えた。
「んん?」
クナイで岩場を掘る。
がつがつと岩を砕いてみると、無色透明の水晶のようなものがあった。
ただ、水晶にしては光の反射の仕方が違うような? 六角柱じゃないし?
なんだろう、これ。
「ショウ! まだ何かあるのか?」
木耳擬きを採ってもまだ崖に張り付いている私に久我っちが声をかけてきた。
「うん、水晶みたいなのがねー」
他に答えようもないので、見たままを告げる。
水晶なら、あまり珍しいものでもない。でも水晶じゃなかったら…
折角だ。これも掘れるだけ掘ってみよう。
左手は崖に張り付いたまま、水晶擬きの周囲を掘る。できたら、これは塊で掘り出したいんだよねー。
その方が、絶対に価値が上がると思うんだ。
カラット? 大きい方が高いじゃない?
なんて欲を出しつつ、がつがつ岩を削っていると…
「ショウ! 気を付けろ! でかい鳥がきた!」
「はあ?」
緊張した声に顔を上げると、久我っちの言葉通りでかい鳥がこちらに向かって来る。鷲かな。人ひとりが軽く背中に乗れるくらいの大きさだ。
でかい鷲は、確実に私をロックオンしている。あの爪は、私くらい軽く掴めそうだ。
「ヤバい!」
私、崖に張り付いた状態だし、クナイしか持ってないんだけど!
なんとか体制を変えて…って難しい!
とりあえず、武器を剣に変えないと。
なんてことを考えてあわあわしている間にも、でかい鷲は迫ってくる。
と。
「疾風斬!」
声が響き、でかい鷲の羽根の辺りに血が飛び散った。
下から久我っちが『疾風斬』を放ったようだ。
うん、わかる。さっき、ワイバーンには『疾風斬』が効くだって話をしてたもんね。
だから今『疾風斬』なんだろうね。
流れはよくわかった。
だけど、タイミングってものがあるでしょー!
羽根を大きく傷つけたでかい鷲は、バランスを崩した。しかも崩したバランスを修正出来なくて、こちらに向かって突っ込んできた。
「ぎゃー!」
剣がどうのと言う前に、クナイを岩場に突き立て、蜘蛛のように岩場を這い上る。って言っても一メートルくらいを上るのがやっとだけど。
でも、さっきまで私がいた位置に、でかい鷲は頭を突っ込ませたから、その一メートルが明暗の分かれ道だった。
でかい鷲は頭を打って脳震盪を起こしたらしく、崖下に落ちていく。
それと同時に、衝撃で脆くなった岩場は私を支えられそうにもないので、鋼糸を放ちでかい鷲に巻き付けた。
こうなったら、このでかい鷲をクッションにしてやる。
鋼糸を手繰り、でかい鷲に近付いた私は、一瞬目を覚ました鷲の首を絞め、思いっきり足場にした。
でかい鷲が地面に落ち、足元でその衝撃とぼきりと何かが折れるのを感じ取る。
でかい鷲はぴくりとも動かない。
首だか背骨だかをやったらしい。
うわー、この足の裏に残った感覚がががが。
「大丈夫か、ショウ!」
「とりあえず、なんとかなったけど、危ないでしょ! こういう時こそ、真っ二つにしてよ!」
「いやあ、真っ二つだと素材がってのが、頭をちらついてさ」
はははーとか、白々しく笑ってもね!
私がヤバかった事実は消えないんだけどね!
全く、水に流せないんだけどね!
「悪かったよ。こいつの取り分はお前にやるから」
謝りながら、久我っちはでかい鷲を空間収納に仕舞った。
いいなあ。何の処理もなしに仕舞える空間。
「それより、あの水晶擬きは拾うのか?」
「水晶擬き? 落ちてきた?」
「ああ、鷲が突っ込んだ後にな」
どうやって掘り出そうかと思ってたけど、でかい鷲が突っ込んだものだから、周囲の岩盤も崩れたんだ。
水晶擬きはきらきらしているからすぐに判る。
一番大きいのは、成人男性の拳二つ分…くらい? 次に大きいの拳一つ分。あと細かいの。
割れたのは、鷲が突っ込んだ衝撃のせいみたいだけど、それ以外の傷は少ない。
ってことは、水晶じゃないね。
水晶だったら落下の衝撃で粉々に砕けているはずだもん。こんな塊が残るくらい硬い訳がない。
「よし、拾おう!」
「全部か?」
「塊はそんなにないから、出来るだけ全部」
「範囲はどこまでだよ。米粒レベルだったら拾うの嫌だぞ」
仕方なさそうに久我っちも水晶擬きを拾い始める。
大きさについて言及されて、それもそうだよねと気付く。
米粒は無理だよねー。
「じゃあ、ビー玉くらいまで」
「ビー玉…ギリか…」
ビー玉サイズでも面倒くさいらしい。
「もし、珍しい素材だったら、ビー玉サイズもバカにできないよ」
「そーかなー?」
不満そうな久我っちを放置して、水晶擬きを拾い集める。
まあ、そんなに数はなかったよね。
拳二つくらいが一つ、拳一つくらいのが一つ。
後は、ビー玉サイズが四、五個か。
意外と落ちてきてないなあ。それだけ硬いってことなんだろうか。
残りはまだ、あの岩場にあるのかな。確認する気はない。またでかい鷲が襲ってきても面倒くさいし。
「思ったより、ないな」
「鷲の頭突きでも砕けないなんて、かなり硬いよね」
地面でキラキラしているところはあるにはあるけど、米粒は止めることになっていたから、そのままにしておく。
「とりあえず、帰ろうか」
「おう、いいぞ。予想外の獲物も手に入ったからな」
でかい鷲で満足したらしく、久我っちはあっさり頷いた。
まあ、今から帰らないと、日のあるうちに町に入れないから、仕方ないんだけどね。
「じゃあ、ダッシュで帰るよ」
「え、マジか」
「出発!」
駆け出す私に久我っちは、ブーブー文句を言いながら続いた。