56 薬草採取、北へ
さて、今日から普通の冒険者生活だ。
ずっと、お屋敷にいたから変な感じがする。インドアからアウトドアへ、って前にやってたことなんだけどね。
いつものように、頼んでいたお弁当を受け取ってからギルドに向かう。
ギルドに着くと、久我っちが待ち構えていた。久我っちとは宿は別だ。お酒が飲めるところと言うか、緑野の紹介の宿らしい。
昼御飯食べた後に、適当に別れて別に待ち合わせとかはしなかったんだけども。
同じ町にいるなら、いつでも会えるんだし。
そう思っていたのは私だけだったらしい。
「やっと来た」
久我っちは私の姿を見るなり言った。
「? 久我っち、何やってんの?」
「お前を待っていたんだよ! 朝イチに来なかったら割りのいい依頼なくなるだろうが」
確かに朝は依頼の取り合いらしいとは聞く。
「そこはあんまり、狙ってないよ」
私はその取り合いに参加したことはない。
朝から争奪戦なんてしたくないもん。疲れちゃうじゃん。
大体今日は、久しぶりの護衛以外の依頼だから、リハビリみたいなものだし。
のんびりするつもりなんだよね。
そう言うと、久我っちはため息をついた。
「本当にお前はやる気がないのな…」
「まあねー」
へらりと笑うと、怒鳴り声が響いた。
「ルザ草を採って来い! ルザ草を!」
カウンターの向こうでガルトンが吠えている。
うーん、この怒鳴り声も久しぶりだなあ。
戻って来た、って実感する。
「ルザ草、まだ不足してるんですか? 専門の人はいい加減復帰したんでしょう?」
専任が怪我したとか何とか言っていた頃から、もう何ヵ月経ったと思ってるの?
いくら何でも、品不足も解消されてるんじゃないの?
「出だしに躓いたからな。まだ足りてねぇよ」
「結局、品不足はうちだけではないですから…」
アネッサが困り顔で捕捉する。
そっかあ、品不足から枯渇寸前まで行ったら、簡単には補充しきれないのかあ。
「解りました。今日はルザ草をメインと言うことで」
「ありがとうございます」
アネッサは満面の笑みを浮かべた。
「薬草採りか。地味だな」
久我っちは不満そうに呟く。
「久我っち、関係ないでしょ」
「関係あるだろ」
久我っちは当然と言った顔をする。
「え、もしかして着いてくる気?」
「おう、その方が手っ取り早いだろ」
「そうかなあ」
何が手っ取り早いと言うのか。
それに久我っちがさっき言ったように、薬草採取は地味だ。多分、魔物討伐よりランク上げは弱いと思う。
その辺りの関係性が今一つよく解ってないのは、私の場合ルザ草オンリーで済まなかった場合がほとんどだからだ。なんか、歩く茸とかでかい猪とか。
そういうオマケの要因が混ざっているから。
ギルドからの依頼だから、貢献度が高いのは確かなんだけどね。
「ま、いいか。これから行くよ」
「おう」
私と久我っちはギルドを出る。
今日はどの方向に行こうかなあ。
北の方に行ってみようかなあ。あの遠くに見える山の方に。
そんなに遠くはないと思うんだよね。山に登る訳じゃないし。
「あ、久我っち。出たら、多分夕方まで帰らないから、なんか食べ物買っておいた方がいいよ」
「昼飯か…お前は?」
「お弁当、あるんだなあ」
「マジか。適当に買って来るわ」
言うなり、久我っちは屋台で何やらいろいろ買って戻ってきた。
じゃあ、北門へ向かおう。
「北か」
「うん、あの山の方に行ってみようと思って」
「ルザ草は山に生えてるのか?」
「さあ?」
知らないよ、そんなの。
そもそも、白崖の道以外で山に登ってないし。
私の返答に久我っちが脱力している。
「お前な…」
「行ったら何かあるよ。多分」
北門を抜けたところで、久我っちは私を見た。
「…で、地図は?」
「地図? ないよ? そもそも持ってないし」
「地図なしで、森とか山に行くのかよ!」
久我っちがすっ頓狂な声をあげる。
えー、そんな大声出すほどのこと?
「方向とか距離とか大体わかるじゃん」
「大体わかるか……ああ、わかるわ。確かに」
久我っちは周囲に意識を向けてみたらしい。
私の言うことを否定しようとして、一層気の抜けた顔で肯定した。
「忍者マスターすげえな」
「忍者マスター便利だよね」
忍者マスター固有のスキルになるのかな?
索敵とか気配察知とか、方向感覚とかかなり使える能力だよね。
お陰で道に迷ったことないよ。
多分、久我っちの『黒風』は私と同等のスペックだから、気を遣う必要はないね。
じゃあ、跳ばして行こうか。
前屈や屈伸と簡単なストレッチの後、私は森に突っ込んだ。
「久我っち、ガンガン行くからね!」
「え、おいっ!」
森の浅いところにルザ草が生えている訳がないので、ガン無視で突き進む。
さすが、久我っち。遅れることなく付いて来る。
森が深くなってきたので、ルザ草に注意を向ける。
ん? あの茂みは?
