16
中間テストの結果は予想をはるかに上回るものだった。
当然、家では母さんにめっちゃ褒められた。
ご飯も私の好きなものばっかり。
御幸ちゃんも驚きつつも褒めてくれた。
「しぃちゃん、すごい! お母さん感動しちゃった」
目に涙とか溜めてたり…
泣くほどのこと?
御幸ちゃんもにこにこだ。
「しぃ、頑張ったな」
「うん、頑張ったよ」
やっぱり、御幸ちゃんに褒められると嬉しい。
「嘉之さんに報告しなくっちゃ!」
母さんはいそいそとメールを打っている。
文面は考えたくない。きっとハートとか一杯なんだよ。
父さんとのメール、キラキラだもん。
そのせいで、私がメールの返事を一行で終わらせると、『冷たい』とか『素っ気ない』とか、二人でいじけるんだよ。
意味は通じるからいいと思うんだけと、駄目なものなの?
その辺がよく解らなくて、たまに御幸ちゃんに溜め息をつかれるんだよね。
あ、なんかしょっぱい気分。
私のことじゃなくて、母さんのメールだよ。
このメールで、お小遣いアップとかボーナスの流れにならないかなあ、と内心では思ってたりするんだけど。
父さんからはソッコーでメールが来てた。
時差はないのか、この夫婦には。
『美潮、流石お父さんの子! お土産楽しみに!』
あー…
お小遣いの方がいいなあ…
それとなーく、根回しできないかなあ。
それはさておき。
河澄君には、本当に世話になったよね。
ここはやっぱり、お礼とかした方がいいのかな?
でも何がいいんだろう?
思い付かないなあ。
河澄君の好みは解らないし。
大体、頭いい人って、何を貰ったら嬉しいんだ?
ここは、頭いい人に聞いてみるか。
私の周りの頭のいい人で、話が聞きやすい人と言えば、高遠かな。
と言う訳で、テスト明けのゲームセンターにいた高遠に聞いてみた。
「勉強教えて貰ったんだけど、礼とか何がいいと思う?」
「勉強教えて貰った? お前、ちゃんと勉強したのか!」
「したらまずい? 勉強するから来ないって、最初に言ったよね」
「で、大丈夫だったのか?」
「…大丈夫だったから、お礼がしたいって言ってるんだけど」
なんか…いちいち腹立つなあ。
「お前に勉強教えるって、どういう奴なんだよ?」
どうって…えーと。
河澄君のイメージと言ったら。
「草食系?」
「草食?」
高遠は本気で意外そうな顔をした。
草食系の知り合いがいたら、おかしいのかね。
「草食系…そんなの解るかよ」
「高遠、友達いないの?」
「お前、喧嘩売ってるのか? 相談してるのか?」
「相談してるつもりだけど?」
高遠が意外に思う気持ちが今ちょっとわかった。
草食系の友達とか、高遠にいなさそうだよね。
もしいるなら、どんな知り合いか確かに想像がつかない。
高遠は草食系とか、高遠は絶対関心ない。
「…別に何でもいいんじゃないのか?」
「うわ、てきとー」
「知らない奴のこと、聞かれてもな…」
「それはそーなんだけどさ」
ここまで適当に流されると、参考にもなりゃしない。
「使えない…」
「なんか言ったか?」
「別に」
聞く相手を間違えた。
高遠は、駄目だ。
そうなると、土屋君? 和泉先生?
うーん…
和泉先生に近づくのはねえ。
止めておこう。
なんか苦手だ、あの人。
こうやって避けると、返って相手の興味を引いている気もしなくもないけど…
考えていると、高遠に睨まれた?
なんで?
「そんなに気になるのか?」
「そりゃあ、すごい助かったし」
これだけ成績アップできたのは、河澄君のお陰だもん。
本当に、成績のこと考えると嬉しい。顔がにやけてしまう。
ん?
高遠がずっと見てる。なんか、目付きが悪いんだけど。
「? 高遠、何で機嫌悪いの?」
「別に」
私の真似かい。
今まで会話の中に、地雷あった?