立ち止まり確認。残念、違った。次、次。
ちょっと進んで、再び止まる。
うん、これはルザ草。一株ゲットだ。
いそいそとルザ草を採取してると、久我っちが胡乱そうに手元を覗き込む。
「あれだけ突っ走ってて、何でそんなもんが解るんだよ?」
「なんとなくー? 意識をルザ草に向けてるとさ『あ』って思う瞬間があるんだよね。なんて言うか、気配みたいの?」
「草の気配とか」
久我っちが失笑する。
「そういうのなんだから、仕様がないじゃん」
「草の気配…」
「次、行くよ」
再び駆け出す。
しばらくして、ルザ草を発見する。
久我っちは、何とも言えない顔をしている。
「よく判らないな」
「集中したら判るよ」
「これ、他のは雑草なんだろ?」
「うん、ルザ草はこれとこれ」
選別したのを見せる。
「違いは『匂い』かな?」
「匂い、なあ…確かに、違うような?」
「数こなせば判るようになるよ」
「職人みたいなもんか」
「そうかもね」
適当に答える。
細かいことは解らないし。気にしたことないし。
まあ、私と同スペックの久我っちだったら、すぐにできるようになるでしょ。
討伐じゃないから、やる気はないだろうけど。
そうやって、走っては止まり、ルザ草を確認しては走るを繰り返し、昼になった。
目印にしていた山は目前だ。
久我っちはあの後、ルザ草を一株だけゲットした。
「やっぱ、よく判らないな」
「そう?」
「そもそも、草に意識を向けるのが面倒くさい」
「ああ、確かに」
昼御飯を食べながら、久我っちがぼやく。
「魔物を見つける方が楽だ」
「そりゃそうでしょ。動物と植物を比べてもね」
ラザ草みたいに誰でも簡単に見つけられるものなら、専門で採取する人なんていないよ。
「途中、何匹かいたの知ってるか?」
「いたね。進行方向じゃないからスルーしたけど」
「それ狩ってれば早いんじゃねぇの?」
「いちいち脇道に逸れてたら、ルザ草採るのに倍の時間がかかるよ? まあ、四株採れたから昼からは寄り道してもいいけど」
四株なら、採れた方だ。今日のノルマは達成したと言ってもいい。
「じゃあ、魔物探すか!」
途端に久我っちが元気になる。
なんて現金な。
「あ、でも山は見るよ。ここまで来たんだし」
「いいぞ。山の方がレベル上の奴がいそうだ」
私はただの物見遊山だけど、久我っちは殺る気満々だ。
すごい温度差。
「乗り気だねぇ」
「折角こんな所に来たんだから、いろいろやってみたいだろ」
「そう言うもの?」
「そう言うものだろ」
温度差は埋まりそうにない。
ま、いいんだけどね。
お昼ご飯を食べ終わり、山の方へ向かう。
そうして着いたのは崖だった。下の方ね。
目の前に岩壁が直下たっている。
「崖だ」
「何もないな」
岩壁には何も生えていない。ど根性な草木はないらしい。
コンクリートを割って、伸びる木も他所の世界にはあると言うのに。
それさえ無理な、過酷な場所と言うことなのか。
そう言えば白崖の道もこんな感じだったよね。
「イサドアからこっちに来る時、白崖の道って所を通ったけど、こんな感じだったよ。狭い道で手摺もないから怖かったよ。しかも、ワイバーンとか襲って来てさ」
「いるのか、ワイバーン!」
久我っちが私の呟きに食いついた。
「狭い崖の道で襲われるとヤバいよね」
「空からか…かなりヤバいな…よく生きてたな?」
「『疾風斬』が効いたよ。あれで落として、一緒にいた人に止め刺してもらった」
「疾風斬で落ちるのか…」
「羽を狙えばね」
「止めを刺したってことは、致命傷にはならなかったのか?」
久我っちは不思議そうだ。まあ、確かに忍者マスターの『疾風斬』なら、ワイバーンも一撃で仕留められるはずだ。
「普通の剣だと、刃が砕けちゃうんだよね」
「だったら『吹雪』使えば一撃だろ」
忍者刀『吹雪』なら、刃が砕けるなんてことはない。んだけどねぇ。
「『吹雪』じゃ、一撃で真っ二つだよ。そのまま崖下に落ちたら素材回収できないじゃん」
「素材か。勝手にドロップする訳じゃないからな」
「ギルが…あ、一緒に居た人ね。そのギルが解体上手いから、結構良い値になったんだよね。それにワイバーンの肉は美味しかったよー」
「うわ、食いてえ。ワイバーンはこの辺りにはいないのかよ」
「知らない。白崖では割と頻繁に出て来るらしいけどね」
この辺りは何が出るんだろう?
ワイバーンの話は、ウクレイ近郊では聞かなかったよね。
「多分、この辺りにはいないんじゃないかなあ」
「つまんねぇ」
久我っちは本当に不満そうにぼやいた。
ワイバーンとか、あんまり遭遇しない方が良いと思うけどなあ。