いつもの調子だと思うんだけど。
高遠はむっとしたまま続ける。
「大体、勉強が解らないなら、俺が教えてやるのに」
「えー」
「何で嫌そう顔するんだ」
「だって、高遠、スパルタそう…」
確かに高遠は、名門進学校の一番だけどね。
質問には全部答えてくれそうだけど、ゲームの借りとばかり、ビシバシしごかれそうな気がする。
ヤだなあ。そう言うのは、絶対嫌だなあ。
そう言うと、高遠の機嫌が一層悪くなる。
「…その草食系は、優しかったのか?」
「そりゃそうだよ。草食系がスパルタだったら、日本語の定義おかしいじゃん」
スパルタな河澄君とか、想像出来ないよ。
あり得ないよ。
五十嵐先輩は絶対にスパルタだと思うけど。
あの人はドS中のSだよ。
私はMじゃないんだよ。むしろSだよ。
いや、それはどうでもいいんだけど。
「お前が救いようのない、残念な頭じゃなけりゃ、俺だって力加減は考える」
「力加減とか言ってる時点で、しごく気満々じゃん!」
あーやだやだ。
しごかれて勉強するとか、絶対嫌だよ。
期末テストも、河澄君に頼もうかなあ。
でないとしても、朝イチの図書室は勉強捗るんだよね。
期末もそれなりの成績だと嬉しいなあ。
なんてことを考えていたら、
「…………」
高遠がおもむろに立ち上がると、機嫌悪いまま何も言わずにゲームセンターを出て行ってしまった。
私は唖然と高遠を目で追う。
「なに、あれ…」
高遠はなんであんなに機嫌が悪いんだろう。
珍しい。
「ショウ、お前さあ…」
高遠がいなくなった席に、ゲーム仲間のナルが座る。ナルはブロック崩し系のトップ。本名は知らない。私と同じで、みんなナルと呼ぶ。格闘は私が強いが、ブロック系はナルに勝てたことは一度もない。
ほとんど金髪でピアスたくさん、アクセサリーもたくさんの一見してチャラい系。
話すと意外としっかりしてるんだよね。
人は見掛けによらない。そんな人間がこのゲームセンターにはゴロゴロしてる。
ナルは台に頬杖をついて、呆れたように私を見た。
「なに?」
「高遠が可哀想だろ」
「なんで?」
高遠が可哀想?
どの辺が?
なんで?
どうして?
本気で考え込んだら、ナルに盛大な溜め息をつかれた。
「お前、高遠のツレなんだから、もうちょい頼ってやれよ」
「え?」
ツレ!?
高遠の?
え、そんなカテゴリ?
「ツレって、ここにいるみんなじゃないの?」
「俺ら、顔見知りレベルだよ」
…ツレと顔見知りは、そんなに違うものなのか…
「似たようなものじゃないの?」
「五コンボと十コンボくらい違う」
喩えがマニアック過ぎてよく解らないんだけど?
「だから、高遠の友達とか、お前くらいっきゃいないっての」
「いやいやいや、いるでしょ。いくらなんでも」
ヒラヒラ手を振ってみせたら、ナルはこれみよがしに肩を竦めて見せた。
うわ、なんかムカつく。
「いねーよ。あいつ、見た目扱いにくいし。俺らだって、来たばっかの頃、どうしたらいいか迷ったし。お前にボコ負けしなけりゃ、近付きもしねぇって」
「そーかー。始めの頃の高遠って、そんな感じだったっけ…」
そい言えば、取っ付きにくそうではあったね。
私も最初は睨まれた。
気にしなかったけど。
でも、学校でもあの頃の調子なら、友達はできにくいよね。
高遠、ここに友達連れて来たことないし。
私も学校に友達いないんだけどね。
その辺、似てるかなあ。
「うーん」
「高遠にとって、お前は特別だよ」
だから、もうちょっと気を遣ってやれと、ナルは言う。
気を遣えって言ってもさ。
「次のテストのことでも聞けばいいだろ」
「それは嫌だ」
スパルタは嫌だよ。
きっぱり言い切る私に、ナルは肩を落として、溜め息をついた。
高遠とはさ。
今まで通りがいいんだよね。
それじゃ、ダメなのかなあ。
いろいろ、難しいな。
やっぱり、蝉だのカエルだの追いかけてた、子供頃のようにはいかないんだね。
はあ。
溜め息つきたいのはこっちだよ。